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第40話 シアとタイムセール その三

 



 な、なんだ‥‥‥? この、異様な存在感は。


 見なくても分かる。この気配、只者じゃないぞ‥‥‥っ!?


 足の一歩、指の先まで動かすことができずに冷や汗を流してると、この気配を漂わせてる人と思わしき人の声が聞こえてくる。


「あんたたち! お菓子は一人一つまでだよ。お母さんは夜ご飯にするものから見てるから選んできな。お兄ちゃんたちの言うことをしっかり聞くように」


「「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」


 そんな大勢の子供の返事が聞こえて、俺の横を元気よく駆け抜けていく。全員お揃いのTシャツを着ているのが何とも微笑ましい‥‥‥え、もしかしてあれ全部兄弟姉妹? 十人くらいいたけど‥‥‥。


 すると、今度は後ろから買い物カートのキャスターの音が聞こえて来た。


 そして、より一層高まる存在感‥‥‥来るっ。


「ふんっ。今日も派手にやってるさね。しかしあのマダムに荒らされたあとかい、今日は来るのが遅れたからしかたないね」


 その人は俺の横に並んでくると、戦場をじっと睨む。


 その存在感に気圧されながら、チラリと横目で見た風貌はとても女性とは思えなかった。


 身長は俺よりも高く、190センチくらいあるんじゃないだろうか。身体も分厚く、俺なんかよりも絶対にフィジカルがありそうだ。けれど、その上に着ているエプロンがとても馴染んでいて、主婦というよりはオカンって感じの人だ。背中には赤ん坊を背負っていて、買い物カートを二つ持っている。


 絶対二つ名持ち(ネームド)だ‥‥‥これは実況を聞かなくても分かる。‥‥‥てか、まだ子供いたのか。


「さてと、さっさとしないとなくなっちまうねぇ。今日は少し、気合をいれるかい——ふんっ」


「——っ!?」


 腕まくりをして、言った通り気合を入れたんだろう。


 その瞬間、明らかにその存在感がさらに増して、なにかすごいオーラを身に纏ったような気がした。


 圧倒的な威圧感、しかしてどこか温かみのあるその力に、俺は思わず膝をつきそうになる。


『——っ!? な、ななな、この気配はっ!? き、来た! 来てしまった! この町一の大家族の母! ”主婦力の化身(ビッグ・マム)”こと猪原さんが遅れて登場だぁ~っ!』


「「「「「「「「「——っ!?!?!?!?」」」」」」」」」


 いつになく興奮した様子の店長の実況。ギョッとしたように俺の横にる女性——猪原さんを見る戦場にいる主婦の皆様。


 ていうか、”主婦力の化身ビッグ・マム”って‥‥‥もう大物以外の何ものでもない二つ名だな。


 そんなことを思ってると、ブリを取り合う戦場が、明らかに劇的な変化を見せた。先ほどよりも大胆に動く人が多く、もうなりふり構っていられないといった、鬼気迫った様子だ。


 だが、それはさっきまでの「絶対に手に入れる!」みたいな意思ではなく、「ここで出に入れなきゃヤバい!」という風に焦っているのがよく分かった。


 それはシアも例外ではなく、すぐにでも必死にブリを掴もうとしてるけれど、苛烈になった本気の主婦たちによってうまく動けていないよう。


 ‥‥‥そんなにやばいのか、この”主婦力の化身ビッグ・マム”とやらは。


「ちっ、店長め。余計なことを言ってくれたね。楽ができなくなっちまったじゃないか」


 俺の横でギラリと店長を睨む”主婦力の化身ビッグ・マム”。‥‥‥こわぁ。店長も「ヒエッ」ってびくびくしてるよ。


「ふんっ‥‥‥行くよっ!」


 ”主婦力の化身ビッグ・マム”はそう言うと、二つの買い物カートをそれぞれ片手で掴み、右足を後ろに引く。サンダルが床と擦れる音がキュッと鳴った。


 そして次の瞬間——大猪が顕現した。


「吹き飛ばされたくなかったら、そこをどきなぁぁぁぁぁあああああああっ!」


「「「「「「「ぎゃあぁぁぁぁぁあああああああっ!」」」」」」」


 ”主婦力の化身ビッグ・マム”の咆哮と、主婦たちの悲鳴がスーパーに響き渡る。


 それはもう圧倒的な蹂躙だった。


『”主婦力の化身ビッグ・マム”! 凄まじい主婦力だ! その力を二つのカートに乗せて、残っている猛者たちを吹き飛ばしていく! 誰れか彼女を止めてくれぇ!』


 ”主婦力の化身ビッグ・マム”が通った後に残るのは死屍累々になった主婦たち。


 俺にはいったい、何が起きたのかさっぱり分からなかった。カートで突進とか反則じゃないのか? って思ったけど、よく見れば吹き飛んでいく主婦たちはカートに触れていないからだ。


 何かがカートを覆っているようにも見えるけど、あれが店長の言う主婦力とやらか‥‥‥?


