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第60話 天斗とシアと夢原 その二

 



「ぶっすーー-」


 そんないかにも不満です! といった声を出しながら、俺の隣に座ったシアは夢原の方を睨みつけている。


 その顔は頬っぺたを破裂するんじゃないかと思うくらいぷくぷくに膨れさせて、不機嫌の極みを表していた。


 というか、あいつのほっぺあんなに膨らむのな。今度からデコピンじゃなくてほっぺたを抓ろうか‥‥‥。


 そんなことを思ってると、俺の正面に座ってる夢原が困ったように箸を置いた。


「えーっと、シアちゃん? そろそろ機嫌を直して欲しいなぁって」


「嫌です」


「ごめんなさいだよぅ」


「嫌ですっ」


 手を合わせて夢原が謝るも、プイっとそっぽを向いてシアは相手にしない。


 そんなシアの様子に、夢原は助けを求めるような視線を俺に送ってきた。


「のぉん‥‥‥天斗くん‥‥‥」


「はぁ‥‥‥自業自得だろ、俺は知らん」


「そんなぁ‥‥‥薄情だぁ‥‥‥」


「薄情も何も、夢原がシアに色々したからだろーよ」


「そ、それは、私もちょっとやりすぎたなぁって思ってるけど」


「じゃあ仕方ないじゃん」


「のぉん‥‥‥」


 俺が一切庇うつもりが無い事が分かったのか、がっくりと肩を落とす夢原。


 俺が出かけていた時にシアに色々やったのは夢原なので、責任を取って自分でシアの機嫌を直して欲しい。


 そう思っていると、俺の隣のシアからため息が聞こえてきて、ジト目が夢原と俺に向かってきた。‥‥‥え? 俺にも?


「私は別に千結に辱められたのはいつかやり返すので気にしてませんよ」


「そ、そっか受けて立つよぅ。でも、ならどうしてご機嫌斜めなの?」


「むぅぅぅぅっ! 二人が! すごく! 仲睦まじく料理をしてたからですよ!」


 バンバンバンとテーブルを叩いていきり立つシア。どうやら夢原と二人でキッチンに立ったのが気に入らないらしい。


 正直、俺からしたらそんなこと言われてもって感じなんだけど。


「しょうがないだろ。シア、包丁持てなかったんだから。危なっかしくてキッチンに立たせられないわ」


 立ち上がってリビングまで出てこれて、朝とは違って自分でご飯を食べることができたシアだけど、料理をするほど回復してなかった。


 だからやる気満々だったシアだけど、俺が危険だと判断して追い出した。それがシアには不服だったらしい。


「それはそうですけどぉー‥‥‥それにしたってキッチンに立つ二人は気が合いすぎだと思います! この前私と一緒に料理をした時とは全然違ってたじゃないですか!」


「そりゃあシアと料理したのはこの前が初めてだけど、夢原とはこれまで何回か料理したことあるし。というか夢原に料理を教えたの俺だし」


「天斗くん、高校生の時から料理が上手かったからねぇ~、弟子入りしたんだよぅ」


 そう、弟子にした覚えはないけれど夢原に料理の仕方を色々と教えたのは俺だ。この子は俺が育てましたってみたいな感じ。


 きっかけはお昼休みに打ち合わせと称して何回かお弁当を一緒に食べていた時に、俺の手作り弁当を見た夢原が興味を持ってって感じだけど。


 といっても絵を描く器用さがある夢原は意外と上達をするのは早かった。ただ、好奇心で変な調味料を入れようとしなければ‥‥‥ね。


 今日は俺の監修があったからまともな味付けだけど、何度か物凄い味の夢原料理を食べたことある。大体いつも舌がバカになる。


 俺が少し遠い目で追想していると、ひと際大きくテーブルがドンッと叩かれて我に返った。


「ずるい! ずるいです! 私は嫉妬しています! だから天斗が私の機嫌を取ってください!」


「えぇー、なんで俺が」


「そんなこと言っていいんですか? このまま私が不機嫌だとどんなことが起きるかわかりませんよ?」


「んな理不尽な」


「忘れたんですか? 私は強情な吸血鬼様ですよ? 人間である天斗に拒否権はないんです」


「そうだそうだ~! シアちゃんに逆らっちゃいけないんだぞぅ!」


「お、お前な‥‥‥」


 何故か謎の吸血鬼ムーブを出してくるシア。これは相当根に持ってるというか、気に入らなかったに違いない。というか、夢原のほうが責任があると思うんだが? さも無責任ですと言うようにシアに追随しないでもらいたい。


「あぁーもう、わかったよ」


 じーっと俺の方を圧をかけて見つめてくるシアと、なんだか面白そうなものを見るようにニヤニヤしてる夢原の視線に耐えかねた俺はシアに屈することにした。


 ご機嫌取りくらいならいいだろう。別に減るもんじゃないし、締め切り遅れた時の紗季さんにはいつもしてることだ。シアのご機嫌を取るなんてちょちょいのちょい! 


 とりあえず、褒めればいいかな?


「えーっと‥‥‥シア、可愛いよ! どこから見ても可愛いよ! よっ! 八方美人!」


「天斗くん、褒めるの下手すぎだよぅ‥‥‥しかも、誉め言葉じゃないし」


「えへへっ♪」


「シアちゃんもちょろすぎるよぅ‥‥‥」


 夢原の茶々がうるさいけど、シアと暮らし始めても約二か月。シアのことならお手の物‥‥‥。


 と、思ったけど、どうやら今日のシアはなかなか手ごわいようだった。


「ごほんっ! これで私の機嫌が直ると思わないことですね! 今日の私はそんなちょろくありませんよ! NOと言える女ですから!」


「何言ってんだコイツ」


「あはは、あの訓練がそんな弊害を生むとは」


 NOと言える女とかよくわからないけど、それだけ言うとシアはまたツーンとそっぽを向いて不機嫌を表す。


 俺と夢原は顔を見合わせてやれやれと嘆息すると、どうしたものかと肩をすくめる。


「むぅ‥‥‥またそうやって二人だけでわかり合ってるんですね!」


「じゃあどうすればシアさんは機嫌を直してくれるんですかね?」


「‥‥‥そんなの決まってます! ——っん!」


 そう言って、俺の方に身体ごと向けたシアが両腕をまっすぐ伸ばしてきて、期待するように紅い瞳で見上げてくる。


 シアの動きの意図することが分かって、俺はピクリと身体が硬直する。


 ‥‥‥いやだって、夢原が目の前にいるんだよ? それなのに堂々とハグしろと?


 きっと今の俺はかなり苦い顔をしてるんじゃないだろうか。


 普段、シアに抱き着かれるのは家の中だし人目に触れるものじゃない。それを何年も付き合いのある人に見られるのは普通に恥ずかしいし、からかわれそうなんだけど。‥‥‥夢原だし。


 だから俺は首を振って拒否を示したんだけど。


 シアはそれでも俺に手を広げたままで、じーっと、じぃぃぃぃっと俺を見つめてくる。


「——天斗」


「‥‥‥」


「あ・ま・と!」


「‥‥‥はいはい」


「~~♡」


「きゃあ~~!」


 結局シアに根負けした俺はそっとシアに腕を回して抱きしめる。


 夢原が興奮した声を上げて、シアはさっきまでの不機嫌さはどこへやら。


「これが天斗と私の絆です! 千結にだって負けませんからね!」


 と、勝ち誇った声でシアは夢原にドヤ顔を向けていた。



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