第35話 シアとハグ
猫のように鳴いて飛んでいったシアは、これまた猫のようにしなやかに柔らかく着地を決めていた。
さすがは吸血鬼、あれくらいならおちゃのこさいさいみたいだ。
そんなこと思ってると、投げ飛ばされたシアがぷくっとほっぺを膨らませて抗議の視線を俺に送ってきているのに気づいた。‥‥‥あんなの全然怖くないな、むしろ可愛いくらいだ。
「もう! 最近の天斗は本当に容赦がないですね!」
「そりゃあ、容赦する必要ないからな。遠慮はいらないと思って」
「私だったからいいものを他の女の子じゃ絶対ケガしますよ!」
「他の人にあんなことしないわ!」
「えっ// 私だけだなんて‥‥‥もうっ、そういうことは先に言ってくださいよ~!」
「どこにときめく要素があったよ!」
連続してツッコミを入れて呼吸を荒げる俺。
あーもう、暇だからって別に疲れたいわけでもないんだが‥‥‥。
「ていうか、なんでいつも急に抱き着いてくるんだよ。受ける方は結構痛いんだぞ、あれ」
まるでタックルみたいだからな。ほぼ毎日シアから受けてる俺はそのうちラグビー選手になれるんじゃないだろうか。ワンチーム!
「う~~~ん‥‥‥なんでって言われても、そこに天斗がいるからでしょうか」
俺の質問に少し悩んだそぶりを見せた後、シアはそんな答えを返してきた。
「なんだよそれ、そこに山があるからみたいな。俺は山か」
「天斗が視界に映るとつい身体が動いちゃうんですよね」
「それならもう、俺のことを見ないでくれ‥‥‥」
「えぇ……そんな悲しいこと言わないでくださいよ。というか、少しくらい受けとめてくれてもいいじゃないですか」
ツンと唇を尖らせて、いじけるようにそう言うシア。……上目遣いなんてどこで覚えたんだ。
そんなシアのあざとい表情を見ながら、俺は「はぁ……」と大きなため息をついた。
「あのな、誰だって急に勢いよく抱き着かれたらビビるだろうが。‥‥‥というか、ちゃんと言ってくれれば俺だってちゃんと受けとめるぞ」
「えっ、ほんとですか!?」
「うん」
そう、俺が抱き着いてくるシアを無下に扱うのは突然急に勢いよく抱き着いてくるからだ。それも普通に公衆の面前とかでも。
シアの抱き着きはタックルと同じだから受け止めるのはきついし、どこそこ構わずくっついてくると道行く人々、特に男からのヘイトの視線が辛い。
ようは力加減とモラルの問題で、そこら辺をちゃんと守ってくれるなら、応じるかどうかはともかく、俺っだってぞんざいにあしらったりはしない。
それにいきなり抱き着かれたら、柔らかさとか香りとか温もりにドギマギするけど、ちゃんと間にワンテンポあれば覚悟を決めて余裕をもっていられる‥‥‥はず。
そういうこと説明すると、シアはうんうんと頷いて理解を示してくれた。
「なるほど、そういうことだったんですね!」
よかった。これならもう、いつシアタックルがとんでくるのかを常に警戒する必要は無くなるか。
ホッとしていると、シアがなんだか少し恥ずかしそうにこっちを見ていることに気が付いた。
「その、じゃあ、今ギュッてしてもいいですか‥‥‥?」
「え、えっと‥‥‥」
ちゃんと言ってくれればって言ったのは俺だけど、なんだかこう控えめに言われるのは別の意味で困るな。
いや、落ち着け俺。いつもと同じだ。俺たちは別に恋人でもないんだからとか理由をつけて適当に断れば……。
「……はい」
‥‥‥なんとなく今回は断るのは悪い気がして、でもどうしたらいいかも分からなかったため、視線を逸らしながらシアに向かって両手を開く。
「~~っ!♡ ――はっ!」
瞬間、弾けるような笑顔を浮かべて抱き着いて来ようとしたシアだけど、その寸前に俺が言ったことを思い出したのか目の前で急ブレーキをかけた。
そうしてシアは、そのままおずおずといった感じにゆっくりと身体を密着させてくる。
俺は思わず身体に力が入って無意識に硬直してしまった。
「——っ」
シアは俺の胸元あたりに顔をうずめて、背中に回された腕が優しくも力強く俺を包み込む。
シアのサラサラのプラチナブロンドが首筋を撫でて少しくすぐったく、女の子特有の甘い香りがフワリと靡いた。
これ、俺はどうしたら‥‥‥? 人とこんな風にハグしたのなんて初めてだからどうしたらいいかわからないんだけど。
てか、シアってこんなに柔らかかったっけ‥‥‥。なんだかいつも抱き着かれるのとは何かが違うような‥‥‥。
小さく浅い深呼吸を繰り返して体の硬直を解く。そうすれば慣れないことに戸惑っていた頭がゆっくりと回り始めた。
とりあえず、開いたままになってる手持ち無沙汰なこの両腕をどうにかしよう。
‥‥‥ハグをするときって腕はどうしてるんだっけ? くっそ、普段から漫画とかアニメとかでそういうシーンも幾度も見て来たし、実際に自分で描写を書いたりしていたのに肝心な時に咄嗟に思い出せん!
頭を撫でればいいのか? お尻を揉めばいいのか!? ‥‥‥いや、尻を揉むのは流石に違うか。なんか別のコトをやってるみたいだし。
というか、冷静に考えれば普通に俺も背中に回せばいいよな、うん。
俺はなるべく優しくするように意識しながらそっとシアの背中に腕を回す。
これで、あってる‥‥‥よな?
俺が動いたことで、くすぐったかったのかシアはビクッと身体を跳ねさせたけど、すぐに力を抜いて、まるで俺に返事をするようにギュッと、背中に回された腕にさらに力を入れてくる。
そうすれば当然、シアと俺の胸板に挟まれたシアの胸は押しつぶされて、フニョンと柔らかく形を変えた。
いつもならそういうことに意識が向いてドギマギしちゃうんだけど‥‥‥。
「「‥‥‥」」
‥‥‥なんだか、不思議な感じだ。
明らかにいつもよりシアと密着していて、まるで全身が敏感になったかのようにシアを感じているのに、不思議と落ち着いていられる。
なんだかとても温かくて、安心できて、トクントクンといつもより大きく感じる自分とシアの鼓動が交じり合っていて、いつまでもこうしていたいと思えるほど心地よかった。




