18話 アリスの捜索
それから五分ほど経ってから砂煙が晴れると、目の前に倒壊した建物が見えてきた。
まるで倒壊する直前に地面が割れたか、エネルギー砲を撃たれたかのようだった。建物の外壁は全て崩れ落ちており、とても中を見ることはできなかった。
他の建物が完全に崩壊してはいないものの周囲にヒビが入っており、今にも崩れそうに見えた。
我を取り戻して、急いでアリスの腕を掴んだ。しかし、彼女が反応することはなかった。
目は虚ろで、焦点が定まっていなかった。その様子はまるで夢を見ているかのようだったが、この一瞬で何が起こったのか分からないほど鈍くはなかった。
アリスはその精神状態も相まって未来予知の力を発揮していると考るしかなかった。
しかし、もしそうであるならば、彼女は自分自身の未来も予知していたということになる。果たしてそれがどんな光景であったのか、それは想像もできないが、この凄惨な状況を生み出したことは間違いなかった――。
気付いたらアリスの姿が消えていた。空は急いで周囲を見回したが、どこにも姿は見えなかった。
「アリス!? どこに行ったんだ!?」
空は声を振り絞って叫んだが、返事はなかった。空はしばらくその場で呆然としていたが、やがて我に返って立ち上がった。
彼は周囲を見回しながら、瓦礫の山に向かって歩き始めた。
――まさか、この中に埋まっている?
そんなことを考えたが、すぐにその考えを振り払った。そして、アリスが行くであろう場所を予想し、走り出したのだった。
空は懸命にアリスを探し続けた。しかし、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
最初から存在していなかったかのように消えてしまったのだ。その時、後ろから徐々に迫って来る砂利の削る音に気付いた。
シューっと空気を切り裂く音が聴こえ、振り返るとそれは例の蛇型ベータ144であった。
まるで、獲物を仕留めるためのタイミングを見計らっているかのように空を睨んでいた。アリスを捜索したいという気持ちもあった。
しかし、目の前に迫る脅威に背を向けて逃げ出すことは出来なかった。空は強く拳を握り、そして身構えた。
次の瞬間、蛇型は一気に牙を剥いて襲いかかってきた。空を噛み殺そうとしてきたが、間一髪のところでそれを避けた。
だが、噛みつく時に発生した衝撃波により吹き飛ばされてしまった。空は再び立ち上がると今度こそ攻撃に転じた。
彼は蛇型の胴体に蹴りを放った後、間髪入れずにストレートパンチを顔面に打ち込んだ。蛇型が怯んでいる間に、空は全力でジャンプして馬乗りになると、拳を振り下ろし何度も殴りつけた。
それからしばらくの攻防が続いた後、空が放ったアッパーカットにより、蛇型は倒れたのだった。
空は大きくため息をつくと、力なくその場に座り込んだ。そして天井を見上げると、ひとり呟いた。
「身体が動かねぇ」
空は、アリスが消えてしまったショックから立ち直れずにいた。
それから一時間ほど経った頃だろうか、周辺の住宅街を探索していた。アリスの名を呼びながら、瓦礫の中を探し続けたが、どこにも彼女の姿は見えなかった。
空は、自分の不甲斐なさと無力さを痛感していた。
「くそまじか、最悪だよ。最低すぎる、何やってんだよ、何が起こってるんだよ、助けなきゃ、助けなきゃいけないのに俺にはそんな力なんて無いんだよ」
空は怒りと悲しみで泣きそうになってたが、それでも諦めなかった。あの日の自分のようにアリスも助けたい、その想いが彼を奮い立たせていた。
空は自分に言い聞かせた。
「諦めるな、考えるんだ」
自分に言い聞かせ、そして自分を振るい立たせるように必死に頭を回転させた。
その時、一つのアイデアが浮かんだ。それは突拍子もないものだったが、今の彼にはそれしか無いように思えた。空は携帯電話を取り出すと、すぐに電話をかけた。
その瞬間、目の前が真っ暗になったような感じがした。何が起こったのか分からず戸惑っているうちに、視界は徐々に回復し始めた。
目に入ってきた光景を見てハッとした。自分の立っている場所が変わっていたのだ。彼は混乱していたが、やがて冷静さを取り戻しつつあった。そして、冷静に周囲を見回し始めたところで、目の前に広がっている光景を見たのだった。
そこで見たものは信じられないものだった。空は自分がいる場所を確認するようにゆっくりと歩きながら確認した後、スマートフォンを取り出し現在地を確認した。すると彼女のGPSの表示にこの場所が映っていたので間違いないと思われた。
しかし、その場所は彼を愕然とさせるようなものであった――本来ならありえない、いや、あってはならない場所だったからだ。
空はその事実を知り、呆然としていた。彼女が今いる場所は、空が帰り道に見た地獄の光景そのものだったからだ。
彼が見たもの、それは、彼の記憶の中にある光景そのものだった。彼は混乱しながらも必死に頭を働かせて考えた。
どうしてこうなったのか?一体何が起こったというのか?
思考を巡らせるが、何も思いつかなかった。しかし、空の脳裏にある言葉がよぎった。
彼がずっと疑問に思っていたことだったからだ――何故、あの時見たものが、今ここで現実になっているのか? 空はその時の記憶を思い出そうとした。その瞬間、彼は息を吞んだ。彼の記憶の中では、この光景を実際に見たわけではなかったのだ。
彼が見たのは、その建物の入り口まで来たとき、背後から感じた謎の視線を不思議に思い振り返ったとき、そこにあったものだった――つまり、それは必然的にここに存在したことになるのである。
空はその事実に戦慄した。そして同時に恐怖を感じていた。何故ならこの場所は明らかに異常だったからだ。
空気が違う、空気中に漂う雰囲気、そして周囲の景色までもが、あの時のままだった。
そんな場所に再び足を踏み入れるというのは、自らの身を差し出すようなものだと理解していた。しかし、それでも空は行かなければならなかったのだ――何故なら彼の中で答えは出ていたからだった。
ただそれが恐ろしくて思考停止していただけだったのだ――そう、真実を確かめるしかないということが分かっているからだ。だから彼は意を決して一歩前に踏み出したのだった。
アリスの位置情報を元に向かう空だったが、彼の中にある違和感は増すばかりだった。その原因の一つがこの異常すぎるほどの静けさにあった。
先ほどまで感じていた緊張感や恐怖感が嘘のように消えていたのだ。しかし、それとは別の得体の知れない何かを感じることができた――まるで自分の中の何かが警鐘を鳴らしているような気さえしたのだった。
それにもう一つおかしな点があった――そう、それはアリスの生死である。
何故ならば、空は彼女を探しながら、ずっと最悪の事態を想定していたのだが、その考えが杞憂に終わる気配は全くなかったからだ。




