第21話 シアと制服
「う~む、やはり現役の頃と比べるとしっくりこないな」
シアに促されて高校の時の制服に着替えた俺は、姿見に映ってる自分を見て独り言ちる。
なんか、制服が俺自身の貫禄に追いついてきていないような、味が出すぎて塩分過多みたいな‥‥‥言うなればそう、俺老けた‥‥‥?
‥‥‥いやいやいや! うん! きっとまだまだイケるよ! 着こなせてる! 現役で高校生って言っても過言じゃないよきっと! ‥‥‥明日から少し、化粧水とか気を使って行こう。
「というか、シアはまだか? 着るのはいいけどそろそろ掃除を再開しないと時間が押してくるぞ‥‥‥」
そう思ってると、いきなり「バァンッ!」と、勢いよく扉が開いて、金色の風が吹いた。
「遅刻遅刻~っ! ——きゃっ!」
「うおっと!」
瞬間、上半身に柔らかい衝撃が当たって、不意打ちだったからバランスを崩して尻もちをつく。
「痛つ‥‥‥シア? 何してんだよ?」
金色の風の正体は当然シア。少し離れたところで俺と同じように尻もちをついて倒れてる。‥‥‥ご丁寧にイチゴジャムを縫った食パンを咥えて。
シアは二、三口で素早く食パンを食べたと思ったら、グイっと俺に迫って来た。
「どうですか!? ときめきましたか!?」
「へ? ときめくってなんだよ?」
「うむむ、おかしいですね‥‥‥天斗に借りた漫画ではこれで運命の出会いが果たされるはずなんですが‥‥‥?」
「運命の出会いって‥‥‥あぁ、そういうこと? ベタすぎるだろ‥‥‥」
どうやらシア、いわゆる少女漫画や学園ラブコメ作品にありがちな出会いの王道を演出してみたかったらしい。
あれって確かにアニメとかだとよくあるシチュエーションの一つだけど、実際に起きることなんてまずないぞ。そもそも同じ目的地を目指してるんだしどうやったらぶつかるのかね。
でも、そうだな。せっかくだし、茶番にノッテみる?
「大丈夫ですか? お嬢さん」
俺はサッと立ち上がって、なるべく爽やかに見える笑顔でシアに手を差し伸べる。
「あ、天斗‥‥‥?」
「お怪我はございませんか? 立てますか?」
「えっ、えっ‥‥‥?」
「ふむ‥‥‥では、少し失礼します」
「にゃっ?!」
しどろもどろになってシアがついてこれていないことをいいことに、俺はそっと腰に手を回して、同時に腕を優しく引いてシアを立ち上がらせる。
お互いに密着する体制になっているため、ちょっと顎をひけばすぐ目の前にシアの顔があった。シアも見上げるように俺を見ているため、お互いの視線が重なって見つめ合う形になる。
にしても、こうして見るとやっぱりシアは人間離れした美貌の持ち主だよな。まつ毛とかすごい長いし、瞳も大きいし。‥‥‥ん?
「シア、ちょっと動かないで」
「えっ? あ、天斗‥‥‥私‥‥‥」
シアが何かを期待するようにギュッと目を瞑った。
俺はシアの口元に視線が吸い寄せられて‥‥‥‥‥‥‥‥‥そっと口端についていたジャムを親指でぬぐう。
「え?」
「ジャムつけるところまでとは、なかなか再現度を上げてくるな」
「え、え~と‥‥‥キスは?」
「ん? そんなことするわけないだろ?」
「な、なんでですか! ここはひと思いにチュッとするところでしょう!」
「あーはいはい、もう演技は終了! はやく掃除を終わらせようぜ、マジでベット来ちゃうから」
「やだやだ! ここまで思わせぶりなことをしといて、それはないですよぉ~!」
「ちょっ、こら! 離れろ!」
「離れません!」
シアは俺を逃がさまいと思いっきり抱き着いてくる。立ち上がらせるために密着したまんまだったから逃げられなかった。
俺は必死にシアを引き離そうとするけれど、やはりそこは吸血鬼。人間とは比べ物にならない腕力を持ってるわけで、なかなか抜け出せない。
てか、さっきの演技でシアはしどろもどろになってたけど、俺だってそんなに余裕があったわけじゃないんだよ!
普通に恥ずかしかったけど、普段から変に意識させてくるシアにたまには意趣返ししてやろうと思って、赤面しそうになるのを必死に我慢しながら紳士のふりをやってたんだから!