「シアっ!」


 そして吹き飛ばされたのはシアも例外ではなく、今まさに地面に落ちたところだった。思わず名前を呼ぶけれど、起き上がってくる様子はない。


 これはもう、ブリとか言ってる場合じゃないのでは!? と、思った時だった。


『な、なにぃぃぃぃぃいいっ!?』


 店長の驚愕の声を聞いて、再び”主婦力の化身ビッグ・マム”に目を向ける。


 そこにはただ一人、”主婦力の化身ビッグ・マム”の突進を吹き飛ばされずに、カートを真正面から掴んで受け止める茶髪のギャルがいた。


『”主婦力の化身ビッグ・マム”の突進を止めたぁ!? これは快挙だ!!』


「あんた、やるねぇ」


「ぐぬぬぬぬぬぬ! 根性ぉぉぉぉぉぉおおおっ!」


 凄まじい力がかかってるんだろう。二人の間にあるカートがギシギシと揺れて、今にも押しつぶられそうだ。


 つまりは今、”主婦力の化身ビッグ・マム”は全てを蹂躙しようとしたその足を止められていた。シアでも吹き飛ばされて何もできなかったのに、それを受け止めているあのギャルはいったい‥‥‥?


 しかし、既に全力であるのが見て取れるギャルと比べて、”主婦力の化身ビッグ・マム”はまだまだ全力じゃないと分かるくらい余裕そうだ。


「見た感じ、まだ若いのに大したもんさ。このアタシを止められるヤツなんて当分いなかったさね。あと数十年くらいたてば相当な主婦力を身に着けるだろうね」


「そりゃ、どうも、っす!」


「けれどね、今のままじゃアタシの足元にも及ばないよっ! ——ふんっ!」


「なぁっ!?」


 ”主婦力の化身ビッグ・マム”が力んだと思えば、拮抗していた体制が崩れて、ギャルがじりじりと後退し始めていた。


『徐々に押され始めていく! やはり、”主婦力の化身ビッグ・マム”を完全に止めるのは不可能なのか!?』


 ギャルはそれでも手を放さずに、歯を食いしばって何とか耐えていた、が。


「——家事磨いて出直してきなぁっ!!」


「きゃあっ!?」


 ついに耐えきれずに、”主婦力の化身ビッグ・マム”によって他の主婦と同じように吹き飛ばされてしまう。そしてそのまま起き上がることはなかった。


「ふんっ」


 それを横目に見て、”主婦力の化身ビッグ・マム”はただ一人、誰も残らぬ陳列棚に堂々と進んでいく。


『ついに勝負が決まってしまったぁ! ブリの残りは”主婦力の化身ビッグ・マム”の一人勝ちだぁっ!』


「うるさいよ! いつも思ってるけど、あんたは少しは静かにできないのかい!」


『ヒエッ!?』


 店長を黙らせた”主婦力の化身ビッグ・マム”は残り少なくなったブリを見定めて次々とカートに入れていく。


 さっきのあの数の子供たちだ、これはもう今日はブリは買えそうにないかなぁ‥‥‥。


 せっかくだから、シアに美味しいブリの煮付けを食べてもらいたかったけど、仕方ないか。まぁ、日本食はブリだけじゃないし、肉じゃがでも作ろう。


 そう思って未だ倒れているシアを回収しに行こうとしたその時。


「ふんっ。確か、特売品は必要以上に買うのはマナー違反だったね」


 ”主婦力の化身ビッグ・マム”の誰かに聞かせるように言った独り言が聞こえて足を止める。


 ブリの陳列棚に目を向けると、ブリを見定め終わったのかその前に腕を組んで仁王立ちをする”主婦力の化身ビッグ・マム”の姿があった。


「アタシが必要な分はこれだけさ。あと残り二つ、手にする女はいないのかい!」


 ”主婦力の化身ビッグ・マム”の言う通り、陳列棚にはちょうど二つだけまだブリが残っていた。


「美味しい料理を旦那や子供が待ってるんじゃないのかい! そんなところで這いつくばってないで、立ち上がりな!」


 その挑発して、発破をかけるような物言いに何人かの主婦たちが立ち上がろうともがき始めた。


「‥‥‥あの人に、美味しいものを」


「‥‥‥あの子の好物」


「天斗の、手料理‥‥‥」


 その声が聞こえてハッとして見れば、ちょうど今、シアが立ち上がってブリに向かって踏み出したところだった。


「シア‥‥‥」


 そしてもう一人。


「‥‥‥ド、根性、っす!」


 さっき”主婦力の化身ビッグ・マム”に吹き飛ばされたギャルの人がふらふらになりながらも立ち上がる。


 二人は、確実に一歩一歩を進んでいき、やがて——。


『と、獲ったぁぁっ! 最後の二つを手にしたのは期待の新人と新妻ギャルの二人! この激戦の最後の勝者はこの二人だぁーっ!!』


 二人同時に伸ばした腕は、それぞれ一つずつブリを手に入れた。


「ふんっ」


 ”主婦力の化身ビッグ・マム”はその様子を見届けると、鼻を鳴らして去っていく。


 やがてどこからかまばらに拍手が鳴り始め、やがてそれはこの場にいるすべての人へと伝染していき。


 その拍手の嵐の中で、シアは手に入れたブリを掲げて満面の笑みを俺に向けて来た。


「よく、がんばったな‥‥‥」


 俺は、なんだか泣きそうになりながらシアに全力の拍手を送る。


 ‥‥‥まぁ、それは置いておいて、だ。俺は声を大にして言いたい。今までのこの状況、いったい何だったんだ?



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