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第38話 シアとタイムセール

 


「それは私のよッ!」


「ちょっと! 押さないでよ!」


「今日こそは‥‥‥ッ!」


「あんた、昨日もいたわね!」


「おかあさぁぁぁぁぁぁぁぁん! がんばれぇぇぇぇぇぇぇ!」


「キエエエエエエェェェェェェェェェッ!!」


 怒号、絶叫、奇声。まさに阿鼻叫喚の悪鬼羅刹と化した女性たちが、ブリを追い求めて我先にと突き進んで行く。


 その様はシアが言っていた通りまさに戦場で、突然始まったこの惨劇に俺は開いた口が塞がらない。


『さぁ、本日もやってまいりました! 一時間だけ大特価商品がさらに半額になるタイムセールの時間だぁっ! 愛する家族のため、優しい家計のため、主婦の皆様方の一進一退の大激闘! 安く、そしてうまいブリを手にするのはいったい誰だ!? 申し遅れました、実況は私、このスーパーの店長である大山がお送りします』


 と、突然始まった変な実況に聞こえて来た方を見ると、そこにはメガホンを片手に深緑色のエプロンを付けた中年の男性が必死に声を上げていた。


 その胸元には、自分で言った通り店長の二文字が‥‥‥って、おい! 普通ここは店長が止めるべきなんじゃないのかよ!? むしろ煽ってどうする!


『たくさん用意はしましたが、ブリの数には限りがあります! 最初に手にするのはいったい誰だ!? 誰も退かない! しかし、同時に進めもしない! ブリを前に主婦たちは譲らない想いをぶつけ合っている! なお、殴る蹴るなどの直接的な暴行は禁止ですので確認した次第、出禁にさせていただきます』


 いや、なんか最後だけ常識的! だったら最初からこの騒ぎを収めろよ!


 そう思いつつも、俺も戦場に目を向けると、そこでは店長の言う通り主婦たちが誰よりも先にブリを手に入れようと必死にもがいている姿がある。


 誰もがブリを求めて突撃していき、どんなに小さな隙間でも力づくに身体をねじ込める。手を伸ばそうとした者あれば、取られまいと妨害し。集団から弾き飛ばされても、即座に立ち上がって再び挑みに行く。


 店長の言うことを守っているのか、バトルというよりはキャットファイトの様相ではあるけれど、そこにいる誰もがそれ以上の闘志を燃やしているのが伝わってくる。


「ちょっと! 放しなさい! 私は前に行くの! 夫がお腹を空かして帰ってくるのよ!」


「ふざけないで! 前に行くのはあたしよ! 子供が今日はブリが食べたいって言ったんだから!」


 腕を掴まれたり、足をかけられたり、肩をぶつけあったり、鼻の穴に指を突っ込んだり。


 誰もが前に進もうとするため、誰も進めない状況に戦場が硬直の様子を見せたと思ったその時、人と人との隙間を縫うように白金の疾風が吹き荒れた。


『おおっと! ここで一人、すごい速さで駆け抜けていくぞ! ここ最近、のスーパーに来るようになったと思えば、その圧倒的な速さで瞬く間に頭角を現し始めた期待の新人だぁ! 彼女のスピードには誰もついていけない! これが若さか!?』


「「「「「「「「「——アアンッ!?」」」」」」」」」」


『——ひぃっ!?』


 最後にいらんことを言ったからか、戦場にいる女性たちが『グリンッ!』って感じに首を回して、一斉に店長を睨み見つけてた。‥‥‥ホラーだな。


 シアはというと、店長の言う通り、ぐんぐんとブリが陳列してある台に向かって突き進んでいた。


 踏ん張っている奥さんの股をくぐり抜け、取っ組み合いをしている真ん中を突っ切って、行く手を阻もうと伸びてくる腕を華麗に避けていく。まさしく疾風。


『さぁ、止まることなく進み続けてもうブリは目前! 彼女がブリを手にする第一人者になるのか!?』


「小娘ェェェェェェェッ!」


「ここはいかせないよッ!」


「諦めなァァァァァァッ!」


『しかし、立ち塞がるプレッシャーがすごい! 完全にマークされている! この分厚い壁を突破できるのか!?』


 シアの行く手を遮るように、いかにもベテランといったおばはんたちが三人、横一列にならんで腕を大きく開いて待ち構えていた。その後ろにも、すぐにでも引きずり降ろそうと目を尖らせる主婦が数人。


 なんというか、シアの奴めっちゃヘイト稼いでないか? 店長の言っている通り完全に包囲されてるじゃん。俺の知らない間にやっぱりなにかやらかしてたりするのか?


