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05.迫る危機、生まれる脅威-Negative VeloCity-

05.迫る危機、生まれる脅威-Negative VeloCity-

「報告いたします」

「今回のダマスクにおける臨時冒険者試験の合格者は、四十二人中、三人。三十九人は辞退しました」

彼女は上にそう告げる。

「なんだと?」

信じられないといった声色が遠隔通信用魔道具から発せられる。

相手側を映すことができるその四角の点の内側。ディスプレイは黒く、映像はない。


なにか、など。わからない。

新米受付嬢のふりをして今回の試験を観察していた彼女は、ただただ淡々と、ありのままの出来事を話す。

合格者の三名について。

尋常でない混沌の気と殺意を発している少年。飄々としながらもそれを隠そうとしない。

馬鹿げた身体能力を持ち、風に好かれる少女。

二人は共に出自が怪しい。

そして火と風と土の混合魔法を操り、【魔女】を名乗る貴族の令嬢。


ふざけた御伽話のような。それを受け、上司は考え込み、また質問をする。

「事実か?試験官殿」

問われた先は大男。形ばかりの称号である。いや、普段は確かにそうなのだ。

一刻も早く帰って暴飲暴食し、惰眠を貪って忘れたいのに……涙目になる彼。

「すべて本当であります……ございます……?」

「裏取りが必要だな」

「ヨナと名乗る少年に関し、身元について探りは入れましたが、はぐらかされました」

試験官はそう答える。

「ヴァーレという村は、地図上には存在しません」

女が付け加える。

「少年に関してはまぁ、いい」

(わかっていないな……彼こそが一番危険な存在なのに)

受付で感じとった、強大なもの。絶対的強者の自信と殺気。

最高位の冒険者である彼女は……狼狽えて晒した痴態を思い返し、暫し黙る。


「的を破壊したイタクァという少女は、恐らく異国から来た……」

「一番大事なのは、魔女を名乗る侯爵令嬢だろう!」

苛ついているのだろう。食い気味に返してくる。

(本当にわかっていない。もったいぶってるわけじゃない……脅威の順に言っているんだよ。魔女とは自称で、所詮ヒトの領域だろうが……)

「皆、勘違いしておりますが」

「同音ですが、意味が異なる」

「侯爵ではありません、領土マ=ソラは遠方にありますが、公爵です。大公のひとつ下」

(そんなことも知らないのか……やはり潮時かな)


