ギルドスタッフ 受付
手伝いを終えヒーの元に戻ると、調合作業は終了したのか、道具は綺麗に片づけられ、ヒーの姿は見当たらなかった。
その事を受付にいるリリアに尋ねると、どうやら備品の買い出しに出かけたようで、しばらくリリアの指導の下、受付の手続きの手ほどきを受ける事となった。
生まれて初めてギルドの受付に座ると、今までとは景色が全く違って見えた。
窓から差し込む春先の光に照らされる赤い絨毯が、石積みの壁を鮮やかに彩り、天井の年季の入った梁とシャンデリアをより高価な物に見せている。正面に目を向けると、右側にある黒い待合ソファーと、味のある木製の依頼掲示板が、緑の観葉植物ととてもマッチしており、茶色い正面扉に埋め込まれたガラスから覗く外の景色が、それをさらに引き立てギルドを広く感じさせている。
これがギルドスタッフだけが見る事の出来る、ハンターギルド受付の景色!
今まで俺が見ていた景色は、辛気臭く、寂しさを感じていたが、こちら側から見る景色は、とても豪華に見えた。
しかしシェオールギルドは、広い部屋に俺達ハンター受付と、ジャンナの飲食スペースが仕切りも無くあり、部屋の割合は七対三と、左側のほとんどがジャンナのテーブルで占領されていた。まぁ客の入りを見れば、それも仕方が無いのかもしれない。
初の受付業務に高揚しながらフロントカンターに座り、俺は初めての客を待った。
――客が来ない! しばらくウキウキしながら受付に座っているが、一向に客が来ない! どうなってんの!
「なぁリリア? いつもどれくらい客来んだ?」
あまりの暇さに、流石に口を開いた。
「多い時で三件ほどです。今日は既に一件あったので、しばらくは来ないでしょう? 後は談笑しに、数名来るくらいです」
「マジでか!?」
過去に店番の仕事をしたことはあるが、その時は出店の店番で、呼び込みをしていて忙しかった。その為、これほど時間を持て余した事は初めてだった。
「よく潰れないな、このギルド?」
「ジャンナが無ければ、既にうちは潰れていますよ。所詮田舎のギルドなどこんなものですよ」
「……お前、自分で言っていて悲しくないのか?」
凄いねこの子。普通そんな事言う? プライドとか無いの?
「何を言っているんですか! この暇さがうちの売りですよ?」
「何を売りにしてんだよ! ギルドマスターは何も言わないのか!」
確かに忙しいよりは暇な方が俺もいい。だけど、それだと家にいた方が良いような気もする。金が貰えるのは有難いが、稼いだ気がしない。
「言うわけないじゃないですか? 彼は連日、連盟やら協会やらの資料作りで目一杯ですよ? そんな彼に、ギルドの経営まで考える余裕はありませんよ」
「そ、そうなの……? 何でそんなに加盟してんの?」
「連盟は、シェオールが二大国の間にあるため、仕方なしに両方に加盟しているんですよ。そのせいで連合にまで入る羽目になったんですよ」
シェオールは南のアルカナと、東の大国ミズガルドの交易路上にあり、ギルドとしては両国の連盟に加盟していた方が、何かと都合が良いようだ。
「確かに、位置的にはアルカナとミズガルドに干渉してるもんな。でも、連合にまではなんでなんだ?」
「二大国の連盟に入って、連合に入らないわけにはいかないでしょう。大人の事情ですよ」
「ま、マジか……」
この規模の大人の事情となると、完全に黒い政治を連想してしまう。ギルドって怖いね。
「でも、ギルドマスターってそんなに大変なのか?」
「それ以外にも、シェオールの組合やら町議会やらで、彼はほとんど役立たずですよ!」
「お前酷い言い方すんな」
ギルドマスターと呼ばれるほどだ、当然忙しいのは分かるが、それでも酷くない? リリアはニルの事が嫌いなの?
「事実ですよ。このギルドで一番の役立たずは彼です。帰ってきてもずっと自分の部屋に引き篭もって、はぁはぁ言いながら紙を無駄使いしてますよ!」
「変な言い方すんな! 一応ギルドマスターだぞ!」
良くリリアは今まで首にならなかった。こいつはもしかして、うちのトラブルメーカーはリリアか?
「これは事実です! 実質的なギルドマスターは、私と言っても過言ではありません!」
「事実ですは強調すんな! 何? お前ギルドマスターになりたいの?」
「まさか~。私は部屋ではぁはぁ言いながら、紙を無駄使いするような事はしたくありません! ただ、ギルドマスターの響きが好きなだけです」
「お前にはビビりっぱなしだわ!」
そんな無駄話をしながら時間を潰していると、一人の老人が受付にやって来た。俺の初めての客だ!
「ようこそシェオールギルドへ。ご用件は何でしょうか?」
時間を持て余しだらけていたリリアは、キリっとして接客した。この辺りはさすがはプロだ。
「仕事の依頼を頼みたくての~。頼むけの~」
依頼を頼んだのは、シェオールで酪農業を営むゴン爺さんだった。
「では、こちらにお名前とお住まい、依頼内容、そして報酬金額、または報酬物の記入をお願い致します」
通常ギルドには、町や国からの依頼が入り、それを掲示板に張り出す。ハンターはそこから自分にあったものを選び仕事をこなす。だがシェオールのような小さなギルドでは、その他にも町民などの地元民からの依頼も受注している。これはハンターギルドしか無いためである。こういう依頼は、普通は冒険者ギルドの仕事だ。
そのため、内容の難易度にもよるが、ほとんどはノンライセンスでも受ける事が可能だ。簡単に言ってしまえば、アルバイト募集のようなものである。
「これでいいけの?」
リリアはゴン爺さんから書類を受け取ると、ペンで素早くチェックを入れ、確認した。
「ご期間の方は、いつまでに致しますか?」
「ひと月で頼むけの~」
「畏まりました。では、供託金として二十ゴールドお預かり致します」
供託金は、期日を過ぎるか、依頼を達成されると返金される。しかし契約内容の相違や、トラブルが生じた場合に没収となる。これは悪戯や迷惑行為に対する処置である。
ちなみに、依頼人はギルドから金品等を請求される事は無い。ギルドは月の依頼数に応じて、町や国から+αで補助金が支払われる仕組みだからだ。これくらいは五年もハンターをしていれば誰でも知っている。
「これでいいけの~?」
「はい。確かにお預かり致しました」
リリアは渡されたゴールドを、親指でなぞる様な仕草をしてそう言った。まさかあれで数えたの!?
