04.冒険者試験-Examination, Extermination-
04.冒険者試験-Examination, Extermination-
それから試験の受付に進むまで、一時間ほどかかった。
先の人たちの様子を眺めた限り、受付箇所は三つあり、その女性からいくつかの質問を受け、それから専門用紙に記入、提出するという流れのようだ。
「次にお並びの方?」
呼ばれ、順番が来る。
「おうっ」
流れるようにすすっと割り込まれる。
おや……?
「あのー、すみませんが、先にお並びの方がいらっしゃるので……」
「うるせえ!めちゃくちゃ待たされてうんざりしてんだ!」
「それに、『次に』って言っただろ。この坊やの次は俺だ。だから俺が先だ」
対応する受付嬢は新人さんなのか……あわあわと狼狽えてクズの受付を始めてしまう。
なにぃ……?ぶち切れそうになる……そんな自分を省みると、冷静になる。
こんなに僕は気が強かった?他人をクズだとか。
それとも僕も待たされたことで気が立っているのだろうか。
「お待ちの方!こちらで受付します!お願いします!!」
ちょうど空いた、他の受付に案内される。こんなことには慣れているのだろう。
しかし一番慌てているようでもある。
「お気を悪くなさらないでください、どうか……」
眼鏡をかけて真面目そうな、豊満なスタイルのお姉さんは丁寧に謝罪する。
顔が真っ青だ。まだ何者でもない僕にそんなに謙る必要もないだろうに。
「お名前をお聞かせ願います」
「ヨナと申します」
「身分を証明するIDはございますか?」
「ありません」
「試験に合格した場合、当ギルドでIDを発行いたします。IDには貴方の個人情報が記載され、今後はそのIDのみを利用していただきます」
「お答えいただく事項が虚偽であった場合、他のIDとの重複利用及び整合性がない場合は、当ギルドから国へ報告され、相応の刑罰が科せられ……」
(刑罰……か……)
【罪】について想うと、あれが鮮烈に甦る。血が冷たくなる。それが顔に出たのだろう。
お姉さんがぎょっとする。
「……処分がなされる可能性があります。よろしいでしょうか?」
努めて笑顔を繕う。お互いに。
「問題ありません」
そうして【冒険者試験の受験願い】という用紙を渡される。
ふんふん……と上から読みつつ埋め始める。
・名前:ヨナ
・出身:ヴァーレ村
・武器:短剣
・流儀(戦闘スタイル):解体
・魔法適性:その他-わかりません。
「ヨナ様は、読み書きができるのですね」
楽で助かります。と笑う。
そういえば、村での識字率は低かった。
僕以外には商人と一部の大人だけ。全体で二割くらいだろう。
学校と呼べるものはあったが出席率は悪く、それを大人がとやかく言わない。
どうせ肉体労働で生涯を終えると考えている者が大半だからだ。それなら身体を動かして遊んだり鍛えたりする方を選ぶのは自然かもしれない。
「読書が好きなので、覚えました。いや憶えたから、好きになったのかな……?」
「ふふ、私も好きですよ」
「どういうジャンルですか?」
「びーえ……」
「美ー的な挿絵のついた英雄譚などを好んで」
誤魔化されたような……?
「僕も好きです。お逢いしてみたいなぁ……」
書く手に力が入る。ペンがみしみしと音を立てて軋む……
「昔、挿絵付き製本魔法の使い手が現れて、製本技術が進んだ。と書かれている本がその進んだ技術によって書籍化されていて、複雑だなぁと思ったり」
他人にあまり理解できないことを言って、誤魔化してみる。
「わかるような、わからないような……」
「早くしてくんねぇかなぁ……」
後ろの冒険者がぼやく。書き進めてはいるので、容赦して欲しい。もう最後の項目だ。
・署名【当受験に際して追う可能性がある怪我や後遺障害あるいは死亡するリスクについて当ギルドに一切の苦情や賠償等責任を求めないことに同意したことになります】:ヨナ
(怖い……)
「お手間を取らせて申し訳ございません。受験番号667のバッジを胸元につけますね」
少しかがむメガ姉さんのお胸が、ど迫力で、視界を占領する。
それに気づいて、男の子なのねという風にくすっと戯れ笑う顔が、生々しい。
