第18話 シアと掃除
「よし、それじゃあベッドが来る前にこの部屋の掃除を終わらせるぞー!」
「はい」
淡々とした返事にちらりと横を見れば、シアが何か悩んでる表情というか、ぼーっとしてるというか、とにかくらしくない様子を見せている。
いつもなら元気よく「おー!」って感じに乗ってくれるんだけど。
この前、千結と飲みに行った時の俺が眠ってしまった後のことは聞いたけど、まだ気にしてるんだろうか?
「シアさ、いつまでも気に病む必要はないぞ? 千結を襲ったことはよくなかったけど本人は全然気にしてないみたいだし」
千結にシアが吸血鬼であることを話してしまったと聞いたときはどうしたもんかと思ったけど、そもそも千結も俺と同じオタク人種。吸血鬼だ異世界だなんてものに憧れやロマンを感じていたわけで、理解する土壌を持っていた。
だから襲われても恐怖を感じるどころか、むしろ今まで自分たちが信じていたものに出会えた嬉しさとか興奮が恐怖より勝るわけだ。
シアは俺の言葉を聞いてバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。
「気に病んでるわけじゃないんですけどね、あはは‥‥‥」
「じゃあ、なんか悩みごとか?」
「まぁ、そんなところです‥‥‥でも、今は悩んでる場合じゃないですね! なんせ——」
そこまで言って、シアは正面にある扉を思いっきり開く。
——ドサドサドサッ! ‥‥‥ドサ。
瞬間、中にあった荷物が崩れ、足元までいつかの通販を使った時のダンボールが転がってくる。
「——この部屋を夕方までに片付けないといけないんですから‥‥‥」
「‥‥‥そうだな」
俺たち二人は、部屋いっぱいに押し込められた物の山をこれからの苦労を悟った目で見つめていた。
■■
我が城の間取りは玄関を開けてすぐに二つの洋室があり、トイレと洗面所とお風呂と続き、奥まで行けばリビングとキッチン、そしてリビングに連なる和室と一人暮らしにはかなり広めな3LDK。
その内の一つの洋室を俺の部屋兼寝室として使っており、リビングに連なる和室はパソコンや本棚を置いた仕事部屋として使っている。
そして最後の洋室は今まで使ってなかったため、この度シアの部屋にしようと思ったのだけど‥‥‥。
「天斗って部屋やリビングは散らかってませんですし、埃なども定期的にきれいにしているようで一見掃除ができるように見えますけど、見せかけだけですよねぇ」
「うぐっ」
「本当は物を目に見えないところに放って掃除した気になってるだけです」
「ぬぐぐ‥‥‥」
くそう‥‥‥シアがなんか辛らつだ。まったくの事実なだけになんも言い返しができない‥‥‥。
俺が不要になったものとか、後で捨てるかーとか思ったものとかを五年の間放り投げて放置してきたのがこの部屋の惨状だから。
バコッ! バコッ! っと、転がっていたペットボトルをただ坦々と潰していく姿はまるで俺を責めているようだ。
「それにしても以外ですね。ペットボトルやダンボールは大量にありますけど、よく見たらカビとかは生えてないですね、異臭もしませんし‥‥‥もっと不浄なものを覚悟していたのですけど」
「不浄なものって失礼だなぁ。そこらへんの分別はあるっての。生ごみだとかはこまめに処分してるよ、不衛生だし」
「ならペットボトルとかもやってくださいよ!」
「いや、やろうやろうとは思ってたんだよ? でも、ペットボトルとかダンボールとかは別に汚くないから今じゃなくていっかって」
「‥‥‥どういうことですか?」
「だってほら、ペットボトルのペットってポリエチレンテレフタレートっていうものなんだよ」
「なんですかそれ? 魔法ですか?」
「魔法じゃないけど、まぁ説明は面倒だからそれは置いといて。要はペットボトルは人体に無害だし、放置しても表面にカビとかは生えないからしばらく置いておいても大丈夫かなーって」
ダンボールも同じ理由で、汚くないから。もしかしたら使える時がくるかもしれないし‥‥‥。
そんな持論である言い訳を述べるけど、シアのジトっとした視線は変わらなかった。
「にしてもこれは溜め込みすぎじゃないですか? 床が見えませんよ」
「‥‥‥はい、すみません」
「それに、最近は生ゴミとかの処分も少しおざなり気味じゃありません?」
「ほら、最近大学が始まったり仕事で忙しかったし……」
「服とかも洗い終わったら畳まずにそのまま放置ですし」
「それは洗濯のことだし、今は関係ないんじゃ……そもそもここ、俺の家だし」
「そうですけど、私は天斗のために言ってるんですよ?」
「ぐぬぬ……」
腰に手を当てて、ちょっと眉を寄せながらシアが俺を困ったように軽く睨みつけてくる。
なんだろう……まるでお母さんに怒られるお父さんの気分で釈然としない……。
ふと思った。ここは俺の城、ここでは俺がルールだ。なのに居候の身であるシアにこのまま言いくるまれていいのだろうか? よくないやい!(反語)
俺が全面的に非があるのは認めるけど‥‥‥けど! 少しはなにか言い返してやりたい!
少し考えて、ピコンと頭に豆電球が浮かんだ。これならいける!
俺はシアを見つめて、神妙な表情でつぶやいた。
「‥‥‥でもね、シア」
「はい、なんですか?」
「確かに、俺は最近ずぼらなのかもしれない。けどそれはシアがいてくれるからなんだよ」
「え?」
「シアは俺が大学に行ってる間とかにご飯を作ってくれたり、洗濯してくれたり家のことをやってくれるでしょ? それがなんだか嬉しくてさ」
ここで演技! なるべく自然に見えるようにニコッと感謝の微笑みをシアに向ける。
「天斗っ‥‥‥」(キラキラ)
「いつもありがとう。俺も気を付けるようにするけど、これからもシアに任せてもいいかな?」
「はい! 喜んで!」
ジトッとした目はいつの間にかなくなって、シアは俺に満面の笑みを見せてくれる。ふっ‥‥‥ちょろいぜ!