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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最強エージェントのメスガキは夜の街に巣食うこわーいおじさんたちを血祭りにあげるようです

「おねーさん、ロリコンでしょ♡」



 家に訪れた親戚のおねーさんの"ドローレス・ドートレス"に対して、正陸じょんりくめいとは蠱惑な甘い声でつぶやいた。

 ドローレスはイギリスの生まれで、金髪縦ロングにお淑やかなドレスといわゆる大企業のお嬢様だ。家族との関係で長らく日本で暮らしている。そんな彼女は、目の前の幼女を見て興奮を隠せず、幼女を舐め回す目で見る気持ち悪い表情を確かにしていた。



「そんなわけありませんわ」


「えー、顔に出てるよー? おねーさん♡」



 季節は夏、目の前にいるのは130cm程の身長にしてワンピースに短パンと露出度が必然的に高い衣装を着た、細い体にニヤけた笑顔が似合うピンク髪のツインテールな幼女なのだ。

 ドローレスは家族にも隠しているが、小児性愛者ロリコンである。そんな幼女を前に正気を何とか保つのが精一杯だ。


 めいとは中途半端に覚えたグラビア雑誌のセクシーポーズで煽ってきているが、幼女に手を出すのは例えドローレスが女子高生であるという事実を加味しようが犯罪でしかなく、家族に迷惑をかけないためにも抑えるしかない。そもそも、まだこの家に訪れて玄関に入ったばかりだ。

 では、なぜめいとがドローレスをこのように誘惑しているのかと言えば、それは、彼女の趣味に問題があった。



 ――年上のおねーさんをあえて露出度の高い衣装で煽り、手を出されそうになった所で防犯ブザーを鳴らして逃げる――



 めいとは、心の底から自分という子供に対して欲情するおねーさんを見るのが大好きなのだ。そんな彼女を『メスガキ』だと罵るおねーさん達も少なくはない。

 だからこそめいとはこれまでの経験からドローレスを表情ひとつでロリコンのおねーさんだと見抜き、煽っている。彼女からすればたまったものではないだろう。



「コホン、今は貴女に付き合っている場合ではこざいませんの。では正陸様、家の案内してくださいまし」



 ドローレスは一旦呼吸を整え、めいとの母に本題を振ることで目の前の火の粉を振り払った。母に主導権を渡せば余計なことを言われる心配も減るだろう。

 そもそも、彼女は転校先の事情で父からしばらくの間この家に居候させて貰えと言われてやってきたのだ。なのに今はメスガキに煽られて我慢を強いられている。どんな理不尽だ。

 


***


 ドローレスは家の中を案内されていた。

 そこは所謂上流家庭が住まう三階建ての一軒家であり、家政婦等は居ないが広く生活に余裕がある環境であった。正直にいえば自身の普段の生活環境と比べると鯨と鰯ほどに差があるものの、父に逆らう訳にもいかないので我慢するしかない。



「おねーさん、この家じゃ不満そうだね~。本当にお金持ちなんだ」


「それだけは否定できませんわね」


「これからはふたりきりの時間がたーっくさんあるね。楽しみー♡」


「はぁ……」



 なお、案内されながらも結局めいとはドローレスを誘惑するのをやめないでいる。ここで暮らす間、ずっと彼女は誘惑を繰り返すことを思うと途方に暮れてしまう。そんな中でも、この後は自室を与えられ、そこで1人落ち着きながら紅茶を頂けると考えて何とか平静を保っていた。



……

…………



「どーしてこうなりますの!」


「あはは♡ おねーさんと2人っきりだー!♡」



 だが、待っていた現実はそう甘くなかった。


 「うーん、せっかくだから娘にお勉強を教えてあげてくれない?」と、めいとの母に告げられ、今では彼女の部屋で2人きり。幼女の事が性的に好きだという己の欲望を抑え続けるには限界がある苦境に立たされてしまったのだ。

 一応紅茶は出して貰えたが、なんの気休めにもならない。



「はぁ……とりあえず、ドローレス先生が貴女の家庭教師としてしっかり教えて差し上げますわ」


「わーい♡ 社会が苦手だからテスト勉強付き合ってね、おねーさん♡」



 いちいち甘い声で「おねーさん♡」と呼ぶのは本当にやめて欲しい、心臓がビクビクしてしまう上に興奮を抑えられないから。




***



「意外と出来てますわね」


「おねーさんが褒めてくれたー♡」



 とはいえ、順調に勉強は進んでいった。

 めいとは意外と物覚えがよく頭も回り、余計な勘違いもしないので教える側としては極めて楽な生徒だ。

 順々と算数、国語、理科と教科を変えていきながら、テンポよく勉強は進んでいく。


 しかし……。



「じゃあ次は保健体育のここを教えてほー♡しー♡いー♡なー♡」



 次の教科としてめいとが選んだ教科書にて指差したのは、性教育のページだ。

 確かにテストに出る内容なのだろうが、彼女の表情は何か誘っているように見える。


 この時、ドローレスの精神は臨界点に達していた。

 不要に手を握ってくるなど、彼女からすればいささか激しいスキンシップを2時間も差し込まれ続けていたからだ。

 この勉強会の中で性欲を抑えるのは不可能に等しかった。



「おねーさんが教えたかったのってこういうのでしょ♡」


 

 そして、トドメと言わんばかりに、不意をつきめいとは耳元に囁く。


 ……いや、これは何かが違う。幼女たるものませているにしてもここまで露骨に誘惑してくることはないものだ。


 己の信じる幼女道と拮抗しているめいとの行動に対して、強いストレスを覚えた。

 それこそ、人生の中でもここまで腹が立ったことはないとすら言えるレベルだった。


 

「ムカつきましたわ!」



 なので、つい手が出てしまい、めいとの顔面に向けて右ストレートを放ってしまった。

 実のところ、めいとは性行為に興味がある訳ではない。

 あくまでロリコンのおねーさんたちを煽るのが好きなメスガキに過ぎず、そんな幼女相手に怒りを抑えられず手を出した彼女の行いは非常に大人気ない行為だ。



「も、申し訳ございません……お怪我は……」



 お嬢様という情操教育が人一倍なされた立場であるドローレスは手を出してしまったことに強い罪悪感を覚えてしまった。しかも彼女は家でそれ相応に護身術を身につけており、場合によっては怪我どころでは済まない事態を招いてしまう。

 なので、彼女は取り乱しながらもめいとの負傷を確認した。

 奇跡的に問題がなかろうが彼女の母に謝罪し、即座に治療をしなければならない。


 しかしそんな彼女対して、予想だにしない光景が視界を覆う――



「中々太刀筋がいいね、おねーさん♡ めいとの反応が1秒でも遅れてたら大惨事だったよ♡」



 なんと、振るった右腕を掴まれていたのだ。

 めいとは当然無傷であり、ニタニタと笑っている。


 ガッシリと掴まれた腕はコントロールが効かず、筋力差まで計算された美しいバランスで防御を取られているのだろう。

 何故このような幼女如きが鍛えた拳を当然のように受け止めるのか困惑しかしないが、それと同時に己の行いは子供に暴力を振るう最低なモノであり許さるモノではなく、まずは反省する事にした。



