08.討伐任務-Missing vision, Invincible Murder-
向かう先、中央聖教会はセントラルと呼ばれる。宗教を持つ者たちの内、九割を占める宗派であり、この国で信仰や僧侶といえば、基本的にセントラルを指す。
もう一割は邪神や、仏と呼ばれるものを祀る珍しい者たちだ。
この国では信仰のない者が大半。
宗教ではなく主義を持つもののほうが多い。経済に関するものや国が強くあるべき、あるいは逆に国民が。等の主張である……それを道すがらエステルさんに教えてもらう。
故郷の村では宗教も主義もなく、その日を地産地消で暮らすものだった。
「うちは、ハスター様よ」
イタクァは一割のほうらしい。邪教なのかな。
「私の実家は、強さ主義といったところね」
「強さ?」
「強ければ強いほど良い。それはどんな手段であっても構わない」
「経済でも、政治でも?」
「そんな小手先を凌駕するほどの純粋な戦闘における強さが望ましい」
「ご両親は人間じゃないのかな?」
そうかもしれない……と少し青ざめる。魔女に恐れられるって、何者なんだ。
そんな会話のなか【中央聖教会・東方支部】に到着する。ややこしい名称だ。
象徴である綺羅十字が点々とあり、箇所によってはいくつも重なって渦巻く星々、あるいは墓地にも見える。そんな背景に赤子を抱く母が描かれたタペストリー。
それが中央に目立つ、そんな聖堂。膝を折り祈る女性が独擅する。
その神々しさに当てられて、嫌な記憶を呼び起こした。
「ちょっと体調が……外で待つよ」
「うちも……」
二人で出ていこうとすると、ラウラさんが気づき、駆け寄る。
「気分が優れないのですか?」
そう気遣う彼女から、ぽわわわんとエメラルドの輝きが飛び出す。
「翠霊玉-アウラグリーン-」
気分がすっきりする。
「すごい爽やかになった!」
疲れが全部取れたみたい。と皆が続ける。
「滋養強壮・疲労回復の効果がある魔法ですよ」
栄養剤みたい。
「いえ、翠霊玉といえば、あらゆる状態異常を回復する魔法ですよ」
しかも全体にかけるなんて。とエステルさんが補足する。
「魔力がもったいないんじゃないか?」
それはまだまだ平気です。ただ……と。
「私、あとは藍魂珠-オーラブルー‐という治癒魔法しか使えないんです」
「どちらも最大回復魔法じゃないですか!」
本当に物知りだなぁ。
「そのせいで聖女見習いのままなのです……」
「ですがそれも個性と割り切り、魔力の増加に重きを置き、B級まで上り詰めたのです」
完。と締める。
「終わりなの?」
「他には特別に語るほどの過去はございません……」
「さぁ、長閑な村を脅かす魔物退治へ向かいましょう!」
「おー」
「そういえば、なんていう魔物なのかしら?」
ゼファーニャが物知り眼鏡お姉さんに尋ねる。
彼女はすちゃっと眼鏡を正して説明に入る。
「レートCの、ランクルタイガーでしょう」
「虎にしては珍しく、基本4体の群れで行動します。速度以外は大したことがないかと」
どこか情緒を感じる名前だな……
その村への馬車を手配済みであると、マリィさんが続ける。
「必要ないわ。転移魔法を使うから」
「そんな高度な魔法を?」
物知り眼鏡のレンズが曇る。
「無詠唱でとはいかないけど」
「地図を見せて。具体的な方角と距離でもいいわ」
エステルさんのモバイル情報端末から地図を見る。
「わかった、あちらの方角に、30kmね」
逆の方向を指差す。
「真逆だ」
決まらないな……僕は彼女を半回転させて修正してあげる。
「……くらくらするわ」
指先が光り、地面に魔法陣を描き始める。
ふんふんふーん♪と鼻歌まじりに踊るように。複雑で美しい幾何学模様を描き出す。
それは酔わないのかなぁ。見入って……十分弱。
「描けたわ」
「二時間は短縮できましたね!」
「あ、これ、何日か残るから、上で魔力を込めないように注意喚起しておいて」
「じゃあ、行ってきます」
「本当に大丈夫かなぁ?走っていこかなぁ?」
「私を信じなさい」
「信仰はしませんが、信じましょう~」
