プロポーズ!?
事件からしばらく経ち、体の傷も大分癒え、歩く事ができるまでに回復していた。
ミサキはすでに退院し、四つあるベッドには俺とクレアが入院するだけとなっていた。
クレアの方もだいぶ傷は癒え、最近ではあちこち動き回り、今日も松葉杖を付いたまま勝手に病院を抜け出し、マイの使い魔の黒猫のミイアがそれを追いかけて行った。
見舞いに来る客も増え、とくにマリアとミサキがよく来てくれるようになった。
歳が近い事から二人は仲がよく、それが気に入ったのか、ミサキもシェオールを拠点に活動すると決めたらしく、古い空き家を買ったと言っていた。
最近知ったのだが、ミサキは高魔族で、それもあって今まで辛い人生を歩んできたらしい。
そんなミサキが普通の女の子のように楽しそうにしている姿を見ると、俺も早く退院し、ギルドスタッフとして手伝ってあげたいと思っていた。
しかし、リリアやジョニーたちは見舞いに来てくれるが、ヒーはまだ一度も来てくれない。
指示を無視し、勝手な行動をとった事をまだ怒っているのだろう。きちんと謝らなくてはならない。
そんな風に思っていた俺の元に、リリアが見舞いに来た。
「体の調子はどうですか?」
仕事の合間に来たようで、今日もギルドの制服を着ているリリアは、手土産の果物を一度右側の机に置き、まだ右目は塞がり視界が悪い俺を気遣い、わざわざ椅子を持ってきて左側に座った。
大体の人が右側に座り話すのに対し、初めからずっと左側に座ってくれるリリアに、優しさを感じていた。
「大分いいよ。でもまだ復帰は無理かな?」
「ギルドの方は心配しなくてもいいですよ。臨時でアルカナのスタッフに来てもらってますから」
「わざわざ? そこまでするなら俺を解雇してもいいんだぞ? しばらくは生活に困らないし」
クレアたちから貰った分け前があり、ここまで迷惑を掛けるようなら、実家の手伝いや採取クエストでも受けながら生活していこうと思っていた。
「アルカナ王からリーパーへの、敬意の表しだそうですよ」
「そうなの? なんでそんなに気に入られたの?」
「ギルドスタッフでありながら、か弱い少女と町を守るため、仲間の下へ走り、命がけで戦った姿に感銘を受けたそうです。アルカナ王は勇敢な者を必ず認めますから」
嘘くさ~。きっと俺を利用して、国民の人気でも取ろうとしているのだろう。聞けば、アルカナでも相当あの話題で盛り上がっているらしい。
「そのわりにはシェオール見捨てたよな?」
「それもあるのでしょう。ですが、王だからこそ、最小の犠牲で民を守らなければならない。兵士といえど、王にとっては大切な民の一人ですから」
はい一人。アルカナ王の術中に落ちた人発見!
「えらくアルカナ王に優しいな?」
「アルカナ王は立派な王ですよ。私は好きです」
「……そうだな」
アルカナ王は良き王として評判で、若いためとくに女性には人気がある。
見た目もそうだが、品行方正で民を一番に考えていると言われているが、それはどこの王もそう言われるだろう。所詮はボンボンだと俺は思っていた。
今頃アルカナ王は、「チョロいな民」的な事を言っているだろう。
「王のお陰でライセンスも守られ、ギルドも助かっているんですから、リーパーも感謝しなさい」
「はいはい」
それならお金の方がいい。富も権力も、女性人気までも持つのにケチくさい。
「それより、ヒーはどうした? まだ一回も見舞いに来ないけど? もしかして、そうとう怒ってるの?」
「逆ですよ」
「逆?」
「貴方、ヒーにプロポーズしたそうですね?」
「はぁ?」
リリアはにやけながら言うが、こいつは何を言っているのだろう? リリアにはどんな風に情報が伝わったのか? 人伝って全然役に立たないね?