少し遅れ、がたん!と音声越しにどのような反応をしたのかがわかる。

「大問題ではないか!」

「もとがもとで、現当主の放蕩ぶりは……昔、こちらの界隈では名が轟いていました」

王族に近い血筋。高位貴族でありながら、冒険者となって破壊の限りを尽くした異端児。

人も魔物も国も関係なく暴れていた……そんな折、たまたまこの国の脅威を払い、救う。

その功績により、マ=ソラは侯爵から公爵になって東の大領土が与えられる。しかしそこは何もない辺境の地。飛ばされたが未だ野心は漲る厄介者。

「本当なのか?いや、嘘をつく利益がないな……」

「経歴と実力は、本物です。首都ネーヴェにある魔法学院首席卒業として、相応の」

経験からそう断言する。所詮、貴族の遊び場である学び舎。と若干の蔑みもある。

「娘が冒険者になろうと、気にしないでしょう。喜んでいるかもしれない」

「それならば、使えるか……」


形振りを構っていられない事情がある。今回の臨時試験には。

「数が足らんだろ」

やや正気に戻りつつある試験官の男が言う。

「足らんのか?」

「犠牲を考えれば、足りません。考えなければ、なんとか」

「犠牲とは、どの程度のものだ」

「民は半数以上死に、経済は停滞し、このリア州が傾き、窮困に喘ぐくらいでしょうか」

「当初は試算するまでもなく全滅だったのですから、随分」

「そんなことは……到底許容できん」

「では、例えば他の領土に応援を求める。リアは貸しを作り、やがて搾取されじり貧になり、掌握される。移民は増えて、結局、縮小する」

「危機が知られれば、戦争によって直接略奪されるかもしれませんね」

「試験が臨時で行われたことで、異変の予兆は既に知られたでしょう」

矢継ぎ早に、追い詰めるように、突きつける。苛立ちを返す。


元はと言えば、近代になりダマスクが強引に押し進めた、血塗れの政策によって、今の危機はある。独自の秘匿技術をもって、調子に乗って。

もとは助け合うはずの近隣の他国。それを侵略、吸収して成り上がり……

今では西のネーヴェ、東のダマスクと呼ばれるほどに成長したこの大都市は。

西の首都からは僻み疎まれ、いがみ合い、助け合うこともできずに。

ダマスクのさらに東に配置されたマ=ソラはその過大な野望によって広大な荒れ地を整備し、より大きな脅威となりつつある。


「他の街での試験も行われたのでしょう?」

「数は集めたが、芳しくはない」

「こちらの辞退者を無理やり招集しますか?」

「良くないだろうな……」

「ありませんね、必死過ぎます」

「四十日で新人600人が爆発的に成長する奇跡に縋るか……」

半ば自棄だ。

「英雄級の冒険者に頼るしかないな……なぁ?」

「危なくなれば、逃げますよ」

本当はもう逃げたい。関わりたくない。どちらにも。

思考の海に漂い、逃避する……


ここダマスクは、アッシュ国リア州に属する、今では国で最も栄える都市。

およそ四十日後に迎える災厄は、魔王が統べる遺跡群……地獄の顕現。

予兆はあった。

前線にいるものであれば、魔物の活性化は最もわかりやすい事象だ。

町の周囲や街道など、近寄るはずがないところに魔物がいたり。

山岳や森林にいる魔物の増加やレベルの上昇が見られたり。

脅威度(レート)の高い魔物の発生が見られたり。

各地にあるダンジョンの難度が高くなったりする。


では、前線にいないお偉いさんは何によって危機を認識したのか。

ひとつ。前線にいる冒険者からの訴えが増えたこと。

ひとつ。占い師によるお告げがあったこと。

駄目押し。滅びた【遺跡】が、再構築されているのを確認したこと。進行中である。


遺跡とは、かつてこの地が国として纏められる以前に栄えていた都市である。

確認されているものは。

侵された黄金の国。

海没した島。

あらゆる国のすべての書物が所蔵されていると噂の大図書庫。

天空を追い求めた巨塔。


それらに近づくほど、魔物は活性傾向にあり、強くなる。

どうにも怪しいとの訴えがあり、州によって調査隊が組まれる。遺跡には宝が付き物であるから、邪な心もあっただろう。

私も同行していた。魔物の露払い役として。

決して調査自体には関わらないこと。調査中、もしも手に負えないものが現れた場合、自らの命を優先し、逃げてもよいことを条件に。


初めに訪れたのは黄金の国である。

周辺の魔物は確かに強くなる。近づくにつれて顕著に。並の者なら危うい。

黄金とは比喩である。資源に恵まれ、経済は潤っていた。そこは戦争によって侵略された後、資源は貪り尽くされて滅ぶこととなる。

そしてそこは今……本当に、黄金に彩られていた。

建物は黄金色に修復が進み、中にいる、修繕のために働く人型の魔物らもまた、金一色。

それに目が眩めば……死ぬ。

冒険者の一人は余りの眩さに、命との天秤を量り損ねて……勝手に突撃して一蹴された。

何もしなければ、何もされない。ただ建築作業に忙しい国にも見えた。奥に城がなければ、そこから這い出ようとする禍々しい何かさえなければ……

幸いにも犠牲はその一人だけで、調査隊は無事帰ることができた。


次、海に没したとされる島は、周辺の小島を吸い込み続けて渦を巻き、大陸として浮上する様子が見える。いずれ地続きで繋がるだろう……

