今でもわたし……
今でもわたし、あの人が好きなの……
生きた人間ね。
あるがままでもいけない、かくあるべき姿でもいけない……
人間ってのは、魅力的か否かなの。善悪とは別の次元のね。
今からわたし、アカイアの地へ戻るの。みんな、わたしを殺さずに祝福してくれるでしょうよ。
って……、なんだって、エレーヌなんかに……、違うの、わたしはかもめ……これでもない……
そうそう、ピエロの話をしていたんだっけ。
……違う、これでもない……
あのころはよかったよね、
会いましょうか、なんて話が出たときや、朗読なんてのが出たときには、ちょっと嫉妬したものだった。
……わたしは、境を越えないって決めてたから……、渡り鳥には、なれないの……
人もライオンも、スズメもメダカも……生きとし生けるものは……、なんだっけ。
赤い目玉が出たら、温泉卵を投げるんだ。
硫黄の香り……といえば、箱根の山と、草津のスキー場……いいえ、これは別の思い出……
黒田清輝の『野辺』……、これも別ね……
ほんとうに必要なのは、愛とか信実とかじゃなくって、忍耐力なんだって。悲しいかな、忍耐力なの……そんな、退屈なものなのね……かもめを殺した気分……でも、まだいる……剥製になんかなってない。
なんの話をしてるのだか。とにかく……、書かなくちゃならん。書かなくちゃならん。グランドピアノみたいな雲を、覚えとかなくちゃならん……。
ことば、ことば、ことば……、か。
これもまた、チェーホフの『かもめ』を拝借して。
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