 そんな風に思ってる間にも、シアは壁になったおばはんたちに接近し‥‥‥立ち止まるかと思えば、さらにスピードを上げた。そして——。


「‥‥‥ふっ!」


『お、おおお!? なんてことだ! 期待の新人、天高く飛んだぁ!!』


 シアはおばはんたちの目の前でジャンプをし、頭のその上を軽々と越えて行った。


「小娘ェェェェェェェッ!」


「なんだって‥‥‥ッ!」


「つべこべ言ってないで追いかけるよッ!」


 すぐに反転して、シアを追いかけ始める壁おばはん三人組。


 しかし、しっかりと着地を決めたシアには飛んだ時の勢いもあって大きなアドバンテージがある。このまま真っすぐ行けばブリは目前だ!


 シアはただそれだけを見て、再び走り出す。


 俺はその様子を手に汗握りながら、この状況の困惑を忘れて知らずのうちに応援していた。——行け、シアっ!


『さぁ、ブリはもうすぐそこ! 期待の新人、この激戦を見事に制し、その手でブリを掴むために腕を伸ばす!』


 よし、これで今日はブリの煮付けで確定だ!


 しかし、シアのその手がブリの入ったパックに遂に触れようとしたその時だった。


「すみませぇん、通して下さぁい! ——おっとと。よかった、まだたくさんありました! どれにしようかしら?」


 シアの目の前に、ひょいっと抜けるようにして黒髪の映えるおっとりとした雰囲気の巨乳のお姉さんが現れた。


 シアも気が付いていなかったのか、びっくりした表情をしてぶつからないようにブレーキをかける。


 しかし、それは悪手だ。足を止めてしまえばそれで‥‥‥。


「——っ!? しまった!」


「‥‥‥およ? あら、ごめんなさい。割り込んでしまいましたか? よかったらお先に‥‥‥あれ? あれれれれれ?」


 黒髪の巨乳のお姉さんがシアに気が付いて後ろを振り向いた時、既にシアは大勢の主婦たちに引っ張られる形でブリの陳列棚から離されていた。


 そう、確実にブリを手に入れられる状況になって気を緩めたのも原因だろう。ブレーキをかけたシアに追いかけていた壁おばはんたちが追いついていたのだ。


「あらまぁ、これは悪いことをしてしまったかもしれませんねぇ。今度見かけたらお詫びしませんと‥‥‥」


 そう言って、困った表情をする黒髪の巨乳のお姉さんは、その後にいくつかブリをカゴに入れると、来た時と同じように緩い感じに去っていった。


『おっとぉぉぉ! 期待の新人がついに手に入れるかと思われた瞬間、いつの間にかその場にいた”聖母”! 流石は二つ名持ち(ネームド)! ベテランの壁は高かった! 一番にブリを手に入れたのは”聖母”の夢原さんだぁっ!』


 いや、いやいやいやちょっと待って俺の知らない単語が出て来たんだけど! 聖母? ネームド? なんだよそれ! てか‥‥‥。


 店長の実況の意味のわからなさは気になるけど、それ以上に気になることがあって、さっきの聖母と呼ばれていた黒髪の巨乳のお姉さんの姿を探す。


 黒髪の巨乳のお姉さんはレジに並んでいて、ちらりと見えた顔は俺の知っているものだった。


「‥‥‥いや、あれ。夢原のお母さんじゃねーかっ!」


 どうりで見覚えがあると思ったわ!


 ‥‥‥え、夢原のお母さん、聖母って呼ばれてるの!?




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