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第43話 シアとブリの煮付けと肉じゃが

 



「天斗! はやくはやく!」


「はいはい、ちょい待ち~」


 少し大きめのお皿に、味が染みこんでこがね色になったブリを身が崩れないように優しく置く。


 その上から、煮詰められたタレをまんべんなくかけると、ふわりとテリヤキとショウガの香りがふんわりと漂ってきて、俺の胃がきゅってなった。


 同じ要領でもう一皿分に盛り付けて、シアが待ってるリビングへ向かう。


「ほい、おまちどう!」


「おお~! いい匂いがしますね!」


 テーブルの上には、肉じゃがとご飯と味噌汁とサラダが既に並んでおり、ちょうど中央に空いている場所にブリを置くと、シアが目を輝かせて香りを嗅ぐようにスンと鼻を鳴らした。


 さて、今日の夜の主役たちは出そろった。


 それでは、さっそく‥‥‥。


「「いただきます!!」」


 パチンと手を合わせて、二人で食事の合図。


 とりあえず、まずは念願のブリの煮付けからだな!


 箸先で一口分に切ればじんわりと煮汁が溢れてくる。その様子に口から唾液が溢れてきて、パクリ。


「——っ!」


 ん~~~っ! うまいっ! 久しぶりの和食! さいっこう!


 止まらぬ勢いのまま白米にかぶりつく。これはもう最強だ。


 一口くちにいれた瞬間、甘辛さとピリッとしたショウガの風味が舌の上で踊ってブリの身がホロホロと崩れていく。しっかりと下ごしらえをしたから生臭さもないし、久しぶりに作ったけど上出来だ!


 まぁ、でも味覚や好みの味は人それぞれ、和食自体初めてのシアにはもしかしたら口に合わない可能性も「ん~~~~~~っ♪」‥‥‥全然大丈夫みたいだ。


 シアも慣れた手つきで箸を使いながらブリを一口すると、声にならない声を上げて満面の笑み。机の下で足をパタパタさせて全身で美味しさを表現してくれている。


 かと思ったら、俺と同じように一気に白米をかきこみ始めた。


「はぐはむはぐはむ!」


「喉つまらせるなよ」


「んぐっんぐっ——ごくんっ! 天斗! すっごくすっごく美味しいです!」


「シアの様子を見れば分かるよ。お口にあって良かった」


「はい! もうブラボーです! 口と舌と胃がスタンディングオベーションしてます!」


 うん? その表現はどうだろう‥‥‥。まぁ、とってもうまいってことを伝えてくれているんだろうけど。こんなに喜んでもらえたなら作った冥利に尽きるな。


「天斗、本当に料理できたんですね」


「最初からそう言ってるだろーよ」


「えへへ、見直しました! 私にはこんな味は出せませんから」


 味っていっても調味料を適量で煮詰めただけだけどね。気を付けることはブリの生臭さを消すために煮汁が煮立ったらブリを入れることと、味をブリ全体に染みこませるために満遍なく浸けることくらい。


「シアでも慣れればすぐにできるよ」


「そうですか? じゃあ、今度教えてくださいね! こっちも食べていいですか?」


「おう、食べな食べな」


 シアは今度は肉じゃがに向かって箸を伸ばす。


 俺もじゃがいもを一つ口に運ぶ。結構煮詰めたし、しっかりとアルミで落し蓋したから味は染みてると思うけど、パクリ。


「うん、やっぱり牛肉で作ったからコクがあってうまいな」


 肉じゃがも久しぶりに作ったからじゃがいもが崩れていたり、しっかりと全体的に味が付いてるか心配だったけどおおむね満足だ。


 ちなみに、牛肉じゃなくて豚肉で作るとあっさりとした感じに仕上がる。


 さて、ブリの煮付けが大丈夫なら、肉じゃがも大丈夫だろうけど、シアはどうだろう?


 ちょうど肉じゃがを食べたシアの様子を伺うと、ブリとは違ってじっくりと味わうように口を動かしていた。


「‥‥‥」


 ‥‥‥あれ? ブリの時と食べた後の動作が全然違うんだけど。‥‥‥もしかして、こっちはお気に召さなかっただろうか。


 ただ咀嚼するだけで、何も反応を示してくれないシアにちょっと焦りを感じ始めてると。


 最後にごくんと喉を鳴らして、シアがぽつりと涙をこぼした。


 えっ‥‥‥泣くほどまずかったの‥‥‥?


「‥‥‥お母さんの味」


「いやいや嘘つけ!」


 確かに、肉じゃがをおふくろの味と言う人は多いけれども!


