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06.想定外のおもてなし-Loyalty, Hospitality, No-Reality.-

06.想定外のおもてなし-Loyalty, Hospitality, No-Reality.-

「冒険者試験合格、おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」

受付嬢の二人が、祝福の言葉を述べる。

「ありがとうございます」

「ありがとう!」

「どうも」


三人とも、IDを発行してもらうことになり、黒いカードを受け取る。

「あれ、ゼファーニャはIDは持ってないの?」

「どうも」

「うちは初めて!」

「僕もだ」

ふふふとお互いに笑い合う。

(田舎者なんだな……)

(田舎者なんやね……)


「これから、どうすればいいんでしょうか?」

逸る僕。メガネのお姉さん受付嬢に聞く。

「そうですね、まずIDに『開示』と念じてみてください」

「かいじカイジ開示……」

イタクァが唱える。

「口に出す必要はないんですよ」

おっとりと、髪もふわふわした純真そうなもう一人の受付嬢がそう諭す。

「ぽわーんってなんか浮き出てきた!」

元気だな……

何か光っているのはわかるが、他人のものだからか、見えない。


イタクァを見ている限り、問題なさそう、念じてみる。

ゼファーニャも抜け目なく、僕が開示したのを確認してから、続く。

「それが皆さんの出自とステータスです」

「身分を証明するときはそれを渡してください。重要な情報は他人には見えませんので」

冒険者等級(ロイヤルティ)Cか……すごいのかな?」

「えーびーしー……三番目かなぁ?」

「どうも」

終わりとばかりにゼファーニャはつかつかと、どこかへ行こうとするが、制止される。


「まだ説明は終わっておりませんので、どうか」

ぺこぺこと頭を下げる。かわいそうだ。

「良くないよ、ゼファーニャ」

留まるものの、つーんとしている。


「皆様のC級からのスタートというのは、稀有な例です」

「とても凄いことなんですよ!」

「やったね」

「どうも」

「今後は、お三方でパーティを組み、冒険者として学んで頂くことになっております」

舌打ちが聞こえるが、皆は無視する。


「認定されたとはいえ、いきなり等級相当のクエストをこなすには難しいものです」

「そこで、もう一人の熟練冒険者を加えた四人一組で行動していただく所存です」

「それが受け入れられないようであれば、等級最下位からとなってしま……」

「どうも」

割って入る。肯定なのかな。

「貴族のエリートが、最下位からか……とんでもない高低差だね」

「クムワ」

「Cになれたのって、ゼファーニャのおかげじゃない?すごいもん!」

「どうも」

人に戻りつつある……かも?

