第41話 シアと隣人
天斗side
スーパーからの帰り道、購入した食料の入ったエコバックを肩にかけて、夕日の中を家路に進む。
‥‥‥なんていうか、疲れたな。
まさか近所のスーパーであんな壮絶な戦いが毎日繰り広げられてるとは思ってもみなかった。俺が行くときは大抵の場合、閉店間際とか夕方よりももっと遅い時間帯だから。
「シアっていつもあんな感じにスーパーで買ってるの?」
隣を歩くシアに聞いてみると、ちょっとしょんぼりしながら答えてくれた。
「そうですね、あの時間帯に行くと安いですから」
シアがしょんぼりしてる理由は、特売品だったブリのパックを一つしか獲れなかったからだ。
パックに入っているのは、切り身一人分。
狙いは二人分だったのに、これじゃあどっちかが食べられないことになる。
まぁ、一つのものを二人で分ければいいし、代わりにじゃがいもとお肉を買って肉じゃがを作ることにしたから問題はないけれど。肉じゃがって便利だよな、具材もほとんどカレーと同じだし。
「ていうか、シアならあんなに駆け回らなくても、パワーでなんとかできるんじゃない?」
今度はシアの戦いを見ていて気になったことを聞いてみる。シアは吸血鬼だし、絶対に他の人よりはふぃじかつはあるはずだ。それは毎日抱き着きタックルを受けている俺は身をもって知っている。
けれどシアは、さっきのスーパーでは他の人たちを避けることばかりで、自分から当たりに行くようなことはなかったから。
シアの方をちらりと見ると、どこか遠い目をしていた。
「そうですね、私も初めの頃はそうしようとしたんですが……全く歯が経ちませんでした」
「え? シアが!?」
おいおい、シアは人ならざる吸血鬼だぞ……んな、人間のおばはんに力で負けるわけ……。
「事実です。聞いたところによると、あの人達は主婦力なるものを宿しているようでして、真正面から挑んでも尽く返り討ちにあったんです」
「……」
「それからは今日みたいに速さで勝負することにしました。それでも最初は手も足もでませんでしたけど」
意味がわからなくて、なんて言ったらいいか分からない。
主婦力ってなんぞや……我々人類にそんな数値は存在したっけか? どこのバトルマンガだよ‥‥‥。
あのスーパーの争奪戦を見てからずっと思ってたことだけど、この町の奥さんたちは絶対おかしい。
「天斗、主婦力ってなんですか?」
「……いや、俺もわからんわ」
でも、その力があることは確かだと思う。最後に現れたあの人、えーっと‥‥‥”主婦力の化身”だっけ? あの人は、まじでなんかオーラみたいのを纏ってたから。
「まぁ、主婦力って名前からして、主婦業を極めればいいんじゃないか? 料理とか洗濯とか」
「なるほど! ではこれからも家事に成進して私も誰にも負けない主婦力を手に入れますね!」
「それはどうだろう‥‥‥」
ふんす! っと張り切りを見せるシアに俺は微妙な顔をする。
だって、主婦力を極めるってことは、将来シアはあんな感じになろうとしてるわけでしょ?
”主婦力の化身”とか、”井戸端会議”とか、”自治会の大奥様”とか。もうなんか、ゴリゴリのオカン! って感じのやつ。
”聖母”って言われてた夢原のお母さんもなぁ‥‥‥。なんか知り合いのお母さんだと思うと、微妙な気分になるぞ。
てか、学校行って夢原に会った時、どんな顔すればいいんだろう‥‥‥? お宅のお母さん、スーパーで聖母って呼ばれてますよってか。もし自分だったら嫌だぞ、母親がご近所で聖母って言われてたら。
「天斗? どうかしましたか?」
「‥‥‥別にシアは、そのままでいいからな」
「はい? 私は私ですよ?」
「うん、それでい」
小首をかしげてよく分かってないシアと共にマンションのエントランスに入る。
そのままエレベーターに乗って我が家の階で降り、廊下を歩いていくと、ちょうど俺ん家の前に人が立っているのが見えた。
‥‥‥いや、俺の家の前だと思ったのは見間違いだな、よく見たらお隣さんだった。もう俺の脳はスーパーでの出来事でキャパオーバーしてるのかもしれない。
って、よく見たらあのお隣さん、見覚えがあるような‥‥‥。いやまぁ、お隣なんだから何回かすれ違っているだろうし、見覚えがあるのは当然なんだけど。そういことじゃなくて、具体的にはついさっき。
「あ! あなたは!」
「うん?」
シアが驚いてあげた声に、その人が振り返る。それを見て、俺もどこで見たのかを思い出した。
「根性ぉぉ! の人ですね!」
「金髪の外人さんっす!」
ピシッと、お互いに指を差し合ってそう叫ぶ二人。
そう、俺の部屋の隣人さんは、さっきまで同じスーパーでブリの取り合いをしてたギャルの人だった。シアの言う通り、「根性ぉぉ!」って気合を入れながら”主婦力の化身”を一時的に止めてた。店長が実況で興奮してたから結構印象に残ってた。
染めているのか、茶髪寄りの金髪に頭頂部が黒い地毛が見えていて、いわゆるプリンという色合いの髪をショートカットにしている。美人というよりは可愛い系の顔立ちで、目を引く小麦色の肌は彼女の印象を明るく見せる。
改めて近くで見て見れば、思ったよりも若そうで、俺と同年代か少し歳下にくらいにみえた。
「根性の人て! あーしそんなに叫んでたっすか?」
