表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/65

第28話 シアと紗季

 



 シアside



 天斗と千結が書斎兼仕事部屋に向かって、私と斜め前に座る天斗が紗季さんと呼んでいる人と二人で対峙することになりました。


 いきなり千結とやって来たと思ったらつかつかと私と天斗の愛の巣に入ってきて、なんて礼儀知らずな人間だろうか、消し炭にしてやりましょうか‥‥‥と最初は思いましたが、どうやらこの人は天斗と千結にとって気心の知れた相手のようです。


 担当編集? という、天斗の物語を書くお仕事を全面的に支えてくれているのだとか。


 それならば私もこの紗季という人をもてなすのはやぶさかではありません。私と天斗の関係にも私に理解を示してくれましたし。


 けれども、こうして改めて二人きりで対面したことで私はある確信をいだきました。


 ——この人は、油断できませんね。


 千結のように天斗に関することではありません。この油断のならなさはここ久しく感じていなかった戦いを生業とする者の感覚です。


 天斗と千結の二人だけではなく、この世界で出会った人はみんなまったく警戒心を抱いておらず、なんて無防備なと思っていましたが、この人は私が現れてからずっと、天斗と話していた時でも常に意識は私に向いており、私に対してすごく注意を払ってるのをひしひしと感じていました。


 明らかに実力者です。今も隙を見つけようとしていますが、攻撃を仕掛けてもたやすく防がれることが分かります。


 映画とやらを見て、この世界にも油断ならない者がいることは知っていましたが、まさかこんな一般人のような人がその一人だとは思いませんでしたね。この人は、天斗や千結とは根本的に何か違う気配がします。


 いつでも向かい合えるように相手の一挙手一投足に気を配っていると、向こうの方から声をかけてきました。


「さて、こうして話す機会が訪れたことですし、あなたにも聞いておかなければいけないことがあります」


「‥‥‥なんですか?」


「あなたはいつまで天斗さんのところにいるつもりなんでしょう?」


「そんなのいつまでもに決まってるじゃないですか!」


 私と天斗はもう切っても切れない縁で結ばれてるのです! 当然、健やかなるときも、病める時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、一緒です!


 だから私は胸を張って、そう即答します。


 紗季さんは私の返事を聞いて、スッと目を細めたのがわかりました。


「そうですか。しかし、さっきの天斗さんの話では怪我をしたところを助けたのがきっかけとのこと。どうして病院に行かなかったのかは疑問ですが、それは今はもういいでしょう。見たところあなたは既に完治していますよね? なのにいつまでもいるんですか?」


「もちろんです! 天斗には返しきれないほどの恩を受けました。だから、一生かけて恩返しです!」


「それは——少々押しつけがましいのでは?」


「‥‥‥え?」


 その言葉はまるで、私の心の隙間をつくようにチクリと身体に刺さったような気がしました。


 紗季さんは、その理知的な瞳で私を睨むように見つめ、続けます。


「あなたがどう思い、どうしたいのかは勝手ですが、それはちゃんと相手のことを考えていますか? 自分勝手になっているのでは? そもそもいつまでもここにいるのなら、あなたが本来帰るべき場所やそこにいるであろう家族や友達はどうするのですか?」


「そ、それは‥‥‥」


 本来帰るべき場所、元の世界‥‥‥。そこにはもちろん私の家族や友達、部下たちがいる。


 これまで天斗と一緒にいたことで考えないようにしていた元の世界ことを、この人の言葉で否応なしに思い出させられます。


 いつかは向き合わないといけないことなのはわかっている‥‥‥のですが。


 私は思わず俯いてしまって、しかし紗季さんの言葉は私を容赦なく追い詰めてきます。


「私が思うに、もう怪我が治ったならあなたは直ぐにここを出るべきです。あなたも家事などを手伝っているようですが、人を一人養うのはそれなりに負担になるものです」


「あ、天斗は大丈夫って‥‥‥」


「それは天斗さんが甘いからです。天斗さんには生活に余裕があるからこうした無理ができているだけです。あなたはさっき私がいつまでいるつもりですか、と問いかけた時に、いつまでもって答えましたね? 本当に”いつまでも”負担になり続けるつもりですか? それは恩をあだで返す行いなのでは?」


「‥‥‥」


 紗季さんの言っていることは至極まっとうで、思い当たる節がないわけではありません。今は慣れてきましたが、最初のころはこの世界の家電というものに慣れずに壊してしまうことが多々ありました。


 その度に買い替えることになったのですが、天斗は「まぁ、そろそろ買い替え時かなって思ってたからちょうどいいよ」なんて言ってました。しかし、そもそも私が壊さなかったら買い替えることもなかったはずです。


 それ以外にも天斗は私のためにたくさんお金を使ってくれています。元の世界の金銭感覚でも決して少ない金額ではないと思います。


 もしかしたら、私がいることで天斗が我慢することがあったりするのでしょうか? 私の知らないところで私のために何かを諦めたりしていることがあるのでしょうか?