「シアのお母さん、根っからの異世界人で吸血だろ?」


「そうですけど、なんかお母さんみたいな優しい味ってことです」


「なるほど。まぁ、わからなくはない」


 俺もよく実家で母親に肉じゃが作ってもらったしね。俺の実家は東北の寒い方だから、温かい肉じゃがは結構俺の好物だ。


 そんなことを考えてると、にんじん玉ねぎ牛肉と次々と口に運んでいたシアが俺の方を向いていることに気づいた。


「どうした?」


「いえ、今日はすごくおいしいご飯をありがとうございます!」


「いいよ、いつも作ってくれてるのはシアだし、たまにはね。むしろ俺の方こそいつも助かってると思ってるから」


「天斗の為に料理を作るのは私の役目ですから! 当然です! 明日は私に任せてくださいね!」


 グッと腕拳を作るシア。


 シアの料理は美味しいので、よろしくお願いします。


「って! そうじゃなくてですね! 私、今日天斗が作ってくれた料理、忘れません! しっかりと作れるようになりますから、作れるようになったら食べてくださいね?」


「楽しみにしてるよ」


「はいっ!」


 元気よく返事をして、またブリの煮付けを食べ始めたシア。


 俺が料理を振舞うのをこんなに喜んでくれるなら、これからもちょくちょく色々なものを作ってみようかな。


 そう思える今日の夕飯だった。




 ■■




「ごちそうさまっと」


「あっ、片付けは私がやりますよ!」


「いやいや、料理をしたのは俺だし、今日は最後までやるよ」


 シアが代わろうとしてくるのを制して、食べ終わった茶碗を持った時だった。


「——ぃっ!」


 人差し指にシュッとした痛みが走って、思わず茶碗を落してしまう。


「天斗!? 大丈夫ですか!?」


「大丈夫大丈夫、そんな派手に割ってないから」


 幸い、テーブルの上で落としたから、落下したのはほんの十センチくらいで茶碗は割れてない。


 たぶん、茶碗のどこかが欠けててそこを触っちゃったんだろうな。今度買い替えよう。


 そう思って、今度は欠けた部分を触らないように気を付けながら茶碗を持とうとして‥‥‥その腕をグッとシアに掴まれた。


「そういうことじゃなくてですね! さっき怪我していましたよね?」


「ちょっと切っちゃっただけだから、ほっとけばそのうち治るだろ。大丈夫大丈夫」


「全然大丈夫じゃないですから! とにかく怪我したところを見せてください! ちゃんと治療し、て‥‥‥」


「大袈裟だなぁ」


「‥‥‥っ」


「‥‥‥シア?」


 突然どうしたんだ? 急に黙って、俺の指を凝視してるんだけど。


 ‥‥‥えっ。もしかして、指が切れたとこなにかそんなにやばいの!? 感覚が無いとかはないけど、バッサリいっちゃってたり!?


 と、思って慌てて自分で傷を見てみるけど、そんな大惨事にはなってなかった。


 普通に切り傷ができてて、じんわりと血が滲んで浮き出てきてるだけだ。これなら絆創膏でも貼っておけば明後日くらいには治るだろう。


 なら、シアはいったいどうしたんだ?


 俺の指をじっと見つめるシアの赤い瞳は、なぜかいつもより爛々としているように見えて。


「シア、いつまでも固まっていったいどうし——」


「‥‥‥はむ」


「——なっ!?」


 改めて、シアを訝しく思っていると、いきなりシアが俺の人差し指を口に含んだ。


「‥‥‥んぁ、っちゅ——ちゃぷっ」


「な、なななんだよっ!?」


 しかも、それだけでなく、思いっきり舌を這わせて来る。


 生暖かくて、ねっとりと柔らかい感触が指全体を包んで、まるで生気を吸い取られるように絡みついてくる。‥‥‥いや、違う。これ、もしかして。


「‥‥‥れるっ‥‥‥ちゅっ」


「シア、お前‥‥‥」


「——ちゅぱっ」


 そんな音と共にシアが口から俺の指を出すと、ツーっとシアの唾液が伸びて、艶美さが増した気がした。


 そのまま数秒、シアはボーっとしていると思ったら。


「——っ!?」


 シアの身体が急に我に返ったように、びくりと身体が跳ねた。


 シアは目の前にあるシアの唾液でテカテカしている俺の指を見て、口元に付いた唾液を後を指でなぞり。


「にゃっ——」


「にゃ?」


「にゃぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!」


「あ、おい! シアっ!」


 突然叫んだかと思ったら、跳ねるように立ち上がって、全速力で部屋に駆けて行った。ガンッ! と、勢いよく閉まるドアの音が聞こえてくる。


 いったいどうしたんだ、シアの奴?


 いや、まぁ、何をしていたのかはなんとなくわかるけどさ。


 でも、なんでそんなに逃げるのか。


 結局その日は、シアが部屋から出てくることは無かった。



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