25話 最強の軍人
――7月5日午前3時35分、暗闇の景色と視界を遮るほどの大雨、押し寄せてくる荒波は命の危険を物語っている。そんな海に、一台の小型ホバークラフトが時速50キロで航行していた。
そのホバークラフトが空気抵抗で後に傾き水面に弾く姿は、鯨が水面から出て口を開けるかのような威嚇ようで、1つの生命が誕生し死を覚悟するようなものだ。
激しい雨と波の音が大自然の叫びのように響き渡るように聞こえる。
そんな地獄のような光景が広がる中、ホバークラフトをしがみつきながら、1人の少女が海を進んでいた。
吹く風が、長く青白い髪を靡かせ、彼女の白い肌に水飛沫が打ち続けられる。
暗闇に映るその瞳は青く発光して、少女の異様な雰囲気を醸し出していた。
「こちらレオナ・ローレンス。上陸まであと100海里。荒波を避けながら、なんとか持ちこたえてる」
その少女の名前はレオナ・ローレンス、年齢は13歳で、イギリス出身である。
彼女は生まれた時から組織で育てられており、10歳の時に入隊したのだった。
それから2年間過酷な訓練を積んで心身共に鍛えてきたおかげで、このような状況でも沈まないように身を任せることができたのだ。
彼女の仕事は主に情報収集であり、潜入して情報を集めたり、敵の機密情報を入手することで、組織に勝利をもたらすために活躍していた。
また彼女は特殊部隊でもあり、優れた戦闘技術を持っており格闘術や武器の扱いに長けているだけでなく、冷静かつ正確な判断力であらゆる困難を切り抜けてきたのだ。
しかし、その能力を買われて組織から追われる身となったレオナは、愛する市民と友を守るため旅立つことにしたのだった。
激しく揺れる中、彼女は双眼鏡を片手で持って周りを見渡していた。指揮官は応答する。
「オーケー。一発ブチかまして首をへし折ってやる。そしたら後は煮るなり焼くなり好きにしな」
渋い声と男らしい口調の正気はレオナの父、ドリアンだ。
アフリカ出身、傭兵であり、元ギャングのボス。
そのガタイの良い体で暴力を振るう様から、ついたあだ名が「巨人の暴発」と呼ばれる。
普段は温厚で面倒見がいい反面、本気で怒ると我を忘れるほど凶暴な性格に変わるため、構成員たちから恐れられているのだった。
レオナは彼の言葉に短く返事をした後、双眼鏡から薄っすらと深緑色の陸地が見えてきた。
「あれがノヴァシティ……面白そう」
彼女がそう呟いた時、MP5を構えながら警戒していた。
「あと20海里ぐらいかな。ここで銃弾の群れが来ると思うが、静か過ぎるな……」
彼女自信も、不安と緊張が高まっている。通常なら沿岸警備隊がパトロールしているはずだが、なぜかどこにも見当たらない。
「静かすぎる……珍しぃ」
ふと、彼女は呟いた。
――上陸したら辺りを見渡せば、人らしき姿が一人も居ない。波の音だけが響いていた。
「敵の罠か?それとも、すでに潜入されてるのか?」
レオナは、銃を構えると、身を低くしながら進んだ。
前方には、砂地にできた不自然な窪地があった。
それを見て一瞬疑問を感じたが、すぐにその考えを振り払った。この先何が起ころうとも、組織との戦いは避けられない。
レオナにとっては、最後の戦いになる可能性もあったからだ。周囲を警戒していると、やがて声が聞こえてきた。
それは次第に大きくなり、振り向くと金色に発光する謎の少女がこちらに近づいてきているのを発見した。
「アリス? 早速対象の登場か! 私の未来のために、死んでもらおーか!」
すぐにアリスだと分かったレオナは照準を定め、アリスを狙い撃った。しかし、命中する時で彼女の姿は消えてしまった。
「くそ、光学迷彩か?」
レオナがそう言っていると、またしてもどこからか砂音が聞こえてくる。
慌てて周囲を見回すと、空中に浮遊していたアリスが、降下してきた。
彼女が地面に降り立つと同時に周囲に砂煙が舞う。そして次の瞬間、レオナは銃を連射していた。
しかし、その弾丸はことごとく外れ、彼女の姿は煙のように消えてしまった。
「これはまずいな……」
レオナは焦りを隠せなかった。そして、何か解決策を見つけ出そうと必死になっていた。
「アリスキック!! いっけー!!」
「危なっ!?」
瞬間、レオナの後ろに現れたアリスが、回し蹴りを放つ。
咄嗟に身を捻って躱すが、その際にバランスを崩してしまう。それを逃さず、少女は更に追撃を仕掛けてきた。
