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03.不機嫌なお嬢様-A Rumble lady-

太陽が肌をじりじりと焼くことで、起床を知らせる。

「はは……なんだ……」

道の先、見えるほど近くに村……というより街。というほどに大きい……はあった。

路地を進めば、標識がある。

【都市ダマスクまで "2km"】

そんな名前だっただろうか……?うろ覚えの地図と比べて思う。

規模も違うし。ハイになりすぎてだいぶ遠くまで来たのかもしれない。


さて、物語では冒険者から始まるのがテンプレートである。その定型に倣おう。

入り口に差し掛かると、門がある。よって門番がいる。したがって止められるだろう。

どうしよう……ぎくしゃく足を運ぶ。

二人の衛兵にじろじろと見られながら……

「えへへ……へへ……」

なんとか愛想を振りまいて、まっすぐ通ろうとする。

が。

「待て。IDを見せろ」

当然、止められる。

「ありません」

IDが何かはわからないけれど、毅然とするべきだ。

「短剣を持っているところを見ると……お前」

怪しいやつと見なされて叩き切られて終わる。現実はそう甘くなかった……完。

「冒険者志望だな」

わぁ、都合がいい。


現在、ダマスクには冒険者試験のため、あちこちから人が集まっている。

通常、年に一度のものが、三日前にギルドから急募されて、本日行われるという。

「なんか……ここんとこ嫌な感じだぜ。腹がこう……ぞわぞわしやがる」

衛兵の一人が不安を漏らし、もうひとりがふんふんと鼻息で肯定する。

「つーわけで明らかな不審者なら止めるけどな、通っていいぞ」

弱そうなただの少年に見えたのだろう。多少の憐憫が声に乗る。


「うわぁ……!」

門を抜けた街の中は、故郷の村とは別段に違っている。

村では建築物は木造しかなかった。ここでは岩か鉄か合金など。あるいは確かガラスという素材で製作されたものが散見され、とてつもない格差がある。

天に届きそうなほどそびえ立つもの。白いお城と思われるもの。それぞれに様々な意匠があり、対比すればそれらからは職人の対決のようなものが感じられる。

そんな風景に呆気にとられており……後ろからの甲高い声に遅れて気づく。


「ちょっと、聞いてるの!?」

「道の真ん中でなに立ち尽くしてるのよ。邪魔じゃないの」

長くて艶のある金の髪、頭からつま先まで身だしなみを整えたご令嬢がいた。

謝罪の言葉が口から出る前に、通り過ぎる。

「よほどの田舎から来たのね」

もう会うことはないでしょうけど……そうふふっと嗤って、僕を置き去りにする。


少しの間、呆気に取られていた。

そうだ、冒険者ギルドに向かわないと。どこにあるんだ……

眺めると、あからさまにそれらしい行列があり、とりあえず端っこに並んでみた。

「おい、最後尾はここじゃないぞ。折り返した先だ」

剣士然とした人にそう注意されてしまう。

謝罪とお礼の言葉とともに、足早に去る。この恥ずかしさは、なんなのだろう。

蛇行している。多いなぁ……数えることをやめて進むと、一番後ろであろう【こちら最後尾!】と大きく書かれた板が見える。

その看板を掲げている……金髪碧眼の不機嫌そうな少女のもとへ進む。


「あれ、また会ったね」

全く他意が出ないよう、努めて発したつもりだ。

それが逆に仇となる。

「くっ……くぅっ……」

頬は赤く、引き攣る顔。言葉を紡ぎ出すことができないようだ。

彼女は無言で看板をこちらに差し出し、僕はそれを受け取ると同じように掲げる。

看板がどの方向からでも見えるようにと。そんな建前でくるくる回ってみる。

本当のところは、憤る彼女から漏れる荒い呼吸が恐ろしくって、背けていたかった。


なんとか持ち直した彼女は、にっこりと笑い、僕に尋ねる。

「貴方は、どちらからお越しになったの?」

