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第12話 天斗と夢原

 



「——ふわぁ~~あぁ」


 シアと出かけてから数日後、講義が終わって大きな欠伸混じり帰路を歩く。


 最近また担当編集から返って来た赤の入った原稿を修正したり改稿したりしているため、全く寝ないことは無くても徹夜が続いている毎日だ。


 俺だって一応プロの作家の端くれ。世の中にはニーズというものがあって、それに答えるためにはただ自分の好きなことを書いているだけではダメなことくらい理解している。


 けど、たまには自由気ままに書いていたウェブ小説時代が恋しく感じる時もある。超が付くほど遅筆な俺に商業用の小説の原稿とウェブ小説の更新の両立は厳しくてウェブ小説の方はキリがいいところでやめてしまったけど。


 まぁ、ウェブ小説の時でも読者の皆様からは遅い遅いと言われましたが。


 まったく、担当編集と世間はもっと俺に優しくなってくれてもいいと思う。


 そんなこの世の理不尽を嘆きながら、ちょうど駅に向かっている時。改札前のところで何やらめんどくさそうなトラブルの元がやってきた。


「やば、お姉さんちょータイプなんだけど! マジ一目惚れ!」


「あ、そうなんですかぁ」


「そうそう! お姉さん学校帰りだよね? メシ行こうぜメシ!」


「うーん、多分私と行ってもつまんないんじゃないかな?」


「いやいや、心配しなくても大丈夫大丈夫! 俺がしっかりリードしてやんよっ!」


 女子大生に絡むパリピ男。明らかに面倒くさがられているのに全くめげる気が見えない。


 大方、下校途中の女子大生に声をかけてあわよくばを狙ってるんだろう。ハイエナみたいな野郎である。あー嫌だ嫌だ、オタク基質な俺とは相容れないだろうし関わりたくないものだね。


 ナンパされているほうは、大和撫子然とした綺麗な黒羽色の長髪が印象的な女性だ。


 清楚可憐な文学少女——そんな肩書が似合うような尻軽の対義語を地で行く美しい出で立ちで、ふんわりと香る花のような雰囲気を漂わせている。


 まぁ、目を奪われるほどの美人だし、一目ぼれして思わず声をかけたくなるのも分からなくはない。


 しかしなぁ、もうちょっと声のかけ方というものがあるだろう。彼女の方、ニコニコと柔らかく微笑んでるように見えるけど、まったく目が笑ってないぞ。


(はぁ‥‥‥トラブルはゴメンだけど)


 それでも、知り合いが困っているのなら無視もできない訳で。


 俺はさも今来た風を装って、黒髪美人とナンパ野郎の下に向かった。


「夢原、お待たせ」


「あ、え、天斗くん?」


「悪いな、教授の話が長くて遅れた。待ったか?」


「‥‥‥っ! ううん、私も今来たところだよ。それじゃあ、待ち人も来たのでお話相手になってくれてありがとう」


「あっ! ちょ、待てよ!」


 俺の意図を察して黒髪女子大生がその場をそそくさと離れようとすると、ナンパ男が慌てたように黒髪女子大生の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。


 そのセリフはキムタクじゃないとかっこよくないぞ。


 内心でそんなことを思いながら、するりと二人の間に移動してその手を遮る。


「俺の夢原にこれ以上なにか用が?」


「なっ」


 もちろん俺と彼女はそういう関係じゃない。悲しいかな、俺の二十年に恋人などいたことないので、この場を切り抜けるためのでまかせにすぎない。


 ポカンと口を開けてフリーズしているナンパ男をじっと睨む。


 来るか‥‥‥? やるのか…‥? やるなら来いよ、俺は弱いぞ! ‥‥‥自慢することじゃないな。


 ぶん殴られる覚悟をしていると、やがてナンパ男はパンッと勢いよく手を叩いて、ガバッと頭を下げてきた。‥‥‥へ?


「あちゃ~、俺ってば空気読めてなくてメンゴ! そりゃそうだよな~、こんな美人さんに彼氏がいないわけないもんな~」


「えっ、あ、はい、まあ」


 正直、拍子抜けだ。俺の覚悟はどこに向ければいいのだろう?


 この前シアに絡んできた奴といい、こういう輩は自分の思い通りにいかないときは激昂して殴りかかってくるものだと思っていたのだけど。


「それじゃっ、おにーさんはおねーさんのことを大切にしてやんなよ! お幸せに~」


 あまつさえ応援の言葉さえ残して、ナンパ男はパリピポーズとピシッと決めて颯爽と駆けて行った。


 穿った見方で見てたけど、案外常識人なのかもしれない。


「——あっ、お姉さん可愛いね! 俺とメシ行かない?」


 ‥‥‥たぶん。


 すぐにまた別の女性に声をかけている姿を白い目で見ていると、同じくその光景を見て苦笑いをしている夢原が声をかけてくる。


「ありがとう、天斗くん。助かったよぅ、あの人もあんなにあっさり諦めるなら最初からしつこくしなければいいのに‥‥‥ねぇ、彼氏くん?」


「もう別れよう」


「一夜どころか一分ちょっとの恋人だったねぇ、悲しいなぁ」


 そう言ってわざとらしい泣きまねをしながらいたずらっぽくクスクスと微笑む黒髪女子大生。


 自分でも似合わないことを言った自覚はあるので、結構恥ずかしい。ジト目を向けて抗議。


 彼女の名前は夢原(ゆめはら)千結(ちゆ)。俺と同じ大学に通う同級生で、高校の時からの友達だ。もうかれこれ五年近くの付き合いになる。


「にしても、相変わらずモテるなーお前。美人だし仕方なのかもしれないけど」


 夢原が今日みたいに男に声をかけられるのは珍しい事じゃない。高校の時なんて学校のマドンナ的な扱いだったし、大学生になってからはコミュニティーが広がったからかより一層多くなった気がする。


