ギルドスタッフ 手伝い
初日という事もあり、かなり集中していた俺は、あっという間に昼を迎え、ヒーと共にカウンター奥の休憩所で昼食となった。
ここのギルドでは、昼食に賄い料理が出るようで、昼食は外で食べようと思っていた俺には、余計な出費も抑えられ、とても有難い。
今日は鹿肉とパンとチーズ、そしてトマトの入ったスープが出た。
「おい! ずいぶん豪勢だな! いつもこんな良いもの食べてんのか?」
まるで飲食店で出されるほどの料理に、思わず喜びの声が出た。
「はい、そうです。しかしチーズ以外はほとんど提供できない、傷んだものばかりです」
「傷んだって、ほとんど大丈夫じゃねぇか? 凄いなギルドって」
ヒーはああ言っているが、見た目には皿や少し盛り付けが寂しいくらいで、とてもそうは見えない。
「客商売である以上、変なものは出せませんから。火は通してありますけど、気を付けて下さい。傷んでいるのは確かですから」
「飲食店ってのも、意外と大変なんだな?」
「ええ」
まだ全然いけそうな料理に勿体ないと思ったが、商売となれば、これくらいでも提供できないのだろう。少し贅沢な気がした。
「では頂きましょう」
「あぁ」
早速食べてみると、確かにパンはパサパサ。肉は柔らかすぎる。が、味はシェフが作るだけあって美味い。
「いや~、昼飯代浮いて助かるわ~。夜も賄い出んの?」
「はい。アントノフ達が調理してくれます」
「昼飯代掛からなくていいな?」
「はい。とても助かります」
飲食店だけあっての特権とでもいうのか、普通の職種ではなかなか体験できない。
「そういえば、休みってどうなってんの? ここに住み込みじゃ大変だろ?」
俺は五日に一日が休みだと、面接のときに言われた。
「五日に一日は休日になっています。三人いるので、交代で休みます。ジャンナの方は、三日に一日は昼からの営業になっています。時々丸一日休むこともありますが」
「へぇ~そうなんだ。休みの日は何してんの?」
「実家に戻ったり、買い物です。ですが、ほとんどはギルドの手伝いをしています」
真面目なヒーは、例え休みだろうとギルドの手伝いをするとは、少し見習わなければいけない気がした。でも、休日は休日だよ? それは嫌だよ~。
「そ、そうなんだ。偉いなヒー。休みの日まで手伝いとは……」
「苦ではありませんから」
お姉ちゃん大好き娘のヒーは、きっとリリアの傍に居たくて手伝っているのだろう。本当に良い姉妹だ。
そんな会話を楽しみながら昼食を済ませると、リリアと交代で受付に入り、午後の仕事が始まった。
昼時ともなれば、こちらの受付とは違い、ジャンナの方は客で賑わい、フィリアは注文に配膳と忙しそうに動き回っている。
ジャンナには四つのテーブル席と、五つのカウンター席があり、そのほとんどが埋まっているのを見ると、このギルドが如何に飲食で利益を上げているのかが分かった。
メニューも一般人の手の届く値段のものから、俺達の日当に相当する値段のものまであり、中でも、ギルド名物のモンスターの肉や珍味を使った料理は、目を見張る値段のものまである。
「フィリア達は、昼はどうしてんだ?」
あれだけ繁盛している状態なら、とても昼食を取る時間などないだろう。やはり飲食店は、働く側でなく、食べる側が一番だ。
「時間の空いた時に取っているようです」
「そうなのか? へぇ~……」
正直他人事。フィリアには悪いが、受付で入って良かったと思った。飲食店員は自分には向いていなさそうだ。それでも同僚として、暇そうにしている事が悪い気がして来た。
「どうですか、手伝いに行きますか? 私達も手の空いた時には、手伝うようにしています」
これもギルドの仕事を覚えるいい機会かもしれない。それに、後でフィリアに「何なのあの新人!」と思われるのは嫌だ。
「良いのか?」
「えぇ」
ヒーは俺の心を見透かしたかのように、さり気なく後押ししてくれた。本当に良い先輩を持った。
「そうだな……賄いのお礼もあるし。んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
「お願いします。何かあれが声を掛けるので、それまではお願いします」
「了解」
ヒーの許可を得て、俺はジャンナの手伝いをする事になった。
「フィリア。手伝うよ。どうすればいい?」
フィリアが注文を書いた紙を張り付けに、厨房カウンターに来たタイミングで声を掛けた。
「助かります。それでは配膳の方をお願いします。カウンターは私が出すので、リーパーはテーブル席の方をお願いします」
「分かった。この紙に書いてある所に持っていけばいいんだろ?」
フィリアが書いた注文メモには、料理名とテーブル番号が振られ、俺でも分かり易くなっていた。
「はい。持って行った料理は、注文書の料理名に、線を引いて消して下さい」
「了解」
俺が分かったというと、フィリアはお願いしますと頷き、忙しなく仕事に戻った。
こうして俺は、しばらくジャンナで、ウェイターとして手伝う事になった。
最初の内は、何処の席か、料理はこれで良いのかなど、色々と戸惑い間違いをしたが、客のほとんどが顔見知りという事と、フィリアの優しい指導のお陰で、要領をだんだんと掴むことができ、しばらくすると、それなりにこなす事が出来るようになった。そして、手伝いを続けるうち、色々な事に驚かされた。
例えば、意外と高額な料理の注文が多かったり、食べ残しの多さや、昼間にも関わらず、酒の注文の量が多い事などだ。職業によって、見えてくる世界は全く違う。っていうか、こいつらはどんだけ金持ってんだ! よく食ってけるよ!