浮遊する感覚。エレベーターに近いが、強く、長い。
足元から消えていくのが、ぞわぞわする。
「あ、転移先に物とかあったらどうなるの?いしのなかに埋まったりしない?」
「大丈夫、ちゃんと……」
口元が失くなり、根拠はわからないままだ。
(足元が固い……木の感触……どこに出たんだろう……)
転移中の浮遊感がなくなり、そわそわも収まると。
腰を抜かしたお爺さんがいた。
「なんじゃ、お前らぁ」
レンガ造りと暖炉、魔法灯の照明から、良い家であると判断。村長の可能性が高い。
「ダマスクの冒険者ギルドの方から来ました」
「どこ、ここ」
「あぶな、暖炉避けの効果は描いてなかったわ」
「あら、最後ですか」
「そういえば、ラウラさんに最初会った頃の、老人口調みたいなのはなんだったの?」
続々と現れる皆。本物の老人を前にして疑問を思い出す。
「あれは、先達として威厳を出すために」
一生の恥です。と赤面して胸を寄せ、俯き顔を埋める。
「誰か、誰かーっ!!」
そうやって村長?に通報された僕らは、村人に囲まれる。
「まぁまぁ、落ち着いてください」
住民たちに槍や鍬を突きつけられながら、僕はそう諭す。
「あなたが落ち着きすぎなんじゃない」
害意はないことを示すため、僕らは両手を上げている。
「あ、こいつら、知ってるぞ」
「ダマスクで見た。やらしいなりの女を縛って辱めながら闊歩してた、変態の悪党だ!」
どうやら悪評が伝わっているようだ。
「それは誤解です。説明が面倒なので、IDを見てください」
僕のカードを放り投げ、確認させる。
「本当に冒険者なのか……紛らわしい言い回しをしおって」
言葉って難しい。
「ちなみに端にいるとんでもない肉体の人が、お昼に捕縛されていたB級痴女です」
「本当だ!ぃやらしすぎる!」
「聖女候補の、ラウラと申します」
彼女は衆目に晒されながらも、精一杯微笑んだ。
ラウラさんは青年には好評、少年には目の毒だったので、村長以外は家路につくことに。
男たちは女性に追い立てられながら、悔しさの念を残し退散していく。
改めて依頼内容について村長の口から聞くものの、新しい情報はない。
被害の度、ギルドに苦情と嘆願のため使いを出し、今回でようやく。恐らく先ほどの痴態を目撃していた男性がそうなのだろう。
試験のために随分待たされた。文句を受けた三人は、責任を感じてはいなかった。ゼロ。
申し訳なさそうにするのはラウラさんだけだ。
「お詫び申し上げます」
「今からちゃっちゃとナンクルタイガーってのを片付ければいいんでしょ」
我がヴァイスプレジデントが逸る。
「ランクル」
「どうせ簡単に倒せるし、覚える必要なーし」
老人を連れ、急ぎ事件現場に赴く。
「この魔法陣、消えないけどどうなるんじゃ……?」
そんな疑問を置き去りに、半壊した犠牲者の家に着く。
「血のにおいがするー」
食事どきに近所の煮込み料理を嗅ぎつけたくらいの言い方。
「二人死んでる。女の人が殺されて、怒った男の人が戦って殺された」
「それで、子どもが逃げた。命懸けで逃したんだね」
亡くなった戦士に合掌するイタクァ。
そんなことまでわかるのか……と長老と僕は愕然とする。
「ぶち殺してやるわ!どこよ!」
激昂したゼファーニャが、家の中を見て回る。もう室内にはいないと思うんだ。
「血の痕跡からなにかわからないかしらね……」
彼女がふんふんと鼻息荒くきょろきょろとしていると、あっち。と、イタクァが指す。
「そうなんじゃ、あの小高い森林からやってきて、人を喰う」
数十年に一度が十数年に一度に、数年に一度から、ここ一年で数度。というように。
ところで。と僕は区切る。
「そういう老人口調って、いつ身につくものなんですか?」
「早くいってくれ……頼む……」
しっしっと追い出されて、森のなか、においを追うイタクァに続いて進む。
「ヨナさんはなんで人の嫌がるところを突っつきたがるんですか?」
ラウラさんの質問に、本当に……とゼファーニャが感情を込めて頷く。
「単純に疑問を口にしているんだけど……」
「知的好奇心が旺盛ということしょうか……?」