 まぁ、少し垂れ気味で大きな瞳にスッと通った高い鼻梁、柔らかそうな唇が綺麗に整っていて、極め付きの泣きぼくろが美しさに拍車をかけてる。十人中十人がこれぞ美人って言うはずだ。


「やだなぁ~…‥‥天斗くん、そんな風にほいほい女の子を褒めてるとさっきの人みたいになっちゃうぞ」


「ムリムリ、見知らぬ女性に声をかけるような度胸何て俺には無いし」


「え~? さっきはかっこよく助けてくれたじゃない。俺の夢原! って」


「うっ、いやほら、夢原は見知らぬ人じゃないし」


「見知らぬ人に声をかけるより、さっきのほうが恥ずかしいと思うけどなぁ~、ふふふ♪」


 くっ、からかうような視線がやりずらい‥‥‥夢原は本当に相変わらずのようだ。高校の時から全然変わらん。


「まぁ実際、私が声をかけられるのって美人だから~とかじゃなくて、押したらヤレるって思われてるからじゃない?」


「ヤレって‥‥‥お前なぁ」


「でも、さっきの人もすぐに違う人に声かけてたし」


「かもしれないけど、そういうことじゃなくて」


「絶対私の身体目当てだよぅ。‥‥‥ん? なーに?」


「‥‥‥そういうところだぞ、まったく」


 まぁ確かに、美人で大人しくてお淑やかな夢原に、純粋で初心なお嬢様ゆえに異性に免疫がなく押せば落ちるタイプなんて第一印象を抱くのは分からなくはないけれども。俺も最初はそう思ったし。


 けれどそれは男の悲しい勘違い。実際の夢原はそんな夢見る少女なんかじゃなくて、もっとエグイ奴だ。こんなナリをしてるけど本性は俺と同類であるし。


 でも、それを本人が明け透けに言うのはどうだろう? ‥‥‥今更か。


 はぁ‥‥‥っとため息をついてると、突然夢原が俺に顔を近づけてきた。


「——っ!?」


 グイっと、目を瞑って無防備な端正な顔立ちが至近距離にやってきてびっくりする。なんかいい匂いもするし。シアとは違った、付き合いが長いからこその緊張感を感じる。


「ゆ、夢原‥‥‥?」


「——クンクン」


「お、おい!」


 俺の首元に鼻先をうずめて、なぜか匂いを嗅いでくる夢原を慌てて引き離す。


 いったいなんなんだ‥‥‥?


 夢原は素直に離れると、何かを納得するように頷いてニヤリと口角を上げる。それはもう、面白いものを見つけた悪役のように。


 い、嫌な予感がする!


「なーに天斗くん? ドキドキしちゃって、私にキスされると思った?」


「いや、ないな。夢原にはそこら辺の期待はいっさいしてない。‥‥‥で。いったい何を企んでる?」


「酷いなぁ、少しは意識してくれでもいいのにー」


 ぷくっと頬をわざとらしく膨らませて、白々しくも不機嫌な演技をする夢原。


 しかし、俺は知っている。夢原のこの程度のからかいはブラフ! 本命があるはずだ!


 俺のその予想は当たっていたようで、夢原はスッと不機嫌顔をやめて、再びいやらしい笑みを浮かべるとニヤニヤしながら言ってきた。


「ところで、さっきからずっと女の子のニオイをさせてるけど、もしかしてカノジョでもできなのかなぁ?」


 なっ、まさかシアのことがバレて!?


「そ、そんなわけないじゃないかー‥‥‥え、そんなニオイする?」


「そりゃあもうプンプンに。いったい何時間イチャイチャしていたらそこまで匂いが移るのかな」


 なんてことだ‥‥‥もしかしてあれか? 今朝、出発するときに「いってらっしゃいのぎゅ~です!」って言って抱き着いてきた時か?


 いや、でも玄関を出て外だったからすぐに引き離したし。


 うぐぐ、不覚だ‥‥‥夢原に勘図かれたからにはめんどくさいことになるに決まってる。ここは即時撤退を!


「あ、そうだ! 用事を思い出したから俺はここで‥‥‥」


 回れ右をして改札に向かおうとする俺。しかし次の瞬間、グイっと腕を引っ張られる。


「逃がさないよぉ? こんな面白そうなネタを聞かないわけにはいかないじゃん!」


「いーやーだー! はーなーせー!」


 じたじたと抵抗するも、この細腕のどこにそんな力があるのかというくらいピクリともしない。


「聞かせてくれないと、さきちゃんさんにあるコトないコト言っちゃうぞぉ?」


「そ、それは! それだけは! そんなことをあの悪魔に知られたら俺は‥‥‥」


「なら、わかってるよね? あ・ま・と・くぅーん?」


「うぐ‥‥‥わかり、ました」


「よろしい。じゃあさっそくいつものとこ行こ! 久しぶりに会ったんだし、ゆっくり飲みながら聞いてあげる。‥‥‥あ、今月新刊いっぱい買っちゃったから天斗くんの驕りね」


「え、いや、俺も今月——」


「——あ~あ~、どこかの誰かさんのせいで、私のお仕事全然進まないよぉ~このままじゃ無一文になっちゃうなぁ~」


「‥‥‥もう好きにしてください」


「ふふっ♪」


 哀れ、弱みを握られた人間に逆らうことなどできないのだ。



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