測定珠とかいて【スカウター】と読む
王都のギルドは広くて多くの人々で賑わっていた。
王都シントーワの名は伊達ではないらしい。
ドラゴンを退治できるS級ランクの冒険者がパーティーを作る、最高峰のギルドで間違いない。
「でっけぇなあ、ドマドーリと比べると全然違ェぞ!」
「私も、こんなに大きなギルドは初めてだけど、基本的には施設として同じはずだから、まずはカウンターに行ってみよう?」
クウゴとエリは二人でギルドのカウンターまで行く。
冒険者ギルドは、受付カウンターに、クエストボード、そして食事を摂れる場があるというのは共通らしい。
受付カウンターまで行くと、受付嬢が優雅な会釈をして、笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ。どんな御用ですか?」
美しいアダルティな雰囲気を持った女性だった。
プロポーションはばっちりで、彼女目当てでこのギルドに顔を出す男性も多いのではないかとすら思った。
「冒険者のライセンスを作りてぇんだけど」
「新規登録ですね。畏まりました。それではまずステータスチェックのため、奥の個室で測定珠をお使いください」
受付嬢が案内した個室には、ドマドーリの町の同じように、水晶玉のようなマジックアイテムが設置されてあった。
(……きたな)
クウゴはそれを見て、気を引き締めた。
もうあの時のような失敗するわけにはいかない。
自分の【気】のコントロールはかなり自在にできるようになったから、もう測定珠を爆発させて壊すような事もないだろう。
個室には、また別の案内人がいた。小太りのおじさんで、測定珠の担当をしているらしい。
「どっちから測定するかね?」
おじさんは、クウゴとエリを見比べて訊ねてきた。
「エリ、先にやってみてくれ」
「分かったわ」
エリが水晶玉の前に進み出て、その手をかざす。
ピピピピ、と水晶玉から測定を行っているような音が響き出し、チカチカと点滅を行った。
エリは真剣な表情で、意識を掌に集中している様子だった。
以前のクウゴの時のように、漏電して爆発するようなことにはならず、点滅していた光が安定し、水晶の中に、エリのステータスが表示される。
◆――――――――――――――――――――◆
名前:エリ
LV:3
HP:26
MP:58
力:5
守:10
魔:20
心:17
速:6
技能:【魔法資質】【歌唱】
◆――――――――――――――――――――◆
水晶の中には、エリの個人情報とも言えるステータスの内容が赤裸々に映し出されていた。
その数字を見て、小太りのおじさんは、「なんと!」と驚いた声を出していた。
「レベル3でこのMP数値は素晴らしい。生まれ持って、魔術の才能があるようだ」
「えへへ……」
照れ臭そうにするエリは、前に言っていた通り、魔術の適正があるということで間違いないようだ。
(MPが58……。レベル3でその数値は、すげぇんだな)
クウゴは、実際のところ、ステータスの数値がどれほどのものなのかの基準が知りたかったから、エリを先に測定させた。
これでレベル3の人間のステータスの数値が分かった。
三桁まで行くのは強すぎるということだろう。
「技能に、【歌唱】があるな? もしかして、エリって歌がうめえのか?」
「えっ……? えへへ……、歌うことが好きなだけだよ」
「そうなんか、今度聞いてみてぇなー」
「き、機会があればね」
恥じらうエリは、もじもじしながら水晶玉から離れ、クウゴに場を譲った。
クウゴはエリと交代し、測定珠の前に立つと、「ふぅ……」と緊張の溜息を吐いた。
「そう固くならずに。自然体で、測定珠に手を差し出すんですよ」
「おう」
自然体ではマズいのだ。
恐らくだが、これは自分の評価を数字で表す大事な儀式だ。
この儀式に対して、手を抜くということをする人間は、この世界には誰も居ないだろう。
そうすることのメリットがないと思うからだ。
自分の力が強ければ強いほど、それは名声に繋がるだろうから、誰もが測定珠に、自分の全力を発揮するように集中する。
しかし、クウゴはそうしない。
自分の本当の力を測定すれば、どうなってしまうのか、以前思い知った。
(【気】をコントロールしろ……。ここまでの旅で培ってきた、オーラの制御だ……)
あまりにも強大な存在は人々を不審がらせる。
ドマドーリの町でも、クウゴのことを疑う者が出てきたのだから。
だから、それっぽい数字を出すために、クウゴは自分のステータスの数字をコントロールする。
(オラのレベルは17だ。エリのあの数字を基に、想像するんだ……)
クウゴは、静かに手を差し出し、水晶玉へと向けた。
目を閉じ、深呼吸すると、【気】を操作して自分のステータスを弱めていく。
ピピピピ……!
