ギルドスタッフ マリア
「そういえば、ヒーは?」
ゴンザレス達が去り、またしばらく退屈な時間が続いた。そんな中、ヒーがいない事を思い出しリリアに尋ねた。
「自警団の方へ出向いています」
「え? 何かあったのか?」
ギルドクラスの施設ともなれば、揉め事は茶飯事だろう。それでも、自警団が絡む事態などそうそう無い。もしかしてシェオールのギルドは、意外と野蛮な客が多いのかもしれない。
「いえ。近隣のモンスターや、事件が無かったかなどの情報交換の為です」
「へぇ~」
他の組織とも連携を取っていると知り、社会の仕組みの細かさに感心した。やはり町営施設ともなると、一般人ではなかなか手に入れられないコネクションを持っているようだ。マジで凄いわギルド。
「何ですか、その返事は?」
「いや~、知らない所でギルドも頑張ってんな、と思って」
「何を他人事のように言ってるんですか。リーパーはそのギルドの一員なのですよ。もっと自覚を持ちなさい!」
「ウッス! サブマスター!」
怒られているのだが、何故かそう言われると嬉しかった。
俺が敬礼して返事をすると、リリアも面白そうに笑顔を見せた。
楽しくリリアにギルドの受付の在り方を諭されていると、また一人の来客があった。
「あれ? リーパーさん? なんで受付にいるの?」
やって来たのは、ハンターを目指す地元の少女、マリアだった。
マリアは、身長一四〇前半とリリアより少し小柄で、体もまだ大人になりきっていない十五歳だ。髪は黒く、邪魔にならないよう後ろで束ねていて、瞳も茶色と、どこにでもいる普通の人間の少女だ。俺が実家に戻って来てから、良く声を掛けられるようになり、色々とハンターについて教えた。俺としてはあまり触れられたくない内容だったが、夢を追うマリアを少しでも応援したくて、会話するようになった。
「おうマリア。俺は今日からここで働くんだ。よろしく頼むよ」
「うん。また色々教えてね」
「あぁ」
リリアはそんな俺達の会話を聞いても、先ほどみたいに言葉使いを注意することはなかった。リリアが上司で本当に良かった。
「仕事貰いに来たのか?」
「ううん。終わったところ」
マリアは調達してきた素材を見せた。
「リリアさん、お願いします」
「では、そちらのテーブルの方へ」
「はい」
マリアはそれを聞くと、受付横にある計量用のテーブルに素材を並べ、リリアがそれを品定めする。
「艶キノコ七本。解毒草三枚。コーヒーの実が……四百グラム……」
マリアはワクワクしながら、リリアの計量を見守る。
「全部で二十六ゴールドになります。よろしいですか?」
「はい!」
金額は大したことは無いが、マリアは嬉しそうに提示額を受け入れた。その姿に、見習い時代の自分を思い出した。モンスターの潜む森や山を歩き回り、必死に集めた素材を、ハンターと同じように扱ってもらえる。その瞬間は、自分がハンターになったような気分になり、今でもその時の気持ちは忘れない。マリアは今、まさにそんな気分なのだろう。
「では、受付の方へ」
ライセンスを持たない者は、ギルドから依頼される、難度の低い採取クエストまでなら受ける事が出来る。そこで指定されたエリアで、特定の採取を規定回数以上こなすと、ライセンス登録の許可が出る。
ハンターを目指す者は、特例を除き、必ず通らなくてはならない道で、採取という簡易なものだが、そのエリアにはモンスターも普通に出るため、下手をすれば大型のモンスターと出くわし、命を落とす事もある。
ここでハンターを目指す者は、知識と経験を積み成長していく。通常は師と呼ぶ者に、同伴を頼んだりする。
「マリアは、後どれくらいで許可出んだ?」
「後は山を三回」
「もう少しだな。金は貯まったのか?」
「……まだ全然」
マリアは首を小さく振り、自信なさげに言う。
「そうか。早く登録許可貰って、細かく払っていった方が良いぞ。自分で持ってると使っちまうから」
「う~ん。そうなんだけど……」
何か気掛かりがあるのか、マリアはさらに自信なく言葉を濁した。
「そうなんだけど? なんかあるのか?」
この歳でまさか借金は無いと思うが、何故かマリアは元気がなくなった。
「彼女は以前、山で大型のモンスターに遭遇したんですよ。はい、こちらは報酬の二十六ゴールドになります。ご確認下さい」
リリアはマリアに報酬を支払い、書類を手渡した。
「そうなのか? それで山に行くのが怖くなったのか? 山の方はヤバいからな……」
山は基本的に、ドラゴンなどの飛竜種が多い。特にシェオールの山は樹が多く、ドラゴンの他にも色々なモンスターが存在する。
「うん。リーパーさんの時は、そういう事なかったんですか?」