「本当に凄まじかった。地属性の適性まであるなんて……」

「どういたしまして」

嬉しそう。

「あんなすごいの、うちのうちでもそういなかったよ!」

少しはいたのか。

あぁやっぱりそこが引っかかってまた不機嫌になった。あと一人称がややこしい。


メガネのお姉さんに視線を送る。目と目が合い、通じた気がする。

「本当に。物語に出てきそうな、幻想的な風景でしたわ」

「きっと賢者というのは貴女のような方のことを言うのでしょうね」

メガ姉さんが畳み掛ける。

「どうも△」

鼻と声が高くなり、抑揚がついてきた。

「魔法学院出身でも、こんなに優れた方はいないと聞きます!あなたの受付ができて光栄でした!」

心の底からそう言っているだろう純粋さが褒めに拍車をかける。

「流石、貴族!」

僕は続けて増幅する。

「さすが!お嬢様!」

イタクァが。

「どうもぉー!」

ゼファーニャの機嫌が最高潮に達する。

「胴上げしよう!」

そう提案すると。

「それはいいわ」

静かに断られる。ようやく正気に戻ったようだ。


「当ギルドからのお祝いとして、ひと月ほど、最高の宿を手配させていただきます」

「そんな歓待があるのか……すごいな……」

「ありがとう、ゼファーニャのおかげだ」

素直に感謝。

「ほほ、いいのよ。身分が違えど、同じパーティですもの」

身分差はしっかり強調する。

「嬉しい!ずっと野宿だったから!」

イタクァ、かわいそう……でも僕もそうだった。

そしてその場は、解散となる。


「乾杯」

「かんぱぁ~~い!!」

「どうも」

僕らは、最高級ホテル【リッチ ハイアット】に併設されたレストランで乾杯する。

またゼファーニャが不機嫌になってしまった……

それは僕たちのいなか者丸出しの、礼節を弁えない言動に対する呆れと恥だ。


僕は到着してからというものずっと、そびえ立つホテル。そして建物内の豪奢さに、ヒトの技術を讃えていた。

イタクァは建物の高さや価値には興味がなさそうだったが、彫刻や花瓶の染め付けなど至る所に見られる作り込まれた意匠。短剣、蔦や花などのもの。それらを見る度に……

「これなぁに?」

と子どものように、子どもだが……ゼファーニャに質問を繰り返す。

そんなことを食卓につくまで繰り返したあげく。これから落ち着こうというときに。

提供される、豪華で長い名称の食事と闘う。武器(カトラリー)の扱い方にも困惑する様。

僕は知識はあれど経験に欠けており、手付きは拙い。

イタクァは素手はだめという意識はあったが、次第にお手上げとなり、先の割れたスプーン一つで全て済ませる始末。


以上が、不機嫌なゼファーニャとの乾杯までの流れとなる。

「飲まなきゃ、やってられないわ」

彼女はしゅわしゅわと発泡する白金のワインを一気に飲み干す。

イタクァも真似して喉に注ぎ込む。

「あぁ、明日もギルドなのに、そんな……」

先輩冒険者と会う予定が。

「なんかぱちぱちする!けど、美味しい!」

「炭酸って言うんだよ」

でも飲むのは初めて。

「飲みやすいなぁ……」

お腹はいっぱいだけど、いくらでも入る。

「美味しい、おかわりもらおうかな」

「うちもほしいな」

「ギルド負担でしょ。いくらでも飲めばいいのよ」

じゃあ、と。給仕の女性に呼びかける。

「おかわりをいただけるかしら。グラスじゃなくて、ボトルで」

「畏まりました」

そのウエイトレスを含め、周囲はただ元気な席だな。そのくらいに思っていた。


提供される端からグラスに注ぎ、飲み干す。あっという間に空になる。その反復。

「もうグラスいらなくない?」

誰かが言った。おぼえていない。

「あるだけ、おかわり、ちょうだい」

言葉が上手く繋がっていない。

応対する女性。普段ならばゆっくりと諭し、機嫌のよいままにお帰りいただく。

それが最高級ホテルの品格である。無粋な者を居着かせては名が廃れる。最上のサービス業とはそういうものだ。

そう一流を誇る彼女が、目の据わる少女に逆らうことができない。

酒気を帯びた異様な席。そのはずなのに……どうしてか周りのお客様からの苦情はない。それが自然とばかりに溶け込んでいる。


「皆が一緒だと、楽しいね」

イタクァがぽつりと呟く。

「愉しいわね!アルコール最高!」

ゼファーニャが応える。

「乾杯」

何度目か、ボトルをがちんと合わせる。

僕はコルク抜きの使い方を習得し、イタクァは魔法だろうか、手をかざすと栓が抜ける。

ゼファーニャはめんどくさがり、僕にボトルを向けると顎でしゃくり、抜栓させる。

らんちき騒ぎの楽しさは空気が循環するように周囲の皆に浸透していく。


数時間後、レストランはまだ営業時間内である……すべてのお酒が尽きた。

皆が皆、なぜこんなにも痛飲したのか疑問を持ったまま、まぁいいか。と肯定して、機嫌よく散らばる。

「しょうがないわね……寝るかぁ」

そう言ってイタクァにおんぶされるお嬢様。

「朝起こすこと」

そう僕に留め置き、部屋に戻ろうと背中を見せる……絵面がやばいことになっている。

イタクァとの身長差があるせいで、背負い方が前のめりで若干の無理がある。ご令嬢も酩酊しておられるからか、大股を開いてドレスの裾がめくれ……下着とお尻が丸見えだ。

「ピーチって感じだ」

「えぇ?もう食べなくていいでしょ、明日にしなさい」

ぱんつを見せながらそう言って聞かせる。

「じゃあね」

恥を露出しながら……本人は気づかないが……ゆさゆさと揺らされ運ばれていく。

(お貴族様のおぱんつは、すけすけなんだなぁ)

かろうじて一番露出してはいけない部分だけは守られており、そこがまた良かった。


「わぁー」

個室であること自体がすごいのに。広い。天井が高い。

部屋の中に部屋がある。すごすぎて意味がわからない。

一つずつ開け放つ。扉にはトイレと書いてあったが、僕の慣れたものではなかった。

バスルームと書いてある部屋には、浴槽があった。一人で浴槽を……?