「最後に、何かご質問があればお聞かせ願いますか?」
「いんや~。特にないけの~」
ゴン爺さんも今まで何度も依頼しているようで、慣れたように言った。
「では、ご依頼を承りました。こちらがお客様証明書です。作業完了後、報酬と一緒に受注者にお渡し下さい。受注者が現れた場合、直接ご自宅に向かわせますので、ご了承願います」
「大丈夫だ~。リリアちゃんに任せるけの~」
「有難う御座います。手続きの方はこれで終了となります。この度はご利用頂き、誠にありがとう御座いました」
「待ってるけの~」
リリアの鮮やかな手続きに、ゴン爺さんは満足そうに帰って行った。
「リーパー、覚えましたね? 今のが個人受注のやり方です。このあと、今の内容を書き写し、掲示板に張り出します」
覚えられるわけがない! 適当過ぎじゃね? それでも、今は聞けるだけ聞いておこうと思う。
「この紙は?」
ゴン爺さんが記載した紙を指さし、どうするのか尋ねた。
「これは期日後、一年間保管します。保管庫はギルドマスターの部屋にあります」
「そうなの? 終わったら捨ててもいいんじゃないのか?」
「後のトラブルなどの為です」
「ふ~ん」
分かったふりして返事をしたが、一度にたくさんの事を説明され、全く覚えられる気がしない! そんな俺を他所に、リリアはどんどん説明を進める。この姉妹は俺を何だと思ってんだ!
「では次に、掲示するポスターを作ります。見ていて下さい」
リリアはカウンターの中から、張り出し用の紙を取り出し、書き始めた。
「一番上に依頼内容。次に報酬名。その下に依頼者情報……」
説明しながらリリアは書いていく。その文字はとても綺麗で読みやすい。
「お前、字、綺麗だな?」
「当然です! 誰もが読みやすく、且つ美しく……ちょっとここに、リーパーの名前を書いてもらえますか?」
メモ用紙に自分の名前を書くよう指示され、俺は出来るだけ綺麗な字で名前を書いた。
「ほれ、どう」
「クソですね! リーパーは文字の書き方から教育が必要なようですね」
「やかましいわ! 読めればいいだろ!」
俺が言い終わる前にクソだとほざきやがった! 字が汚いくらいでそこまで言う?
「もっとプロ意識を持って下さい! 掲示板は落書きをする所ではありませんよ!」
「うぜ~なお前!」
「ここは受付です。少しお静かに願えませんか?」
「何なのお前?」
そんな無駄口を叩きながらも、リリアは依頼書を書き上げた。悔しいがこの辺はさすがだ。
「どうです? 美しいでしょう?」
「はいはい」
「最後に、ここにある、ギルドのハンコを押して完成です」
リリアは判子を押し、依頼書を完成させた。
「では最後に、この依頼書を掲示板に張り出します。ついて来て下さい」
「ついて来いって、張るだけだろ? そんぐらい出来るわ。俺が張ってくるよ」
「いえ駄目です。リーパーに張らせると、反対に張ったり、床に張ったりしますから」
「どんだけ! お前俺の事見下し過ぎだろ!」
「本当ですね? では、私がこの書類を保管してくるまでの間に済ませて下さいよ? 信じてますよ」
「俺はそんなに出来ない子なの~? やかましいわ! 早く行けや!」
俺がそう怒鳴ると、リリアはニヤリと笑い、奥の部屋へと消えて行った。まぁ、性格の悪い上司よりはまだマシかもしれない。
リリアに文句を言われないように、曲がっていないか、見やすい位置か、床ではなく、ちゃんと掲示板に張れているかを確認していると、両手一杯に紙袋を抱えたヒーが帰って来た。
「お疲れ様です。すみません、今戻りました」
「お疲れ。大変だな、持とうか?」
小さな体には紙袋がとても大きく見え、大変そうに見えた。
「いえ、お構いなく」
俺が手を出そうとすると、ヒーは遠慮しているのか、空かさず断る様に言った。本当に内気な子だ。
「それより、そろそろお昼です。リリアはいますか?」
「え? あぁ、今書類を……あ、ほら戻って来た」
見計らったように、リリアが戻って来た。
「ヒー、買い出しご苦労様です」
「いえ。それより、昼食はどうしますか?」
それを聞いたリリアは、目線を上げ、何かを考えた。ん?
「そうですね……先に二人は済ませて下さい」
てっきり何を食うのか考えているのかと思ったが、俺達に先に食えというリリアに、やっぱり根は優しい奴だと思った。
「分かりました。ではリーパー、私達は先に昼にしましょう」
「え? あぁ」
リリアには少し悪い気もするが、あれでも一応サブマスター。ここは変に遠慮するのは失礼だと思い、ヒーと昼食をとる事にした。