Fランクからの飛び級を目指して
冒険者ライセンス。
これを所持することで、ギルドのクエストボードで依頼を受けることができるようになる。
冒険者はクエストボードで依頼を受け、生計を立てるのが本来のありようだ。
冒険者にはランクが設定され、最初はみなFランクから開始する。
そこから一つ一つ依頼をこなして、ランクを上げ自身のレベルを高めつつ、名声をあげていくものなのだが……。
「うし、んじゃぁドラゴンを倒しに行っかぁ」
「へっ!?」
冒険者ライセンスを入手した翌日の朝だった。
クウゴとエリは、宿屋で一泊して、朝食を摂りながら今後のことを話そうとした矢先の、この発言だった。
エリは思わず手にしていたパンをぽろりと取り落とす。
「な、何言ってるの、クーゴ!? 無理に決まってるでしょ!」
「え? ダメなんか?」
「ダメっていうか、私たち、昨日ライセンスを取ったばかりのぺーぺーなのよ! 実力を積んで、ランクを上げないと、ドラゴン退治なんか斡旋してもらえないし、そもそも私たちのレベルじゃ倒せっこないわ!」
慌てながら早口で説明したエリに、クウゴはきょとんとした顔だった。
(そうか、オラ簡単にドラゴンを一匹倒しちまってたから、勘違いしてたけど、普通はいきなりドラゴン退治なんか行かないものなんか)
そうなると、また面倒なことになる。
クウゴの目的は、早いところドラゴンの脅威を払って、世界を平和にして、のんびりと生活をすることにある。
コツコツ冒険をして、ランクを上げていくというのは、あまり興味がそそられない。
「なぁ、エリ。ランクを飛び級なんかできねぇのか?」
「飛び級? それは、まぁ難しいクエストをクリアすれば、実力はすぐに認められると思うけど……」
「なんだ、できるのか! なら、問題ねぇな!」
「えっ!? クーゴ、もしかして、本気ですぐにドラゴン退治にいくつもりなの!?」
「そうだぞ。前に話したろ。ドラゴンを倒すのに本気でやってみるって」
「そ、それはそうだけど……」
クウゴが強いのはなんとなく知っているが、それでもドラゴンの恐ろしさはとんでもないものなのだ。
Sランクの冒険者が五人くらいでパーティーを組み、やっと一匹倒せるような凶悪な力を持っている。
Fランクの新米冒険者である自分たちが、ドラゴンを倒しに行くなんて、無謀を通り越して最早ジョークだ。
だが、クウゴはまるで冗談という様子はない。
本気で今からでもドラゴン退治に行こうと言っている。
ドラゴン退治の斡旋を受けるには、ランクがA以上の冒険者であることが条件だ。
FからAまでは、ギルドのクエストボードで依頼をこなして名声を上げていく必要がある。
「ど、どちらにしても、まず装備を整えなきゃ……」
「あー、そういやギルドのみんなは、鎧や武器を持ってたな」
「そうよ。私も魔法使いとして、装備を整えたいもの」
幸いにも、手持ちの資金は潤っている。
ドマドーリで貰った報酬の他に、川で出くわした爆裂団をお宝を、討伐報酬代わりに頂いておいたからだ。
この資金でエリの装備を整えることはできるだろう。
現在はクウゴもエリも、ただの麻の服を着ているだけのモブみたいな姿だ。
クウゴはともかく、エリはそれなりに装備が欲しいだろう。
「エリは、魔法使いになるんか?」
「そうね、ライセンスで明確に適正が出たし、私も魔法の腕はそこそこ自身があるんだ」
「魔法使いっていうと、やっぱり杖か?」
「そうね。だから午前中は装備を整えるために、武具を見て回りましょ」
「分かった。クエストを受けるのは昼からだな」
とりあえず、今日の行動が決まった。
エリの装備をきちんと揃えるため、魔法使い用の店を見て回り、魔法の触媒になる杖や、精神集中を行える魔導士用のアクセサリーや、ローブを見付ける。
