第55話 天斗と心配 その二
「な、なんとか乗り切った‥‥‥」
シアの身体を何とか拭き終わって、ふらふらとドアに寄りかかる。
シアの部屋から生還した俺は、もう精神的に色々とボロボロだった。それもこれも俺がドギマギして何もできないのをいいことに妙に色目を使ってくるシアが悪い。
もしかしたら今日ほど自分の童貞を恨んだことは無いかもしれない。
もし、少しでも女性経験があって慣れてたらこんなタジタジにはならなかったはずだ。
「‥‥‥今度一回風俗でも行ってこようかな」
前に友達に何度か誘われたことあるけど、どうも気恥ずかしくて仕事を理由に断って来た。
しかし、シアのおっぱいを触ってしまった今、なんとか耐性を付けないとこれからのシアとの生活に支障がでそうだ。
本物のおっぱいはそれくらいすごかった‥‥‥。
自分の手のひらをまじまじと見て、脳裏にさっきの柔らかさと感触が蘇って来て、俺は慌てて追い払うようにブンブンと頭を振る。
「いやいや、いったい俺は何を考えてるんだ!」
シアがいるのに風俗に行こうだなんて。
‥‥‥はて? シアがいるのに? なんでここでシアが出てくるんだ?
「‥‥‥はぁ、仕事しよ」
とりあえず、おっぱいの描写を書き直そう。
■■
仕事を始める前に久しぶりに自分で家事をやったけれど、これがなかなかめんどくさかった。
シアがいつもやっていてくれているみたいで特に際立って汚れているわけではなくて、洗濯も掃除もそこまで時間がかかったわけじゃないけどこれを毎日やるのは正直きつい。部屋を維持するのってこんなに難しかったっけ。‥‥‥そういえば俺、物を部屋に押し込めてただけだったな。
シアがやって来る前までの生活がどんなだったのか咄嗟には思い出せないくらい、綺麗な状態が日常になっていることに自分でも驚いたくらいだ。
シアには本当に感謝だな。もうシアなしでは生きていけないかもしれないと真面目に思ってみたり。
だからまぁ、早くいつもの調子に戻ってもらいたいんだけど。
俺はタイピングを打つ手をいったん止めて、今書いた文章を全部消す。
「あ~‥‥‥進まねぇ」
さっきからずっとこんな調子だ。かれこれ三時間くらいパソコンと向き合ってるけど、まったく原稿が進まない。
原因はわかってる。元々行き詰ってたのもあるけど、シアの身体を拭いたときからずっと手の感触が消えないからだ。
あ、勘違いして欲しくないんだけどおっぱいの方じゃないからな? ‥‥‥いや、まぁ、あれはあれで忘れられない感触だったけども。
そうじゃなくて、気がかりなのは俺の手に添えられていたシアの手の方だ。
身体を拭いてる時、確かに誘導してくれてはいたけどやっぱりほとんど力が入っていなかった気がする。途中からはほぼ俺が自分で動かしていたもんだったし。
普段の抱き着いてくる時の力強さを知っているから余計に心配になって仕方がない。ダランとしていたり、突然倒れる様子が初めて会った時の姿を思い出して気が気でなくなるから。
最初は熱で弱っていたのかとも思っていたけれど、今日の朝に熱を測った時は平熱っぽかったし、身体に力が入っていないこと以外は、言動も顔色もいつも通りに見えた。
ただただ身体の力が入っていない。今のシアはそんな状態だ。後は本人が言うには魔力が上手く制御できないとも言っていたけれど、それに関しては地球人である俺にはよくわからない。
シア自身は原因が分かっているっぽいけれど、何故か俺には話したがらないようで、聞いても時間が経てば大丈夫ですからって言われる。
理由はよくわからないけど、言いたくないことを聞く気にもなれなくて、とりあえず本人がそういうのだからと納得してる。
それでもシアの言葉を信じてるけれどどうにも気になって仕方ない。俺に他に何かできることがあるんじゃないだろうか。
でも病院に連れて行くにもそれはできない。シアには日本の戸籍がないから住民票も保険証もないし、外国人で通すにしてもビザが無いから不法入国扱いになってしまう。
まぁ、最悪シアが魔法でなんとかするにしても、その魔法が今は使えないんだから無理だ。
というか、そもそもシアは吸血鬼だから初めて会った時と同じで医療機関には連れて行きたくない。
「‥‥‥吸血鬼、力が入らない、原因っと」
原稿を書いてるアプリを閉じてインターネットを開く。
もうこうなったら不特定多数に頼ってみるべきだろう。きっとこの広いインターネットの海の中なら一つくらい有益な情報があるはず。
そんな希望的観測を基に検索エンジンをかけてみると、ずらーっと出てくる検索結果。
「うーむ‥‥‥」
出て来たサイトを上から見ていく。
やっぱり一番ありえそうなのは吸血鬼の弱点関係だろうか?
「でもなぁ、シアだからなぁ」
普通に朝陽が昇ったら早くから活動して、流水で手を洗っていて、ニンニクマシマシのラーメンに目を輝かせていたシアだぞ? 本当にあてにしていいのか怪しすぎる。
他にも銀とか十字架とかあるけれど、銀製品なんてほとんどうちにはないし、キリスト教信者でもないから関係ないと思う。
「‥‥‥でも、確か今朝カーテンを開けようとしたら止められたっけ」
やっぱりなにか関係あるんだろうか?
そう考えながら、いくつかのサイトをスクロールして見ていくけれど、どのサイトも似たり寄ったりであんまり参考にならない。
医療関係だったらと思って病気のほうでも調べてみたけれど、医学の心得なんてない俺にはちんぷんかんぷんだった。
「はぁ‥‥‥わからないものは仕方ないか」
インターネットのアプリを閉じて身体をほぐすように伸ばす。
「んぅ~~っと! このまま仕事しても意味ないし、シアの様子でも見てくるか」
ゲーミングチェアから立ち上がって、シアの部屋に向かおうとしたその時、ピンポ~ンとインターホンが鳴った。
「へいへ~い」
呼び出しボタンを押してモニターを見て見れば、そこには黒髪を靡かせた女性の姿が。
『やっほ~、天斗くん!』
「夢原か」
『来ちゃった』
「その言い方なんかヤンデレで怖いわ」
俺がそう言うと、画面の先の夢原はくすくすと笑う。たぶんなんか元ネタがあるんだろう。どっかで聞いたことあるようなセリフだし。
「開けるからちょっと待ってて」
『はぁ~い』
夢原の返事を聞いてオートロックを解除する。
お茶の準備をしながら夢原がやって来るのを待つことにした。




