ギルドスタッフ 初日終了
リリアから一通りの説明を受け終えると、ヒーが戻って来た。
「どうでしたか?」
「普段と変わりありません」
まぁ、そうそう事件など起こらないだろう。それでも、頻繁にこうやって情報交換していると思うと、ギルドは街の治安維持も務めているのだろう。
「そうですか。ご苦労様でした。それで、戻ってきて直ぐで悪いですが、リーパーに素材の保管方法を教えてあげて貰えますか?」
「分かりました。今荷物を片付けてくるので…………リーパーはこちらの部屋に、この品を運んでもらえますか?」
ヒーが少し躊躇った事に、俺に気を使っていると分かった。ヒーには仕事でも、やはり気になるらしい。
「ああ、分かった! 休憩所でいいのか?」
ヒーが気にしないよう、当然のように答えた。
「いえ。こちらのダイニングにお願いします」
ヒーは頭を軽く下げお願いした。本当に内気な性格だ。
俺は指示された通り、マリアの持って来た素材を、居住部屋に運んだ。
荷物を運び終わると、丁度ヒーがやって来た。
「ここって家みたいになってるけど、ダイニングだったのか」
てっきり接客用のスペースだと思っていた俺は、ここでヒー達が生活していると思うと、他人の家にいる気分になった。
「はい。ここがギルドマスターと、私達スタッフのダイニングキッチンになります」
ヒーはそう言いながら、鍋に水を入れ、火にかけ、湯を沸かし始めた。
「へぇ~。ギルドマスターも、やっぱりここに住んでんだ?」
「はい。彼の場合多忙なため、ギルドで寝泊まりする事が多いです」
彼の場合? 普通は違うのだろうか?
「それは普通なの?」
「いえ。余程仕事熱心でもない限り、通勤が普通です」
ヒーは喋りながらも素材を水で洗い、手を動かし続ける。本当に無駄をしない性格だ。
「うちのマスターは優秀なんだな?」
自分の上司が、とても仕事熱心だと聞くと、何故か嬉しい。だが、
「優秀という意味では否定します」
え? そうなの? ギルドに寝泊まりするほど仕事に力入れてる人だよ? それで優秀じゃないってどういうこと?
「あ、そうなんだ……」
表情一つ変えないで言うヒーがあっさり否定したのを聞いて、そう返すしかなかった。ヒーが誰かを否定するのは珍しい。もしかして、うちのギルドマスターは嫌われているのだろうか?
湯が煮立ってくると、ヒーは手を止め、改まって説明を始めた。
「では説明します。キノコとコーヒーの実は、軽く煮沸消毒します。あまり長く行うと傷んでしまいますので、注意して下さい」
「それは大丈夫だ。何回もやった事あるから」
このくらいは元ハンターの俺にとっては簡単だ。基礎中の基礎だ。
「そうでしたね」
ヒーはそうだったとしっかり頷いた。ちょっと鼻が高かった。それでも、調子こいて講釈を垂れるような愚行はしない。それはかなり恥ずかしい。
「鍋はこちらにあるのを使って下さい。調理用とは違うので、気を付けて下さい」
「分かった。気を付ける」
ヒーは素材を湯に潜らせ、殺菌した。
「では次に、これを天日干しして乾燥させます。ついて来て下さい」
そう言われヒーについて行くと、何故か自分たちの寝室へ俺を招き入れた。
部屋は俺が想像していたよりもさっぱりしていて、ベッドが二つと机と本棚、そしてクローゼットと、若い女性二人が暮らす部屋にしては寂しさを感じた。
「ここって……ヒー達の部屋だよな?」
「はい」
ヒーはそうですが何か? という顔をして返事をした。この部屋じゃあ、俺の部屋より物が無い。ヒー達は辛くは無いのだろうか?
ヒーはそんな俺を他所に、さらに部屋の奥にある小部屋に案内した。
「こちらの部屋で素材を乾燥させます」
小部屋には窓が一つだけあり、辛気臭い棚だけある納屋になっていた。その窓際には、編みかごに入った様々な物が干されている。
「この編みかごに入れて干します。特にどれに入れろという事は無いので、適当に入れて下さい」
ヒーの指示に従い、二人で素材をかごに入れた。一応気を使って、同じものは同じかごに入れ、その他には空いているかごに入れた。
「これで完了です。素材の保管方法は、リーパーには簡単だと思います」
ここで扱っている物は、毒性のない素人でも扱える物ばかりで、特に注意する必要のある物はない。というか、かごに入れるくらい、俺でなくても誰でもできる。
「まぁね。でも一応確認するわ。俺の知ってるやり方と違うかもしれないし」
「そうしてもらえると助かります」
仕事である以上、ここのルールに従う。そうしなければ、ヒーにも迷惑が掛かってしまう。
「でもいいのか? 勝手にヒー達の部屋に入って?」
「はい。問題ありませんよ? 何故ですか?」
俺だからかもしれないが、ヒーは俺が男だとは思っていないのかと思ってしまう。純粋過ぎじゃね?
