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第30話 シアと千結 その二

 


 シアside



「それじゃあ、俺は紗季さんを駅前のタクシー乗り場まで送ってくるから、シアは夢原を頼むわ」


「はい! わかりました!」


「よろしくね~、シアちゃん。天斗くんも今日はお邪魔しました」


「夢原もまた今度な」


「うん、学校でね~。あ、紗季ちゃんが寝てるからって夜道で変なことしちゃだめだぞぅ?」


「そんな今後の作家人生終わるような恐れ多いことしないわ!」


 天斗はそう言うと、酔っぱらって寝入ってる紗季さんを背負って玄関を出て行きました。


 むぅ‥‥‥。天斗におんぶしてもらうなんて、全身で天斗の背中が感じられてずるいですね。


 さっきはあの人のフラフラな様子を見て思いついた、”酔ったふりをして倒れたところを天斗から抱きしめてもらおう作戦”は失敗しましたし、キスも千結がのしかかって来たせいでできませんでした。私、不満です!


 帰ってきたら天斗にたくさん甘えましょう! そして、天斗にもお酒を飲んでもらって酔ってしまったところでベットに連れて行きましょうか、せっかく新しいのが届いたんですし。


 これは案外いい作戦かもしれませんね。名付けて”天斗を酔わせてあわよくば作戦”です! うふふ、楽しみです♪


 そんなことを考えてると、私の肩をポンと叩かれました。


「そろそろ私たちも行こう?」


「そうですね。それじゃあ、足と背中を失礼します」


「うん! たのしみだなぁ」


 少し興奮したようにそう言う千結の膝の裏と背中に手を回して、そのまま横抱きに持ち上げます。ふむ、生意気にも私よりもいいお胸をお持ちなのに意外と軽いですね。


「シアちゃんにお姫様抱っこされちゃった。重くないかな?」


「大丈夫ですよ。少し捕まっていてください」


 千結が私の首に腕を回して掴まったを確認して、私はベランダの窓を開けて手すりに飛び乗り、夜の闇に紛れるように背中の翼を顕現させます。


 既に千結には私が空を飛んでいるところは見られてるので、気にせずに上空から最短で送る予定です。


「それじゃあ行きますよ!」


 そう言ってから、私は思いっきり足に力を込めて飛び上がります。


「おぉっ! すごいすごい! 飛んでるよ!」


 千結は流れる景色に目をキラキラさせて興奮してるようでした。


 この日本の夜景という景色。まるで夜空が延長されたように煌めく光の数々は確かにきれいですね。


 私からしたら、いつでも見られる景色で面白みはあまり無いんですけど。


 それに天斗から「この光の数は哀れな社畜たちの儚い灯の数だ‥‥‥冥福を祈ってやれ」って言われて、感動より哀愁を感じてしまいます。


 それにしても、今日も色々なことがありましたね。


 天斗と掃除をして、私の部屋を作って、その間に天斗とラブコメ高校生ごっこをしたり、千結と担当編集の紗季さんが来て、最初は少し険悪でしたけど、途中から千結の計らいでお酒を飲んで盛り上がったり。でも‥‥‥。


 ——本当にいつまでも負担になり続けるつもりですか?


 紗季さんと二人きりで話したときに言われたこの言葉だけが私の中でしこりのように残っています。思い当たる節がないわけではありませんから。


 思い悩みながら、千結の誘導に従って飛んでいて、ふと忘れていたことを思い出しました。


 そういえば、まだ千結にこの前のことを謝っていませんでしたね。


「あの、千結‥‥‥」


「うん? どうしたの、シアちゃん。なんか暗い顔して」


 名前を呼ぶと、千結は心配そうに私の顔を覗き込んできました。


 なんというか、本当にこうして結構高いところを飛んだり、私が吸血鬼であることも思い知らせたはずなのに、どうしてこう何ともないようなリアクションをとるんでしょうか‥‥‥。


「いえ、この前襲ってしまったことを謝りたくて」


 私が申し訳なく瞼を下げると、千結はよくわからないと言うようにちょこんと首を傾げます。


「‥‥‥う~ん?」


「ほら、この前に天斗と千結と三人で飲んだ後のことです」


「あぁ! 全然気にしてないよ」


「そう、ですか」


 千結は本当に気にしてないって言う風にニコリと私に微笑みかけて、また地上に浮かぶ星空を眺め始めます。


 前にも思いましたけど、どうしてこう私が人ならざる者だと知ったのに嬉しそうな顔をして受け入れてくれるんでしょうか‥‥‥。


 私の世界では、人間に吸血鬼だと知られたら、その人だけでなく、町全体が騒ぎになってすぐに討伐軍がやってくるというのに。


 この前は驚いてつい逃げてしまいましたけど、今なら聞けそうです、ね。


「あの‥‥‥」


「なぁに?」


「千結や天斗はどうして吸血鬼である私を恐れないんですか? どうしてこうやって受け入れてくれるんでしょう?」


 私が意を決して質問すると、千結は少しも悩むそぶりを見せずに答えてくれました。


「それはシアちゃんが吸血鬼だからだよ」


「え‥‥‥?」


 その突拍子もない返答に、私は思わずあっけにとられてしまいます。


 まさか理由が、私が吸血鬼だから‥‥‥?