測定珠が音を発し、点滅を繰り返す。
◆――――――――――――――――――――◆
名前:クーゴ
LV:17
HP:100
MP:0
力:100
守:100
魔:100
心:100
速:100
技能:【気】
◆――――――――――――――――――――◆
(よ、よし! それっぽい数字が出たぞ!)
クウゴは自分のステータスが水晶玉に浮かび上がったのを見て、安心した。
レベル17の数字としてはこのくらいが妥当なのではないかという数字。それが100だった。
レベル3で50出すと凄いと言われるエリのMPを参考に、17まで育っていても三桁にやっと届いたという数字なら、凡人レベルではないかと計算したのだ。
MPだけは相変わらずゼロだったが、こればかりは仕方ないだろう。
「な……なんだ……!? こ、このステータスは……!?」
が……、測定を担当しているおじさんは、驚愕して水晶玉の数字を凝視していた。
「え……? な、なんかヘンか?」
まずい、また失敗したのか? そう思って、クウゴは声が上ずった。
数値ならおかしくないはずだ。強すぎないし、弱すぎない。そういうところを狙ったつもりだ。
もしかすると、少し弱くしすぎたかもしれないくらいには思ったが、それならまだいいほうだ。強すぎると言われるよりは、あり得る話だからだ。
「こ、こんな奇妙なステータスはあり得ないぞ!」
「ど、どこがおかしいんだ?」
「どこって……! まるで、狙ったみたいにMP以外は100ピッタリじゃないか! こんなステータス成長をする人間は存在しえないッ!」
(や、やべぇっ)
あまりに数字が作為的過ぎたということだろう。
人の成長は個性が現れるものだ。だからこそ、数字で表されるにしても、まばらな数値がその個性を色づけるものだ。
だというのに、クウゴは、0か100というまるで人間味のないステータスをしていたのだから。
エリも怪訝な顔をしていた。
「それに……この技能【気】とは何なんだ? ワシはもうかれこれ三十年はここで測定をしているが、こんな技能はみたことがない!」
「い、いやあ、なんだろうなあ? オラも全然わかんねえ」
「とは言え……レベル17にしては、弱い……。まるでわざとに100以上まで育つことを辞めたようなステータス……」
「うっ」
ギクリとして、クウゴは表情を引きつらせた。
測定のおじさんは怪しげな目をクウゴに向けていたが、エリがそこで助け舟を出してくれた。
「おじさん、早くライセンスを発行して! もう日が沈むよ、私たち宿を取りに行きたいの!」
「えっ、ああ……」
エリの勢いに押されるようにして、おじさんは、水晶玉が示したステータスをライセンスとして書き写し、二人に手渡した。
これで冒険者ライセンスを入手できたのだ。
クウゴは自分のステータスが書かれたライセンスをもう一度、見てみたが、自分で見ても確かに不自然な数字だと思った。
だが、エリの言葉に乗っかって、そそくさとギルドから立ち去ると、宿を探すためにシントーワの町を歩きだした。
もう、夕暮れは終わり、すっかり暗くなっていた。
街灯が照らす街の影が、ゆらゆらしていて幻想的に見えた。
エリはクウゴを引っ張るように、ギルドから出て、人気をさけて、昏い路地に入り込むと、くるりとクウゴに向き直った。
エリの顔は、神妙なものになっていた。
「どういうこと?」
「へ?」
「さっきは、クーゴが困ってるように見えたからギルドからすぐに出たけど、私も変だと思う」
「な、なにが?」
「惚けないで。クーゴのステータス! あんなのおかしいよ」