「貴方、約束したそうじゃないですか。クレアの元へは行かないと」
「したよ。それがなんで?」
「約束ですよ」
約束? 結婚しようとか、そんなこと言ったっけ? ……いや、そんなはずは無い! いくら混乱した状態だったからといって、そこまで俺は頭はおかしく……‼
「…………あああ!」
今リリアに言われて分かった。約束‼
アルカナ地方では昔からプロポーズに約束をする。これは魔女が悪魔との取引の際行う、取引違反を起こした場合、命を対価として支払う契約。生命維持に関わらない範囲で体の一部を支払う約束。物で支払う替約。の約束からきており、それを昔の戦場に向かう兵士が、「生きて帰ったら結婚しよう! 約束だ!」というように恋人に使うようになり、生きて帰れば結婚し、もし死んでも自分の一部は君に捧げるという意味で伝わっていた。
「貴方、約束破ったらしいじゃないですか?」
「お前あのときの状況知ってんだろ! ヒーも分かるだろう!」
「正に最高のタイミングじゃないですか。でもまさかヒーが貴方を選ぶなんて」
リリアは言葉のアヤだと完全に知っている。笑い方が完全にそうだ!
「ヒーがそう言ってたのか!?」
「いえ。何も言わないですけど、毎日貴方のライセンスを見て、毎日貴方の制服を、しわも無いのに伸ばしています」
「マジか~……どうすんだよ!」
ライセンスはまだヒーに預けたままだ。どうやっても一度顔を合わせなくてはならない。
「どうするって、私に聞かれても困りますよ」
「お前からアレは違うって説明すれよ!」
「それは無理ですよ。ヒーは思い込みが激しいのは知ってるでしょう?」
そうだった。ヒーはリリアが犬に噛まれたとき、包丁を持ち出すほど頭のおかしいところがあった。
「……マジでどうすればいいんだよ!」
ヒーがまさか俺のことが好きだとは思ったことはないし、そもそも何故俺を英雄と呼ぶのかも分からない。その理由を知りたくて、リリアに訊いた。
「なぁ? なんでヒーは俺を英雄って思ってんだ?」
リリアはえっ! と驚いたように、目が一瞬大きく見開いた。そして軽くため息をついた後、話し始めた。
「昔、私達が悪魔って呼ばれてたのを知ってますよね?」
「……あぁ」
どうやら話したくない事を訊いてしまったようだ。
「それが原因で、店で買い物をすると嫌がられたり、家の前に動物の排泄物が落ちていたり、さまざまな嫌がらせを受けていたのを知っていますよね?」
「あぁ」
「でもリーパーはいつもそんな私達を守ってくれましたよね?」
「…………いや」
それはない。だってリリアの方が強かった。年下のくせにフィリアとレイトンを従え、完全に俺たちのリーダーだった。
「プフッ。やっぱりリーパーは英雄です」
リリアは笑い、言った。たまに見せるこの顔が、ヒーとよく似て可愛い。
「気のせいだろ? 俺は何もしてないぞ?」
「そう言えるからこそ、私たちは貴方を英雄と思うんですよ」
全く何を言っているのか分からない。俺のどこにそんな要素があるのだろう? ……いや無いね!
「例えば?」
「貴方が私達の家に石を投げ込んだ犯人を捕まえたり、自警団に私達の家を見守れと喧嘩を吹っ掛けたとか、色々聞いてますよ?」
「あ~……それ? ……そんなことも、あったな……」
それはたまたま、近所のオヤジが石を投げる瞬間に出くわしただけだし、自警団に関しては、俺が親父に買って来いと頼まれた酒を持って歩いていたら、「お前が飲むのか!」と絡まれたから、「俺が酒持って歩いてるのを注意する暇があるなら、リリアの家を見守れ!」と言っただけで、リリアの名前を盾として使っていただけだ。でも今さら、そんな事格好悪くて言えない。
「ほかにも、私達が雑貨屋に入りづらそうにしてたとき、リーパーが先に入って安くするように……」
「もう分かったからやめて!」
それはリリアの名を使って、呪いをかけられたくなかったら安くしろと、自分の分と一緒に値切ったからで、リリアとヒーには英雄に見えたかもしれないが、本当はただのチンピラだっただけで、聞けば聞くほど胸が痛い!