「これでトドメ!! グロリアスシャイニング!!」
「これでも喰いな!!」
レオナがそう叫ぶと、閃光弾を地面に叩きつけた。
爆音と周囲に照らす白い閃光が視界を奪われたアリスは動きを止め、様子を伺っているようだ。
レオナは無抵抗の少女に向かって銃を構え、引き金を引く。
鈍い金属音と共に放たれた銃弾が、少女の頬を掠めた。
「あいたっ!?」
アリスは思わず声を上げると、手で押さえていた頰から血が流れ出すのを確認した。
「今から目の前で花火を打ち上げるよぉ!!」
レオナがそう告げると、手に持ってる手榴弾の安全ピンを抜こうとする。それを見たアリスは、慌てて逃げ出した。
「ま、待って!? それは!?」
しかし、レオナはそれを許さなかった。彼女は逃げるアリスに向かって、手に持った手榴弾を思い切り投げつけると、即座にしゃがみ、耳を塞ぎながら目を瞑って歯を食いしばった。
その瞬間、遠くから爆発音が響くと共に、凄まじい赤い閃光と爆風が二人を襲う。
目を開けると、周囲は煙と浅いクレーター以外何も残っていなかった。その光景を見て呆然と立ち尽くしていると、後ろからあの少女の声が聞こえてくる。
「とぉりゃああああ!!」
レオナは、頭を押さえながら振り向くと、そこに飛び込んできたアリスがいた。
「今度こそ逃がさないからね!!」
彼女はそう言うと、蹴りを放つ。
「生きてることは既に把握済みだよ」
レオナは、冷静にそう答えると、彼女よりも数段速い速度で躱すと足を引っ掛ける。
「わっ!?」
アリスはそのまま地面に転んでしまうが、すぐに起き上がると反撃に出た。
しかし、今度はレオナの方が速く、さらに彼女の動きを見切っていたために簡単に対処されてしまう。
「なんなの、こんな強い奴がいるなんて聞いてないんだけど!?」
悪態をつくアリスに対し、レオナは不敵に微笑むと、言う。
「この程度の実力で私を倒せると思ってたのかな?」
そして、今度はレオナから攻撃を始めた。今までとは違い、より強力な蹴りと近接技を繰り出してくる。
それを受け止めた瞬間、アリスの手に痛みが走り、思わず顔を顰めた。
そんな相手に構わず、さらに追撃をかけるように、彼女は拳を振り上げる。アリスは間一髪のところで避けるが、その拍子にバランスを崩してしまい、地面に倒れ込んでしまう。
「くっ……!」
悔しさに歯噛みする彼女に対し、レオナは距離を詰め、MP5でトドメを刺そうとする。
アリスは咄嗟に拳銃を一発放ち、牽制するが、弾丸がレオナの横に逸れてしまい、外してしまう。
「惜しいよ」
レオナの独り言に、引き金が引かれ、弾丸はアリスの肺を撃ち抜いた。
「あぐっ……!?」
口から血を吐き、その場に倒れた。
レオナは倒れた彼女を見下ろすと、一言だけ呟いた。「さようなら」
そして、彼女は次の標的を見据え、視線を戻すと、すでにアリスの姿はなかった。
「逃げられたか……」
そう呟くと、彼女は踵を返し、その場を後にした。
5枚の写真を見て、指を指す。
次の対象は、トップハットを被る笑顔の少女、エリザベス・シルフィー。
彼女は、今回の任務のターゲットである。アビリティーインデックス1位、最強の戦士と名高い。顔写真に映るその笑顔が、逆に不気味さを感じさせる。
写真には、彼女の経歴や戦闘能力などが記されている。その全てに目を通すと、彼女はため息をついた。
「厄介な相手だな……」
戦闘能力もさることながら、彼女のアビリティーインデックスは、非常に危険視されている。
アビリティーインデックスとは、世界中の犯罪者やテロリストなどに貼るいわゆる危険人物のリストである。
そこには、ありとあらゆる情報が載っており、犯罪歴や経歴、能力などが記載されている。
高ければ高いほど全て他とは比べ物にならないほど優秀な人材であり、その力は、一人で一国の軍事力に匹敵すると言われている。
そんな存在と敵対することに、彼女は不安を感じていた。
「アビリティーインデックス1位でこの戦闘能力とはな……」
そう言って、彼女は苦笑した。
「だが、勝たねばならない。色々手を尽くしてエリザベス・シルフィーを討伐する。それが、我々の任務だ」
そう言って、彼女は歩き始めるが、その足取りはどこか重く、その景色は今から悪魔との死闘が待ち受ける戦場のような、重々しい雰囲気が漂っていた。
「……楽しみだ」
その声は、まるで彼女の内面に潜む悪意が漏れ出ているかのように、暗く歪んでいた。




