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第31話 天斗と担当編集の裏の顔

 


 天斗side



 ポツポツと等間隔に街灯で照らされる夜道をゆっくりと歩く。


 背中にはコクリコクリと寝息を立てている紗季さんを背負っていて、少しだけずり落ちてきたのを軽くジャンプして直すと、すぐ耳元で普段のキリッとした雰囲気のこの人からは絶対に聞けないような、「んぅ‥‥‥」なんて艶やかなうめき声が聞こえてくる。


「‥‥‥なーんか、調子狂うなぁ」


 小説家にとって、最大の敵とはなにか。


 ネタの上がらない自分の脳細胞か、はたまた読者からの容赦のない誹謗中傷か、締め切りが近づいてくるにつれ大きくなるプレッシャーか。


 それは小説家になったひとりひとりがそれぞれ思い浮かべることは色々あると思うけど、俺にとってはやはり”担当編集”だ。


 だって、考えてもみてよ。ネタを上げろと迫ってくるのは誰だ? 傷つきたくないからエゴサをしないのに、読者の生の声を代弁して聞かせてくるのは誰だ? 締め切りを押し付けてくるのは誰だ?


 そう、全ての元凶は”担当編集”にあるといっても過言じゃないと思う。


 そもそも悠々自適にウェブ小説を書いていたのに、悪魔のささやきを送ってきて禁忌の制約を結ばせてきたが始まりなんだから。


 なーにが「あなたを売れっ子の作家にしてみせます。将来はがっぽりですよ」だ。甘い言葉でたぶらかしてからに。ここまででどれだけ茨の道だったものか‥‥‥。


 まぁ、公言した通りがっぽりとはいかないまでも、その軌道には乗ってると思うけどね。なんとなくで始めた俺なんかがコミカライズまでできてるんだから。


 それもこれもきっとこの人が頑張ってくれているからだと思うんだけど。だから敵なのにちょっと複雑。


 作家という道になんとなく片足を踏み入れただけなのに、もう引き返せないように雁字搦めにさせられてるような‥‥‥。


 もっと言えば、この人には仕事のことだけではなく、一人暮らしを始めたばかりで慣れてない時に私生活も支えてもらっていたから、本当に頭があがらない。


 だからこそ、なんだか。


「むにゃ‥‥‥あまとせんせー、しめきりですよー」


「ほんとに調子狂うな! ていうか、この人の夢の中でも俺は締め切りに追われてるのかよ‥‥‥」


 そもそもこの人をおんぶしてるって状態が慣れない。‥‥‥この状態じゃ当たり前だけど背中に当たるの、柔らかいし。‥‥‥結構着やせするタイプ? ——いかんッ!


 というか、さっきのえらいえらいって撫でてきたのも、いったいどういうつもりだってばよ。


 普段の絶対あんなことしないだろうし。今更だけど酒って怖いな、キャラ崩壊が凄いことになる。


 さっきの紗季さんの突然の行動を思い返して悶々としていると、背中にいる当の本人が身動ぎした。どうやら目を覚ましたらしい。


「んんっ……ぅん? ここは……」


「目が覚めましたか? 紗季さん」


「あれ、あまとさんですねー」


 寝ぼけてるのか、まだお酒が残ってるのか、それとも両方か、紗季さんはどこかボーッとしてるよう。


 とりあえず、起きたなら少しお水を飲ませた方がいいだろう。


 そう思ったので、少ししゃがんで紗季さん背中から下ろして、持っていた紗季さんのバックからペットボトルの水を取り出す。起きたら飲んでもらうために、さっき入れてきたやつだ。


「ほら、お水飲んでください」


「うーん、お水……」


「ちょっ! 被ろうとしないで! ちゃんと持ってください!」


「ちがいます、のもうとしてるんです」


「あんたの口は頭にあるのか!」


 お水を手渡すと、紗季さんはいきなり頭からぶっかけようとしたので、慌てて止めてペットボトルを支える。


 危なかっかしくてしょうがないので、このまま口元まで誘導していくと、少し零しながらもなんとか飲んでくれた。


 水を飲んだことで少しは酔いが覚めたのか、トロンとしてた瞳の焦点がだんだんと定まってきて、俺の事をしっかりと見てきた。


「天斗さん?」


「そうです。大丈夫ですか? お酒結構飲んでましたけど」


「え、お酒? あ、あー……」


「紗季さん?」


「……あの、私の醜態を見ましたか?」


「い、いえ! 見てません!」


 あれが紗季さんの醜態であるなら、知らないふりをした方がいいだろう。どうなってたのか知ったら恥ずかしいだろうし。


 そう、気遣いで咄嗟に嘘を言ってみたものの。


「……忘れて」


「はい?」


「今日のことは忘れてくださいね!」


「わ、わかりましたぁー!」


 どうやら嘘だと見抜かれたようで、いつもより凄みのました鋭い視線で射抜かれて、反射的に敬礼を返してしまった。


 紗季さんは「あれだけ飲み過ぎないように気をつけてたのに……よりによって天斗さんの前で」とか何とかブツブツ呟きながら恥ずかしそうにしていた。


 そんな様子を俺に見られているのに気がついたのか、紗季さんは仕切り直すようにごほんと咳払いをすると、いったん辺りを見回す。


「ここは天斗さんの家から駅の途中ですか?」


「そうですよ、タクシーの所まで送ろうとしてました」


「ほかの二人は?」


「シアが夢原を家まで送りに行ってます。紗季さんは大丈夫ですか? だいぶ酔ってたみたいですけど」


「えぇ、少しきついですがこれくらいなら。‥‥‥それよりも、天斗さん。あなたには言わなくてはならないことがあります」


「‥‥‥はい?」


 いつになく真剣そうな雰囲気を漂わせる紗季さんに何を言われるのかとちょっと身構えながら首を傾げる。


 なにか仕事で支障があったのだろうか? 原稿の改稿はさっき終わらせたけど‥‥‥。まさか間に合わなかったとか!? いやでも、コミカライズが決定したときもこんな風な感じだったし、悲報というわけではないのか?


 何だろうと悩ませてみても、特にこれといって思い至らなかったため、黙って紗季さんの言葉を待ってると、彼女の口から出てきたのは衝撃的な言葉だった。


「”アレクシア=シュトラーセ”と即刻に別れてください。彼女は危険な存在です」




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