「むぅ! 仕方ありません。天斗からしてくれないなら、私からしましょう! ——ちゅっ!」
「とわっ!? おまっ、今マジでしようとしただろ!」
「そうですよ! 何で避けるんですか!」
「いきなり顔面が迫ってきたら避けるだろ! 俺、ファーストキスまだなんだぞ!」
「私だって一度も接吻したことないですよ! もちろん天斗に捧げます! ——ちゅ~‥‥‥うにゅっ」
「捧げんでいい!」
俺は迫ってくるシアの頬っぺたを両手で挟んで、これ以上近づいてこれないように押し返す。もともと唇をすぼめていたからシアの顔がタコみたいになった。
美少女のシアがしていい顔ではない気がするけど、構わずに攻防を続けて数分。
やっとこさシアは俺から離れてくれた。途中何度か際どい時はあったし、頬っぺたとかには思いっきりされたけど、唇にはされていない。
「もうっ、今回はこれ以上は諦めますけど次にこんな思わせぶりなことをしてきたら問答無用でキスしますからね!」
「はぁっ‥‥‥はぁっ‥‥‥肝に銘じておくよ」
肩で息をしながら返事をする。本当にギリギリの攻防だった‥‥‥。少しでも気を抜いたら今頃俺の唇は奪われていたに違いないや。
別にキスをされてどうこうとは思えるような年齢じゃないけど、やっぱりこういうことは恋人同士でやるべきだと思うし。それにシアに少しでも身体を許すとその後が怖いし。
「それで、私の制服姿はどうですか? ‥‥‥似合ってますか?」
呼吸を落ち着けていると、シアが俺の制服の裾をちょこんと引っ張って自分の制服姿を見せてくる。
そうだった。掃除を中断してまでこんなことになったのは、もともとシアが俺の高校の女子の制服を着てみたいって言ったからなんだったな。
俺は改めてシアの制服姿を視界に映す。
ベージュ色のブレザーはシアの金髪とはミスマッチかとも思ってたけど意外と様になっていて、茶色のタータンチェックスカートから伸びる白い太ももが眩しい。
やはり初めて着る服だからか着慣れてない感じがいじらしく、言うなればそう‥‥‥海外からやって来た金髪美少女転校生って印象だ。つまり——。
「——可愛い」
「ほ、ほんとですか!」
「うん。たぶん、当時学校にいたら絶対学年の人気者になれるよ。たくさんの男子たちにモテモテだと思う」
「えへへっ! そんな有象無象共はどうでもいいですけど、天斗に可愛いって思ってもらえてうれしいです!」
「有象無象ってなぁ」
「あ、ちなみに千結と私だったらどっちの方が似合ってます?」
「う~ん、二人はタイプが全然違うからなぁ。夢原は王道の黒髪清楚文学少女って感じだったから、二人とも似合ってるじゃだめ?」
「むぅ‥‥‥そこは私って断言して欲しかったですけど、確かに私から見てもさっきの写真に写ってた千結はとても似合ってましたのでそれでいいです。でも、その代わりに写真撮ってください」
「いいよ。せっかく着てみたんだしね」
俺はスマホのカメラアプリを起動して、シアにレンズを向ける。
「んじゃいくよ。はい、チーズ」
「いぇーい!」
撮れた写真は、シアがこっちにピースしている姿が満面の笑みで切り取られていた。‥‥‥いや、ほんと可愛いなこれ。
「今度は天斗も撮りましょう!」
「俺? 俺はいいよ。自分の制服姿の写真何て結構あるし」
「そうじゃなくて私が天斗と写りたいんです! ——えいっ!」
そう言ってシアが俺の腕にギュッと腕を絡めてくる。
制服を着てるシアが割と本気で可愛いと思ったからだろうか? それとも制服を着たせいで高校の時の感覚を思い出してきたのだろうか?
思わずドキリとして、いつも以上にシアを意識してる自分がいる。
「ほら! 早く構えてください!」
「お、おう」
内心を悟られないように内カメラに変えて、自撮りで構える。
「いくよ。はい、チーズ」
「ピース!」
カシャリとシャッターの切れる音がして、シアが俺の腕に抱き着いてピースをした姿と、俺がちょっと引きつった笑みを浮かべてる写真が切り取られた。
「天斗! 今撮った写真見せてください!」
シアにそう言われたのでさっきの写真を選択して見せると、シアは瞳をキラキラさせてそれに見入ってる。
「おおっ! 良い感じじゃないですか!」
「そう?」
「はい! なんだかこうして天斗と同じ学校の制服を着てると、本当に二人で同じ学校に通っていたみたいですね!」
シアにそう言われると、本当にそんな気がしてくる。俺もなんだかシアと同じことを思ったから。
本当にシアと同じ学校に通っていたら、どんな高校生活を送っていただろうか?
俺は地元からこっちにやってきたばかりだったろうし、それでもしシアと同じクラスとかになったりして、今みたいにグイグイこられる毎日を送ってたら結構コロッと惚れてたかもしれないな‥‥‥。