「看板に沿って試験会場にお進みください」
これもただの仕事。という切り替えが、とても良かった……
「ヴァーレ村……解体……?……聞いたことが……」
訝しい声を背に、会場へ向かう。
「試験会場はこの先」
「受験会場、こちら」
看板ごとの表記ゆれにもやりとしつつ従い、たどり着く。
会場の広さに感動する。白から灰色に移ろう石造りの風合い。闘技場としても使われているのだろう。ぼこぼこの穴や削れて散った欠片、血の染みなど痕跡が残る。
「来たわね!!」「来たな!!」
感動の余韻に浸る間もくれず、同時に二人にびしっと指を差され、叫ばれる。
「どっちかひとりにしてくれるかな……複雑になるから」
ご令嬢と横入りした男だ。
「お貴族様と……荒くれ者A」
「誰がお貴族様よ!……そうよ!」
「君は、勢いで生き過ぎてるんじゃないかな?」
荒くれ者はおとなしくしている。お嬢様の前では外野だということを理解したのだろう。
「この借りは試験で返すぜ」
そう不気味に笑いながら、荒くれ者は去っていった。
ああいうのと競うからか……と先ほどの危険な署名に納得する。
「私は大魔法使い【爆炎帝】のゼファーニャ・マ=ソラ!」
「それ、自分でつけたの?」
「覚悟しとけよ!お前!試験では!」
倒置で怒られる。そして怒りで肩を揺らしながら去っていく。
(やっぱり世俗に置くと、がらが悪くなるものなんだな……)
(それより爆炎ってことは、火と風の複合魔法だろうか……さすが)
本人の前で言ってあげるべきかな。息を整えるため深呼吸を繰り返す彼女の近くに寄る。
「爆炎ってことはぁー!火と風の複合で!火の適性が倍!ってことか……!凄すぎる!」
「わざとらしいわね!」
声を荒げて応えるが、ちょっと嬉しそう。そして落ち着くのには失敗している。
「最初から褒めなさいよ。べ・つ・に、あんたに褒められても何とも思わないけど」
「ごめん、つい」
「まぁいいでしょう。私の炎に焼かれて爆散する未来は確定しているのだから」
こわ……やっぱり貴族は庶民を平気でギロチンにかけるような人種なのかな。
「考えることがあるから、邪魔しないで」
呼吸を整えつつ、ぶつぶつ呟いている。
「爆炎……爆散……炎王……炎皇……火炎……火炙り……火刑……焼夷……炎渦……」
語彙が偏っていて、恐ろしい。
僕が石畳の格子を数え、彼女が二つ名を考えている間に、先ほどの受付嬢三人が現れ、何かを叫んで回っている。
「もうすぐ試験が始まります!準備を整え、集合してください!」
そうして開始の合図が告げられた。始まる前にゼファーニャに声をかけておこう。
「いい二つ名は思いついた?」
「灰燼と化せ!」
「かっこいい返しだ」
(それも考えていたのかな……)
6人ずつ横に並んで待つよう指示される。
「50人もいないよな……667って何の数字なんだろう……」
後ろのほうに並びたい。並びたかったのだが。
「こっちに来なさい」「こっちに来い」
肩にお嬢様、もう片方にはおっさん。
嬉しくない僕の取り合いが起こっている。恐らく列の6人で競うものなのだろう。
その証左に、人型の的のような物が六体、横並びで配置された。
「的と同じくらいの間隔を開けてくださーい!」
「そこ、近づきすぎでーす」
まとめて注意される。僕は悪くない。両隣にいる啖呵を切る二人が悪い。
いつの間にか僕を越えて、僕越しに、二人で睨み合っている。
「あぁん?灰燼に帰すされてえのかぁ?田舎ものぉん……」
(気に入ったのかな?若干アレンジが入っている。文法が変だけど)
「おらぁ?やんのかぁ?大人しく箱に入ってろよ。入れてやろうかぁ、なぁ?」
(なんで僕を通すんだよ。そういう喧嘩のやり方が極道にはあるのか……?)
結局、受付嬢によってちょうど中間ほどの列に誘導、整列させられる。
受験者たちは緊張しながら、待つ。隔たりがあるのに両隣が煩いままなのは諦めた。
奥に気配がするので見る。一人見れば、皆が釣られて見る。
気だるげだが、いかにも武人。そんな顔と身体つきをした男が出入り口にいた。
集合場所にゆっくり近づいてくる。なんか……おかしい?