「ぼーりょくはイケナイことなんだよー♡ 早く保健体育の続き、してほしいなー♡」



 まあいい、これはなにかの幻覚だろう。彼女の言うことは無視して、母親に謝罪をしに行こうと足を上げた。



「すみません、少し席を外しま――」



 だがその時、またも異常事態は起きる。

 めいとの部屋に――突如として手のひら大の球体がコロンと転がってきた。



「ん、なんですの?」



 ドローレスはおもちゃ箱の中身がポロッと出てきただけだろうとしか思えず、無視する。

 だが、めいとは違った。



「おねーさん危ない!」



 球体は大きな音を立てて破裂する。

 それと同時に、視界の先に何も見えない程の部屋中に濃い煙が充満した。



「ケッホ、ケッホ」



 これに対してめいとは球体が破裂する瞬間に一度目を塞ぎ、手で目に煙が入らぬよう覆いながら周囲を見渡す。


 そんな彼女の視界の先には…………忍者が一瞬写った。


 そうだとしか言いようがない、全身を覆う青い和風の装束に顔も目以外を隠し、それに鉄の額当てとくればそれは忍者だ。

 ただ、唯一見えた瞳が青かった。日本人ではないのだろうか?

 アニメや漫画でしか見ないようなその人物が犯人だと認識した上で、めいとは煙を掻き分けドローレスを捜索する。



「あれ、おねーさんがいない……」



 足音含めて気配まで消えている。彼女はどうしようもなく焦った。



「あーあ」



 そして、煙が晴れた頃には、ドローレスは自身の部屋から姿を消していた。

 めいとはあまりにも呆気なさ過ぎる神隠しを前に呆然としてしまう。



「ふぅ」



 なのに……めいとの表情は、すぐさまに汗を振り払うと落ち着き澄ましたモノに変わる。

 なんと、焦燥に駆られることもなく、直ぐ様に現状を頭の中で整理しきったのだ。



「あの忍者さんには、たっぷりお仕置をしてあげなきゃいけないみたいだね♡」


 

 そして口遊むは、敵を見定めた捕食者の言葉であった。




***


 ドローレスの拳を受け止めた時点で異端さを顕し始めていたが、もはやめいとを普通の幼女だと認識することはできないだろう。

 なので、これまで起きてきたことについて解説する。


 正陸めいとは、世界中で様々な軍事施設を単独で壊滅させてきた伝説のエージェント――正陸すていの娘だ。

 母の教育は非常に厳しく、めいとは実銃を使用し幾度と軍人と乱闘する実戦形式の訓練を受けていた。


 故に、10歳の幼女でありながら、母の遺伝子、驚異的な身体の能力、大人びた判断力を持ついわば超人として成長を遂げている。

 そんなめいとは国から殺人の許可を得ており、国や企業など様々な要人から引き受けた任務を遂行するスーパーエージェントなのだ。


 ……いや、そんな生易しいモノではない。


 何せめいとは生まれつき殺人に対して躊躇がないどころか快楽を覚えてしまうタガが外れた倫理破綻者なのだから。


 そう、彼女の二つ名は“ジェノサイドマーダー”!


 手段を選ばず、ギャング、軍隊など所構わず血祭りにあげてしまう冷酷非道のメスガキエージェントなのである!


 つまり、ドローレス・ドートレスがここに来た理由も、世界的大企業の社長である父がつい最近になって一族の財産を管理するパスワードを彼女だけに覚えさせるというめちゃくちゃな事をしたせいで、最も命が危うい一族が父ではなくドローレスという状況になってしまい、一時的な居候先としてめいとの家に来たという形なのだ。

 スーパーエージェントである正陸めいとと同じ家に暮らすということは、日本において最も安全な警備体制と言える。


 そして、そんなめいとについてドローレスは詳しく聞かされておらず、逆にめいとは既に母から任務として彼女の護衛を引き受けていた。以上が、これまでの物語の真相だ。


 以上述べたことから、めいとにとって護衛対象を誘拐された事は万死に値するミスなのだ。



***


「このままじゃおかーさんに尻たたき100回はされちゃうし、早く何とかしないと」



 めいと、証拠を消すことも不可能なため、一応は母に忍者がドローレスを誘拐した件について報告はした。

 その結果、「朝日が昇るまでに無傷で取り返して来たらお仕置はなしね」と優しく課題を与えられたため、しっかりとおねーさんを護衛するという任務の続きを遂行することになったのだ。


 そして、彼女の立てた作戦がこうだ。



・ここ最近、忍者が近辺の街に出没しているという噂を聴いたことがある


・どうやら忍者は殺人鬼三銃士と括られる人物の1人らしい


・忍者の居場所について証拠も残さず逃げられた為に具体的な手がかりがなく、逆に手がかりを自身が握っている他の殺人鬼三銃士から聞いて回ればよい



 この3点を以て、めいとは忍者を見つけ出しドローレスを救い出す。

 作戦名は最近読んだ絵本になぞらえて“ころしべ長者作戦”となった。

 


「じゃあ、まずはあのおにーさんだねぇ。自分の落とし前、つけてきまーす」



***


 ここは夜の繁華街。

 そこである女性と、白いスーツに長身痩躯、金髪にツンツンヘアとチャラチャラした印象の強いホストが一緒に歩いていた。



「まさか有栖川さんの家にいけるなんて幸せ者だわ」


「いやいや、君が美しいからだよ」



 会話だけなら、ホストと直接仲良くなったゲストが家に招かれるという、ある意味このような世界ではありがちモノに聞こえる。

 しかし、女性は家に着いた途端、気を失ってしまった。


 そして、目を覚まし……



「キャーーーーー!!!!」



 強く悲鳴を上げた。


 それもそのはず、彼女の視界の先には地下室のような場所にズラリと並ぶ拷問器具に、周囲にはいくつもの髑髏どくろの亡骸が並んでいたのだ。

 鉄の匂いもキツく、明らかにホラー映画の世界。直ぐに逃げようと体を動かしたが、手術台のような拘束具に寝かされており身動きも取れない。


 夢であってくださいと願うが、明晰夢めいせきむのような曖昧な感覚ではなくはっきりとした意識がある。そんな中、有栖川と呼ばれていたホストが彼女の前に現れた。


 部屋着にエプロンという姿で。



「助け……えっ、嘘、もしかして……」


「そう、僕は拷問マニアの有栖川ありす! 女の子の悲鳴を聴きながら拷問するのが好きで好きでたまらないんだ〜。ちなみに、殺人鬼三銃士って括りで警察にマークされてるけど証拠を残したこと無し。残念だったね〜」



