ギルドスタッフ 開店
ギルドの開店と同時に、俺はヒーに連れられ、カウンター奥の休憩所兼倉庫へと向かった。
ここには依頼をこなすハンターの為に販売される、傷薬や解毒剤など、クエストに必要とされる医薬品や備品が保管されている。これはハンターギルドの主な収入源の一つとなっている。
町の中にも魔導士の店や病院などがあり、そこでも入手は可能だが、ギルドで販売されている商品はハンターの痒いところに手が届く物ばかりで、中にはギルドでしか手に入らない物もある。
当時の俺も当然お世話になっており、多少高額でも、そのターゲットに適したアイテムにはとても助けられた記憶がある。
そんな備品の並ぶ倉庫で、俺の初仕事は在庫の確認かと思ったが、ヒーからの指示は別のものだった。
「では、先ずは塗り薬の調合を覚えてもらいます」
「え? 薬の調合? これギルドで作ってんの!?」
「はい。余程足りなくなる事態でもない限り、私達で調合しています」
それを聞いて驚いた。今まで、てっきりどこかで仕入れて来るものだとばかり思っていた。
「リーパーは元ハンターでしたね。商品の名前を教える必要はありますか?」
「いや……大体分かるわ」
網羅というわけではないが、俺も元ハンター。それなりに知識は蓄えていた。だが、
「分かんないやつ出たら、その都度聞くようにするわ」
スタッフとしては全くの素人。出来るよ的な事を言って、後で恥をかくのは勘弁願いたい。それに、仕事である以上適当な事は出来ない。
「それは助かります。では、調合の説明をします」
色々と聞きたい事は山ほどあるのだが、今はヒーの説明を聞いて、薬の調合を覚える事に専念する事にした。
「あぁ。頼む」
「分かりました。では、こちらの棚にあるのが、調合に必要な材料になります。塗り薬には、アロエの葉、ハウ草、蜂蜜、カウロの樹液、そして乾燥させた艶キノコです。覚えましたか?」
「ちょっと待って! カウロの樹液とハウ草ね。後は……大丈夫」
ヒーは俺の事を天才とでも思っているのか? それとも元ハンターだから、これくらいは知っているだろうと思っているのか? 確かに塗り薬の調合は簡単にできるし、全部聞いたことある名前の素材だ。それでも、俺の知っている調合材より少し多い。ここのギルドのオリジナルなのだろうか?
「流石です。では、ここに調合道具一式があるので、これを使って作業します」
ヒーは棚の下の引き出しから道具を取り出し、テーブルの上に置いた。
いくら無駄を嫌う性格だからと言っても、俺が全く知識の無い人間だったら、ヒーのペースにはついていけない。恐ろしい速さで説明が進む。
「了解」
完ぺきというわけではないが、それでもこんな簡単な作業でヒーに時間を取らせるわけにはいかない。何より、ヒーにこいつは大丈夫なのか? と思われたくない!
「分かりました。それでは……」
――真面目なヒーは、実演を交えて調合手順を教え始めた。しかし、親切丁寧に説明するがそれ以外は無駄口を叩かない。そんな時間がしばらく続くとやっと説明は終わり、黙々と二人で作業を始めた。
ヒーが初対面の先輩なら、俺も委縮して黙って作業を続けていた。でも、幼馴染だよ? 少しくらいは話そうぜ? そう思い、俺から雑談を持ちかけた。一応仕事の事を聞くふりをして。
「艶キノコはここで乾燥させたの?」
ヒーは沈黙を破って話しかけた声に、真顔で俺を見た。一瞬「黙ってやれ!」と言われるかと思ったが、優しいヒーはきちんと答えてくれた。ていうか、もうちょっと表情変化させよう?
「はい。私たちの寝室で乾燥させています」
「私たちの寝室って? まさか家に持ち帰ってんの!」
これは嫌だ。仕事は仕事場でするから仕事であって、それをプライベートに持ち込むのはどうなの?
「いえ。スタッフ居住区の私たちの寝室です」
「えっ! ここに住み込んでるの!?」
「はい、そうです。何かありましたか?」
何かありましたかではなく、ヒー達の家は歩いてなんぼもしない所にある。住み込む必要あるの!?
「だって家すぐそこじゃん! 何でここに住んでんの?」
ヒーは驚く俺の質問に、コロッと首を傾げ、何で? という仕草をした。
「基本的に、ギルドスタッフは住み込みですよ?」
「ええ‼ マジで!」
マジビビとは、まさにこの事だ! 俺が家を探しているのなら別だが、今は居心地の良い実家がある。それもすぐそこに。チョー嫌なんですけど……
「じゃあ、俺も住み込まなきゃダメなの?」
「いえ。常駐するのは、一名が基本です。私達は姉妹なので、一緒に住んでいるだけです。なので、リーパーは住み込む必要は無いので、安心してください」
それを聞いて、ため息が出るほどホッとした。良い仕事だと思っていたのに、今日で退職するところだった。
「そうだったのか……色々大変なんだな、この仕事も……」
「はい」
確かに当時夜遅くに依頼を達成しギルドに戻っても、いつも開いていた記憶があった。それはヒー達のような常駐スタッフのお陰だったのかと思うと、今さらながら感謝した。ギルドスタッフって意外とすごい!
「じゃあ、夜はいつもどれくらいまでやってんの?」
「いつもは星置(午後七時)までです。ですが、たまに緊急等のクエストなどで、帰りが遅くなるハンターがいる場合は戻るまでです」
マジで? 俺なんて、どうせもう帰ったと思ってたまにギルドに戻らない事あったのに、なんかすいません!
