07.パーティー結成‐PartyDirtyDiary‐
07.パーティー結成‐PartyDirtyDiary‐
「まだ午前中だから、ぎりぎり大丈夫なんじゃないかな」
「朝とは言わないでしょ。昼前よ……」
でも時間の指定はないしなぁ。
「田舎の感覚だとそうなのだと僕に責任を押し付けたらいい」
「そうしましょう」
「まぁ田舎の朝は早いけどね」
付き合いきれないとため息。打ち切って、ギルドへ……進もうとするゼファーニャだが。
「道がわからないわ……」
「じゃあ、迷って遅れたということにしよう」
「そんな情けない冒険者がおるか!」
ちなみに僕は憶えている。
「あっち、あっち」
イタクァが先導する。急いで指す先に向かう。頼もしい。
「めちゃ美味しそうな匂い」
屋台についた。
串焼きか……思うところがなくもないが、アレルギーはない。出るのはあれだけだ。
「そういうわけで、僕も食べたいが、金銭がない」
「どういうわけなの……もういいわ、食べましょう」
このご令嬢、割と真面目じゃないよな。
僕もそうだが、目の前のことを諦めるというか、流される節がある。
「三つ、早くお願い」
注文する。
「四つください」
追い注文。僕は空腹だ。
「いつつ、たのもう」
追い追い。イタクァも空腹なのだろう。
「もう!……六つください」
お嬢様?
肉を焼くいい匂いがする中で、待つ。くぅ。と誰かのお腹がなる。
「そんなにお腹が空いていたのね、イタクァ」
「うん……そう……」
曖昧な言葉で責任を押し付けようとしている……でも奢りなので黙っておいた。
「いただきます」
三人でちゃんと食前の挨拶をして、優雅な貴族に合わせてゆっくり食べる。美味しい。
「んまい」
イタクァは速攻で全て平らげていた。
「飲み物がほしいわね……お釣りは上げるから何か買ってきなさいよ」
「承知しました。お嬢様」
銀貨一枚渡される。物価がわからぬ。
黒金貨>白金貨>金貨>銀貨>銅貨で、十進法だ。
名前で表された金属で出来ているわけではなく、合金なので安定した資産としての貴金属とは違う……と落ち着くために頭を働かせてみる。
串焼きが一つで銅貨1枚。余裕そうだ……
「ソーダを買ってきた」
「炭酸にはまっているの?」
「銅貨三枚だったので、七枚貰う」
「どうぞ」
僕は初めてのお小遣いをもらった!
「甘くてしゅわしゅわで美味しい」
「今夜もワインを戴きましょう」
「わぁい」
賑わう広場の長椅子で憩う。内臓が落ち着くまでのんびり。
かぁんかぁんと一時間おきの鐘がなる。
「昼じゃないの!」
「12時だね」
「なんで12区切りなの?」
「僕も知らない、それは。世界の謎だよ」
「へぇー」
「のんびりしてないで行くわよ!」
「どれだけ遅れても遅刻に変わりないから、ゆっくりで良くないかな?」
お嬢様が一考する……
「欺瞞じゃないの!」
惜しくも騙されることはなかった。
「遅い!」
立ち上がった途端、いきなり謎の女性から注意される。身なりを見回してみる。
十字の模様が描かれた帽子。横に垂らす銀の髪。そして……全身にぴたりと張り付くワンピースに、前後の凸部に被さっているだけのひらひらぴかぴかとした布。腰には杖。
闖入者が何者なのか、相談を始めた。
「痴女じゃないの?すごくいやらしいわ……ボディラインそのままじゃない」
「ちじょって、なに?」
「変態女性のことだ」
「あれ、ばすろーぶ?」
「それより隠せてないわよ……」
「たぶん信仰魔法の使い手だと思う。十字架からでしか判断できないけど」
「何をひそひそと話しておる」
「そちらこそ、何用でしょうか?」
代表して問いただす。
「ギルドから来たものだが」
「証明は?IDを見せてください。これは任意ですが、疚しくなければいいですよね?」
「やっぱりこいつ、人を苛つかせる天才ね……」
「うちだったら、むっとする」
むっとするだけで済むならいいけど。
「腹立つな、お主。見るがよい」
開示してみる。他人の場合はどう映るのか気になっていたんだ。
「なるほど……ラウラ(17)。Lv128。ロイヤルティBの聖女見習い。スリーサイズは上から109,57,90……【Iカップ】なんてことだ……」