遺跡として問題になる前、いくつもの船が犠牲となり、海路を変えることを強いられた。


……大図書庫は地下にある。かつて不死を願った魔女の根城である。

そこは数えられないほどの死の気配で満たされていた。

魔法による大結界が行く手を阻み、無限と思えるほどに中から湧き続けるスケルトンやグールなどの低級アンデッドと腐臭に、進むことはできなかった。


…………そびえ立つ巨塔はもはや遠くからでも眺めることができる。

足を運び距離を詰める間にも、塔は造られてゆく。警戒するも、魔物はいない。

螺旋状の階段をいくつ登っただろう。調査隊と同じ速さでは、建築速度に追いつかない。

そうして、速さと持久力に優れた数人を選び、一気に駆け上がるのだが、次々と脱落し、私ともう一人しか残らない。

最上階……今はまだ、最上階である。そこには、何もない。

降りるための階段と登るための階段があり、その間にあるだけの空間。

目の前で建造されていく新しい階層は、幻のような、実体があるような。

誘われるように……連れが好奇心で手をのばす。

「馬鹿!」

何かわからないものに手を出すか、普通。

そいつの手は、【あちら側】に呑み込まれていく。

「早く出せ!」

「う、動かない……吸い込まれる!」

肩のところまでたちまち取り込まれたところで、斬って落とす。

命は助かるものの、隻腕となり廃業することになる。

もっとも、既にその恐怖で廃人になってしまっていたが……


だいぶ付き合った。報酬に見合わない程の危険。

調査は打ち切りになる。

そうして、頼みはダマスクが生んだ秘匿物の内の一つ、占い師になる。

ダマスクの占い師は悪いことしか占えない。そしてそれは何もしなければ絶対に当たる。

わかったことは、すべての遺跡ができあがるまでの期間。四十日。

それらが完成するとどうなるのか。各遺跡の魔王間の争いに巻き込まれ、州は滅亡する。

知っているのはごく少数。必死に情報を封鎖している。

それでも嗅ぎつける犬はいるし、漠然とした不安を抱える者と自殺率は日に日に上昇傾向にある。

三日前に確認された天からの大きな光は私の憂いを過大にさせたが。

それは占いによっても、何もわからない。ということだった……


希望はあるのか。目の当たりにしたところでは、一切無い。

安全圏からお金を稼ぐ。それが信条。強くなくてもいい。そうしてトップになり、誰よりも危険には過敏になった。

だからもう、一目散に逃げようかな……とも思っていた。

それでも冒険者試験に臨んだ今日。絶望感は増した。

(どうしてあんなものと一緒の空間にいて平気なのか……)

受付の一人は感性か、経験からか、多少の危うさは察したようだが、すぐに和んでいた。

【鑑定】という能力を覗くスキルがあるが、私にはない。

でも数値以上の感覚を持つ。


新たな絶望は異形の二つの出現と、魔女の誕生。

魔女を名乗る少女であれば、私にかかれば簡単に殺せる。

でも他の二つは無理だ。そしてそれらは魔女と仲が良い。

三つが組めば、引かれるように本当の魔女と化し……それは遺跡以上の脅威、天災だ。

この州に留まらず、国が、世界が滅ぶ。

血で塗れた一面の荒野。そこに佇む唯一のもの。それを想像すると……上がってくるものを堪える。


結論として、潰し合ってもらうしかない。

針の穴に隣の大男を通すよりも難しい、ほんの微かな希望。

ヨナ、イタクァという怪物を誘導する。操作など、恐れ多い。

ゼファーニャも、冒険者稼業には乗り気のようだ。

与えられるものは最大限に与える。おだて、嘯き、唆し、誘い、導く。

遺跡を攻略するように。そのために彼らを測り、限度をもって鍛えなければならない。

それは諸刃の剣でもある。レベルが上がれば本当の魔女、人外となる。

だが魔女とは独立した、孤高の存在だ。

彼女がそれに至れば、化け物三人は自然に争う。全員死ねば、万々歳。

その余波で人類が滅ぶ可能性も高いし、それ以前に自分が死ぬのは論外だ。

一つだけが残れば。それは世界の王となる。それでも生きてさえいれば……


呼びかけに気づき、はっとする。

「どうした?」

考え込んでいた。大男に不安が伝わってしまったのか、おろおろとしている。

図体に比べて、気の小さいことだ。

「どうしましょうかね……何とか修練するしかないですね……」

「冒険者の育成に関し、全権を頂戴すれば、貴方を守ることができます」

今はお偉いさん……領主に、希望という飴を与えよう。

「頼む、エレミィ……」

こんな計画とは言えない可能性。最もありえないような空想を語るわけにはいかない。

少しだけ晴れたのか、ほっと息をつく彼は、私に託して通信を切る。


急がなければならないが、焦ってはならない。

一世一代の大仕事。得られるものは大きい。

ひとまずは家に帰り、【変装】スキルを解いて、暴飲暴食して、ベッドに入る。

奇しくもその場にいた二人は、同じ願いを持っていた。

そんな人でなしみたいな扱いをされていることを、三人が知ることはない。


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