いくつかの店を巡って、エリの出で立ちは、すっかり変化した。
「どうかな? クーゴ」
そう言って、クウゴの前でくるりと一回転したエリは、黒を基調にしたレースがあしらわれているローブ姿を見せた。
エリの銀髪と黒のローブは綺麗にお互いを尊重するみたいに似合っていた。
それにローブと言っても、魔女が来ているような野暮ったいデザインではなく、結構露出が激しい。
胸元は開いているし、なかなかに妖艶と言えた。
短めのスカートは、眩しく細い脚を余計に際立たせているようだ。
「……に、似合ってる」
エロい、というのが、正直な感想だった。
しかし、これがこの世界の冒険者のスタイルなのだろう。街を歩く他の冒険者の姿を見ても、なかなか際どい姿をしている少女も見受けられた。
女性慣れしていないクウゴには目のやり場に困ったが、ここで変に意識をしてしまうと、変態みたいに思われそうだ。
絞り出すように、エリに感想を述べたが、それでもエリは嬉しそうな顔をしていた。
「それが魔法の、杖なんか? オラ、初めて見たぞ」
あまり彼女の服装をじろじろと見ているのも何だったので、クウゴはエリの杖に注目した。
神秘的な意匠が彫られた金属製の杖だった。
鉄で出来ているのかと思ったが、現代日本では見たこともない不思議な材質だった。
杖の上端には、更に不思議な色で煌めく宝石が取り付けられている。
日の光を浴びると、七色に変化するプリズム色の宝石だ。
「結構根が張ったんだけど、お金に余裕があったから一番いいものにしたんだ」
◆――――――――――――――――――――◆
名前:エリ
装備:精霊の杖
マジカルドレスローブ
小悪魔のカチューシャ
◆――――――――――――――――――――◆
頭には、可愛らしさもあるカチューシャを付けていた。
こちらも黒を基調にしているので、銀髪に映える。
魔力が込められているらしい、装飾品のようだ。
とりあえず、これでエリの装備は整ったということで良いだろう。
「クーゴの装備は?」
「オラ、このままでいいや」
戦闘をするにしても、別に武器や防具は不要なクウゴは、あっさりとそう言った。
エリは、丸腰で防具も着こまないクウゴに、流石に突っ込んだ。
「クーゴが意味不明なステータスをしているのは分かってるけど、装備くらいはまともにしたら?」
「で、でもオラ、何を買えばいいかよく分かんねぇし、武器を扱うより、この身体で戦うほうが性に合ってるんだ」
エリとて、クウゴと共に数日旅をする中で、クウゴの身体能力の高さは分かっていた。
確かにクウゴは武器を扱うよりも、体術で戦闘するのが似合っているとは思った。
「じゃあ、せめてマント。マントは装備しようよ。雨風を防げたりするし、便利だもん」
「マントか、かっこいいな」
そういうことで、エリに連れられ、クウゴもマントを買いに行くことになった。
色々なデザインのマントがあったが、エリが防具としても効果の高い、首回りをマフラーのように覆い、肩を守るアーマーが付いた横に広がった白いマントを選んだ。
「うーん、ターバンも欲しい気がするんだけどな」
「……なんか肌を緑色にしたほうがもっと似合いそうな気もするけど……」
結局装備を整えたのはその肩アーマー付マントだけにした。
マントは自分を覆えるくらいに大きく、確かに雨風から身を守ることにも使えそうだ。野宿する時にも便利だろう。
◆――――――――――――――――――――◆
名前:クウゴ
装備:麻の服
肩アーマー付マント
◆――――――――――――――――――――◆
少し動きにくい気もしたが、装備して身体を捻ってみると、そこまで邪魔にも思わない。
なかなか悪くない装備だとクウゴは思った。厚手のマントは弱い攻撃なら防御してくれることだろう。