 自己紹介をする有栖川。

 逃げ場のない女性にとって、彼の言動は全てが過度に恐怖を駆り立てるモノであった。


 一見すると高身長でチャラチャラしたホストが、まさか拷問マニアの殺人鬼だという真実は未だに飲み込めないだろう。

 彼が手に持つのは、釘と金槌。手術台の隣には等身大の十字架としか言いようがない何かが置いてある。かの救世主メシアのように、磔にしようとでも言うのだろうか。



「やめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてください」


「そうそう、その声が聞きたかったのさ〜〜〜。拷問開始ー!」



 泣き叫ぶ女性と興奮する有栖川。

 この部屋に漂うのは血の匂いと絶望だけだ。


 だが、そこにもうひとつの影があった。



「おにーさん、楽しそうにしてるね♡」



 甘くて蕩けるような少女の声が新たに部屋に鳴り響く。

 それを前に、有栖川は大きく動揺する。


 なにせ、《《さっきまで部屋に置いていた十字架が消えていたのだから》》。



「ま、まさか、あいつなんてことはないよね?」


 

 竦み動揺する有栖川。


 彼は聞いたことがある。血を見るのが大好きな蠱惑な幼女”ジェノサイドマーダー“の名を。

 まさか、まさかと焦りを見せながらも部屋を見渡すと……背後に、等身大の十字架を両手で持ち上げる幼女がいた。


 もちろん彼女の正体は――



「キ、キミは、“ジェノサイドマーダー”の正陸めいと!?」


「大当たり♡ 投げキッスしちゃう♡」



 現れる悪魔を前に、有栖川は強く武者震いした。


 ちなみに、何故めいとがこの場所を突き止めたかといえば至ってシンプル。

 殺人鬼三銃士のうちの1人は女性を誘拐し拷問にかけているという噂だけが流れており、そんなことを遂行できる職種は大方ホストだろうと考え、山勘でゲストと一緒に家へ招こうと夜の街を歩くホストを尾行し一発で彼を引き当てたのだ。



「どうやって入ってきたんだよ!?」


「そんなの、窓を割っただけだよ?」



 この状況、有栖川は絶体絶命の危機ピンチであった。

 何せ背後を取られている以上、このままでは小さな身にそぐわない筋力で持ち上げられた十字架によって撲殺される。


 焦燥にまみれた心中、有栖川がとった行動は……



「この、メスガキがァ!」



 手に持った金槌を振り下ろす攻撃による先制攻撃だった。

 対し、めいとは余裕の表情で十字架を盾にし、更に続けて有栖川を煽る。



「甘ぁい♡ 素人筋だね♡ 一方的な拷問しかした事がないんだ♡」


「しょうがないだろ!? 弱い女をいたぶるのが大好きなんだから!」


「紳士じゃないんだから、もう♡」



 それからもブンブン金槌を振り回す有栖川だったが、その全てが十字架によってガードされ、何一つとしてダメージが通らない。

 笑顔で煽り続けるメスガキ相手に手も足も出ず、焦りが止まらないでいる。


 とは言え盾としては等身大で木製の十字架だ。耐久面では脆く、1分もしない攻防のうちに砕けバラバラになった。


 これはチャンスだ。

 心中を掻き回すあらゆる焦燥を切り替え、めいとの頭上目掛けて金槌を振り下ろした。



「クソ、これで頭蓋骨を叩き割ってやるぅ!」



 しかし、空振りに終わる。


 これは“ジェノサイドマーダー”に与えてはならない、非常に大きな隙。

 そう、めいとは有栖川に近づきながら足元へと回り込み、彼が腰に掛けていた拷問用のナイフをスっと抜き取り奪い取っていたのだ。



「けどそっか、私もロリコンのおねーさんが大好きだから人のこと言えないねー♡ まあ、そんなことどうでもいいかなー♡」



 そして、流れるように無駄なく右足の脛にナイフを突き刺した。



「おにーさん、この程度のナイフも避けられないんだ♡ ざーこ♡ ざーこ♡」



 すぐ様にナイフは抜かれたが、刺された位置からは血がドクドクと溢れ出していく。

 足を中心に広がる痛覚は、全身に広がり、脳が負傷部を抑えろと強く指示を出す。



「イダァァァァァァァァァイ!」



 普段いたぶる側でありながら自分が受ける痛みには慣れておらず、ただただ悶える姿は無様としか言いようがないだろう。

 そんな、両手で右足を抱えて痛みに悶える有栖川であったが、めいとの攻撃は終わらない。



「えい♡ えい♡ えい♡ 死んじゃえ♡ 死んじゃえ♡」



 次に、左足の脛を突き刺してはすぐに抜いて右腕の手首を、最後には左腕の手首を突き刺した。

 四肢の先から血を流し続ける有栖川の痛みは相当なモノで、まるで蜘蛛の巣の如く全身へと痛覚が刺激されていく。そうなれば当然、一切の身動きを取れなくなる。



「イダァイ! イダァイ! イダァイ! モウヤメテー!」



 ただただ痛みに泣き叫ぶ有栖川。

 彼に対して、正陸めいとという死神は首元にナイフを突きつけてこう告げた。



「どぴゅ♡ どぴゅ♡ っていっぱい出たね♡」



 これはもちろん、有栖川の四肢から流れる血のことだ。

 それに蠱惑な声で耳元に囁き、言葉はまだ続いた。



「ねー、おにーさん、殺人鬼三銃士の忍者の居場所についてお♡し♡え♡て♡ほ♡し♡い♡な♡」


「え!?」


「そーしーたーらー♡ 殺すのだけはやめであげるよ♡」


 

 凄惨な地下室にて行われる血濡れた尋問。

 当然有栖川も流石にこの状況で何も答えない愚か者ではなく、素直に答えを返した。



「わかった、わかった、言うから首はやめてれ!」


「はーやーくー」


「僕自身はよく知らないけど、同じ三銃士のクックールがそれなりに交流を持ってるらしい! 今は丁度ヤクザと取引してるはずだから、上手くそこを狙えば会えるかもしれない! ガァ! 早く手当してー!」