マリアは書類を手早く書き終え、リリアに返した。
「見習い時代の時は無かったけど、ハンターになったらしょっちゅうだよ。鉱石取りに行ったらドラゴン出たりとか」
「そういうときはどうしてたんですか?」
「え? 逃げたけど」
それを聞いたリリアは、お客様の前で平然と俺を罵る。
「へっぽこハンターですからね、彼は。当然です」
「お前俺のこと知らねーだろ! 一応Aランクハンターだぞ!」
ハンターにはその功績により、六段階のランク付けがされる。そのランクにより受けられる依頼の上限が決まっており、最高ランクのSともなれば”英雄“とされ呼ばれる。
「無理をせず、ゴンザレス達に同伴を頼むというのも手ですよ? 命あってのハンターですから。リーパーのように、お爺さんになってから後悔しても、遅いですよ」
「爺さんは余計だ!」
「うん……そうなんだけど……」
リリアのアドバイスを受けるマリアだが、どうも歯切れが悪い。
「何? 嫌なのか?」
「そうじゃないけど……」
「彼女は、クレアと仲が悪いんですよ」
「そうなの? 珍しいな」
クレアは、この町を拠点とする唯一の女性ハンターだ。俺と同い年で、腕は立ち、最近Aランクに昇格したらしい。性格は男勝りで頑固だが、面倒見がよく、子供たちからは慕われている。
「天性の相性なのでしょう。お互い譲らない性格ですから」
リリアに天性とまで言わせる二人の仲は、相当悪いのだろう。
「別にクレアに頼まなくてもいいだろ? サイモンにでも頼めよ?」
「サイモン達も、何故かクレアに頼めって言うから……」
何となくその気持ちも分かる。ハンターはほとんどのクエストに仲間と行く。これは日頃からハンター同士で連携や意思の疎通を行う事で、有事の際に役に立つからである。
「まぁ~それも修行の一つだ。無理せず、自分のペースでやって行くのが一番いいよ」
「……うん」
分かったと頷くマリアだが、おそらくクレアに「一緒にクエストについて来て」とは頼まないだろう。
「マリア、手続きは以上で終わりです。リーパーの言う通り、無理は禁物です。ゆっくり成長していきなさい」
「うん。ありがとう……」
手続きが終わったマリアは、ジャンナで食事をするゴンザレス達に気付き、さっさと食事に向かった。
「あの二人、仲悪かったんだな? クレアがねぇ~、意外だわ」
「クレアは少し口うるさいですからね。取る者によれば嫌われるのも仕方がありません」
「お前が言うの? 口の悪さはいい勝負だと思うぞ?」
「リーパーの事も、貴様、と呼んだ方が良いようですね?」
こいつなら本当にそう呼びそうだ。これ以上リリアの口が悪くなったら、ヒーにめちゃめちゃ怒られそうだ。今のうちに謝っておこう。
「……悪かったよ」
「全く」
呆れたように言うリリアだが、こいつの場合、本気なのか冗談なのか分からない。そのうえ切り替えも早くて困る。もう仕事の説明を始めた。
「彼女のように、ライセンスを持たないお客様もこちらで書類管理します。こちらのバインダーも、扱いは同じです」
そう言い、リリアはさっきとは違うバインダーを取り出し、俺に見せた。切り替え早過ぎじゃね? ついて行くのが大変だ。
「そ、そうなのか……ここで依頼受けた、全ての人を管理してるのか?」
「えぇ。基本的にそうです。何時、誰がハンターライセンスを求めるのか分かりませんから」
細かすぎると思ったが、仕事ならこれくらいが普通なのかもしれない。
「他から来た人はどうすんだ? 旅歩いてる人とか?」
「そのための協会です。きちんと本部から書類は届いてます。それに、登録許可は特定のエリアになってるじゃないですか? 違うギルドで仕事しても、カウントは別ですよ?」
「あ……そうだった。すまん」
俺はライセンスを取得するまでアルカナ以外ではクエストをしなかったため、そんな単純な事に気付かなかった。というか、ギルドって本当に良く考えられている。
「まぁ、別にいいですよ。説明しますよ?」
「はい」
リリアはバインダーを開き、説明を続ける。見ると、こちらも個人情報が細かく記されている。
「ちなみに、ギルドからの依頼完了の確認者名は、受付員の名前で記入します。分かりましたか?」
「了解。と言いたいけど、覚える事があり過ぎて、自信無いな」
親切に説明してくれるリリアには悪いが、嘘を言って分かったふりをしても、何の得にもならない。そこで、怒られるのを覚悟して正直に答えた。
「リーパーが一度で覚えきれるほどの人間とは思っていませんよ。なので、安心して下さい」
「取る者によっては嫌われるぞ」
「問題ありません」
何気に馬鹿にされた気がしたが、ニヤリと笑い言うリリアを見て、俺も笑顔で応えた。