「これで装備はバッチシだな!」
「クウゴがこれで良いなら、もう何も言わないけど……」
エリはまだ少し不安そうな顔をした。
だが、クウゴが早くクエストを受けてみたいとワクワクした顔で言うと、しょうがないなぁと折れて、ギルドへと向かうことになった。
昨日もやって来た冒険者ギルドは、昼時だというのもあって、結構な込み合いだった。
クエストボード前には何人かの冒険者が、自分に合うクエストを探していた。
クウゴたちもその中に交ざり、ボードを見上げていた。
「えーと……」
Fランクの依頼を見てみると、町の近隣にある森から薬草になるアイテムを集めるとか、魔力を帯びた泉の水を採取するなど、素材集め系のものが多い。
モンスター退治は、Eランクからのようだ。まずはモンスターとの戦闘のまえに、冒険の基本として役に立つアイテムを見付けてくるお使いクエストからやれという、チュートリアル感があった。
Eランクをみると、野獣の駆除や深夜の警備、野党退治などだった。どれも簡単そうで、近隣の治安を維持するための仕事という様子だ。
「……Aランクまで一気にあげてぇから、Aだな」
そう言って、クウゴはAランクのクエストから、無造作にひとつ依頼を選んだ。
◆――――――――――――――――――――◆
クエスト:パーフェクトオーガの群れの壊滅
ランク:A
報酬:50000G
◆――――――――――――――――――――◆
「これにしよう」
クウゴは、エリにそのクエストを見せると、エリは引きつった笑みを浮かべた。
「ムリムリムリムリムリッ!」
「え、そうなのか?」
「パーフェクトオーガって、一匹だけでもめちゃくちゃな強さを持った鬼人なのよ!? その群れを壊滅なんてできっこないでしょ!」
「いけるいける」
「どこからくるの、その自信!」
「このパーフェクトオーガって、ドラゴンよりつえぇのか?」
「ドラゴンほどじゃないけど……群れにもなれば、ドラゴン一匹を相手にするより厄介かもしれない……」
エリは絶対に無理だからと、クウゴを説得しようとするのだが、クウゴはエリの説明で、やっぱりそれくらいなら、いけそうだと確信した。
「でぇじょうぶだ。オラが付いてる」
「う……」
自信満々に笑みを向けたクウゴに、エリはどきんとして、反対の声を止めてしまった。
なぜか、クウゴがそういうと本当にいけるように思えるから不思議だ。
クウゴは結局、その依頼書をカウンターまで持って行き、エリはその後ろに続く形になった。
受付まで行くと、あの大人の魅力たっぷりなお姉さんが会釈した。
「あら、確か昨日登録したばかりの二人組みね」
「オラたちのこと、覚えてるんか?」
「ちょっと印象的だったからね。逃げるみたいに昨日は出ていったし」
「たはは……」
あまりクウゴの能力を詮索されたくなかったので、慌てて出ていったが、それで印象に残ってしまったらしい。
悪印象でなければいいが、と考えながら、クウゴは手にしたクエストの依頼書を受付嬢に手渡す。
「これを受けてェんだけど」
「どれどれ……最初は薬草集め? それとも背伸びしてバグベア退治とかかし……ら……?」
おっとりとした大人の笑みが、クエストの依頼書を見て、ビキビキと凍り付いていった。
「ま、間違えて持ってきちゃったのかしら?」
「いいや、間違えてねえよ。Aランクの、パーフェクトオーガの群れを壊滅させるクエストだ」
「無理に決まってるでしょう! 許可できません!」
受付嬢のその声は、ギルド中に響き渡るほど大きかった。
ギルド内にいた冒険者たちがみんな、何事かと受付のほうに視線を向けた。
エリは、まぁそうなるよなぁとという表情だったが、クウゴは飄々としている。