 めいとはそれを聞いて、少し渋い顔をした。

 殺人鬼三銃士と言ってもただの世間を騒がせている殺人犯の括りに過ぎず、むしろここまでわかっただけでもラッキーだが、まだまだ子供なので上手く割り切れないのだ。



「あ、そうだ、殺さないって言うのは嘘でー♡ あくまで首元まで刺さないだけだよ♡」


「なんでだよこのメスガキぃ!」



 なので、腹いせに少々意地悪なことを決行した。

 身動きを取れず自身での応急手当など不可能な彼をこのまま放置し、出血多量で自然と死ぬまでの僅かな時間を激痛を感じたままゆっくり過ごしてもらうのだ。


 元々拷問で女の子を沢山泣かせた外道なのだから、これぐらいはしてもいいだろうと割り切っての判断であろう。

 何より、悶え苦しむ彼の姿を見ると彼女の持つ加虐嗜好が刺激される。ニタニタとした笑いが止まらない。



「そうだ、おねーさんを助けないと♡」



 一方、有栖川の被害者であった女性はめいとが現れてから全ての展開を飲み込めず、呆然と見ているだけだった。

 ただ、目の前の幼女に敵意はなく、自分を助けてくれるのは間違いない。


 そして、幼女は手元のナイフで拘束具をねじ切っていき、女性の自由を解放した。



「おねーさん、帰してあげるね」


「ふぁい……」



 その時、彼女がめいとを見つめる瞳は、目の前に白馬の王子様が現れたかのような、恋する乙女だった。

 どれだけ背が小さい幼女であろうとも、命の恩人に対してそのような感情を抱いてしまうのはある意味致し方ないコト。



「お嬢ちゃん、名前はなんていうの?」


「うーん、それは教えられないんだー」



 自己紹介を求めたられためいとは、それを拒否した。

 そこには、確かに自身の立場としてあまり個人情報を語りたくないという意識もあるにはあるのだが、本当のところ、女性は自分が求める愛を示している訳ではなかったのが大きい。


 めいとは、ロリコンのおねーさんが自分を舐めますように向けてくる気持ち悪い愛を求めているのだ。故に、《《この目は違う》》。



「おっと、念の為♡ 念の為♡」



 そして、血の池を作り倒れる有栖川の両足のふくらはぎを突き刺すと、そのままナイフを地面へ投げ捨てた。正陸めいとが任務を受ける際は現地調達現地廃棄が鉄則であり、実はナイフを武器にしたのもあくまで現場判断である。

 最後に、もはや声にならない声音を喉からひねり出し続ける有栖川を無視しながら、めいとは被害者の女性を家の外へと送りつつ、次の標的の元へと向かうのであった。



「確か次はこわーいおじさんが相手だったね♡ 楽しみだなー♡」



***



 ここはどこかにある廃工場。

 そこでは、ヤクザ組織であるのめす組と餓鬼がき組が麻薬取引を行っていた。

 


「これだけあれば十分か?」


「ああ、いい取引だった」



 彼らは皆真っ黒なスーツにサングラスを掛けてイカつい顔の成人男性。各組それぞれ10人おり、皆拳銃チャカを片手に握りながら、ピリピリした雰囲気の中での取引となっている。

 札束、白い粉をそれぞれギッチリ入れたアタッシュケースが静かに交換される光景は、正しく皆が想像するヤクザたちの世界だろう。


 そんな中で、1人だけその場にそぐわない男がいた。


 タンクトップに短パン、褐色にスキンヘッド、しかも筋肉隆々と明らかに日本人ではない人物。彼の名はクックール、アメリカから来たフリーの殺し屋であり、殺人鬼三銃士の1人である。



「つまんねぇ仕事だぜ」



 クックールは、取引に不備があった際に起きる喧嘩を仲裁するために雇われている。つまり、ここにいる彼らが同時に暴れても止められるだけの実力を持つ戦いの玄人だ。

 しかし、どうやら今回は順当な取引が行われているようで、非常に退屈そうにしていた。



「では、我々はこれで」


「いい取引でした。またの機会をお待ちしています」



 気付けば、クックールの仕事はこれで終わりのようだ。どうやらこの夜は、戦闘中毒者(バトルジャンキー)である彼にとって支払われる人件費を加味しても苦痛な時間でしかなかったようだ。

 そう、殺人鬼三銃士に名を連ねる通り、クックールは様々な国の路地裏でストリートファイトに勤しむ若者に喧嘩を売っては過度な暴行により嬲り殺してしまう倫理破綻者なのである。とにかく戦いたい。争いが欲しい。戦闘欲、鍛錬欲、破壊欲。彼の三大欲求は普通の人間とは大きく違うのだ。


 つまり生活費確保の為の仕事がただの傍観者で終わったという事象は、今宵もまた罪なきストリートファイターが血を流す悲劇の引き金であることを意味していた。事実、似たようなことは既に数十回起きている。


 ……だが、この夜に関しては、少し例外であった。



「麻薬は悪いお薬だってセンセーが言ってたから、それを売り買いするこわーいおじさんたちは殺しちゃっていいよね♡」



 夜の廃工場に、甘い声の少女の声が鳴り響く。



「何者だ!」


「ゆ、幽霊か!?」



 取引を円満に終えた中、突然の現象に困惑するヤクザ達。

 光源は周囲に置かれたLEDランタンのみであり、誰もが急いで懐中電灯を取り出し辺りを照らした。

 だが、その程度では犯人を見つけることは出来なかった。


 そんなパニックの中で、


 パァン!


 と一つ銃声が鳴る。


 焦りに焦るヤクザ達が音の元へ一斉に懐中電灯を当てると、そこにはめす組の組員が頭部を撃ち抜かれ血を垂れ流しながら地に突伏する姿があった。


 これは、手持ちの拳銃チャカを奪われ頭部を撃ち抜かれたとしか考えられないが、その犯人は何者なのだろうか? 疑問が増える中で倒れた組員の周辺が照らされると、そこには拳銃チャカを握るツインテールの幼女がニタニタ笑いながら立っていた。



「この程度の不意打ちも想定してないなんて、みーんなおバカさん♡」



 その時、ヤクザ達は確かに彼女が犯人だと判断はできた。しかし、それと同時にまさかこのようなメスガキ如きが拳銃を奪い人を殺すなどという非現実的光景を誰一人飲み込めないでいた。


 そして、残念ながら頭を整理するため時間の猶予は彼らに存在せず、



「バァン♡ バァン♡ バァン♡」



 幼女は有無を言わさずに拳銃チャカの引き金を引き、餓鬼がき組の組員3人の額を撃ち抜かれてしまった。

 ついにこの幼女こそが犯人だと完全に理解し、1秒でも早く殺さねばと手を合わせ全員で発砲するめす組と餓鬼がき組の組員達。


 だが、素早く幼女は飛び上がりその全てを回避した。


 そして、餓鬼がき組の組員の肩に飛び乗るや否や、スルッとその者の拳銃チャカを奪い取り、すぐ様に手持ちの拳銃チャカと合わせて二丁拳銃状態で引き金を引き続けながらヤクザ達の額を撃ち抜く大量殺戮ジェノサイドを繰り広げる!



「ざーこ♡ざーこ♡ざこガンナー♡ 持ってるだけで銃を撃つ機会がないんだね♡」


「「「「グワーッ!」」」」



 この銃撃によってまたたく間に廃工場はヤクザたちの死体の山で埋め尽くされる。

 続けて、肩の上に幼女を載せる男以外は全て死亡し、



「い、命ぐらいは見逃してくれないか?」


「だーめ♡」


 

 パァンッ!