僕らが並ぶ、闘技場中央の舞台からはまだ遠い。でもすでに大きい……
一歩ごとにずん、ずん、ずん!というオノマトペが見える。
そして3mは優にある彼が前に立つ。受験者は皆、見上げるかたちになる。
「まず、先生は巨人族ではありません。人間族です」
全員がどっと笑う。のを期待した。笑ったのは僕だけだ。
大半が大男に尻込みしてしまっている。
「帰ろうかな……」
「でもとって食われるかもしれないぞ……」
そんな感じの囁きが口々に上がる。
僕も今、違う感情によって帰りたいと思っている。
「6人かける7の42人……いますね」
算術ができるものとできないものの反応に差が出るのが面白い。
「最初は的あて。どのくらい遠くから当てられるか。距離を測ります」
えーっ!という驚きの声が湧く。僕もその一人だ。
無理だよ。やったことないもん。
笑って試験に臨むのは、首を回して見える範囲では、両隣の二人だけだ。
片方は余裕によって。片方は諦観から。
大半の肉弾系冒険者は石を投げることを選択した。
「投石か……」
投擲技術はない。困ったな。
「当てるものが結構いる……狩猟者なのかな?」
「田舎ではそこらへんにいるぞ。鳥に当てる子どもとかな」
荒くれ者がふっと笑い飛ばす。
(じゃあなんでそんな脂汗かいてるんだ……)
「あっ、あの子すごい!」
前列で石を投げる緑のショートカットの少女。髪の立ち方が獣の耳みたいになっている。
その娘の洗練された動きに見惚れる。小柄なのに筋肉の張りがすごい。隆起の波が、足先から太腿にかけて背中へ、背中から肩を通じ手の先に滑らかに移動する。
素手で石を放り続けて的にどんどんと当て続けている。音がどん!どん!と立て続けに鳴っている。
「この的、壊れんなぁ……」
とか言いながら、制する試験官を気にすることなく、音を轟かせ続ける。
「当てたら合格だから離れろ!魔道具だから!壊れないから!……やめて!」
試験官の悲痛な叫び。彼は恐れながらも一旦は制止した。僕も怖い。
「最後最後……」
彼女はそう言って、Y字型の器具を取り出し、石を搭載する。
(スリングショットだ……)
引き絞る。反動で射撃するその武器には。戻りが強い素材が使われているのだが……すごい。すごい伸び~~~~~る。
ぎちぎちぎちぎちぎぎっと不快な音が鳴り響く。腕力、どうなっているんだ……
「壊れないよね……?」
試験官が慌てながらも、見守る。恐らく武器には魔法が付与されており、魔導具同士。物によっては的を壊しうる。
もう誰も止められない。そう本人も言っているから、無理なのだろう。
「いっけえー!!!」
何かしらの轟音。ないし爆発音を想像していた。
開放された力。それは呆気なく。
しゅん!というかすかな風切音は聞き取れたように思う。瞬間、すこん!という謎の音。
どこから聞こえたのか?……本人の目線の先がそれを物語る。人型の的の向こう。
的の頭部には、穴が開いていた……試験官の声にならない叫び。
「弁償かなぁ?」
ひとりごつ。どちらに責任があるのだろう。
「先生かな?女の子かな?」
衝撃を受ける者、二人。
「うち、お金ないよ……」
しょぼんと落ち込む少女。
しかしもう片方の大男の頭の方がより下にあるので、こちらに責任があるようだ。
「当てればいいんだよ……601番、イタカ、クァ……イタクァ、合格」
と先生は発音の練習をしながら、泣きそうな声で合格を告げる。
当てるだけならなんとかなりそうな気がする。
先ほど発射されたものは奥の壁に埋まり、元からそういう壁だと言われればわからない。
それ並を求められたらどうしようもなかった。
ありがとう。怪力少女。忘れないうちに、彼女から学んだ動作を練習しておこう。
気づくと、隣の荒くれ者も、後列の人たちも、フォームの練習を始めていた。
そういう競技みたいだ。
魔法使いの人たちも……ゼファーニャを除いて……なぜかやっていた。必要ないだろ。
いよいよ自分の列の番だ。
「よし!」
……当たってない!いけた気はしたのにな……
あれ……投げるのって石じゃないといけないのか?
「投擲物は短剣でも良いのでしょうか?」
未だ消沈気味の先生に尋ねる。
「いや、何でもいいんだよ、魔法でもいいんだから」
「ですよね」
なんでさっきのジャベリンを持っていた人、石を投げてたんだ?