「やっぱり痴女じゃない!なんでそんなこと公開してるのよ!?」
「何!?年齢、聖女に身体情報!?なぜ記載されてるんじゃ!?」
「なんでそんな口調なのかもわからないし、冒険者ギルドまで来てもらいます」
三人の暴虐の敵意が膨れ上がり……
「ひゃん!許して……」
腰を抜かす彼女は、懇願する。
「着いていきます……」
「念の為、ゼファーニャは間隔を空けてくれ」
「わかったわ。気をつけるのよ」
猿ぐつわと縄で全身を捕縛し……肉感が強調されてしまっているが……連れ歩く。
僕は背後を警戒しつつ前方を歩き、痴女を引っ張りギルドへと進む。
「レベルの高い痴女を捕縛したから、遅刻を許してもらえるかもしれない」
「良かったわ、痴女と幸運に感謝ね」
「ぐるるぅ」
イタクァが後方から威嚇する。
(本当なのに……)
引かれゆく痴女は泣いている。哀れな気がしてきた。
「きっと改心したのね」
ゼファーニャが功績を挙げたと喜ぶ。
街の人からの眼差しが痛いほどだ。これが僕たちの冒険者としての最初の一歩。
ギルドに着く。道順が正しくてよかった。
「遅れてごめんなさい!変質者を捕らえました!」
僕は。僕たち一行は、堂々と立つ。
「心配しておりました……あら?」
受付嬢らがぱたぱたと歩き出迎える。
「この痴女を捕まえて參りました。結構な罪を犯していることでしょう」
「聖女様!?」
「聖女……様……?」
確かにステータス上には聖女見習いとあった。しかし犯罪者に変わりはないはずだ。
「この方はお話した、同行する先輩冒険者の方です!」
普段ぽわりとしている彼女が、打って変わって禁忌を犯したように怒る。
もっとも怒りそうにない人の怒りほど怖いなぁ……
「私たちのもう一人のパーティメンバーは……犯罪者の痴女ということ?」
「もうひとりも変態なん?」
……も?あぁ、お尻を出したゼファーニャのことか。
「何か誤解があると存じます」
縄を解かれ、聖女様?はそうこぼす。
先だっての出来事をありのまま伝える。
「そんな情報、IDにありませんよ?」
受付嬢はそう告げて、彼女の情報を見るよう促す。
「ラウラ。Lv128。ロイヤルティB。治療師」
それだけ。
「でも、僕たちは確かに見たんだ……」
「確実に見たわ……数字の暴力を」
「ごめんなさい」
イタクァの切り替えが早い。
「申し訳ございません。うちの者が粗相を」
ゼファーニャが貴族然として頭を下げる。
先を越さ……裏切られた。尻尾切りである。しかも自分がリーダーのような振る舞いだ。
「本当に申し訳ありません」
僕も謝罪することとなる。悪いのは確かに僕……なのか?
「いえ、私もあの謎の情報は見ましたし、きっと心と言葉が足りなかったのです」
「今後は規律を守り、冒険者の模範となることを心がけてください」
聖女様。ちょろ……いい人だ。
そしてなんやかんやで、遅刻については有耶無耶にすることができた。遅刻のことはね。
「ごめんください」
ちょっとした騒ぎが収束してすぐ、来訪者。ホテルの制服を着用しており、ぴんときた。
「はいはい。なんでしょうか??」
おっとりした方の受付嬢が応対する。
「ぬわっ!?」
変な悲鳴。
彼女らが僕たちに顔を向けることで指し示し、対話が続く。
「……かしこまりました……少々お待ちください」
とててと小走りで受付の奥へ、そしてトレイを手に戻ってくる。
「こちらで願います……領収書を……」
「わざわざお出向きいただき、ありがとうございます」
来客を見送り、踵を返す。
「あのぅ……エステルさん」
「慌ただしいけど、どうしたの。マリィ」
呼ばれた眼鏡の受付嬢が向かう。やっとふたりの名前がわかった。
「請求なんですけど、金額が……その……」
「わっ!やばっ!」
口調が崩れる。そうして、また詰問のために集う。
「ホテルからの請求が、白金貨六枚でした。どういうことでしょう?」
「ご飯を食べて、お酒を飲みました」
「そう……ですか……」
眼鏡を曇らすエステルさんはうんうん唸って言葉を選んでいる様子……
「高いんです!」
普段は穏やかだが今は怒りに震えるマリィさんが、声を荒げる。もしかして追放される?