水道管からは近づくだけでなぜかお湯が出るので、おっかなくって退く。


すべての扉を閉めてなかったことにし、大きなベッドに転がる。

ふっかふかだ。天井には、扇状のものが回っている。ふぁんふぁんと。なんなんだ……

「異世界に来てしまった……」

ここ三日で世界が変わりすぎて、しらふならばきっとおかしくなっていただろう。

でもお酒のおかげで朦朧になっていて。謎のクッションに頭を置くと首と肩が楽になる。

目線の方向が低くなり、机がある。そして【客室案内】と書かれた本を見つける。

「なるほど……水洗……トイレに温水のシャワー?……お風呂の水温を調整……へぇ……そういえば、僕、臭いんじゃないか……銭湯に行ったの……四日前……?」


(でも……だめだ……)

眠気に抗えない。

(睡魔……一番の難敵だ……)

さようなら。

自分の寝息に驚き目が覚めて、また眠る。それを繰り返す。


「ふぁあ……」

とうとう打ち克つ。十分に寝たからおさまっただけだが。

「朝かなぁ?」

二重のカーテンを開ける。内側のレースが綺麗だ。お嬢様のお尻模様を思い出させる。

(方角がわかんないや……逆ならとっくに昼過ぎだけど」


どうしようかと振り返る……

「時計がある!!」

実物を初めて見た。Ⅶと書いてある、7時だ。なぜ十二進法かは知らない。

機械じかけだったり魔法によって造られていたりするらしい。

これはどっちなんだろう。ちくたくと内部から聞こえる……機械かもしれない。

一度中身を見てみたいなぁ、バラしたら怒られるだろうなぁ。

いけない考えに支配される。動きに見惚れて悩む間に、時が飛んでいた。


「お風呂に入ろう!」

遅刻しそうなときは落ち着くのが肝要だ。

それを赦してくれるほど彼女が寛容な気はしないが。


浴槽にお湯を溜めながら、シャワーを使ってみようと思う。

シャンプー!リンス!トリートメント!ボディーソープ!

寝る前に読んだ挿絵つきの説明文から、脳内で叫び、確認する。

あわあわになる様が、鏡を見てわかる。なんで浴室に鏡が必要なのだろう。

背が低め、髪の色は灰色、目より下の髭や体毛は生える兆しがない少年がいた。


シャワーヘッドから勢いよくお湯が出て、手から逃げていく。栓を捻り過ぎたようだ。

身体を洗い流すと。まだ浅い湯船に浸かる。

汚れをきっちり落としてから入ると、こんなに気持ちいいものだったのか。

(もう泡とシャワーのない生活には戻れない……)

いっぱいに溜まり、溢れる。浮く感覚が心地よい。


浸かり始めてどれだけ経ったろう……出られない……でも僕は……上がるんだ……!

気合を入れ、ボタンを勢いよく押す。

ジェットバス、オン!

ぼこぼこぼこ……泡が立ち始める。しばし待つとぼこぼこぼこ!!と勢いづく。

初めての快感尽くしに、また時を忘れる。


約何年経ったろう……突如、泡立ちとは別の振動に揺られる。

ジェットをオフにする。たしかにドアがノックされているのが聞き取れる。耳を澄ます。

「なんかぼこぼこって音してたよ」

「あいつ……ジェットやってるの……信じられない……」

相手も耳を澄ましていたのだろう。なんて聴力なんだ。

「おい!上がりなさい!上がれ!」

急き立てられて湯船から出ると、心細い。

またね……とお風呂に対して挨拶する。


バスタオル(ふかふか!)で身体を拭くと、信じられない吸湿性。

バスローブを身体にかけ、ドアを開けて応対する。

「おはよう」

「早くないわよ!昼前よ……何その格好!変態!」

前は留めているので、変態ではないだろう。お尻を出したお嬢様のほうが問題だ。

「人前でする服じゃないのよ、それは!早く汚いぼろに着替えなさいよ!」


毎回、罵りの言葉を言わないと気が済まないのだろうか。

見たくないはずなのに、じろじろ見ているのはなぜなのか。

着替えよう。確かにぼろぼろだ。三日も遭難すればそうなるだろう。


「ぼろと、綺麗なバスローブだと、後者のほうが高級ホテルには正しいんじゃないか?」

ドア越しに投げかけてみる。

「屁理屈をこねるな!どっちも不正解なのよ!」

「そうか……じゃあ今日は装備を整えないとね」

ちら、と時計を見ると、11時になっていた。


「うちの服もぼろ……?」

「そんなこと……新しいのを後で買いましょう」

彼女は嘘をつけない。

そうして恋しい部屋を後にした。


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