 最後に残った彼も後頭部に直接銃口を突きつけられながら引き金を引かれ、息絶えてしまう。



「肩車ありがとね、おじさん♡」



 一瞬だ。一瞬にして数十人はいる2組のヤクザたちは全滅した。


 この屍の山を築く最強の幼女こそは……!


 正陸めいと、ロリコンのおねーさんを救うため“殺しべ長者作戦”を遂行する最強のエージェントだ!



「お前、噂の“ジェノサイドマーダー”なんじゃないの? 正体みたり! って感じだな。楽しみになってきた」



 なお、この銃弾の嵐の中で、クックールだけは生き残っていた。何故なら、戦闘中毒者バトルジャンキーである彼は、当然銃弾を避ける術を持ち合わせている。なので、それだけの実力を持つからこそ、目の前に現れた“ジェノサイドマーダー”こと正陸めいとに対して興奮を隠せてないでいる。



「うっわぁ♡ おじさんおっきいね♡」

 


 めいとのその言葉は、当然彼の外見に対してである。

 クックールは言うなれば2mはあるのではなと見紛うほどの巨漢。そこに加わる引き締まり盛り上がった筋肉は拳ひとつで人を殺す事など容易な程に凶器。


 めいとはパッと見たただけで彼の強さを理解した。油断して勝てる相手ではないと。



「嬢ちゃんみたいなメスガキを拳で理解わからせる。1回やってみたかったんだ、手合わせいいかい?」



 クックールは、そんなめいとを前に勝負を申し込んだ。戦闘中毒者バトルジャンキーである以上、当然といえば当然の判断だ。



「うん、いいよ♡ その代わりおじさんから聞きたいことがあるの♡」



 対してめいとは、手早く情報収集を済ませようと目論んだ。

 今の間に情報を確保出来れば、逃げられなどしても損することはない。

 なおその会話をしながら彼女は暇潰しと言わんばかりに手元の拳銃2本を分解している。



「よーし、何でも言ってみな」


「この街に忍者が潜んでるんだけど、どこにいるか知ってたりする? 教えて教えてー」


「知ってるぜ、今あいつは自分家じぶんちでどっかの令嬢を誘拐して誰かを待ってるらしいんだ。理由はわからねぇが、ついさっき自慢げなメールを送ってきやがったんだから腹立たしい。てことで、住所はこれだ、受け取れ」



 結果、クックールはパパっと紙に忍者の家の住所を書き留め、めいとに投げ渡した。

 彼と忍者は友人同士のようだが、勝負をするためなら友情プライバシーを裏切るのは戦闘中毒者バトルジャンキーとして当然の行為らしい。



「ありがと♡」


「……よし、じゃあ始めるか!」



 勝負のための前準備は終わり、2人は2m程距離を離した位置で拳を構える。

 2人が足を動かした瞬間とき、メスガキがわるーいおじさんをこらしめるための戦いのゴングが鳴り響いた。




***


「喰らえ!」



 最初に動いたのはクックールであった。

 めいとに向けて振り下ろされる拳。



「おそーい♡」



 それは、少し首を逸らしただけで回避される。

 更に首の横にあるクックール右腕を両手で掴み……、



「下に向けて殴ると体のバランスが悪くなるんだよ♡」



 背負い投げを行い、彼を地面へと叩きつけた。

 歳にそぐわない筋力こそ持つが抜本的には大人相手に純粋な力量差があるめいとは、いわゆる合気を活用することで相手の体重などに囚われず自由自在に放り投げることができる。これぞめいと(メスガキ)流格闘術と言えよう。



「後先考えて行動しなさいってお母さんに言われなかったのかな♡」


「うっせぇ、俺は道徳破りのマザーファッカーだ!」


「うっわぁ♡ すっごい親不孝だね♡」



 そして、仰向けに倒れたクックールに対してめいとは馬乗りで胴体に乗りかかる。

 完全なマウント状態へと持ち込んだ。



「ぐっ、すばしっこいメスガキだぜ」



 だが、一見有利に見えるこの現状も、メスガキと屈強な成人男性の間には体重差は70kg以上あり、押し返され立ち直られてしまう。

 やはりと言うべきか、大人と子供では埋まらない差は常に存在する。



「良い判断だね。花丸あげちゃう♡」



 ファイティングポーズを取りながら、クックールをニタニタと見据えるめいと。この程度の戦局は慣れっことでも言いたげだ。



「流石は“ジェノサイドマーダー”だ。才能で力押しせず経験則で戦おうとする。おもしれぇ」



 この状況に、クックールはニカッとした喜悦の表情を見せる。

 ならばそんなお前の実力ごと喰らってある。俺の暴力を前には無力だと理解わからせてやろう。

 めいとを相手に強く闘志を燃やし、次の手に出た。


 ――それは、投擲だ。


 腰ポケットに手を突っ込んだかと思われると、砂利を投げつける。

 目掛けたのはめいとの瞳。命中すれば視界を奪うことができ、回避されてもその位置を読んで攻撃を加えられる小手先の一手。フリーファイト慣れしているクックールならではの戦術と言えよう。



「さあ、これでノックアウトだぜ、お嬢ちゃん!」



 クックールはめいとが身長差を利用し、回避すると同時に前進しながら懐に入り込んでくると予測した。そこに渾身のアッパーカットを炸裂させれば顎の骨を砕き一撃必殺を狙えると踏んだのだ。


 しかし――


 めいとは、上空へと跳躍した。



「なぁに!?」



 空中からは放物線を描くように落下しており、着地点は恐らくクックールの足元を狙っているようである。


 いや、それなら人間の空中移動は必然的に地上での疾走に比べて遅いのだから対空狙いでのアッパーカットが間に合う。

 クックールは臆せずサブプランへと移行し拳を構える。



「うーん。その手は読めてるんだよねぇ♡ 戦闘初心者クソザコルーキーちゃん♡」

 


 だが、彼女の技量がその調子を狂わせた。

 なんと、アッパーカットそのものを落下と同時に身体を反らすことで回避したのだ。


 しかもそれだけではない。


 めいとの着地点は……クックールの肩だ。

 股に顔を引っ掛けるように逆向きの肩車の姿勢で足を引っ掛けており、肩の関節をがっしりとホールドすることで上半身の動きを完全に封じている。



「ふが、うごごごごごごご」



 彼女の小さなボディから、腹部に視界を奪われるクックール。


 身軽過ぎる。あまりにも身軽過ぎる。大人である自分が全く同じことをしたとして再現できる自信のない、体格任せの軽やかな動き。

 そのあまりの見事な動きに見惚れてしまったのか、数秒間思考が停止してしまう。


 だが、そんな隙を逃さないのが“ジェノサイドマーダー”である。



「えいっ♡」



 めいとは両手の人差し指を立て、クックールの両目をグサリと突き刺す目潰しを行った。



「ア"ァ"ーーー!!!!」



 目からは血が吹き出て非常にグロテスク。そう、このようなエゲツない行いにも抵抗を感じないことこそがめいとの強みだ。

 たった一撃で両目の眼球を破壊されたクックールは、痛みと同時に自身で失明したという事実が襲いかかり叫び慌てる。


 ここで生まれたチャンスを逃すはずもなく、めいとは身体をぐるっと回し、肩車の姿勢に変わると、ヘッドロックの形で血のついた両腕を使い彼の首をホールドし、一気に絞めていく。