「詳細をお聞かせ願えますか?」
眼鏡をきらんと輝かせるエステルさん。そして昨夜の出来事を総ざらいする。
「高級ワインを……数十本……そうですか……」
「今後は酔わない程度に用量を守ってくださるよう、願います」
エステルさんの顔が引き攣っているが…… なんとか許してもらえたようだ。
パーティ内で相談する。
「どうやら、飲みすぎたらしい」
「そんなに良いお酒だったかしら?」
「用量を守ってその分高いものを飲んで同じ金額なら怒られないのだろうか?」
「だめに決まってるでしょ。イタクァでもわかるわよ、ねぇ?」
「わかるよー。でもはっ金貨六枚の価値はわかんない」
「お昼に食べた串焼き六千個ぶんよ」
「ほー」
ぴんと来ていない。
「平民なら二、三年は暮らせる金額ですね」
先輩であるラウラさんから大体の金銭感覚を得る。
「冒険者って儲かるんだな……」
感心すると。
「冒険者でもそんな豪遊は普通しません!」
聞こえていたようで、鼻息が荒いウマみたいになっている。
「落ち着いて、マリィ」
「それだけあればどれほど楽にさせてあげられるだろう……おかあちゃん」
マリィと呼ばれた受付嬢はすっかりおかしくなってしまった。
「本題に入りましょう」
エステルさんが仕切り直す。
「当分、組んでいただく熟練冒険者の話ですが」
「それがこちらの未来の聖女である、ラウラさんです」
「よろしくお願いいたします」
にこりと聖なる女を表す祝福の笑みを浮かべる。
「当分というのは?」
「暫くは一つ上の級の方とご一緒で、皆さんが上がればまた一つと」
「Bになったら、Aのひとが」
イタクァが反芻する。
「そうです!理解が早いですね!」
喜ぶマリィさん。
イタクァは異なる文化圏出身で、会話と読み書きが得意でなく、この国での常識、制度に馴染みがない。
それをそのままに、彼女は一番乗りで冒険者試験に臨む。その際の受付がマリィさん。それからは合間にちょくちょく面倒を見てもらっていたということだ。
「僕たちの……僕のパーティには治療師がいないから、ありがたいね」
「でも質問があるんだけど……」
「一つ、なんでそんな痴女みたいな格好をしているの?」
「一つ、聖女は多少わかるけど、見習いとか候補ってなに?」
「一つ、最初に会ったときの口調はなんだったの」
「口調……?」
受付嬢ふたりの頭上に疑問符。
「えっと……そうですね……」
あわわとどう伝えようか張り巡らせる。
「聖女とは、最上位の聖職者のことであり、私はまだ未熟ですから。でも次になりうる一人として候補と呼ばれるのかなぁと」
「えぇーっと……その教えとして、裸というものは本来恥ずべきものではなく、羞恥を感じることがそもそも不敬なのだと」
「それに耐えることも修行の一つ、でも公共の場で全裸になるわけにはいかない」
「よって羞恥心を高めつつ、装備の恩恵を得られるせめぎ合いでこうなったようです」
改めて説明すると、すごく恥ずかしい……でも試練。そう頬を赤く染める。
「なるほど」
変な宗教だな。とは言わないでおく。
「それでくちょ……」
「そういうわけですので、よろしくお願いいたします!早速クエストを受注してその狂った金銭感覚も正常にしましょうね!」
誤魔化された。さておき。
「クエストか……冒険者らしいな」
「皆の平均等級と同等の依頼が受注可能です」
「本来は危険なので一つ下を勧めるんですが、この御一行なら問題ないとの判断です」
「そしてとても大事なことを忘れていましたが……」
全員がごくりと息を呑み、強張る。
