第58話 シアと千結のお見舞い その二
「千結‥‥‥?」
「シアちゃん、本当にまったく力がが入らないんだね」
何か確かめるようにそう言うと、千結はいったん覆いかぶさっていた身体を上げて、垂れかかっていた髪を後ろに流します。
そして、服の襟元を少しはだけさせると、キレイな白いうなじを露わにして私にギュッと抱き着いてきました。
「はい、私の血、吸っていいよ。シアちゃんの状態理由って血液不足でしょ」
「え、え? 千結、どうしてそのことを‥‥‥」
「う~ん、私も天斗くんから聞いて色々考えたんだけど、一月前くらいに血を吸われたのを思い出してもしかしてって思ったんだよぅ」
千結の推測は当たっています。私の身体に力が入らないのは血液不足が原因です。
こっちの世界に来てから血液を摂取する機会がほとんどなく、血を吸うことになった時も必要最低限しか吸っていませんでした。
そのせいで今はほとんど吸血鬼としての能力が使えません。
しかし‥‥‥。
「お気持ちは嬉しいですが、必要ありません。大丈夫です」
「大丈夫って‥‥‥あ、なら天斗くんの血は? 天斗くんなら——」
「天斗の血もいりません。私は誰の血も飲みたくないです」
千結が言い終わる前に、被せるように拒否しました。
確かに、天斗に頼めば血を分けてくれるでしょう。
けれど、それはダメです。血を失うことはそれなりに負担になりますし、なにより私は——。
「‥‥‥親切で申し出て頂いたのに、ごめんなさい」
私が少し俯いて謝ると、千結は納得してくれたのか私から離れて服の乱れも直しました。
「シアちゃんにいらないって言われちゃったらどうしようもないね」
「ごめんなさい」
「謝らないで? 私は気にしてないよぅ! でも、天斗くんには言ってないみたいだけどいいの?」
「天斗に言ったら無理しようとするでしょう?」
「あぁ~‥‥‥今日もこの調子だもんねぇ~、想像つくなぁ」
「はい、だから言いません。まぁ、これはこれで天斗にお世話してもらって幸せですけど」
今日の朝のことなどを振り返ってにやけてると、千結が微笑ましそうに私のことを見ていました。
そして、次には少し真剣な表情を向けてきます。
「けど、天斗くんもバカじゃないから、その内に気が付くと思うよ? 今はド忘れしてるのか思い至って無いみたいだけど、時間の問題だと思うなぁ」
「まぁ、そうですね‥‥‥その時はその時です! 私はNOと言える女ですから!」
私がそう言うと、千結は何故か疑わしそうな目をしました。
「えぇ~? 本当かなぁ? 全肯定天斗くんのシアちゃんのことだから押し切られちゃうんじゃない?」
「そ、そんなことありませんよ!」
「じゃあ、試してみよっか! 私が天斗くんのふりをしてシアちゃんに要求するからシアちゃんはちゃんと拒否してね」
「わかりました!」
千結は声の調子を整えるように何度か咳ばらいをすると、とても天斗に似てる声を出しました。
「シア‥‥‥こんな感じかなぁ」
「千結、そんなことできるんですね‥‥‥」
「まぁ、天斗くんとは付き合いが長いからねぇ。それじゃあ、やるよ?」
「はい!」
私が気合を入れて返事をすると、千結は雰囲気まで天斗に似せるように真剣な顔つきになって。
「シア‥‥‥結婚しよう」
「はい! 喜んでっ!」
‥‥‥あっ。これ、NOって言わないといけないんでしたっけ‥‥‥。
思わず、真逆のことを言ってしまった私を千結が呆れたような目で見てきます。
「シアちゃん‥‥‥」
「だ、だって、あんなのセリフのチョイスが反則ですよ!」
天斗の声と雰囲気で結婚しようなんて言われたら条件反射であの返事しかできません! たとえそれが演技でもです!
「もう少し断りやすいセリフからにしてください」
「断りやすいセリフかぁ‥‥‥そうだなぁ‥‥‥」
その後、色々なシチュエーション、パターンで千結が天斗の真似をして言うセリフに私がNOと言う訓練を何度か続けました。
最初のうちはほぼ反射的に「はいっ!」って言っちゃっていましたけど、だんだんと拒否することができてきました。
でも、そのたびにチクリと胸が痛んで、天斗の全てを受け入れてあげたい私からすると、苦しくて苦しくてしょうがない訓練でした。
「なぁ、シア‥‥‥キスしてもいいかな?」
「もちっ——だ、だめですよ。みんな見てますから」
「じゃあ、ハグは?」
「はいっ! ——じゃなかった! ダメですダメです! 今の私はお触り厳禁です!」
「なら、パイタッチはだめ? どうしてもシアに触れたいんだ」
「も、もう‥‥‥そ、それくらいなら‥‥‥——って!? 千結はダメですっ! きゃぁぁああー--っ!!」
抵抗できない時に千結に合うのはやめましょう。私はまた一つ、学びました。