「はい! そしてあの”主婦力の化身”に真正面から受け止めててすごかったですよ!」
「たはは‥‥‥そう言われるとなんかハズイっすね。結局吹き飛ばされたっすし。それよりも、そっちも早くて凄かったっす! いつもいつも気が付いたらずっと先にいるっすからねぇ」
お互いに感心したように褒め合う二人。
シアがこうやって俺や夢原以外の人と楽しそうに話すのは珍しいな。あの”主婦力の化身”の突進を受け止めたことはシアの中で結構尊敬してるのかもしれない。
まぁ、なんにせよこの人は隣人だし、ご近所との仲がよくなることは良い事だろう。
話し合う二人の姿を見ながらそう感心していると、新妻ギャルさんが突然手を合わせて、シアに右手を差し出した。
「あ、そうだ! まだ名乗ってなかったすね。あーしは隣に住んでる井上亜美っす! よろしくっす!」
「シアです! こちらこそよろしくお願いします!」
「シアっちすね! 覚えたっす!」
亜美さんがシアと握手をしながら笑顔でそう言う。
なんというか、陽キャなコミュ力だなぁ‥‥‥。見た目ギャルだからってわけじゃないだろうけど、人との距離の詰め方が上手い人だ。
基本、人間に警戒心を抱いてるシアが、普通に握手を返してるし。
「シアっち、ですか?」
「呼び方っす。嫌だったっすか?」
「いえ、そんなふうに呼ばれるのは初めてだったので、ちょっと新鮮だったというか」
「そうなんすね! あーしのことは好きに呼んでくれていいっすよ!」
「ん~‥‥‥じゃあ、亜美っち?」
「ふふ、いいっすね! 仲良しって感じっす! ——あ、天斗っちも改めてよろしくっす!」
そう言って、今度は俺の方に右手を差し出してくる亜美さん。
俺も握手を返そうとして‥‥‥ん? 天斗っち?
「天斗っちって俺のことですよね? 名乗りましたっけ?」
隣人だから、何回かすれ違ったこととかはあるだろうけど、お互いに話した記憶はないんだが。
「あれ? 忘れちゃったっすか? 一年前くらいに引っ越した時に旦那と挨拶したっすけど」
「一年前‥‥‥ん~、あったよう無かったような‥‥‥?」
「あはは、まぁあの時の天斗っちじゃ仕方ないっすね。玄関が開いたとき、ゾンビが出て来たと思ったっすもん。目の下すごいクマでフラフラしてたっすから」
「あ~‥‥‥それは、すいません」
たぶん、原稿の締め切りが近くて徹夜してたんだろう。その時に挨拶されてたのなら、覚えてない可能性は高い。
ペコリと亜美さんに頭を下げる。シアが呆れたようなジト目を向けてくるのがいたたまれなかった。
「っと! そうっす! ここで会ったのも何かの縁、なのでお二人にはこれをあげるっす!」
空気を変えるように亜美さんはそう言うと、肩にかけてたトートバッグから何かを取り出して、差し出して来た。
それを見た俺とシアは、思わず「あっ」と、声を出してしまう。
「これ、さっきの‥‥‥」
「いかにもっす! 特売品のブリっす。お二人にあげるっす」
「え、いやいや、流石にそれは」
あの壮絶なタイムセールを勝ち抜いて手に入れたブリだ。あの戦いを見ていた身としては、そうやすやすと受け取りずらいんだけど。
そう思ったのは俺だけじゃなくて、むしろ当事者でもあったシアの方が遠慮した表情をしている。
亜美さんはそれでも、グイっとブリを押し付けてきて。
「遠慮しなくていいっすよ。旦那と二人暮らしだから一つだとどっちか食べられなくなるっすもん。だから今日はもう別の料理を作る予定っすから」
いやまぁ、俺らも同じこと思って肉じゃがの材料買ってきたんだけど。
ていうか、さっきも言ってたけど、旦那ってことは結婚してるのか。そういえば店長の実況でも新妻ギャルって言われてたしな。
俺と同い年ぐらいなのに、なんかすごいな。
遠慮して受け取ろうとしない俺たちに、亜美さんは押し付けるようにブリをシアの手に乗せる。
「ほんとに遠慮しないで欲しいっす。むしろ、このままじゃ冷蔵庫の肥やしになりそうっすから、受け取ってくれた方が助かるっす!」
そう言われると断ることも憚られ、ブリの切り身が増えること自体は元々一つでも作るつもりだった俺らからしたら悪い事でもないので、シアにアイコンタクトで受け取るよう促した。
「えっと、そういうことでしたら」
「ありがとうっす!」
おずおずとシアが受け取ると、亜美さんは笑顔を浮かべて感謝の述べる。なんというか、話していて気持ちのいい人だな。
ラブコメとかだと主人公の女子の親友タイプだ。明るく、気遣いができてグループの盛り上げ役みたいな。
職業柄そんなことを思ってると、亜美さんはピシッと敬礼した。
「それじゃあ、そろそろ料理を作らないといけないんでここらへんで失礼するっす! また今度ゆっくり話そうっす!」
亜美さんはそう言うと、隣の部屋のドアを開けて家に帰っていった。
気が付けば、太陽もほぼ落ちていて、辺りは結構薄暗くなってる。割と話し込んでいたみたいだ。
「なんだか、勢いのある人でしたね」
「そうだな。仲良くできそう?」
「はい! 悪い人ではなさそうでしたから」
それはよかった。ご近所付き合いは大事だし、シアも俺や夢原以外の友達ができることは悪い事ではないだろう。
なんだかシアにまた一つこの世界に新しい居場所ができたような気がして嬉しかった。