「イッちゃえ♡イキ死んじゃえ♡」


「ゴギャォォォゴゴゴゴ」


「小学生との素手対決で負けるなんて、おじさんすっごい恥ずかしい姿してる♡ ぶっさいくだなぁ♡」



 結果、クックールは泡を吹きながら窒息死した。

 一見すると屈強な成人男性であるクックールが有利な対戦カードだったが、現実は小柄なメスガキのめいとが圧倒的実力差での勝利だ。

 情報も回収した以上めいとが彼を生かす理由もなく、殺害という手っ取り早い行動に出れた。



「よし、じゃあ急いでおねーさんの元へ向かわなきゃ♡」



 その後、めいとは廃工場から去り、クックールから教えてもらった忍者の住処へと走っていった。



***



 ドローレスは目を覚ました。

 視界の先は真っ白な何も無い個室で、自身は椅子に縄で縛られながら座っている状態だ。

 あれから何時間経ったのだろうか。

 恐らく忍者に誘拐される寸前睡眠薬でも飲まされ、気がつけばこの場にいると考えられる。

 自分が性犯罪者にならぬよう自制を強いられ続ける生活が始まるかと思いきやこのザマであり、そんな不幸の重なりから、



「今日は厄日ですわ……」



 ついこのような言葉が出てしまった。

 だが、彼女の不幸はこの程度では終わらない。



「お疲れ様だな」



 部屋に例の忍者が入ってきた。

 青い装束によって顔が隠れ、目以外の表情が見えない男。彼こそが愉快犯張本人だ。顔を合わせるやドローレスは否や憎悪の目を向けた。



わたくしからパスワードを知りたいからとこのような屈辱的姿にするなどと……許せませんわ!」


「いや、そのつもりはない。ただ、あのタイミングでお前を誘拐することに益があっただけだ」


「くっ、今すぐわたくしを殺しなさい! こんな姿になるなど一生の不覚でしてよ!」



 そんな彼と会話するドローレスは、もはや自分のプライドこそが最優先であり忍者の話を聞いていない。 



「……面倒な《《娘》》だ」



 深く溜息をつく忍者。

 どうにも年端のない子供と会話することに慣れていないように見える。

 それこそ娘とのコミュニケーションが上手くいかず一方的に嫌われる父のようだ。



(さて、結局私わたくしはどうすれば良いのでしょう)



 とはいえ、ドローレスもまた彼の話の限り自分が何故誘拐されたのかはわからないため、目が覚めてしまった以上はどう動くべきかと思案していた。

 少なからず人質の身であることを考えれば下手に動くのは悪手。介錯をするつもりがないのであれば、動向を伺ってみるのも悪くはないだろう。


 何より、隠れた顔から見える青い瞳もそうだが、特に彼のしゃがれた声には聞き覚えがあった。

 それもあまり向き合いたい答えではない。だからか、深く物事を考えないためにも、沈黙を選んだ。



「「…………」」



 おかげで何もない白い部屋では静寂が続く。もはや完全なる無だの空間だ。

 2人に会話する理由がない。ただただ黙る。静寂の世界。 


 だが、その空気を引き裂くように、蠱惑な甘い声が強く鳴った。



「みーつけた♡」



 部屋の扉を蹴破り、1人の幼女がエントリーする。

 彼女は正陸めいと。“ジェノサイドマーダー”の二つ名を持つ最強の幼女だ。

 ドローレスは不意な登場に驚きを隠せない。



「おねーさんを返してもらうよ♡ おじさん♡」



 もう一方、めいとに出会った忍者の目は何処か笑っていた。

 そうだ、彼は待ち望んでいたのだ。“ジェノサイドマーダー”との戦いを。


 何せドローレスを誘拐したのは彼女とこの何もない空間で正々堂々の勝負をしたいがためなのだから。



「メスガキとは聞いていたがここまで生意気とは……。まあいい、この部屋で勝負してくれないか?」



 そして、めいとに対して勝負を申し込む。



「いいよ♡ おじさんはさっきまでのくそざこたちと違って強そうだから楽しみだなー♡」

 


 めいともまた勝負を申し受け、腕を前に据え勝負の構えをとった。



わたくしの目の前で幼女が戦っている……これは特等席ではごさいませんこと!?)



 なお、ドローレスはのけものにされているはずが、どうにも嬉しそうである。そんな彼女は既に2人の眼中には入っていない。どうやら彼女を部屋の中央に置いたまま勝負は始まるようだ。




***



「!!」



 めいとは先手として忍者の肩に飛び乗らんとしたが、その行動自体を読んでいたのか宙に向けて黒く長いひし形の刃を伴った暗器――クナイが何本か投擲された。



「うっわ、はっやーい♡」



 肩に飛び乗るのをやめ、空中で回転して回避を試みためいと。しかし、着地と同時に足向けて追加でクナイを投げられ、上手くすり足で位置をずらしたがかすり傷を受けてしまう。



「今日私に傷をつけたのはおじさんが始めてだよ♡ すっごーい♡ いいねをたくさんつけちゃいたい♡♡♡」



 小学生扱いしてくるメスガキを前に苛立つ忍者であったが、今の敵は自分の求めた好敵手の“ジェノサイドマーダー”。むしろ冷静さを崩すための口八丁だと考え、怒りが前に出るような判断はせぬようにと予定通りの立ち回りを続けることにした。



「!」



 更に投擲されるクナイはめいとを狙う。

 しかし、めいとも歴戦のエージェントであり、その程度の攻撃を食らうことはない。

 なんと、スライディングで忍者の足元まで一気に移動したのだ。



「このクナイ、出来のいい刃だね♡ プレゼントありがと♡」



 更には、回避移動と同時に投擲されたクナイを1本掴んで回収しており、それを右手で握り股間部に突き刺そうとした。



「えい♡」


「甘い!」



 その時、確かにクナイは忍者に突き刺ささろうとしていた。

 だが、実際に突き刺したのは等身大に切り落とされた丸太であった。



「忍法身代わりの術、この程度も読めぬとは“ジェノサイドマーダー”もまだまだだな」



 そうして、次に投げられたのは何枚もの手裏剣だ。

 回避しようにも攻撃動作と同じタイミングであり、めいとは不覚ながら1枚肩に突き刺さってしまう。

 不覚だった。忍者と戦うのは初めてであるが故に想像力が足りず攻撃を空振らせた上に隙まで生んでしまった。これは一生の不覚とすら言えるだろう。



「痛ったぁい♡」



 声こそ先程と同じ蠱惑で甘く余裕気のあるものだが、忍者の実力を前に余裕を失い心中では焦燥に駆られている。

 とはいえまだ1回刃物で刺された程度だ、負けを認めるような場面ではない。まずは手に握ったクナイを彼に向かって投げようとした。



「忍法分身の術! どちらかは偽物で攻撃すれば一瞬で消えてしまうが、それ即ち致命的な隙を作ってしまうことになるぞ!」



 この時のめいとはまだまだ甘かった。いや、想像力が足りなかった。


 相手は忍者である。故に己と全く同じ姿の分身を作り出すことは容易なのだ。どちらが本物とも読めない正確なコピーを前に、めいとはほんの1秒だけクナイの投擲を躊躇ってしまった。