「時と場所と時間を守りなさいよ」
「時が二個入っている……機会じゃないか?」
そんなくだらない間があって、イタクァが止まる。
「もうすぐだけど……」
「四体どころじゃないよ、数十、百とかいる」
「そんで、殺し合いをしてる。違う種と」
「大変です……」
ごく……とラウラさんが気を引き締める。
「うん……めちゃくちゃ儲かるかもしれないね……」
「ロイヤルティも上がるわ!」
「ちょっと石を投げようか?」
「燃やし尽くす?」
「だめだ……恐らく死体が粉微塵になってしまうから、真実と思われない可能性がある……なんか全部を凍らせる魔法とかないの?」
「ここまで火属性で通してきた私に、それを聞くかしら?」
「死なないだけで痛みだけがものすごい火傷魔法とか」
「ないわよ……創ろうかしら?」
「可哀想過ぎます……そんな重体なら、私が治してしまいそうです」
「じゃあ、僕が切ってみよう」
「うちが噛みついても、いいんだよ」
「ラウラさんでも治せない感染症にかかるかもしれない……」
脅すと、震える。本当は新しい短剣を試したいだけだが。
「それで、全ての肉片を納品するのね!」
「うん、まぁ、そう……」
言い方よ。地獄か。
「イタクァは、二人を守ってて」
それを合図に、駆ける……ぴょんぴょん跳ねる。心も同じく。とても軽い。
装備は動きを妨げないように。素早さを最大限活かし、増幅する魔法が付与されている。
新調した短剣は以前のものより軽すぎて少し不安になるほどだ。
「あっ」
それを視認すると同時に、心臓を貫いていた。
「だめだな……味方であってもやってしまいそうだ」
動体視力。それで捉えて反射でしたいこと。そして実際に行われるものが合っていない。
「というか、虎じゃないぞ。なんだ、これ」
牛のような頭と蜘蛛のような胴体に、尻尾が剣みたいに尖っている。
一旦離れよう……魔物たちは混戦しており、乱入者に気づくことはなかった。
「はや……終わったの?」
ゼファーニャは酷いやけど魔法を考えているらしく、唸っている。
「うちら、ぶんぱいでレベル上がったよ」
ぶんぱい……?分配か……首を振ることで応える。
「あのさ、みんな」
短剣の先で地面に魔物の絵を描く。
「まぁ、上手」
ラウラさんは感嘆するものの、覚えはなさそう。
「こんな魔物が残り五体と、虎が百体くらいの争い。虎がやや劣勢」
「それでこれ、知ってる?体高は1.8m、体長は4m、横幅は3mくらい」
察してはいたけれど、皆が知らないと答えた。
「あ、頭はオニっぽいわ、ずっと東の地にいるらしいけど」
「オーガとは違うの?」
「未確認生物だから詳しくは知らないけど、鬼は鬼神とも言って、神に近い存在と書物で読んだわね。オーガは実在する亜人種よ」
「実家の領地で労働しているのを見たわ。気の良さそうな一本角の巨人よ」
「へぇ……何mあった?角ってこの魔物みたいに二本のものもいるのかな?」
「4mくらいじゃない?冒険者試験の試験官くらい。角は知らない」
「見てみたいなぁ」
「いずれ見せてあげるわよ……早く行ったら?」
日が暮れるわ。そう急かされて再度駆ける。
「あ、百対五で競り合っているのなら、B超えてますね……」
ラウラの遅れてやってきた思考と思慮の言葉は、もう届かない。
「あれ……残りの鬼を殺せばいいのかな?」
さく。
「虎はそもそも百体もいたのか……?生かしても殺しても生態系を壊しかねないな……」
割く。
「鬼と戦うために数を増やす必要があって、村人を栄養にしたんだと思うけど……」
咲き、乱れる。
どうしよう……反射でランクルタイガーを十体バラしたところで、思考の沼に嵌る。
鬼も全て解体してしまっていいのか、わからない……
鬼四と虎百で同程度とするなら、鬼二と虎五十のつがいを残せばいいか。
雑な折衷案を生み出す。そうしよう。
周囲の虎を刈り取るも、意識が僕に向くことはない。心臓がないまま、未だ鬼と争う。
でも死んだやつとそうでないやつの見分けがつかないと困る。
新たな疑問が湧く。死体を運ぶの、どうするんだ?討伐証明……うーん……頭?