「それだと、ほとんどゆっくり出来る時間無いんじゃないのか?」
「そんな事はありませんよ。店を閉めてから、しばらくはゆっくりして、寝る時間も十分あります」
ハンターの時は……いや。今の今まで受付なんて楽な仕事だと思っていた。そんな自分が恥ずかしくなり、ヒー達に頭が上がらない思いだった。
その後も色々と世間話や受付の苦労話を聞き、二人仲良く作業を続けていると、リリアが俺を呼んだ。
「ヒー。少しリーパーを借りて良いですか?」
「えぇ、構いませんよ。リーパー、リリアの指示を受けて下さい」
「え? あ……了解!」
もう少しヒーと話をしたかったが、これも仕事だと、リリアの元へ向かった。
「リーパー。厨房へ行って下さい。後はフィリアから説明がありますから」
何をやらされるのかと思っていた俺に、厨房へ行け! の指示が出た。まさか皿洗いじゃないよね? 俺受付スタッフだよ?
「……分かった」
仕事である以上、嫌だとは言えず、嫌な予感を抱え厨房へ向かう。一日中皿洗いは嫌だよ! まさかもう用済み!?
そんな不安を抱えフィリアに声を掛けると、意外な指示に安堵した。
「すみません。今食材が届いたので、ジョニーと一緒に搬入の手伝いをして下さい。丁度お客様がいらしたので、人手が足りなくて……」
リリアはまさか、俺は使えないと見限り、こんな奴はもういらないから、皿洗いでもさせておけ! とでも思ったのかと思っていたが、本当は優しいリリアがそんな事思うはずは無いと、心の中で謝った。疑ってごめんリリア!
「良いよ任せて。ジョニー行こうぜ!」
「あぁ。頼むよ兄さん。ついてきて」
ジョニーは何故か俺の事を兄さんと呼ぶ。この姉弟は色々と変わったところがある。
ジョニーに案内されついて行くと、厨房の奥の食糧庫に入った。食糧庫は凍結石で囲まれた部屋で、常に室温がマイナス近くに保たれている。その食糧庫から外へ出ると、ポーターのキールが山のように積まれた牛車の荷解きをしていた。
「おうリーパー! お前今日からか?」
「あぁそうだよ」
キールは幼い頃この町に引っ越してきた馴染みだ。歳は同じだが、キールは昔から実家のポーターの手伝いをしていて、それほど一緒に遊んだ記憶はない。
「ギルドの受付とは、お前どんだけハンター好きなんだよ?」
「別にいいだろ」
キールは無駄口を叩きながらも、手際よく荷解きを終えた。その手際の良さに、正直見入ってしまった。荷解きにも職人技があるとは驚きだ。
荷解きを終えたキールは、軽々と荷台の上に上がり、足場の全くない荷台を自在に動き、積み荷を手渡してきた。
「ほれ。お前腰悪いんだろ? 特別に軽いやつ持たせてやる」
ハンターを引退した事は家族が言いふらし、シェオール中に広がっている。それでも腰の事まで言う? 怖いわ田舎。
「気にしなくて良い。ヤバイやつならすぐ分かるからどんどん寄こせ」
いくら腰が悪いとはいえ、世間一般の女子よりは重い物を持てる自信はある……はず。
「そうか? じゃあ遠慮しないぞ?」
「あ、それでも遠慮して。また悪くしたら、折角就職したのにもう首になる」
「分かってるよ。早く運べ。俺だって忙しんだから」
それもそうだ、俺だって忙しい。あまりのんびりしていると、リリアに怒られそうだ。
「ジョニー。これ何処に置けばいいんだ?」
「凍結室の、空いている棚ならどこでもいいよ」
子供くらい大きな麻袋を肩に担ぎ、悠々と言うジョニーを見て、こいつはプロだと思った。
「りょ、了解」
キールが牛車の上から積み荷を手渡し、それを受け取った俺達が凍結室に運ぶ、この流れ作業のお陰で、ものの数分もしないで荷下ろしは終了した。
最初は昼まで掛かると思っていたが、プロ二人の手に掛かれば、俺の手伝いは要らないのでは? と思う早さで終わった。これも職人技の一つだろう。
キールは荷台が空になると、箒でささっと掃除し、ジョニーから領収書を受け取った。
僅かな時間ではあったが、久々の肉体労働で汗をかき、ギルドの仕事も意外と大変だと実感した。
「お前、腰の方は大丈夫なのか?」
なんだかんだ言っても、キールは俺の事を心配してくれていたようだ。
「このくらいの重さなら、そんなんでも無いから大丈夫だ」
「そうか、じゃあ次はもっと重いもん持ってくるわ」
「別にいいけど。次も俺が手伝うとは限らんぞ?」
「その都度お前を指名するから、大丈夫だ」
「呼ぶな! 仕事終わったんならさっさと帰れ!」
「だな。俺も次あるし。そろそろ行くわ。んじゃまたな。お疲れ」
受け取った領収書を、確認する事なくキールはポケットに詰め、忙しなさそうに帰って行った。
「兄さん、手伝いありがとう。もう戻っていいよ」
あれだけの荷物を運んでも、汗一つかいていないジョニーは頭を下げる。
「あぁ。じゃあ戻るわ」
「また忙しくなったら、その時は頼むよ」
「あぁ」
部署が別と言っても、結局は同じギルドである以上、こういう手伝いはちょくちょくあるものだと思った。それでも面目なさそうに礼を言うジョニーを見て、こいつは本当に真面目だと思った。