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第37話 シアとスーパー

 


 今日は大学の講義がなく、特に用事もなかったので、リビングで次巻のプロットの構想を考えていると、キッチンに立っていたシアがこっちにやってきた。


「天斗、今からお買い物に行くのですが、何か食べたいものはありますか?」


 そう聞いてくるシアは肩にエコバックを下げている。なんというか、馴染んだなぁって感じだ。


 ちらりと時計を見ると、もうすぐ午後の五時になるところだった。どうやら結構集中していてかなり時間が経っていたらしい。


 とりあえず、食べたいものかぁ‥‥‥。


 俺はそんなに食べ物にこだわる方じゃないから何でもいいけど、それをそのまま言うのはシアに失礼だよな。


 そうだなぁ、ここずっと洋食ばかりだったから久しぶりに和食の優しい味わいが食べたいかもしれん。


 けど、これまでシアが作ってくれたご飯は洋食ばかりだったことから察するに、たぶんシアの世界は洋食系の食文化だよな。和食の作り方なんてシアは分かるだろうか?


「う~ん、仕方ない。今日は俺が作ろうと思う」


「えっ!? 天斗が作るんですか!?」


 俺が立ち上がりながらそう言うと、シアは心底驚いたような声を上げた。


「そんな驚くことじゃないだろ」


「いや、でも、天斗は料理ができるんですか? 私、天斗が料理をしてるとこ見たことないんですけど」


「確かにシアの前では料理したことないけど、できないとは言ってないだろ」


「‥‥‥本当ですかぁ~? 掃除はできてるように見えて、見せかけだけでしたし」


「うぐっ」


 疑うような目に、「失敬な!」って言いたいところだけど掃除のことを出されると何も言えない。


 というか、掃除のことは今関係ないじゃん!


「とにかく! 今日は俺が作るから! ほら、買い物行くぞ!」


「あ、ちょっと待ってください!」


 カーディガンを取って足早に玄関に向かうと、後ろから慌ててシアが付いてきた。


 こうなったらとっておきの和食を披露して、シアにぎゃふんと言わせてやる!



 ■■



「ところで、何を作るかは決めてるんですか?」


「いや、いくつか候補はあるけど、まだだな」


 和食といっても色々あるからな。定番なのだったら肉じゃがとか焼き魚とか、もう少し前だったらサンマが旬だったんだけどなぁ‥‥‥。


 天ぷらとかとんかつとかもあるけど、揚げ物系は後片付けが大変だからスルーだな。


「まぁ、とりあえずスーパーに着いてから決めようかな」


「えぇ~、そんなんで本当に大丈夫ですか? ちゃんと作るものを決めたほうがいいんじゃ」


「チッチッチッ。シア、汝に一つ、生活の知恵を授けよう」


「‥‥‥なんですか」


 訝し気な視線を送ってくるシアに、俺は指をフリフリしながら言う。


「いいか? 何を作るのか決めてから買い物に行くと、必要なものが高くても買わなければならなくなるだろう」


「まぁ、そうですね」


「しかぁーし! 現場に行ってから安い物を買って、それでなにが作れるかを考えたほうが安く済むんだよ」


「‥‥‥。‥‥‥たしかに」


 シアは数秒ほど考えて、納得してくれたようだ。


 料理を作るのか、食事を作るのかの違いだな。


 ただし、この考え方は事前にリクエストとかが無い時に限る。シアが来る前は特に食べたいものが無い時は、いつもそんな感じで適当に買って作ってた。


 今回は和食っていう方向性だけは決めてるから、おかずになるものが何が安いかにもよるな。


 そんなことを考えながら歩いて十数分。行きつけ、と言うほど通ってはないけれど、家から一番近いスーパーが見えてきた。


 深緑色が目立つ建物には、主婦と見られる人達が多く、自動ドアがひっきりなしに開いたり閉じたりを繰り返してる。


 ちょうどこの時間は夕飯前だからな。みんな考えることは同じなんだろう。


 その流れに乗るように俺達も自動ドアを潜ろうとして、その途中にこのスーパーの今日のチラシが掲載されてた。


 ちらりと見た見出しには『ブリ 大特価!』。


 これはもう、今夜のメニューは決まったな。


「シア、今日はブリの煮付けにするぞ。なんかあれ見た瞬間、もう煮付けが食べたいって俺の胃が言ってる。……シア?」


 返事が来ないことに不思議に思って隣を見ると、なぜかシアはどこか戦場に行くような鋭い雰囲気を発していて、まっすぐ前を睨みつけていた。


「ブリですね。わかりました、私がなんとしてでも手に入れて見せましょう」


 シアは神妙そうにそう言うと、手首に着けていたヘアゴムを口に咥えて、そのまま無造作に後ろ髪をまとめてポニーテールに結んだ。


 ……なんか、風格が出てるな。


「いや、どうしたんだよ? なんかいきなり雰囲気が変わったぞ? まるでこれから戦いに行くみたいな」


「みたいな、ではありません。ここは正真正銘、戦場です。油断をしたら死にますよ」


「は? それってどういう――っ!?」


 意味? と、聞こうとしながら店内に足を踏み入れた瞬間、いっせいに向けられた、殺気をも含んでいそうな無数の視線に射抜かれて、思わず息を飲む。


 そこには、まるで肉食獣のような目をした貫禄がある主婦たちが至る所で闘気を発していた。


「来たね、金髪の小娘ェ……」


「今日も特売品は渡しはしないわぁ!」


「しかも男連れたァ、ええ度胸やないかい」


「恥じ掻かないようにせいぜい頑張るんさねェ!」


 般若もかくやという形相でこっちを睨んでくる主婦の方々。


 え、なに、なんなのこの状況!? 俺なにか仕出かしました? それともシアがなにかしてやらかしました? 今にも飛びかかってきそうなんですけど!


 俺がこの場の空気に戦々恐々としていると、シアは向けられる視線から俺を守るように一歩前に出て、持っていたエコバックを渡してきた。


「この場所、この時間、ここは戦場になるのです」


 俺がこの空気についていけず、呆然としてる中。


 髪を結んだシアが、ゆっくりと体を屈めて、クラウチングスタートのような体制をとる。


 まるで、バトル漫画のように轟々と見えないなにかで髪を靡かせていた。


「しかし安心してください、天斗。今日の私はひと味もふた味も違います。全力で行きます」


 まるで時間が止まったかのように空気が張りつめて、店内に流れるBGMだけがどこまでも響いている。


 この場にいる誰もが、ただ一つの獲物(特売品のブリ)に狙いをつける中。


 流れるBGMの音量が少しだけ小さくなり、マイクを入れるノイズが走った。


『本日もご来店頂き、まことにありがとうございます。お待たせしました。只今の時間より大特価タイムセールを開始します』


 瞬間、張り詰めていた空気が爆発するように嘶いて。


「――絶対に、勝つ!」


 俺の横からシアが……いや、この場にいる主婦全員が獲物(特売品のブリ)に向かって、残像をも残さぬ勢いで駆けだした。



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