第54話 シアと看病 その五
「まずは上からやりますね」
そう言われて、濡れタオルとなった俺の手はシアの手に導かれるまま動かされ、ゆっくりと回されるようにごつごつとしたところを拭かされていく。
このでっぱりは鎖骨だろうか? Tシャツとかパジャマの隙間からチラリと見えたことがあるけど、シアの鎖骨、くっきりして真っすぐで綺麗だったもんな。
‥‥‥って、俺は何を考えてるんだ? くそっ、目を瞑ってると余計なことを考えそうだ。もしかしてこれ、悪手だった‥‥‥?
「次は少し下がってデコルテのところです」
「‥‥‥シア、いちいち言わなくていいから」
「そうですか? わかりました」
シアが言った通り少し手を下げられて、骨の角ばっていた感触から柔らかいふにふにした感触がタオル越しに伝わってくる。
デコルテってあれだよな、鎖骨から胸上あたりまでのところ。男はあんまり意識するところじゃないけど、女性は結構ケアとかするんだっけ。
まるでマッサージをするように俺の手が動かされて動かされて、拭かされていく。
その間、俺はただこの二人羽織方式にしたのは悪手だったと確信していた。
際どい、非常に際どいよシア。
これ、傍から見たら俺がシアのデコルテ部分を撫でまわしてるみたいじゃん!
別に自分で動かしているわけではないけど、誰かに操られてると思うとそれはそれで変な背徳感が沸き上がってきそうだ。
そして俺は、この間に覚悟を決めなくちゃいけない。デコルテ部分は胸上、つまり次の部位は下がれば必然的にそこは‥‥‥。
俺はシアにいちいち言わなくてもいいって言ったことを後悔した。見ないように目を瞑ってるからどのタイミングでやるのかわからん。言ってくれたら、こんなにも内心で動揺しなかったかもしれない、と。
「‥‥‥ぅんっ」
「——っ!?」
(や、柔らかあああぁぁっ!?)
突然タオル越しの手のひらに襲ってきたその暴力的なまでの柔らかさは、叫び出したくなるくらいもっちりとしていて、思わず息を飲むほどに気持ちいい。
(——こ、これが、おっぱい‥‥‥いやいや、何考えてんの俺!?)
シアに導かれるまま押し付けられて形を変えるそれは、タオル越しでも確かな存在が感じられて、童貞の俺にはおっぱいおっぱい——じゃなくてっ! いっぱいいっぱいで、甘く蕩けさせられそうだ。
しかも、動かす度にシアが零れ落ちそうな甘い声を漏らすから、余計に変な気分になってくる。いつも抱き着かれる時に大きいなとは思っていたけど、まさかこれほどとは。
「——っん‥‥‥こ、これは少し自分でも恥ずかしいです、ね」
「‥‥‥シアにちゃんと人並みの羞恥心が備わってることが分かって安心だよ」
俺はただひたすらぷにぷにした柔らかさに耐えながら、間違っても揉まないよう手に力を入れないように指の先まで神経をとがらせて胸の部分を乗り切った。
でも、タオル越しとはいえ女性の胸を触ってしまった。
あれが、おっぱい‥‥‥これ、警察とかに捕まったりしないよね‥‥‥?