 もしそうなら、確かにそれはこの人の言う通り恩返しとは到底思えません。


 何も言えなくなった私に、紗季さんはため息をついて続けます。


「少し言いすぎてしまいましたか。あくまで天斗さんの担当編集である部外者の私が踏み込みすぎてしまいましたね。色々と言いましたが、これはお二人の問題なのでよく話し合うことでしょう。でも、これだけは覚えておいてください」


 そして、紗季さんはこれまでの冷たい言葉ではなく、わずかに熱を感じるような口調で。


「私は天斗さんのことを高校の時から知っており、当時の一人暮らしを始めたばかりの彼を色々とサポートしてきました。個人的にその関係はもうただの担当編集と作家以上のものだと思っています。そうですね、少し歳の離れた弟分みたいなものでしょうか」


 そう言う紗季さんの表情は、幾分か柔らかく、本当に天斗のお姉さんのようで。


 しかし、すぐに表情を引き締めて私に今まで以上の鋭い視線を向けてきます。


「なのでもし、天斗さんにあなたの影響で不利益がかかったり、危険な状況になるような事があれば問答無用であなたを追い出します。肝に銘じておいてください」


 私を映す切れ長の瞳は、まるで私が別の世界からやってきた吸血鬼であることまで見透かされたように感じます。


 そして、同じだと思いました。


 この人は私と同じように、ただ天斗のことを想って、私に厳しいことを言っているのでしょう。さっき天斗にも厳しく当たっていたのも本人ことを想っているからこそなのだと。


 私にも姉がいて、姉にもよく厳しい言葉で叱られたことがあるのでよくわかります。


 この人の言うことはほとんど正論で、私に反論の余地なんてなくて。きっと私は今すぐにでもここを出て行くのが正解なのでしょう。


 けれど‥‥‥。


 私は服の胸元をギュッと握ります。今日着ているのは、天斗が私に似合うと、可愛いと言って買ってくれた服で。


 その時のことを思うと、ドキドキして天斗以外のことがどうでもよくなってしまいます。


 やっぱり、この気持ちをそう簡単に捨てることなんてできそうにありません。


 元の世界に戻るということは、この気持ちを捨てなくてはならないでしょう。


 そんなこと、今の私にできるでしょうか? 天斗のことを想えばこそ、しなくてはいけない選択なのは分かりますが、その天斗のことを想えば想うほどこの気持ちは強くなってしまって。


 なんだかだんだん苦しくなってきて、服を握る手をさらにギュッと握って。


「んん~? どうしたのかな、この空気?」


 すると、沈黙が続いていた重たい空気の部屋にゆるい声が入ってきます。


 どうやら、いつの間にか千結が戻ってきていたみたいです。


「千結さん。天斗さんはどうですか?」


「大丈夫そうだよ。たぶんある程度は構想できていたんじゃないかな? あの様子なら日付が変わる前には終わりそうだよ」


「そうですか。それは良かったです」


「うんうん。それより、シアちゃんはどうしたのかな?」


 千結は私が座ってるところまでくると、心配そうに私の顔を覗き込んできます。


「千結‥‥‥」


「ん~、天斗くんのことなら心配しなくても大丈夫なんだよ。だから元気だして!」


 そう言って千結は安心させるように微笑むと、机の上にドンとスーパーの袋をおきました。


「ということで、天斗くんが終わるまで女子会をするぞぉ!」


 そしてテンション高く、そう宣言します。


 私は思わずポカンとしてしまいました。


「女子会‥‥‥? ですか?」


「そうそう! せっかく女の子が三人も揃ってるんだから、こんな暗い空気なんて似合わないでしょう? 紗季ちゃんは元々そのつもりだったよね?」


「いえ、まぁ、ここで待つつもりではありましたけど」


「でしょでしょ! ならこのままなのもつまらないし、せっかくだから色々お話しよう! ということで、さっそく始めよう! シアちゃんは何飲む? たくさん買ってきたけど、お酒飲める?」


「飲めないことはないですけど‥‥‥」


「じゃあ、とりあえずストゼロでいいかな? 紗季ちゃんは桃のやつだよね」


「私はお酒は‥‥‥」


「いいのいいの、紗季ちゃんにはいつもお世話になってるし、たまにはパーッとやろう!」


 そう言って千結は困ってそうな紗季さんに無理やりお酒を持たせると、私の方にも一本渡してきて。


「それじゃあ、さっそくかんぱ~いっ!!」


 さっきまでの重い空気をぶち壊すように元気よく女子会とやらが始まりました。


 ‥‥‥やっぱり千結は、色んな意味で脅威的な人間だと思います。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