「いやだって、一応女の子なんだし、部屋とか物色されるかもしれないだろ?」
「リーパーはするのですか?」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
あれ? あれれ? この子言っている意味分かってんの?
「仕事の為の部屋ですから、特に貴重品などはありませんよ?」
真面目というか天然というか、下着とかそういう意味で言ったのだが、ヒーは特に気にならないようだ。これは俺も目を光らせて見守らなければ。ヒーは誰かについて行っちゃう子だ。
「では、リリアの元へ戻り、指示を受けて下さい」
「ヒーは何すんだ?」
「私は書類の整理と、連盟の資料作りです」
「そ、そうか……大変だな……」
俺にはとても手伝えそうな仕事じゃない。事務仕事を出来る人って、かなり頭が良くないと無理だから……
「えぇ。ですが、そのうちリーパーにも覚えて貰います」
事務仕事の経験が無い俺には、荷が重い気がするが、これも仕事である。俺、数字の計算出来ないよ!
ギルドマスターの部屋に向かうヒーと別れ、リリアの下へ戻ると、そこには荷物を抱えたキールがいた。
「何だお前、また来たのか?」
「おう、また会ったな。俺も仕事だ。お前こそ遊んでんじゃないのか?」
仕事場で友達に会うと、何故か自分が仕事をしている事を忘れ、テンションが上がってしまう。
「忙しいよ。それより何の用だよ?」
「配達だよ、配達」
「そんな」
「リーパー!」
職務中に雑談を始めそうな俺に、リリアが空かさず指示という名の注意をした。反省しなければならない。
「今キールが持って来た荷物を、休憩所の倉庫に運んでもらえますか?」
「あ、あぁ……すっ……分かった」
リリアは本当に教育係に向いていない。謝ろうと顔を合わせても、それ以上は何も言わなかった。
「中身は調合素材なので、キチンと棚に並べて下さいよ?」
「了解、サブマスター!」
リリアのお陰で気が引き締まり、俺はギルドスタッフとして失態を犯さずに済んだ。サブマスターには感謝だ。
「んじゃまたな、キール」
「おう。頑張れよ」
軽く分かれを告げ、俺は荷物を持ち倉庫へと運び込み、早速箱を開いた。
荷物の中身はここで調合する薬の材料で、一つ一つ確認して棚に並べながら、どんなものがあるのかと物色した。
ほとんどはどこにでもある物だったが、中にはこの辺りでは採取できない物まであり、なかなか貴重な物を取り扱っている事に驚いた。ヤバイねギルド。
荷物の整理が終わり、リリアの下に戻ると、再び受付業務を言い渡され、リリアの横に座る事になった。
「ちゃんと並べてくれましたか?」
「あぁ。同じ種類の棚に、同じものを並べたよ。無いやつは空いてる場所に置いた」
「意外と豆なようで、見どころがありますね」
「一言多いなお前は」
リリアは俺の事を何だと思ってんだ! それくらい出来るわ!
「この職業は、細やかな気配りが必要ですからね。肉体労働ばかりやって来た人間としては、優秀ですね」
「それは偏見だろ。大工でも、女性以上に綺麗好きな奴や、学者より頭のキレる人間は一杯いるよ」
馬鹿にされて怒りを感じたわけではない。ただ、世の中には、職業とは関係なく優秀な人間がいる事を教えたかった。
「そうでしたね。少し私が偏り過ぎていたようですね。失礼な事を言ってしまったようで、申し訳ありません」
「珍しく反省してんな? どうした?」
「いえ。リーパーのようなちゃらんぽらんがギルドにいる事を棚に上げ、他の職種を見下すような事を詫びただけです」
「俺にじゃなくて、世間に謝ってたのかよ!」
「何か?」
「何、変な事言った? みたいな顔してんだよ! 腹立つな~!」
俺の言葉に、リリアはクスっと笑った。
「まぁでも、今日一日ギルドのメンバーとして勤務してみて、どうでしたか?」
「そうだな~って、まだ終わりじゃないだろ! 何今日の締めみたいな事聞いてんだよ!」
またリリアの冗談が始まった。それでもこの冗談は、あまり良くないんじゃないの?
「今日はもう、ほぼ終わりですよ?」
また俺をからかっている。ジャンナめっちゃ混みだしてるよ!
「まだ夕方だぞ!」
「この時間からは、もう誰も来ませんよ。田舎のギルドですよ?」
いや、ジャンナめっちゃ混んでるから。
「夜間のハンティングに行くハンターもいるだろ?」
「この町にいると思いますか?」
サブマスターとしてその発言はどうかと思ったが、
「まぁ~……そう言われればそうだけど……」
否定できない自分がいた。
「大体うちはいつもこんな感じですよ? あとはジャンナが終わるまで、時間を潰すだけですよ?」
「とてもサブマスターの言葉とは思えん発言だな」
「楽でいいでしょう?」
上目遣いで聞くリリアは、可愛らしい顔を見せたが、言っている事はただのぐうたらだ!
