第20話 天斗と黒歴史
「天斗、これはどういうことでしょうか?」
先ほどまで「天斗のためならば努力は惜しみません!」と笑顔で言ってくれたシアはいったいどこにいってしまったのだろうか?
「これ、明らかに女の子の洋服ですよね? どうして男性の一人暮らしである天斗の家にあるのですか?」
確かに今も笑顔ではあるけれど、それはなんだか凄みを感じさせる威圧感満載なイイ笑顔で。
「もしかしてそういうことですか? いたんですか? 私、知らないんですけど」
俺の高校の女子のブラウスとスカートを持って詰め寄ってくるシアは、軽く背筋が震えるほどの恐怖だった。
「ま、待って! たぶんシアは勘違いしてるから!」
「じゃあどうしてここに私の知らない女の子の洋服があるんですかぁ!」
「そんなん俺にもわからないよ! 今思い出すからちょっと待ってって!」
追及してくるシアを抑えて俺はどうしてここにこんなものがあるのかを考える。
‥‥‥いや、本当になんで俺が女子の制服を持ってるんだ?
俺が通っていた高校は女子も男子もブレザーでもちろん俺は男子の制服を着ていた。勘違いしないで欲しいんだけど、俺は女装癖なんて特殊な性癖は持ち合わせてない。
でも、なんでだろう。シアが持ってるプリーツスカートを見ていると、なんだか下半身がソワソワしてくる。
こう、無防備にもひらりひらりと揺れる度に捲れて中の不可侵領域が見えてしまうんじゃないかと感じる不安と、それに反してスースーと股を通る風に解放されたような爽快感を感じるような‥‥‥。
あと同時に脳内で聞こえてくる『おぉー! 天斗くんすごい似合ってるねぇ! 可愛い可愛いっ!』っていう幻聴。
くっ‥‥‥! なんだこの記憶は‥‥‥! 俺の中で封印したはずのナニかの記憶があふれ出してくる‥‥‥!
ダメだ、これは思い出してはいけないナニかだ! 俺の頭が拒否してるのが何よりの証拠!
俺はもう少しで喉元まで出て来そうなその記憶を再び封印するべく力強く目を閉じて——。
「おや? ポケットに何か入ってますね‥‥‥これは”夢原”って書かれてます。夢原って千結の苗字でしたね‥‥‥やっぱり天斗と千結って‥‥‥天斗?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
シアが夢原って名前を出した途端、俺は見覚えのある情景が脳裏に蘇った。
俺の家のリビング。無造作に大量にソファに置かれた数々のレディースの洋服。俺に向かってカメラを構える夢原。
そして姿見に映る俺の格好は、今シアが手にしている女子のブレザーで‥‥‥。
「お、思い出した‥‥‥」
「そうですか。それでどうしてここに千結の洋服があるんですか!」
「そ、それは‥‥‥なんというか‥‥‥」
「私に言えないようなことなんですか? やっぱりお二人はそういう関係なんですか?」
「いや、だからそれは違うって‥‥‥分かった、言うよ」
正直、思い出した記憶はもう一度封印し直したい黒歴史だけど、シアがまた変な勘違いをし始めそうだし、なんだか必死そうだから俺は何が合って夢原の制服がここにあるのかを説明することにした。
「けど、その前にこれだけは言わせて欲しい!」
「な、なんですか?」
「俺に女子の服を着る趣味は無いからな! 絶対に変な勘違いをするんじゃないぞ!」
「わ、わかりました」
俺が強く念を押して言うと、シアは若干うろたえたように頷く。
それから俺は、どうしてここに夢原の制服があるのかを話した。といっても、別にそこまで深い理由があるわけじゃない。ただただ俺が辱められただけだから‥‥‥。
「とある日、夢原が男の娘のイラストを描いてみたいって言って、そのモデルをやれって無理やり女性ファッションを着せられたんだよ」
もちろん、最初は着るつもり何て毛頭なかったけれど、何度も頼まれてるうちに言葉巧みにあれよあれよと着る流れになっていて。
いやー、うん。今思い返してもなんだか虚しい気分になってくる。
男子ならわかると思うけど、初めての女装あるあるで「オレ、もうちょっとイケると思ってた」っていう幻想を見事に打ち壊されたあのダメージは結構応えるもんなんだ。
夢原は俺の女装姿を見て似合う似合うって言ってたけど、俺は全くそうは思わなかった。
それでも結局、色んな服を着させられてなんならポーズとか取らされて‥‥‥まさか気が付いたときには自分が女ものの服を着ていることに全く違和感を感じなくなっていたことが恐ろしすぎる。だから記憶を封印することにしたんだよな‥‥‥このままだとマジで変な性癖に目覚めさせられると思って。
「なるほど、そういうことですか。それはぜひ、私も見てみ——」
「嫌だっ!」
俺とブレザーを交互に見ながら、瞳をキラキラさせているシアが次に何を言うのかは分かり切っていたから、言わせる前にぶった切る。俺はもう一生涯女装はしない!
「えぇー! いいじゃないですか! 千結は似合うって言ってたんでしょう? 私も天斗には似合うと思いますよ!」
「似合わないし、似合ったとしてもそれはそれでやっぱりなんか複雑だし絶対に着ないからな!」
「むぅ~‥‥‥」
いじらしそうにこっちを睨んでくるけど無視だ無視! 当時だって夢原が同じような目で見続けるから着ることになったんだし、俺は同じ轍は踏まん!
そうして俺は掃除を再開しようとしたところで、シアがぽつりとつぶやいた。
「では、これを着ていた千結は似合ってましたか?」
「え? そりゃあ似合ってたよ。当時の写真見てみる?」
夢原は見た目は清楚な正統派美少女って感じだからな。皆と同じ見慣れた制服でも、人とは違う魅力があった。
スマホで写真アプリを開いて、制服姿の全身で写ってる写真をシアに見せる。卒業式の時に撮ったやつだな。
「ほらこれ。ん~‥‥‥二年なんてあまり変わらないと思ってたけど、こうして見返して見るとやっぱり当時は華があったな。俺も夢原も若々しい気がする」
「おぉ~! 天斗、かっこいいですね! 千結も‥‥‥」
写真をじっと見つめていたシアは、もう一度手に持っている女子のブレザーを見下ろして、何かを決心したように一つ頷いた。
「よし! 私もこれを着てみます! 千結に負けてはいられません!」
「え? マジで?」
「マジです! あ、せっかくなんで天斗も男子の方を着てみてください! さっきこれと同じようなデザインの服は見つけてありますから!」
「いや、でも掃除が‥‥‥」
「絶対着てくださいよ! お願いしますね!」
俺が何かを言う前に部屋を出て行くシア。そんなに制服を着たかったんだろうか?
まぁ、シアが俺の高校の制服を着る姿に興味がないかと聞かれれば、見てみたい気もするけど。
というか、俺も着るの? 卒業してから体格はあまりかわってないから着れないことはないだろうし、女子制服を着せられるよりかは遥かにマシだけど、今の俺が着たらコスプレっぽくならない?
そう思うけど、久しぶりに母校の制服の袖を通すのはワクワクする自分がいて、俺は男子の制服に手を伸ばすのだった。