 時間にして2秒。だがその判断の遅さは戦場において命取りになる。



「隙あり!」



 その瞬間を逃さず、忍者はまた手裏剣を投げた。

 すると、回避行動さえとれたものの、ソレはめいとの右手に突き刺さり、握っていたクナイを手から落としてしまう。



「痛い……痛い……」



 弱音を吐きながらも、次の手を考えるめいと。痛覚が身体に伝い続けるからといってそれが更なる隙を産めばそのまま畳み掛けられてしまう。それだけは避けたい。

 問題は、彼の忍術に自身が対応しきれていない点だろう。確かに有栖川やクックールより数段上の実力者であることは読めていたが、まさかここまで自分を追い詰める人物とは考えていなかった。その油断がこのような事態を招いた事も、同様に理解わかる。



「この程度じゃ……負けないよ♡」



 少し暗いトーンの声を出していためいとだったが、持ち前の甘くて蕩けるような声に切り替え、それでもと分身する2人の忍者の内1人を狙い、クナイを再び拾い上げて握り飛びかかった。

 だがしかし、狙いをつけた忍者は分身の方であり、虚空を斬ったかのように分身がその場で消える。


 ここで生まれるのは再びの大きな隙だ。

 即ち、直撃すら許してしまう危機に陥ったことを意味する……



***



 ドローレスは2人の戦いを見届ける中で強い葛藤に囚われていた。

 忍者の正体には既視感があるからだ。


 ドートレス家は代々男女に別れ別々の武術を習得する家訓がある。

 女は手刀に特化した護身術を中心に、男は――古来より伝わる日本の忍術を。

 ドートレス家は過去にイギリスへ亡命した忍者から始まった一族であり、彼の忍術を残すためにこの家訓が存在するのだ。


 噂に聞いたことがある。父のゼーレス・ドートレスは裏で忍術を使い様々な武術家と殺し合いをしているという話を。

 基本的には合意の上であるらしいが殺人は殺人だ。倫理的に褒められた行為ではない。それどころか日本に来た際には殺人鬼三銃士なる括りで警察にマークされているとすら言われている。忍者装束により顔を隠しているとはいえ、公になれば経営グループ会社全体のイメージダウンに繋がりかねない。故に彼は財力を以て情報操作が常に行っている……。


 ドローレスはこの話を信じないようにして生きてきた。そんな黒い噂、どうせ嘘っぱちに決まっている。

 だが。事実を裏付けるかのように、目の前にいる忍者の瞳は間違いなく父ゼーレスのモノであった。


 あの噂が事実だと認める。それも嫌だが。彼女の葛藤はそれだけではなかった。


 この部屋にて、自分だけがにけものにされている事実が何より許せないのだ。


 これがもしただの誘拐事件ならば良かった。しかし現実は全て父の仕組んだ茶番である。無理矢理財産のパスワードを伝えられ、それを理由に誘拐されたかと思えば何故かやたら強いメスガキとの殺し合いを楽しんでいる。

 昔からそうだった。父は全然自分に構ってくれることはなく、ずっと仕事ばかり。


 それどころか、会話すれば将来のために勉強しろだとか、この学校に入れだとか、挙句の果てには急に日本へ留学しろだとか、勝手にレールを強いて一族を継ぐための実績だけを積まされてきた。

 過去を思い出すと腸が煮えくり返ってくる。


 もはや許すことは出来ない。この殺し合いの邪魔をしたい。ただのその一心で己の魂を燃やしていた。


 

***


 ――めいとが隙を見せたついたその時だった。



「そろそろ囚われのお姫様も飽きてきましたわ。わたくし、あの類のヒロインは大嫌いですの」



 突如、椅子に縛り付けられていたドローレスが体に大きく力を入れると、縄が破れほどけた!

 その姿を前に、めいとも忍者も驚き動揺を隠せないでいる。



「特等席での閲覧も飽きましたわ、プライドを傷付けられた仕返しをさせて頂きましょう」



 そして、有無を言わさず彼女は手を尖った槍のような形にすると、そのまま右腕でゼーレスを刺突した。

 動揺のあまり回避行動が遅れ、左の二の腕に命中するとそこから血が吹き出すように出血。ドローレスはそれからも攻撃の構えをとり、次の一撃を狙わんと目を光らせている。



「ドレスに血がつきましたわ、せっかくのお気に入りでしたのに」



 この手刀の名はハンドレイピアと呼ばれるモノで、現代において帯刀が許されない騎士達が手刀による刺突を極限まで極めることでレイピアの一刺しを素手で行えるまでに発展させた曲芸技。(雌餓鬼書房より出版『現代の騎士道』から引用)

 そう、ドローレスが身につけている護身術とはハンドレイピアのことであり、実力は既に達人級だ。


 その二つ名は“女騎士”であり、高いプライドも騎士としての誇りの表れである。



「おねーさん、そんなに強かったんだねー♡」


「ふふっ、己の武術を幼女に褒められるとは恐悦至極。とても嬉しいですわ」


「何故お前が敵に回る、私の娘だろう!?」



 突然の援軍に、忍者は――ゼーレス・ドートレスは顔の装束を剥ぎ叫んだ。

 金髪に短く纏まった髪に青い瞳を持ちながらもどこか強面のその顔は間違いなくドローレスの父である。


 その顔を見たドローレスが返す言葉は――



「もうこの際いいですわ。お父様の命がどうなろうと気にしません。わたくしわたくしの騎士道を以て殺人鬼三銃士が1人ゼーレス・ドートレスを成敗させていただきます」



 盛大に啖呵を切る。

 ただそれだけだった。


 元々殺人の証拠を揉み消してきたのなら、お前の死だって揉み消してやる。


 父のような外道を相手に、ドローレスは親子の絆など感じたことすらなかった。

 この父にして子、ドローレスもまた自身のために行う殺人行為に躊躇など存在しないようだ。

 