「確かに楽だけど……これでいいのか?」
汗水たらして働く人がいるのに、こんな楽をしていていいのかと思った。ハンターたちは今頃戦っているかもしれないのに。
「えぇ。もし退屈なら、トイレ掃除でもなんでも、自分で仕事を見つけて下さい」
「それ、昔大工の棟梁に言われた事ある。出世したけりゃ自分で仕事を見つけろ! って」
「流石は職人ですね! 良い師に出会えたようですね?」
「やかましいわ!」
こいつはどこまでが本気か分からない。
「楽を手に入れ、何もしない人間になるか、常に精進を心がけて動くか、成長する人間、優秀な人間とはそういうものです」
「お前が言うなよ! 何でそんな言葉吐けるのか謎だわ!」
「何もしてこなかった人間が、サブマスターにでもなれるとでも?」
ニヤニヤしながら俺の顔を見て、リリアは言う。
「嫌な上司だなお前! 分かったよ。トイレ掃除に行ってきますよ、サブマスター」
「よろしい! では、こちらの書類をヒーに渡してからお願いします」
「とんでもないぐ~たらだなお前」
「これも仕事ですよ。それと、営業中は女性用トイレに入ってはいけませんよ?」
「分かってるよ!」
リリアに渡された書類を持ち、ギルドマスターの部屋で事務処理をするヒーの元へ行くと、ヒーは黙々と机に向かい、書類に何かを書き込んでいた。
「ヒー。これリリアから」
「ありがとうございます。今日はどうでしたか?」
やはり姉妹。基本は同じのようだ。
「ヒーもそれ聞くの? まだ終わってないぞ?」
ヒーはその言葉を聞き、僅かに感心したという表情を見せた。
「いや、当たり前の事言っただけだから……そんな顔すんなよ」
あまりのリアクションに、あえて口に出した。っていうか、何、そのリアクション。
「いえ。常に気を抜かぬその姿勢に、見習う事を学ばせてもらっただけです」
嫌味じゃないよね~? ヒーに限ってそれはないよね~? 悪気があるわけではない発言に、二人が双子の姉妹である事を実感した。
「まぁいいや。それより、何か手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。それに、間違いが許されないものばかりなので、気遣いだけで十分です」
「そうか? お茶くらいは出せるぞ?」
「いえ。十分です」
「そうか。んじゃ、俺戻るわ」
「はい」
確かに俺にはまだ理解出来ない書類ばかりで、迷惑を掛けそうだ。
仕方が無いので、俺は結局トイレ掃除へと向かい、その後ジャンナを手伝い時間を潰した。
しばらくするとリリアから声が掛かり、今日はもう上がっていいと言われ、ギルドマスターの部屋でヒーから今日の分の賃金を貰った。
「まだジャンナ忙しそうにしてるけど、本当に良いのか?」
「はい。リーパーはまだ新人なので、今日は終わりです」
新人という事も確かにあるが、皆がまだ仕事をしているのに、一人先に帰るのは気が引ける。
「何か悪い気もするな~」
「こんなものですよ」
後ろ髪を引かれる思いの俺に、ヒーは優しく諭す。
「そんなもんか?」
「はい。帰宅の際は、制服を着替えていって下さい」
「え? これ持ち帰って洗濯しなくていいのか?」
制服の管理も出来ないと思われているのか、それとも決まりなのか分からないが、本当に良いの? そこまで贅沢言っていいの?
「はい。それはこちらで業者に頼みます」
「気を使わなくても、それくらいは自分で出来るよ」
まだ何も利益を生み出していない俺が、そんなものに経費を掛けるわけにはいかない。洗濯くらい何とかするよ!
「いえ。この制服は意外と高価なので、持ち帰りは禁止されています。それに、下手に洗うと傷んだりしてしまうので、業者に頼む規則なんです。ですので、リーパーは気にしなくても大丈夫ですよ」
「へぇ~、そうなんだ」
まだまだ俺の知らない事の多さに驚かされる。
「着替え終わった制服は、そのまま元の場所に戻しておいて下さい」
「分かった。んじゃお疲れ」
「お疲れ様です」
ヒーに言われた通り制服を着替えていると、この制服がそんなに良い物なのか気になり、調べてみた。すると、制服の裏地に魔法陣による防御が施されていることに気付いた。何故かは謎だったが、これも何か意味があるのかもしれない。だが、それ以上は面倒くさくなり、特に気にする事無く着替えを終えた俺は、リリアに一声かけギルドを後にした。
外へ出ると、すっかり日は落ち、寒空には星が瞬いていて、とても不思議な感覚がした。
星空を眺めながら今日の出来事を思い出し、ギルドスタッフの仕事に、やり甲斐という充実感に満たされ、俺の勤務初日は終了した。