「それでも一番大きかったのは、リーパーがAランクハンターに昇格したときです」
「なんで? 関係ねぇじゃん?」
「町民の私達に対する接し方が変わったんですよ」
「俺が昇格したのに?」
全然関係無くね? 別に俺、シェオールの為にAランクになったわけじゃないし、そもそもシェオール関係ねぇし。
「えぇ。Aランクハンターが必死に守った姉妹は、本当に悪魔なのか、って」
「へぇぇ……肩書きって怖いな……」
ヤバイね一般ピープル。そんなんで評価されるなら、皆そういう仕事した方が良いんじゃね?
「でも、そのお陰で今の私達があります。ですから、私達はリーパーを英雄と呼ぶんですよ」
「私たち? ってことは、リリアもそう思ってたのか?」
リリアはしまった! という顔をした。
「……えぇ。……当然です!」
何か思いついたようにリリアは言う。
「私の言う事をなんでも聞いて、ときにフィリアのパンツをも盗む! そんな勇敢な僕を、英雄と言わずなんと言うんですか!」
「あぁ、あったなそんなこと……俺ゲロ吐くほど殴られたもん……」
こんな事ばかりさせるから、俺はリリアの名を悪用していたんだ!
「そう言うワケなので、私にはヒーを説得する力はありません。ここは男らしく自分でいいなさい!」
深いため息しか出ない。別にヒーが嫌いなわけじゃない、かと言って恋人にしたいとは思わない。どちらかと言えば可愛い妹という感覚しかない。
「分かったよ。じゃあヒーに、暇なときでもいいから来てくれるよう頼めるか?」
まぁヒーも言えば分かるだろう。そう思い、リリアに頼んだ。
「そのほうがいいです。では、私はそろそろギルドへ戻りますので。早く体を直して下さい」
そう言い残し、リリアは帰って言った。
リリアの姿が病室から見えなくなると、ため息しか出ない。思い込みの激しいヒーのことだから、あれは違うと説明するのが大変そうだ。
それにしても、まさかヒーがそんな風に思っていたとは、全く気が付かなかった。昔はリリアがいないときは、俺に引っ付いて袖に掴まっていたから、ただの寂しがり屋だと思っていたのに、今思い返せば、アレはそういう意思の表れだったのかもしれない。っていうか、いつから?
そんな思案をしていると、黒猫のミイアがベッドに飛び乗り、座った。そして、突然余計な事を聞いてきた。
「ねぇ? ヒーと結婚するの?」
「しねぇーよ! お前クレア追わなくていいのか?」
なんなのこの猫? 馬鹿にしてんの?
「クレアならほっといてもいいって、マイが言ってた」
「いいのかよ! 悪化しても知らねぇぞ!」
「町の人が見てるから、すぐに帰ってくるよ」
「……だろうな」
クレアも相当英雄視されているのに、よく出歩くなと感心した。今頃は病院に帰せと騒いでいるだろう。
「それより、ヒーと結婚するの?」
「しねぇーって! なんなんだよお前!」
「結婚した方がいいよ。リーパーはもうシェオールから出ないんでしょ?」
「さぁな! それは分かんねぇ!」
ミイアは体の横に丸めた尻尾を上下に一定のリズムで小さく動かし、黄色い目で俺を見ながら言う。
「子供は可愛いよ」
「だからしねぇって言ってんだろ!」
「みんな寂しいんだよ……」
「はぁ?」
そう言うと、ミイアはベッドから飛び降り、病室から出て行った。
一体何を言いたいのか、猫の考える事は分からない。
ミイアが去ると、病室には外からの牛車の音と、たまに通り過ぎる通行人の話し声が聞こえるだけで、とても静かだった。
やることも無くなり、どっと疲れた俺は、少し眠る事にした。