「そこまで言うなら……娘とて容赦はせんぞ」



 これにまさかのゼーレスは子にすら刃を向ける形で応えた。

 何せ、“女騎士”の二つ名を持つハンドレイピアの達人――ドローレス・ドートレスと相対したい感情は常にあったからだ。



「じゃあ、めいとはおねーさんと一緒に戦うね。数の差が卑怯とか考えたことないから♡」



 さらにめいともまたドローレスの参戦を強く肯定する。

 もはやこの真っ白な部屋に正常な倫理観を持つものなどいない。

 いるのはただ、暴力を以て自分を証明したい倫理破綻者だけだ。




***


 さて、これによってめいとは2対1で戦える有利な状況を得た。

 一度は自身がまだまだ戦闘経験の浅いメスガキに過ぎないと理解わからされてしまった彼女であったが、こうなれば再び攻めない手はない。

 なので、ドローレスと会話をしながらも傷を負ったゼーレスに向かって手に持つクナイで斬りかかる。



「甘い!」



 だが、その攻撃は軽快なバク宙で後ろに下がられて回避されてしまう。



「2人がかりだろうと負けはぜんぞ! 忍法分身の術!」



 またも分身を作り出し2人に別れるゼーレス。

 対して、メスガキと女騎士のバディも負けていられない。



「でしたら、手分けして殴ればいいだけのことですわ」


「そーいうこと♡」



 ドローレスはハンドレイピアによる刺突を、めいとはクナイを逆手持ちにしながらまたもゼーレスに飛び込む。

 その攻撃を前にしたゼーレスは、分身と同時に口元を晒しながら顔を前に突き出しこう叫んだ。



「忍法火遁の術!」



 すると、2人の忍者の口から炎が吹き出され、部屋中を一気に炎が覆い尽くす。

 この状況、一瞬にしてメスガキと女騎士は不利になったかのように見えたが……



「そんな火、マッチ棒以下ですわ」



 ――しかして相手は猛者たちのバディ、ドローレスが足払いすると、その炎は即座にかき消されてしまう。

 これぞあらゆる敵の攻撃を真正面から受け止め捌いてしまう騎士道精神を以った“女騎士”の武術。



「流石は俺の娘だ!」



 ゼーレスは始めて見た娘の技量を前に少し驚嘆するが、同時にアドレナリンが吹き出たかのように興奮する。

 己の遺伝子を持つ女が自分の攻撃すらかき消すなど、彼のような戦闘中毒者バトルジャンキーにとっては恐悦至極な光景。


 すかさず追撃を狙い、ドローレスとめいとの双方へ1本ずつクナイを投擲する。



「その程度!」


 これを2人は同時に身体を反らすことで躱した。

 並行して、ドローレスは右腕を構えながら足を地面につけながら前へと踏み込み……ゼーレスの1人にハンドレイピアを突き刺す!

 狙ったのは心臓。まるで父の命を断ったかに見えた。


 しかし……



「こちらは偽物でしたわね」



 ドローレスの手刀の先は分身であり、命中と同時に消え去る。まるで蜃気楼のように。



「ありがと、おねーさん♡」



 そして、残ったゼーレス本体には……首元にクナイが突き刺さっていた。


 よく見ると彼の足元には1本別のクナイがある。


 そう、めいとは躱したと同時に敵のクナイを回収し、自分の手持ちと合わせて同時に投げ返したのである。1本は避けられたが、それすら先読みしてタイミングをずらし、もう1本を相手が回避した方向に向けて投擲したのだ。


 これが2対2の数の差。


 ゼーレスに敗因があるとすれば、しっかり娘と向き合わずにいたこれまでの人生そのものだと言っても過言ではないだろう。そのせいで怒りを買い乱入され分身によるアドバンテージを奪われたのだから、訳無い話である。 


 そんな、首元をグサリとえぐるその一撃は、ゼーレスにとって致命傷。



「グワーッ!」



 しかも、それだけでは終わらない。

 己の死を理解した上で悪あがきをしてやろうと反撃を試みるゼーレスであったが、そのような行動を許さないかのごとく、ドローレスは彼の前に踏み込み肉薄する。

 そして、胸部にドローレスのハンドレイピアを放ち――見事に命中した。



「先程は上手くココを狙えませんでしたからね、リベンジ達成ですわ」



 ドローレスの右腕はゼーレスの胸に入り込み、ついには心臓を掴み取った。

 そして、右腕はすぐに引き抜かれる、ドクッドクッと音を立てる心臓と共に。

 ゼーレスは首に致命傷を受け、更には自身の視界の先で実の娘に掴まれた心臓を見るハメになったのだ。流石にここまで最悪な人生の終わりも他にはないだろう。



「その心臓、私がつぶしたーい♡」


「幼女の頼みとあらば当然差し上げますわ〜♡♡♡」



 そんな悲劇のゼーレスを前に、めいとはドローレスに甘え、彼女が掴む心臓を受け取っていた。



「小学生と女子高生相手に心臓ハートを掴まれちゃったね♡ 無っ様なおーじさん♡」



 最後にグシャリと心臓は握り潰され、ゼーレスの息の根は止まった。



「うわぁ♡ おねーさん、びしょびしょだね♡」


「そう言う貴女も大概でしてよ」



 服に大量の血がついた2人はまさしく血化粧となり、全身が朱く染まった。

 だというのに、何処か彼女たちは綺麗に見えてしまう。まるでルビーの宝石のように。


 きっと、この血潮こそが身を彩るに最もふさわしい化粧なのだろう。そんな心の写し鏡のような姿がそこにはあった。

 それに、窮地に立たされ、一度は焦った表情を見せためいとも今では笑顔だ。

 なにせ、以心伝心で戦いを繰り広げた事で何か友情のようなものが2人には芽生えていたのだから。



「では、帰りますわよ」


「うん♡」



 

 ちなみに、この一夜の間に数十人もの屍の山が築き上げられた訳だが、それについては国の偉い人や掃除屋さん達が上手く処分してくれるので、めいとが細かいことを特に気にする必要はない。

 ゼーレスの死の件も、以後の家の事業を娘のドローレス自身が引き継ぎ、元々会社側で所持していた情報操作機関を利用し、過去の決闘による殺人同様に不慮の交通事故による死亡という形で全てもみ消された。




***


 その後、白い部屋から出ると、そこはドローレスが元々住んでいた日本用住宅の地下室であることが判明した。

 まさか自分の家にこんな部屋を隠していたとは、死んだ後も嫌な事実を残してくる父である。


 そして、2人は一緒に手をつなぎ歩いて自宅へと帰っていった。まさしく、仲のいい子供と年上のお姉さんとも言える姿だ。

 なお、その手を繋いでいる時、ドローレスがめいとへ向ける表情はロリコン特有の幼女を舐め回す気持ち悪い目であった。



(ちゃんとこのおねーさんはロリコンのままだ♡ この顔をまだまだ見たいなー♡ これからもたーぷりたぶらかしちゃお♡)

何もせず年を越したくないと思い、過去に別所で書いた作品を大幅加筆して投稿させていただきました。


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