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第56話 天斗と夢原のお見舞い

 



 ガチャリと玄関のドアが開いて夢原が入ってくる。


 同じ大学と言っても広いキャンパスの中で会うのは講義がかぶったり、同じサークルやゼミに所属してないとなかなかないので、こうして夢原と会うのは実は二週間ぶりくらいだったりする。


「お邪魔しま~す」


「いらっしゃい」


 外は結構寒いのかブラウン色のダッフルコートに身を包んだ夢原は、指先に息を吹きかけていた。


 雪国出身の俺は寒さ耐性が付いてるからまだそこまで気にならないけど、そろそろ冬物の衣類を出しておくべきか。


 そんなことを考えてると、夢原がトートバックからファイルを出して渡してくる。


「あ、天斗くんこれ、今日の講義のノート先に渡しちゃうね」


「お~、さんきゅ」


「なんかみんな天斗くんに渡してって頼んできたんだよねぇ、自分で渡せばいいのにね」


「あ~‥‥‥」


 それはあれだ、夢原と少しでも接点を持ってお近づきになりたいという下心からの行動だな。


 夢原は校内でも屈指の美少女だから人気が高い。隣を歩いてるとチラチラと見られてるのがよく分かる。‥‥‥そして俺に対するやっかみも増える。


 俺は友達の行動にちょっと申し訳なくなってると、夢原はそんな男子の行動など分かっていたのか気にするなという風に手をひらひらと振ってくる。


「天斗くんは安心していいよぅ、浮気なんてしないから!」


 ‥‥‥違った。なんかよくわかんないこと言われた。


「俺が安心するところあるのか? というかどこポジションの発言だよそれ」


「ん~、彼女面ポジションかなぁ」


「彼女面ってなんだよ、面って」


「ほら、よく天斗くんは私の彼氏面するから、私も天斗くんの後方彼女面しておこうと思って」


 それってあれか? ナンパとかされて困ってそうな時割り込んでるやつか?


 確かに、彼氏面といえば彼氏面だけど。


 ていうか、後方彼女面ってなんだよ、後方って。


「それにプロポーズされた時はいつも彼氏がいるんでって断ってるからさ、なぁんかみんなそれが天斗くんって思ってるぽいんだよねぇ~」


「はぁっ!? ちょっと待て! そんな勘違いが起きてるの!?」


「みたいだよぅ。まぁ、私も都合が良いから肯定も否定もしてないからねぇ。この手の噂はこれまでも何度かあったし、今更かなぁって」


「いやまぁ、確かに今更だけど」


 高校生の時は何度かそういう噂が流れたし、その頃は別に恋人が欲しいとか思ってたわけじゃないから適当にあしらってきた。


 まさか大学でも流れるなんてな。


「あれれ? もしかして、天斗くんには迷惑だったかな?」


「‥‥‥そういうわけじゃないけど」


「はは~ん、さてはシアちゃんの存在だなぁ? ついに意識しちゃったのかなぁ? もうっ、後方彼女面として嫉妬しちゃうな~」


「んなわけあるかっ!」


 ニヤニヤとからかう笑みを向けてくる夢原にちょっと食い気味に言い返す。


 思い返すのはさっき触ってしまった、シアのおっぱいの感触だ。夢原の言う意識してるとは違うけど、当分は別の意味で意識せざる負えないかもしれない。


「あ、図星だ! 今日までの間に何かあったんだねぇ、若い男女が一つ屋根の下だもんねぇ、何もないはずがないもんねぇ」


「うぐっ‥‥‥ニヤニヤがうざいわ」


「うふふっ、でも嫉妬してるっていうのも本当なんだよぅ?」


 夢原はそう言うと、拗ねたように頬をぷくっと膨らませる。


「最近の天斗くん。シアちゃんのことばっかりでサークルにも来ないし、飲みに行ってもくれないじゃん。語りたいことが色々あるのに、私はこの気持ちをどこに吐きだせばいいのさ」


「あぁ~‥‥‥」


 確かに、最後に飲みに行ったのはシアが乱入してきた時だから一か月くらい前になるのか。


 俺はオープンなオタクだから普段から友達とアニメの話とかするけど、夢原みたいな隠れオタクには定期的に発散できる場所って結構重要らしいしな。


「分かったよ。今度飲みに行こう、シアもかなり話せるようになってきたから」


「約束だよぅ? 破ったら天斗くんに思いっきりたかるからね!」


「‥‥‥あんまりいじめないで」


 そう言って震えてると、夢原はおかしそうにくすくすと笑う。


「それで、そのシアちゃんの様子はどうなの? 大丈夫そう?」


「あぁ、朝よりは元気なんじゃ——「あーまーとーっ! お客さんですか~!?」‥‥‥あんな感じ」


「結構元気そうだねぇ」


「とりあえず、いつまでもここで立ってないで上がってけよ。シアの部屋はそこだから」


「はぁ~い」


 夢原が返事をして靴を脱ぐのを尻目に、俺は準備していたお茶を取りに行くためにいったんキッチンに戻る。


 適当にお茶菓子を選んでシアの部屋へ持っていけば、二人は女子らしく楽しそうにガールズトークを‥‥‥。


「それでですね! その時天斗がむにゅっと私の胸を揉んできたんですよ!」


「わぁおっ! あの天斗くんがそんなえっちなことを‥‥‥」


「おぉいっ!! お前、何言ってるの!?」


 部屋に入った途端、聞き捨てならないことが聞こえてきて、俺はお茶が零れることをいとわずに突っ込む。


「あ、天斗!」


「お~、大人になった天斗くん!」


「シア! 夢原に変なことを言うんじゃない! 夢原! その言い方は語弊があるから!」


 はぁ、はぁ、と息をあげてると、シアと夢原は顔を見合わせてくすくすと笑い合う。


「天斗くんは初心だねぇ~」


「天斗は初心ですね!」


「おっぱいくらいで大袈裟だよねぇ~」


「まぁ、そこがちょっと可愛いとか思ったんですけど」


「あ、それはちょっとわかるかも」


「‥‥‥お、お前らなぁ」


 い、いたたまれない。本人がいる前でそんなこと話さないでほしいんだが。


 すると、ベッドに腰かけていた夢原が、妙に瞳を細めて前かがみになった。


「ふふっ、なんなら私のおっぱいも触ってみる? 天斗くんならいいよぅ?」


「はぁっ!? お前、何言って!?」


「ちょっ、千結!?」


 びっくりしつつも、前かがみになったことで強調された夢原の胸に視線が流されていく。


 ダッフルコートを脱いで、室内だからか上着まで脱いだ夢原の格好は覗き込んだら谷間が見えそうで、シアよりも大きいのが分かった。


 高校生の時とは違う、否応なしに感じられる夢原の大人の色気にドキリと心臓が高鳴った。


「——っ!?」


 それで我に返った俺は、恥ずかしさで顔に熱が高まるのを感じながら、持っていたお盆を素早くテーブルに置いて、声にならない悲鳴をあげて部屋を出る。


 今の俺は蟻地獄にハマったアリ、蜘蛛の巣に引っかかったチョウチョ、そんな気分だった。



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