私のジョブは何ですか?
面白くもない人生だった。
だから目前にトラックが迫った瞬間、走馬灯で一番輝いていたのが「幼稚園児の時分、近所の犬を撫でた瞬間その犬と飼い主が同時におならした」という最高にしょうもないことで、しかもそのせいで最期の台詞が「なんでこれ……」になった。
最初から最期まで面白みのない人生だった。
そんな人生だったから、まさか続きがあるなんて思いもしなかった。
(え……?)
トラックにぶつかったと思った瞬間、視界が切り替わった。目の前には、奇抜な……所謂「勇者とその御一行」といった格好の男女数名。
おまけにそいつらは、絶対邪悪だってわかる風体の「魔物」と戦っている。
『なんだ、これ……』
最初の台詞が最期の台詞とほぼ同じになったが、そんなことを考えている暇はなかった。まず自分の声がいつもと違った。三十代男性の声ではない。若い、というより、まだ幼さを感じる女性の声だ。
『え……!?』
思わず喉を抑えるが、下に向けた視線は、白く華奢な四肢と、薄いが確実に曲線を帯びた胴体を捉えた。服装はなんとも言えない不思議なものだ。露出は多め(特に腹部分は完全に露出している)だが、部分的にやたらひらひらしたり奇妙な装飾があったりする。身体自体にもあちこちに薄く光る刺青のような紋様が浮かび上がっていた。
これは―――もしかして。俗にいう。アレか?
『異世界転生……?』
可憐な声の呟きは、目の前の「勇者」によってかき消された。
「大丈夫か!? どうだ、いけるか!?」
その声を聞いた途端、ドクン、と鼓動を感じた。本能的になにかがわかる。そうだ、俺は―――
『いける!』
俺は、皆を助けるためにここへ来たんだ。身体は勝手に動く。そう、『知っている』。「魔物」に向けて構えた掌に、意識を集中する。「力」としか形容できないモノがそこに集まって渦を作る。そう、こうやって、掌に降ろした力を、集めて、固めて……
『解き放つ!!』
眩い光と共に、「力」は「魔物」へ向けて射出され、その身を貫いた。
「やった!!」
嬉しそうな「仲間」たちの声が聞こえる。俺はそれを満足気に聞きながら、身体の力が抜けるのを感じた。駆け寄った「戦士」風の男が咄嗟に抱きとめてくれた。
『やったんだ、俺……』
力の反動なのか、とても眠い。全てを振り絞った実感があった。これまでのつまらない人生では、一度も感じたことのない充足。第二の人生は、きっと素晴らしいものになる。
褐色の肌をした精悍な「戦士」に微笑みかけ、俺はゆっくり意識を手放し―――
「大丈夫か?」
戦士は腕の中の少女を軽く揺さぶる。
「…………うん。巧くいったね」
目を開いた少女は、可憐な貌を、茶目っ気たっぷりな笑顔に変えた。戦士に支えてもらって立ち上がると、うん、と伸びをする。さっきまでその身体じゅうにあった光る紋様は、きれいさっぱり無くなっている。
「相変わらず凄いわね、原理はよく分からないけど」
様子を見に来た弓兵は、しみじみと感心しながら、彼女より頭一つ分低い位置にある少女の頭を撫でる。
「えへへ、簡単だよ! 力を持ってきて、投げつけるだけ!」
踊るように、少女は球を投げるような仕草をしてみせる。腰に巻いた布がふわりと翻った。
「簡単って言うけど……」
弓兵は苦笑いするしかない。
そこへ、魔物の消滅の確認と、周囲の警戒を終えた勇者が混じる。
「君には簡単かもしれないが、君にしかできない」
笑顔で彼もまた、少女の頭を撫でる。少女は得意げだ。
そう、彼女にしか―――彼女の「職業」でしかできない「術」。
この世で一番強い「力」、すなわち「命」を、身体と共に半分受け持つ「魂」。どこか遠くで肉体から離れたそれを、邪悪な存在を滅する糧として消費する術。
「流石、巫術師の降霊術だ」
(END)