「もちろん中にはシアちゃんのことを怖がる人もいるかもしれない。けれど私は、シアちゃんのことを知って嬉しかったの」


「嬉しかったって、どうしてですか?」


「だって、ずっと憧れてた存在に出会えたんだよ。そんなの嬉しくない訳ないじゃん! きっと天斗くんも同じ気持ちだと思うよ」


「私が、憧れ‥‥‥」


「うん! シアちゃんは私の夢のような人なんだよ! だから全然怖くない! むしろ、親友になって欲しいくらいだよ~」


「……親友ですか」


 人間にこんなことを言われたのは初めてです。まさか親友になって欲しいと言われるなんて。


 思いもよらぬ事態にほうけてると、千結が困ったように眉を寄せてる表情に気づきました。


「あはは、ごめんね。いきなり親友じゃあちょっと早かったかも。だからまずは友達から――」


「いえ! 親友が、いいです……」


 千結の言葉を遮るように咄嗟に伝えた言葉は、少し照れ臭くて、最後の方は小さく呟いただけだったけど、すぐ近くにある千結の耳にはしっかりと聞こえたようで、千結は今日で一番うれしそうに優しく笑いかけてきました。


 そんな千結の反応に、なんだかますます照れ臭くなってきて。


「だ、だからと言って、天斗の正妻の座は私のものですからね! 私と天斗の間に付け入る隙など与えませんから!」


 思わず、誤魔化すようにそう叫んでいました。


「はいはい、わかってますよ~。むしろ、私はシアちゃんの”親友”になったんだから、全力で応援するぞ~」


「そんなこと言って、私は千結の本心などお見通しですから! ‥‥‥でも、ありがとうございます」


「う~ん、私は本心しかいってないんだけどなぁ~。まぁ、これからもよろしくね! シアちゃん!」


「はい、こちらこそ」


 それから私たちはアニメのことや、今日の出来事を話し合いながらゆっくりと飛んで、一棟のマンションの前までやってきました。


 天斗と私の愛の巣であるマンションよりも少し階数が低いものの、赤茶でモダンなちょっとオシャレなマンションです。


「ここが千結の家ですか?」


「そうそう。裏の方に公園があるから、そっちならバレにくいよ」


「了解です」


 マンションの周りをぐるりと回ると、千結の言う通り少し小さな公園があって、木と木の間に紛れるようにして降下しながら地面にゆっくりと千結を下ろします。


 結構お酒を飲んだのに柔らかく着地を決めた千結は、う~~~ん! と、腕を伸ばして気持ちよさそうに伸びをしながら私の方に向き直りました。


「シアちゃん! 快適な空の旅をありがとね! 風が気持ちよかったよ~」


「それならよかったです。私の方も、その‥‥‥親友になってくれてありがとうございます」


「こちらこそだよ~! ——あっ!」


「‥‥‥? どうしました?」


 突然何かを思い出した様な声を千結があげて、私も首を傾げます。なにか家に忘れ物でもしたんでしょうか?


 すると、千結は私にピンッと人差し指を立てて、少し真剣な表情をして私を見つめてきます。


「一つ、親友としてアドバイスするね。私が来た時、紗季ちゃんになんて言われたのかはわからないけど、大事なのはシアちゃんの気持ちだよ」


 立てた人差し指でトンと私の胸を付いた千結。


「シアちゃんの天斗くんが大好きって気持ちがあればどんなことも大丈夫だよ!」


 私はあの時、そんなに分かりやすい表情をしていたのでしょうか? まさかこうして気にしていたことを千結に指摘されるとは。


 ‥‥‥でも、千結の言う通りですね! 私のこの気持ちが、もうどうしようもないくらい大きくなってしまったのなら、もう諦めることを諦めて突き進むしかありません!


「――っ!?」


 そう、改めて強く天斗を想ったからでしょうか。


 私の天斗大好きセンサーがビビッと来て、天斗が今なにか不測の事態に陥っていることを感じ取りました。


「シアちゃん?」


「……天斗のとこにすぐ行かなくてはいけません。すみませんが、今日はここまでで」


 私が真剣にそう言うと、千結もなにか感じたのかコクリと神妙に頷きました。


「それじゃあ、天斗くんのことお願いね!」


「はい! 任せてください!」


 私はそう言って再び翼を広げると、大きくはためかせて一気に上空へ上がります。


 ちらりと下を見れば、こちらに手を振ってる千結の姿が見えて。


 私も振り返したあと、全速力で天斗の元へ向かいました。


 待っててください、天斗! 今、貴方のシアが参ります!!



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