僕が気づくと、波打つように伝播してその投げ槍を持っていた人にもわかる。
「くっそお!」
投げやりになってジャベリンを床に叩きつけていた。
「いや……別にこの距離で当たらなくても不合格じゃないし……」
「じゃあ、短剣を投げます」
そう言って、足をぐっぐっとやって肩から手の先にかけてくくっとなる力の入れ方をし、手を離せば勝手にしゅぴっと飛んでいくような感覚を持って投げた。
感覚的に表せばそうなんだからしょうがない。
踵と足先の長母指伸筋に力を込めて生まれたエネルギーを足裏の腓腹筋、ヒラメ筋、膝の関節を半腱様筋、半膜様筋と大腿二頭筋から臀筋群に流れるように通して、体の芯が柔らかなバネであることを意識し、両腕が肩甲骨の奥から伸びることを意識し、先ほど腰、背中に蓄積されたものを大胸筋を引き締め、肩の三角筋を絞り、上腕三頭筋、二頭筋、腕撓骨筋それぞれを用いて増幅するように腕に伝えて。腕の振りは決して溜まった力を減退させないよう屈筋群を用いて、伸筋群は脱力させ、手の先を置くように……放った。
と言えばそれらしいだろうか。あくまでも自分なりのものだ。
きん!という硬質な音が成功を告げる。
「よし!右目に当たった!」
「なぜ眼球を狙うんだ……」
試験官はすぐに修正し当てたことに驚いており、また狙いに呆れが混じる。
「目を狙うのは動物全般に通じる急所かなと思いまして……」
「なるほど……眼球が感覚器として無い魔物にはどうするんだ?」
「そういうのって大抵暗所にいて堅いものが多いと本で読んだので、短剣は投げません」
ほう……と評価用紙と思われるものに何か記入される。
【危険人物】とか【博識】【合理的】などと書かれたのかもしれない。
「667番、合格」
「どうも」
あといくつ試験があるのかわからないから、素直に喜べない……
「そういえば、お前の出身のヴァーレ村って、どこにあるんだ?聞いたことがない」
「近くかもしれないし、遠いかもしれないです」
徒歩で来た。
「なんじゃそりゃ……」
「まぁさっきのやつも【星間宇宙】とか言ってキャラ付けしようとしてたしな……結局、西の大森林に落ち着いたが……それでいいならいいが……」
「私の出番のようね!」
先生と話している間、割り込む機会を窺っていたことを僕は知っている。
爆炎帝としての力がようやく見られるのか……とわくわくする。
実際に魔法を見たことがないので、彼女がチャージする魔力とともに僕の期待も高まる。
「664番、ゼファーニャは合格。魔法学院卒業なら、必要ないだろう」
冷水をかけられた彼女は、高まる魔力が萎んでしまうのを抑える。怒りを原動力にして。
……私は今日のところ、いやずっと……怒りという燃料を注がれている。
「しね、しね、死ね……」
声帯を震わせ美しい音を奏で、運び乗せる先は蜜を分泌する汚れ一つ無い舌。それを上下して破裂させたものは可愛いぷっくりとしたピンクに輝く唇の動きを通して呪詛となる。
唱えながら、今日出会った嫌なやつ三名に目をやる。
彼らは恐怖に慄いており、もう私を止めることができない。
もっと軽い魔法で、先ほどの少女のように、頭部だけ穿ち消し飛ばすつもりだった。
「憤怨‐イラプション‐」
火山の噴火、感情の爆発を意味するそれは、今の気分にとても合っている。
ぐつぐつ煮えたぎる私の中にある炎を噴出させる。
「燃えろ、燃えろ、燃えて、尽きろおぉ!!!」
目の前、会場内の地面すべてを呑み込む。赤黒く沸騰するシチューを思わせる。
ごろごろと地面だったものがかき混ぜられる。ぐるぐる、ぐつぐつ。
脈打っていたものが勢いよく沈み込んで、静かになる。
「合格って言っただろ!あぁ、こんなになって……!」
今後の責任について思えば……大男は近寄ってしまう。
「近づくな!…………終わってない……反動が、ある」
やはり、最も憎らしい彼だけが気づく。
沈み込んだ分、打ち上がる。落ちた分、吹き荒れる。感情の揺らぎの分、乱れ飛ぶ。
今の情感からすると、第Ⅹ階梯に及ぶほど、今までで最大の威力になるだろう。
……その鳴動は、僕が期待していた轟音ないし爆発音を遥かに上回り、魔法及び自然に対しての恐ろしさを心の底から思い知らされることになった。
お腹の奥を揺らすそれは、僕たちの身近にある。
自然の怒り。大地の裁き。最後の審判。
「魔女だ……灼熱の……地獄の……あるいは神の……」
後列の誰かが、そう言った。
赫灼と、紅蓮が噴き上がる。それは広い会場の天を突いてなお、衰えない。
その怨念の発露を観て、ほほほと哄笑しながら艶やかに舞う。
ぎらぎらとした瞳、反射して輝くジュエル。光沢のある赤のドレスがゆらゆら踊る。
震える、滾る、燃える、上がる、落ちる。沈む。何回繰り返されただろう。
「それでいいわ」
「私は【魔女】を名乗る。【赫灼紅蓮の魔女】」
この世界において、【魔女】は特別な意味を持つ。人間ではないものを意味する。
自立して完成された一個体であり、ヒトの反逆者である。
「すごい、すごぉぉぉい!!」
イタクァと呼ばれた投擲の少女も一緒に踊り始める。
残り火は彼女が起こす暴風に合わせて、嬉しそうに遊び出す。
「笑うしか、ないな」
取り残された少年は、そうこぼす。
そしてこれが、後に最初の接触と呼ばれるようになる。