頓珍漢なこととは分かってるけど、そんな不安を抱かずにはいられないでいると、シアが声をかけてきた。
「天斗、もう片方の手も借りてもいいですか?」
「もう片方? 別にいいけど」
傍から見たらシアに後ろから抱き着くような恰好になるけれど、さっきのおっぱいに比べたら幾段も気が楽なような気がして、特に何も考えず俺は言われた通りにもう片方の腕もシアの前に渡した。
シアはタオルを持っている方の手と同じように自分の手を俺の手に添えると、ゆっくりと動かしていき。
次の瞬間、手のひら全体に指が沈むほどの柔らかさと、タオル越しとは違うしっとりとした吸いつくような質感が包んで、確かな重みがそこにあった。
一瞬、何が起こったのかがわからなくて、思わず力を入れてしまい、しっかりとした弾力が手のひら全体に返ってくる。
「——ぁんっ」
そんなはっきりとしたシアの艶声が聞こえて、俺はやっとこの状況に頭が追いついた。同時に、慌てて手を引っ込める。
「——なっ!? ご、ごめん! 揉むつもり何てなくて!」
「いえいえ、別に揉むのは構いませんよ。ちょっとびっくりしただけですから。天斗にだったらいくらでも‥‥‥」
「てか、なんで俺の手を使ったし!」
「だって、胸の下って結構汗が溜まるんですもん」
「そうじゃなくて、ちょっと持ち上げるくらいだったらわざわざ俺の手を使わなくても、自分でできるだろって!」
「あっ‥‥‥てっきり、天斗の手を使わないといけないのかと思ってました」
なんの悪びれた様子もなくそう言うシア。その後ろで俺は一人、悶絶している。
ぐっ‥‥‥くぅ、咄嗟に引っ込めたけど、手が‥‥‥手に、おっぱいの感触が‥‥‥。
よくおっぱいを揉む感触は二の腕だとか、水風船だとか、時速六十キロの風圧だとか言われてるけど、どれも一度は試して、そして今、本物のおっぱいを揉んだ俺から言わせればその疑似おっぱい全然違った。
今すぐこれまで小説で書いてきたおっぱいシーンの描写を書き直したい思いに駆られる。
本物のおっぱいは未知との遭遇だ‥‥‥。
柔らかいとか、ぷにぷにしてるとか、確かにそれはそうなんだけど、それだけじゃなかった。
どこか懐かしい柔らかさは起源的な安心感を覚えて、思わずそこに癒しを求めてしまう。それなのに、同時に新しいおもちゃを手に入れた少年のような気分になって飽きるまでいじってみたくなった。
あぁ‥‥‥くそっ! 今まで強がって「別に~」とか言ってたけど、これからはそんなこと本心からいえないかもしれない。
そう、俺はもっと——っ!
「天斗? おーい、どうしたんですか?」
「‥‥‥おっぱいが揉みたい」
あ、やべ。つい、煩悩が溢れてポロリと本音が。
「そ、そんなにストレートに言われると、それはそれで照れますね‥‥‥えーっと‥‥‥も、揉みますか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥別にいい」
「なっがいですよ!? そんな葛藤してるなら揉んでいいですって! なんなら頑なに目を瞑らないで見てくれてもいいんですよ!?」
や、やめてくれシア! ここで欲望に従って言われた通りに見たり揉んだりしたら、なんか負けた気がするんだ! 男のプライド的な、そんな何か大事なものが壊れてしまう気がするんだ!
ていうか、今更だけど顔にすっごい血が逆流してきた‥‥‥くっそハズい。
「そ、それより! 俺のこと呼んでたみたいだけど、なんだ?」
「いえ、恥ずかしさも収まってきましたし、そろそろ身体を拭くのを再開したいなって思いまして。いったんタオルを濡らし直してもらってもいいですか?」
「あ、あぁ‥‥‥」
俺はシアに言われた通りに、一度タオル代わりの手を引っ込めて水に浸す。
けれど、内心はパニックだ。
ま、まだ身体を拭く途中だったなんて‥‥‥俺、もう理性と羞恥心がキャパオーバーなんだけど、どうしたら‥‥‥。
「それにしても、天斗が私のことをこんなにも異性として意識してくれるのって初めてじゃないですか? 天斗がずっと一緒にいてくれてお世話をしてくれるのも凄く嬉しいですし、体調不良って結構役得ですね!」
「‥‥‥馬鹿なこと考えてないで、早く良くなってくれ」
「もちろんです! お世話されるのは悪くないですが、やっぱり私は天斗におはようとか、おかえりって言うのも好きですから! でも——」
シアはチラリと後ろを振り返った。
ちょうどタオルを絞り終えた俺はシアの方を向いていて、バッチリと視線が絡みあう。
どこか甘えるような目で見つめられて、紅い瞳に釘付けになった。
「——数日くらいはこうしていましょう。もしかしたら、天斗の方から手を出してくれるかもしれませんしっ♪」
妖艶に細められた瞳にドキリとして、俺は冷や汗が浮かんでくる。
これは、ヤバい‥‥‥早急にシアがよくなる方法を探そう。
そうしないと、いつ俺のボロボロの最後の砦が崩壊するかわからないぞ‥‥‥っ!
「それじゃあ、続きをしましょう! まずはおっぱいの下からですね!」
「‥‥‥」
‥‥‥もしかしたら、今日一日で手遅れだったかもしれない。