配膳がひと段落すると、今度は厨房に入り、皿洗いを手伝う事になり、そこでもシェフ達の忙しさに驚かされた。
厨房は料理の熱で、予想以上に蒸し暑く、そんな中でも、ジョニー達は見事な包丁さばきで食材を切り調理する。少しでも手が開けば皿を洗い、シンク台を掃除するなど、元ハンターの俺から見ても、厨房は戦場の様に見えた。
フィリアも手が開くたびに皿を洗いにやってきて、物凄い速さで洗い上げていく。最初は本当に洗えているのかとさえ思ったが、綺麗に洗っているつもりの俺よりも綺麗に洗えているのを知り、フィリアが化け物に見えた。
「リーパー。もう大丈夫なようなので、戻ってもらっても大丈夫ですよ。ありがとう御座いました」
かなりの洗い物を残しているが、フィリアはそう言って頭を下げた。
「そう? ……悪いな。ほとんど戦力にならなかっただろう?」
遊びでない以上、そう言われれば大人しく引き下がるしかない。どうせ俺がいても、それほど役には立ちそうもないし。
「そんな事はありませんよ。お陰で大分楽をさせて貰いました。忙しい所ありがとう御座います」
本当は、ただ受付でくっちゃべってるだけだけど……フィリアも知ってるよね?
「そ、そう言ってもらえると、手伝った甲斐があるよ。じゃあ戻るわ」
「ありがとうございました」
それが聞こえたジョニーは「兄さんありがとう。助かった」と礼を言い、アントノフは軽く会釈した。
ジョニーとアントノフからも感謝され、忙しさの中でもやり甲斐を感じ、ジャンナのメンバーの凄さを痛感させられた。
受付に戻ると、ヒーの姿は無く、リリアに声を掛けると、受付で少しのんびりするよう言われ、リリアと二人仲良く、午前中の様にまったりとした時間を過ごす事になった。
「どうでしたか、ジャンナの方は?」
「いや~凄いな。驚いたよ。リリアもたまに手伝ってんだろ?」
それを聞いたリリアは、自慢げな顔をして言う。
「えぇ。私に掛かればあっという間ですよ」
あっという間の意味が分からん。
「それにしても、フィリアの皿洗い凄いな。ありゃ職人技だよ」
「まだまだですよ。あの程度で驚かれては困ります」
何故ここまで偉そうに言えるのか、不思議でしょうがない。
「お前はいつも偉そうだな! お前、邪魔してんじゃないのか?」
「何を失礼な。私は元ジャンナのメンバーですよ」
「えっ! そうなのか? お前ジャンナにいたの?」
何故か本当の話に聞こえないのは何故だろう。しかしリリアは、そんな風に思っているであろう顔をしている俺を他所に言う。
「そうですよ。私は元はウェイトレスとして入ったんですよ。そしてフィリアを指導したのもこの私です」
「マジでか!? 出世したね~」
「私の才能があればこそです!」
客にもこんな態度を取っていたのかと思うと、少し想像出来た。
「口悪いから、こっちに回されたの間違いじゃないのか?」
「ひよっこの貴方には分からなくても仕方ありません。今でも私に、皿洗いで勝てる者はいませんよ」
物凄い速さで皿を洗うリリアの姿が頭に浮かび、こいつならあり得ると思った。
「驚くとこばかりだなお前? それでフィリアは、お前の事を様を付けて呼ぶのか?」
「いえ。それは私が素晴らしいからです。リーパーも、いつでも様を付けて呼んでもらっても結構ですよ?」
「お前が死んだら考えてやるよ」
こうしてしばらくの間、リリアと会話を楽しみながら受付業務を続けた。