「パーティの名称はどうしましょう?」
力が抜ける。
「でも、大事よね」
「獄炎帝のゼファーニャが言うなら、そうだね」
「爆炎帝よ!違うわよ!赫灼……紅蓮の魔女よ!」
忘れかけていたな。
「あと、リーダーですね」
「ラウラ様……さんが先導しますが、一時の予定であり長とはなりませんので」
「お三方からお決めください」
「じゃんけんだな」
「いや、どう考えても私でしょ」
「じゃんけんって、なに?」
じゃんけんについてエステルさんが丁重に説明し、実演する。
僕たちだと有利にするべく嘘を吹き込むと勘ぐられたようだ。
「いえ。じゃんけんで決めるのは、どうかと」
ルールを教えておいて、突っ込む。ノリツッコミという話芸の用語があるがそれかな。
「ヨナさんか、ゼファーニャさんではないですか?」
マリィさんが、この国における知見に従い決めるべき。と提案する。
難しい。ゼファーニャは貴族社会の見識があるが、世俗はあまり知らない。
僕は世俗について実生活と書籍により彼女より知識はあるが、貴族社会はわからない。
「じゃんけんで勝ったほうがリーダー、負けたほうがヴァイスプレジデントにしよう」
「何それ、じゃあ私、ヴァイスプレジデントにする。響きが格好いいもの」
「じゃあ僕がリーダーだ。よろしくね。ヴァイスプレジデント」
「パーティ名称はヴァイスプレジデントに任せるよ。いいのをお願い」
「漆黒……堕天……絶影……絶命?……滅殺……滅界……疾風……災厄……疫病……」
「あの、堕天は聖女としては……」
「採用しないから、気にしないで」
他はいいのかな?
「一番と唯一って意味で、【ザ・ワン】はどうかしら?」
「あ、もうありますね」
「あ、そう……」
「灰色……灰燼か……」
そう呟き、僕を見る。まだ僕に対してそんな邪なことを考えているのか……?
「魔を討滅し、骸に灰に。残るのは微かな火と僅かな風」
「【魔骸灰燼】は、どうかしら?」
ゼファーニャは我ながら、良く考えたと大きな胸を張る。
「いいね、討ち滅ぼしたい」
(魔とは限らないけど……)
「いいですね!綴りは違いますが、同名の瀕死状態を蘇生する魔法もあって、レイには光線って意味もありますし」
……貴重な第三者の意見もある。
「うちも賛成!闘争の情景が浮かんで趣がある!」
イタクァの賢さが急上昇した……?
「風がぶわっとなって、ずたずたになって、すかすかになって、最後はなくなるんだ」
そうでもないか……?
「全員の要素を入れつつ、格好がついている。やっぱり私って!」
ちら、とエステルさんに目を向ける。
「問題ありません!」
マリィが情報端末に入力する。
「リーダーはヨナさん、パーティー名、魔……骸……怪、違う……灰燼」
登録が終わる。
「じゃあ、皆で輪になろう」
円陣を組む。
「【魔骸灰燼】(レイズ)始まりだ」
僕は真ん中に手を差し出す。
エステルさん、マリィさん、ラウラ、それを真似してイタクァ。と順に手を上に乗せる。
しまった、こういうのは長が最後に乗せるものな気がする。
ゼファーニャがにぃと笑い、こほん。と、咳払いする。
そして手を置くと、演説が始まる。
「私たちは立ち塞がるものの一切を打ち斃し、滅する」
「永劫の死を与え、骸に変える。やがて骸は灰となって散る」
「散り塵になった灰の他に残るのは炎と暴風」
「尽くした火と風が舞う中で、踊るのは私たちのみ」
荒野に佇む王を想像させるそれは、邪悪な思想そのもの。けれど誰も気づかない。
各々の心に、それぞれの理由で火が点く。
「おーっ!!!」
イタクァを起点に、皆で叫んだ。