そうして、僕自身も思考を切り離して行動に移す。
すいすいと木々の間、草の上を泳ぐ。
目に入るものの動きを見て、行われる反射。頭部をしゅぱっと切り飛ばした。
飛ばすというのは、感触が違うんだよなぁと思う。
武器屋の店主が披露したような、指の傷跡どころか何もなかったようにしたい。
魔物の動きを見てから反応するのも違う。
まして相手がこちらに気を留めていないのに。だめだな、下手くそ。
行動を予測して短剣を置けば首が失くなっている感じで。
しゅぱっじゃなくて、すーっ。
ベースとなる生き物と筋肉や骨の付き方は同じはずだ。たぶん。
再度、挑戦。虎四体、捕捉。
かみつき、ひっかき、ひっかき、かみつき。
上、中、中、下。
すいーーーーーっ。首を切り離す。血は遅れてきて繁吹が上がっても、身体は戦う。
振りの力みが気になる……我流だし、しかたないのかも。
習うより、慣れろ。
虎は鬼を囲むように必死に……頭が失くなっても当分は……戦ってくれている。
囲いの一面がなければ、鬼が優勢になり、間引きが完璧でなくなる恐れがあるので、その生命力は助かる。
自らが死んでいることに気づいたのか……動かなくなれば、補充要員が躍り出る。
虎四、虎六、鬼、虎六、虎四。
僕の身長は160cm。鬼の方が高く、手を高く振る動作が要る。一手間かかるのが悔しい。
幽霊のように、見たことはないが……気づかれず、すり抜く。
解体するごとに、調子が良くなる。慣れてきたのもあるが、明らかな躍動を感じる。
身体が軽過ぎる。同時に目に違和感。
「ん……?なんだ……?」
視界がぼやけて……瞬きをすると、世界が変わる。「線」が見える。刺青のような線が。魔物に、物体に重なって見える。
「あ」
ダマスカス模様が真紅に染まっている。その真骨頂は、力が不要な軽さと鋭さか……
という間に、終わっていた。
そして口に発したことで、魔物は闖入者に気づく。あぁ……まだ残っているのに……
まずは鬼が。続いてそれのよそ見に流された虎が気づき、辺りに伝播する。
鬼は僕を見るなり、ぶるぶる震える。恐怖によるものではなく、何かの狙いがある。
嫌な予感……飛び退く。
……それはぶしゅっと口から濃霧を吐きかける。
「うっ、酷い臭いだ……」
本能の警告に従い、紫色に染まったその空間から、おおよその間隔を取って観察する。
まだそこにいた虎は瞬く間にぶくぶくと泡を吹き悶絶し、ばたりと意識まで絶たれる。
「死んだ……?なんで今まで使わなかったんだろう」
謎はすぐに解ける。一帯の草が萎れ、木々は縮み、形を保てずぼそぼそと崩れていく……
あぁ、環境を壊して自分の首も絞めるのか……
そう納得すると、きらりと光の反射を捉える。
「ん?」
一瞬でぐるぐると肩から手首まで捕縛され……包まれることで何かわかる。
糸だ。多彩な芸を持っているなぁ。とか感心している場合ではない。
蜘蛛の糸はかなり丈夫だと聞く。魔物の発するもので、帯と化したものなら尚更だろう。
「ふんぬっ」
と力を入れるふりをするが、僕はそんな怪力ではないのですぐ諦める。
イタクァなら破れるのかなぁ?試してみたい。
二つの意味で捕らわれていると、虎が飛びかかってくる。
共闘するのか……狡い。
狡いというのは、弱い虎をぶつけてきた鬼に対してだ。
安全圏から楽をして殺せばいいという考え。それが気に食わない。
敗因は指まで覆わなかったことだな。それでもなんとかできるだろうけど。
指先でくるりと短剣を手首側に回すと、さらりとの端が切れる。
そしてそのほつれは線に従い浸透していく……身体にかかる緊張もほぐれて、解ける。
【解体】の真価まで引き出してくれて、ありがたい。
鬼はだめ押しとばかりに毒を吐きかけてくるが、遅い。
「それは勘弁してほしいな」
回避一択。くるりと宙返り。跳ねた先にも毒霧を準備する個体がおり、隙だらけなので短剣を置いておく。よって首はなくなる。
準備動作でばればれなので食らう馬鹿はいないだろう。浅はか。
飛び交う糸は。手首を内外に回して払うだけで雲散霧消していく。
「もう芸がなければ、抵抗せず死んでくれるかな?」
「そうやってずっと大人しくしているなら、殺す必要もないんだけど、どうだろう?」
そうやってとは。諦めたのか何もしなくなったことだ。そんなものたちに提案してみる。
言葉が通じるとは思っていないけれど。
「ま……て……く……れ」
鬼から、そう聞こえたので、じっと待つ。周囲の虎に向かって何か呼びかけている。
魔物共通語とかあるのだろうか……?そうしてまたこちらに向き、なんとか声を紡ぐ。
言葉が拙く長いので忍耐がいる。要約すると。
彼らは牛鬼という種族で、この地に漲る膨大な魔力に惹かれて極東からやってきた。
故郷の退魔師という人草風情共から追われるより、魔物も人も弱過ぎて楽なここに居たい。そう嗤う。もう人里には現れないから。と……嘲笑う。
約束して、満足した僕は帰途に着く。そんな背中を見せてあげれば。
「ほうら」
振り返る。鬼が揃って糸と毒を吐きかけようとしていた。
言葉の端々に傲慢さが見えていたから……僕が嘲笑うと、相手も返す。お別れの挨拶。