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第29話:罪と罰

「アグナの化身、ですか?」



 ハコミは興味深そうな表情を浮かべる。

町長は静かにうなづくと言葉を続ける。



「ああ、ワシはそう聞いてる。この辺りの生きとし生けるものを統べるもの、だとな。たぶんだが、その光っていた木には小さな骸がくっついていなかったか?」



「ええ、そうですが」



「それが特徴、()()()。5年だ、5年毎に"生贄"を出してきて、1回も見たことないがな。 …全部、初代の町長の日誌に書いてあったことだかの。ワシの知ってるのそれだけじゃ」



「…討伐しておいて言うのは遅いですが、倒したあとに何が起こるとかの伝承はありますか?」



「いや、日誌には生贄についてぐらいしかなかったわ。もしかしたら"中央大図書館"に行けばなにかあるかもしれんが。 …それにもうよかったのかもしれん。こんな"風習"、いや"呪い"はとっくの昔に終わりにするべきだったんじゃ。 …ワシが親父から引き継いだ時点で、止める選択肢はあったはず。だが、ワシは怖かった…親父がじいさんが、ずっと前のじいさんたちが築いたこの街を、ワシの代で終わりにしてしまうのではないかと。 …すまなかった」




 町長は年老いた小さな肩を震わせて、ハコミに謝罪の言葉を述べる。だが、一方でその町長の顔は憑き物が落ちたように晴れやかなものとなっていた。



「…ビンベさん。今回の生贄のこと、黙っててもらうことは出来ますか?」



「…なに? 俺にこのことを誰にも言うなって?」



「怒りたい気持ちはわかりますが…ただ、町長さんもずっと悩んでたんだと思います。罪悪感をずっと自分の胸の中に仕舞い込んで、それでもなお誰にも出来なかったからこそ、今回の事件に繋がったんです。それに生贄に捧げられたのは、犯罪を犯した人間です。 …報いを受けるべき人間が、よその街で死ぬか、ここで死んだかの違いですし。町長が全く悪くない、とは言いませんが、"風習"と"アグナの化身"が諸悪の根源ですし」



「いや、いいんじゃ。ワシは人に言えないようなことを何年も、いや何代も続けてきたんじゃ。責められるは当然よ」



 そこまでビンベは黙って聞き続けていたが、ハコミを真っ直ぐ見てから、真剣な眼差しで話しかける。



「わりぃな、ハコミちゃん。俺は黙って、『はい、そうですか』と無視することはできねぇ。ハコミちゃんの言ってることは"理屈"だ。言いたくねぇが、街の外で過ごしてきた人間の、な。どんだけ言い繕うが、町長は1人よがりの人殺しだ。ハコミちゃん、君がそのまま死んでいたらどうなっていたと思う? 結果論なら誰だって言えるさ。悪は滅び、勇者は生還し、万歳めでたしめでたし。()()()()()()()()()()()()()そうなっただけだ。そうじゃなかったら、次も誰かを生贄にすることになってんだぞ!」



 ビンベは最後には声を震わせて、怒りと失望が入り混じった表情で大声を出す。あまりの迫力にハコミは言葉を失う。



「生贄は1回で終わりじゃない、この街に居る限りずっと続いた! 誰が生贄を差し出す!? 今いる奴らだっていつかは老いて生贄を捧げられなくなる! そしたら次は今の子供たちがその役目を引き継ぐことになる! ふざけるな! 俺はソフィーやクライブに、そんなことを毛頭させるつもりはない!! …町長、俺はこのことをみんなに伝えるつもりだ。あんたの"街を守りたい"というのは本当だろう。だけどな、それでアンタがやった罪は消えるわけじゃない。アンタがやるべきだったのは、その風習をアンタがもっと若い時に断ち切るべきだったんだ。アンタ自身の手で。 …今更、謝罪をしたところで、もう遅い」



 興奮しすぎて、ビンベの額には汗が流れて顔は真っ赤となる。一方で町長の顔色は青くなり、過呼吸のように小さく喘いでいた。そして、ふらふらと椅子から立ち上がると、ハコミを見ることなく部屋を出て行く。ビンベは町長が部屋の外へと出て行くのを確認すると、扉を閉めてハコミのベッド脇の椅子へと腰掛ける。



「怒鳴って悪かったな、ハコミちゃん」



「いえ…私もビンベさんや街の人たちのことを考えていませんでした。 …すみません」



「…そうだな。まだ小さい君には難しい話かもしれんが、行動には必ず責任がつきまとう。善いことであれ、悪いことあれ、ね。少なくとも自分の罪は自分で償うべきだ。俺はね、町長を許すつもりはない」



「なぜですか…?」



「1つ、生贄を俺たちに黙って続けていたこと。2つ、幼い君を生贄として差し出したこと。3つ、生贄の件について説明しなかったこと。そして、1番俺が許せねぇのが、君が生きて返ってきたのを"邪険に扱ったこと"だ。町長が、いや、あの爺さんが許されるのは生贄について全部話して、自分が生贄になるしかなかった。それをしなかった時点で、あの爺さんは"責任"から逃げたんだよ。だから、俺はあの爺さんを許すつもりはない。 …おっと、そろそろお昼か。俺は人を呼んで会合を開かなきゃならんから、ハコミちゃんのお昼ご飯はソフィーに持って来させるね」



 ビンベもまた、椅子から立ち上がるとしっかりとした足取りで部屋の外へと出て行く。ハコミはそれを見届けると、ベッドに勢いよく寝てから腕を目の当たりへと乗せて考え込む。



(…"気持ち"を考えてなかったな。そうだよな、神話伝承は問題が解決したらめでたしめでたしで終わりだけど、実際に住んで生きてる人にとっては問題の前に過去があって、解決した後の未来があるもんな)



 ハコミは少しばかりそうしていたが、ベッド近くの戸棚から手帳を取り出すとスラスラとこのゴブリン襲撃と生贄、そしてその顛末について書き込むのであった。



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