笑顔が怖い。

「ヴァーレ村。田舎だよ」

「そう、思ったとおり。知らないわぁ……」

「私はこの国の首都、ネーヴェから来たの」

勝ち誇った笑みを浮かべる。

「へぇ、すごい。首都ってことは、一番都会だ」

率直に。

「そうなの、すごいでしょう。貴方には姓があって?」

「いや、ない」

「そう、私には二つあるわ」

「わぁ、侯爵様だ。初めて見たよ」

「そうなの、よく知っているじゃない」

貴族は姓を持ち、平民は持たない。

姓が二つあるのは、侯爵か公爵であるが、公爵は王族の親戚筋で箱入りなので、独りで外出して少し間抜けな看板を持つことはない。いたら大問題だ。

よって、姓が二つ。とは、彼女が侯爵であることを示唆している。


「女性一人。しかも冒険者って、危険じゃない?」

首都からこの街まで近くはないだろうに。

こんなあからさまに極上なカモ。身ぐるみ剥がされた上、乱暴されるだろう。

でも、あからさますぎると逆に賊も警戒するのかもしれない……

上から下までよく眺める。豊かな……胸元の空く華美なドレスに、特別な魔法が付与されているだろう宝石付きのジュエリーがぶりんぶりんと頭から足首まで各部位ごとにある。

「いくらになるかな?」

「危険を感じたわ、今、あなたから」

哀れな田舎者を見る目から、変態を蔑む目つきに変わった。

「私、強いの。自慢じゃないけど、魔法学院を飛び級で卒業」

「自慢にならないほど、そこは水準が低いの?」

ぴし!っと張り付いた笑顔に、額の血管がどくどくと蠢く。爆発しそう。

彼女は数回深呼吸して、なんとか落ち着く。そういうスキルなのかも。

「貴方って、人を怒らせる才能が天井を突き抜けてるわね」

からかいたくなるんだよな……なぜか。

「凄いんだね。もっと誇ったらいいのに」

素直に。

「最初からそう言いなさいよ。全く!」

「そう。すごいはず……なのよ」

顔が曇る。そうして、ぷいっと身体を背ける。列がいくらか動くと同時に。

もう喋るつもりはない。ということだろう……


04.冒険者試験-Examination, Extermination-に続く。



おまけ

貴族制度について……僕は読書において何度も読み飛ばしたことがあり、もしこれが文章になっていたら程々にスキップするだろう。

階位は七つあり、下から、騎士、男爵、子爵、侯爵、公爵、王族である大公、王とある。

姓には四種類あって、名誉姓、貴族姓、王族姓、王冠姓がある。

騎士は勲章であり、名誉姓を持つ。昔、平民ながら騎士として活躍した人がいて、その功績が認められて特別に設けられたのが最下位の騎士爵だ。

以降、国に対して多大な貢献をした人物に与えられるものとなった。

騎士爵とは、その名前の通りに騎士として戦場に身を置く人もいれば、広く商いを生業とする者。服飾、美術、音楽、演劇などの文化人や鍛冶から魔法の技術者まで多岐に渡る。

それを引退すれば、小さく領土を治める者もいる。ヴァーレの村長は戦争で武勲を上げた騎士だった。なので、純粋な貴族と会ったのは今回が初となる。

序列が上がるほど、統治の規模が大きくなり、重く責任は伴う。

男爵、子爵は貴族姓を一つ持つ。

侯爵、公爵は貴族姓と名誉姓の二つを持つ。

公爵ともなれば王族の親戚筋で、箱入りの純粋培養であり、身一つで外出して少し間抜けな看板を持つことはない。いたら大問題だ。

よって、姓が二つ。とは、彼女が侯爵であることを示唆している。

王族はさらに王族姓を持ち、王が持つ王冠姓はそれ自体が国王を表す絶対的なものだ。

王をフルネームで表すと【名前・名誉姓・貴族姓・王族姓=王冠姓】という複雑なものになる。

最後の姓は=で結ぶ習わし。制度とは複雑なものであることを思い知らされる。

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