第15話 アマト先生とchi-yu先生
「ぐぬぬ」
そんな唸り声をあげながら、手にしたハンカチを咥えてギリギリと引っ張ってこっちを鬼のような目で睨んでいるシア。なんて分かりやすいほどにステレオタイプな嫉妬の仕方‥‥‥。
別に夢原とはシアに嫉妬されるような関係じゃないけれど、何か勘違いでもしてるのだろう。
とりあえずシアも来たのならとこっちに呼ぶことにする。夢原には軽く話したし、シアのこともこうして見られたし、吸血鬼じゃないことさえバレなければ大丈夫だろう。
「シア、そんなところにいたら邪魔になるからこっち来いよ」
くいくいと手招きすると、俺を見たシアはパァッと顔を輝かせて、だけど俺の向かいに座る夢原を見てすぐに渋い表情に戻る。
そのまままるで宿敵に会った時のように夢原を睨みつけながら俺の隣に座った。
おいおい、シアにそんな威圧感たっぷりに睨みつけられたら夢原が卒倒するぞ‥‥‥。
なんて思ったけど。
「おぉっ! 本当にすっごく可愛い子だねぇ」
お酒を飲んで鈍ってるのか平常運転なのかはわからないけど、相変わらずのマイペースさで呑気にそんなことを言っていた。
おいおい、夢原よお前いつ殺されてもおかしくないのになんてお気楽な‥‥‥。
まぁ、夢原はシアが人ならざる者だと知らないからな。俺はシアがいつ暴走するかとちょっとひやひやしてるのに。
「それでー? 私という女がいながら天斗くんはこんな可愛い子と同棲してるなんてどういうことなんですかぁ?」
「——やはりっ!?」
「おい! 何でそういうややこしいこと言うんだ!」
「女の子とお酒飲んでる時に他の女の子がやってくるなんてなんだかお約束みたいだから、修羅場ってる空気を作った方がいいかなって」
「せんでよろしい!」
何て命知らずな‥‥‥。
はぁっとため息をついて、さて隣で今にも夢原に飛び掛かりそうなシアをどう宥めようかと思ってると、その当人がまずは口を開いた。
「どうも、あなたとは違って毎日一緒に暮らしている月城シアといいます!」
ところどころ単語を強調して、妙に攻撃的だけど。
「へぇ、シアちゃんって言うんだ! 私は夢原千結、よろしくねぇ」
「えぇ、これから天斗に嫁ぐ者同士仲良くしたいものですね」
「え? 嫁ぐ?」
「しかしそれは貴方の態度次第になります。自分の身の程を弁えてしっかりと正妻となる予定の私を引き立ててください! いいですか? 正妻の座は絶対に譲りませんからね! たとえ私を差し置いて天斗の寵愛を受けていようと劣等種たる人間よりも優等種である吸血——あ痛っ‼」
色々と早口でまくし立てるシアの頭をチョップして無理やり止める。
いきなり勢いよく語りだしたと思ったら何を言ってるのだこいつは。突然すぎてポカンとしてしまったぞ。
「な、なんか面白い子だねぇ」
あのマイペース夢原さえ、その激しさに若干引き気味になってるほどだ。
「というか、シアがどう勘違いしたのかは知らないけど、俺と夢原はシアが思ってるような関係じゃないと思うぞ」
「嘘です! 私には愛ゆえに分かるんですかね! 天斗とこの女にはただの知り合いや友達なんかよりももっと深いところでつながってる気配を感じますもん! 私の目は誤魔化せませんよ! 隠さないでください!」
俺にチョップされたところを抑えながら、なんだか拗ねたようにそう言ってくるシア。‥‥‥愛ゆえにってなんだよ。
確かに夢原とはただの友達以上の関係ではあるけどさ、それを今日初めて会ったはずのシアが分かるとか‥‥‥愛って怖いな。
そんなことを思いながら、別に隠し立てするようなことじゃないし、シアもめんどくさいからちゃっちゃと夢原との関係を伝えようとして。
「ふふふ、バレちゃあしょうがない。ねぇ? アマト先生? 私たち、ずっと前から友達以上のパートナーですもんねぇ」
「グギギギギッ! 余裕ぶりやがりまして、コイツどうしてやってやりましょうか‥‥‥」
「だからなんでそんな思わせぶりな言い方するんだよ。シアから工事現場みたいな音が出てるぞ、口調もおかしくなってるし」
再びため息をついて、シアに改めて夢原のことを紹介する。
「いいかシア。パートナーはパートナーでも、俺と夢原とはビジネスパートナーだ」
「‥‥‥ビジネスパートナー、ですか?」
「そう。シアは俺の職業が何か覚えてるか?」
「作家さんですよね! 素晴らしいです!」
「そんな大層なものじゃないと思うけど、ありがとう。それで、の俺の小説に挿絵を描いてくれているのが此処におわすイラストレーターのchi-yu先生だ」
「えっ‥‥‥この人があのレイアを描いた人ってことですか!?」
「いぇ~い! ブイブイ!」
ポカーンとしてるシアに、ダブルピースを送る夢原。chi-yuっていうのは夢原のペンネームだ。ちなみにシアが言ったレイアって言うのは俺の作品に出てくるヒロインの名前でシアの気になってる子らしい。
話を戻して、俺と夢原の出会いは友達という関係よりも作家と絵師という関係の方が先だった。
出版社から書籍化の打診が来て、それを受けて初めての入稿を終えた後、担当編集からイラストの話をされてどのイラストレーターさんにするかと聞かれた時に真っ先に思い浮かんだのが俺に初めてファンアートを描いてくれたchi-yu先生だった。
打ち合わせで初めて会った時は、まさか同い年くらいの女の子が来るなんて思っても無くて、後日に同じ学校でばったりと出くわした時なんて思わず叫んでしまったものだ。「chi-yuせんせぇぇぇえええええええっ!?」って。
「あの時はびっくりしたなぁ。私の拙い絵でイラストレーターのお仕事がやって来るなんて思いもしなかったし」
「いやいやいや、当時からSNSで何度かバズってたりしてたじゃんか」
「まぁねぇ、でも趣味みたいなものだったし、まさか気に入った小説の挿絵を私が描くことになるとはねぇ。それに学校で再会したときはもっと驚いたよぉ、思わずちょっと運命的なものを感じたし」
「あー、『ここから俺たちの物語がが始まるんだ!』って感じのアニメのお約束みたいな感じだったもんな」
それから作品のコミカライズが決まった時は夢原が立候補してくれたり、夢原がオリジナルの漫画を描いてみたいって言った時にプロットや世界観を一緒に考えたり、同人誌をコラボで作ったり、クリエイター同士、日進月歩でなんだかんだ付き合いが続いてる。
「まぁ、今もだけどいっつも天斗くんの入稿待ちなんだけどねぇ」
「うぐっ‥‥‥頑張ります」
「はぁーい、待ってまーす。でもでも、さきちゃんさんから送られてくる原稿は本当に面白いし、それはアマト先生がそれだけ時間をかけているからだと思うから、いつも素晴らしいお話をありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ描いてくれるイラストを見たら感動するし、いつも素晴らしいイラストをありがとうございます」
お互いにぺこりと頭を下げ合って、くすくすと笑い合う。
夢原のことはずっとイラストレーターとして尊敬してるから、こんな風に自分の作品を褒められるのは素直に照れ臭い。