「あのね、パーフェクトオーガは、一匹倒すのにもAランクの実力者が必要なの。それをFランクのあなたたち、しかも二名しかいないパーティーに任せられるわけないでしょう!」
「でも、オラたち、一刻も早くA級になりてぇんだ」
「なんで?」
「ドラゴン退治に行きてぇからだ」
「……ドラゴンって……ちょっと夢見がちなようね? 現実を理解できてないのかしら」
受付嬢の目が厳しいものになる。
クウゴのことを何も知らない、オオボケな新米冒険者だと思ったのだろう。
それは無理もない話だが、クウゴもそこは譲らない。なにせ、ドラゴンならすでに一匹退治した実績があるからだ。
「レベル17と、レベル3……しかもランクFのなりたてホカホカ冒険者。そんなあなたたちにドラゴンなんて早すぎるわ。しっかりと身の丈に合ったクエストを選んできなさい」
「固いこというなよ、オラ、ドラゴンならもう一匹倒したことがあるぞ?」
「つくならもう少しまともなウソをつきなさい。絶対に許可はできません。せめてSランク冒険者が一緒とかなら、話しは違うけどね」
受付嬢は頑なに、クウゴたちのクエスト受領に許可はしなかった。
エリも、クウゴのマントを引っ張って、諦めようと伝えた。
実際こうなることは想像していた通りだったので、エリとしてはやっぱりね、という感想くらいしかなかった。
コツコツとランクを上げることが、結局一番の近道なのだ。
「分かった。Sランクの仲間を入れてたら、オッケーなんだな?」
「……は? え、えぇ……まぁ……」
あっけらかんと言ったクウゴに、受付嬢はぽかんと口を開いた。
そんなに簡単にSランク冒険者がFランクの冒険者と一緒にパーティーを組むことなどない。
それにSランクの冒険者なら、そもそも新米冒険者に、無謀なことを禁止するために注意をして、おしまいだ。
「なぁー! ここにSランク冒険者はいねぇか? オラたちの仲間になってくれー!」
いきなり、クウゴはギルド内に大きな声でそう呼びかけた。
ぎょっとしたのはエリだ。
なんと滅茶苦茶な行動をとる男なのだろう。
初めて会った時も思ったが、クウゴの行動は予測できない。とんでもなさすぎるのだ。
ギルド内も、一瞬の静寂のあと、どっと爆笑が始まった。
「ぎゃっはっは! なんだあの新米Fランク! バカじゃないのか!!」
「にーちゃん、大人しく薬草探しにでも行ってこい!」
「ギャグのセンスだけは認めてやるよ! ワハハハッ!」
湧き上がるギルド内の面々をざっと見まわし、クウゴは冒険者たちを探っていた。
(一番デキる奴は……)
【気】の操作は、相手の強さを探ることもできる。強い者の存在感を【気】の大きさで感じ取ることができるためだ。
クウゴは笑っている冒険者たちの【気】の大きさを見ていた。
(こいつは弱えぇ。こいつも、イマイチだ……。……ん?)
ふと、奥の席で一人、気配を殺すようにして静かにしている冒険者が居ることに気が付いた。
かなりの実力者だと察した。
このギルド内で最も強い冒険者で間違いない。クウゴはその奥の席に腰かけている冒険者のところへと向かっていった。
「なぁ」
「……」
クウゴは、遠慮なしにその冒険者に声をかけた。
「おめえがここんなかで、一番強えぇだろ?」
「!」
そう言ったクウゴの声に、騒いでいたギルドの面々は、みんな一瞬で静まった。
「なぜ、そう思ったんですか?」
相手は涼やかな声で応えた。
その声は、細くも芯の通った、少女の声だった。
「気配で分かる。おめぇがSランクじゃねぇなら、この酒場には一人もSランクはいねぇ」
クウゴは当たり前のようにそう言い放った。
後ろからそれを見ていたエリが驚きの声を上げる。
「クーゴ!? そ、その子がSランクって……ウソでしょ?」
驚くのも無理はない。
そのクウゴが目を付けた相手は、細身で小柄な、少女だったからだ――。