「【気】って技能のことなら、オラもよく分かんねぇんだよ、ステータスの数字も100だけなのは偶然じゃねえかな! はは……」
エリにも怪しまれてはこの先どうなるのか分からない。
必死になってクウゴは自分のステータスの秘密を隠そうと、下手糞なウソをついたのだが、エリはじっとクウゴを見つめ、厳しい表情をしていた。
「クーゴのステータスがおかしいのは、そこもあるけど、もっと致命的に変な部分があるの」
「え……?」
「MPが0なところよ」
「え、MPが0の奴だって居てもおかしくねぇだろっ!?」
「そうね、MPが0の人も勿論いるわ。私とは真逆で魔法適正が全くない人は、私も見たことがあるもの」
「だったら、変じゃねえだろ?」
「いいえ、変よ。だって、そういう魔法の適正がない人は、MPが0に加えて、魔のステータス値もゼロだもの」
「っ……!」
しまった。とクウゴは言葉を詰まらせた。
自分のステータスコントロールに意識を取られて、そんな落とし穴があるなんて考えていなかった。
確かに、MPは魔力を管理する数値を現わしたものだ。それがゼロならば、魔術の素養は全くない。ならば、ステータスの魔の項目もゼロでなければ矛盾する。
「それに、クーゴが私を助けてくれた時、あの盗賊たちを檻に詰め込んで投げ飛ばしたよね。あんなの、力のステータスが100の人には絶対できない」
「……ど、どのくらいあったらできると思う?」
「そうね……低く見ても力が1000を超えてないとできない。ていうか、人間業じゃないもの」
エリはずい、とクウゴに顔を寄せ、瞳を覗き込んでくる。
パープルの彼女の瞳は、透き通るみたいに綺麗だった。嘘を吐いても無駄のように感じた。
(どうする……? エリに本当のことを話すか? オラが異世界転生でチートな能力者だって? そんな話をして、寧ろ信じてもらえるのか?)
クウゴはエリに睨まれたまま、何も言えずに、ぐるぐると思考を回した。
正直に話したほうがいいのか、嘘を吐き続けるか。
どっちが正解なのかは、全く分からない。
クウゴは困った表情になって、「うぐ」とうめくばかりだった。
「……言えないんだね」
「エリ……?」
どう応えていいか迷ったまま二の句が継げないクウゴに、エリはふう、と諦めに似た溜息を吐き出した。
そして、険しい表情を普段のものに変えて、エリを一歩後ろに身を退いた。
「ま、いっか。クーゴにも何か理由があるんでしょ? クーゴの能力がおかしいのは気になるけど、きみが私を助けてくれたのはホントだもんね」
エリは苦笑した。
「いいよ、言いたくないなら言わなくても。クーゴがこれから、言いたくなった時に教えてくれたらいいから」
「これから……?」
「あっ、もしかして、私とパーティーを組んでくれるって約束も、ナシ?」
「い、いいのか? オラみてぇな得体のしれねぇヤツと……パーティーを組んでも」
クウゴはエリの態度に、逆に驚いていた。自分の不可思議さは十分に分かっただろうに、それでもエリはこんな自分とまだパーティーを組んでくれるつもりらしい。
それが、なぜかものすごく嬉しいことだと、クウゴは気が付いていた。
「言ったでしょ。クーゴなら、いいよ……って」
ふい、とエリは紅葉を散らしたような顔をして、そっぽを向いた。
(良かった……)
そう思った。
エリが本当に優しい娘で、良かった。
そして、エリと別れるようなことにならなくて、本当に嬉しくなった。
「ありがとな、エリ」
「これで、貸しはナシだからね」
夜が世界を包む中、二人は冒険者仲間として、手を取り合うのだった。