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その後

 カランカランッ、という、金属の食器が落ちるような喧しい音で意識が戻った記憶がある。

 気付くと消毒液のような臭いと、ヒソヒソと人が喋る音が聞こえ、重たい瞼を上げようとすると、湿布のようなものが貼ってある感覚がし、右目は全く開かず、左目だけが半分ほど開いた。

 視界の先には、建物の天井と赤い壁紙が見え、もの凄く眠かったのを憶えている。

 ここはどこだ……?

 自分がベッドの上で寝ているのは分かるが、どこにいるのか分からない。首を動かし確認しようとしたが、ちょっと動かすと背骨にまで痛みが走る。 

 しかし雨の中を何十キロも歩き、筋肉繊維が破断したようなふやけた足が気持ち良さそうに熟睡している感覚と、耳を後ろから支えるほど深く沈んだ枕が、最高の心地良さを与えていて、気持ちが良かった。

「おはよう。自分がどこにいるか分かる?」

 視界の左側からマイが顔を出し言った。

 俺は「いや」と声を出そうと思ったが、喉仏に力が入らず、掠れた「ヒィヤ」という小さな音しか出ず、それを聞いたマイは何も言わず、視界の外に消えていった。

 眼球を動かすととても瞼が重く、それに疲れて、再び目を閉じた……


 次に目を覚ますと、真夜中なのかとても静かで、青暗い世界だった。

 近くにはほかにも誰か寝ているようで、スー、スーという優しくゆっくりした寝息が聞こえた。

 あぁそうか……病院で寝ている……

 ここで初めて気付いた。しかし何故寝ているかは考えられず、再び目を閉じた。

 

 わぁ! というような女性の声で目を覚ました。

 目を開けると昼間なのか明るく、人が活発に動く足音が聞こえた。

 どれほど寝たのか、瞼の重みは無く、眠気もしなかった。ただ視界はかなり悪く、左目半分しかなかった。

 左側で知らない家族が元気よく話しているような声が聞こえ、お見舞いに来ているのだと思った。

 無性に喉が渇いていて、水が欲しくて舌で唇を舐めようとすると、口が引っ張られるような感覚がし、いつもの半分も開かなかった。

 それでも唇を湿らせたくて、邪魔な前歯をこじ開け舌を動かしていると、誰かが左から姿を現した。

「あっ! 起きましたか?」

 リリアだった。そしてすぐにゴンザレスとサイモンも顔を出した。

「意識があるのか? おい! 俺が分かるか?」

「ゴンザレスやめて下さい! 少し私に任せてもらえますか?」

 俺の胸元で見えるように手を振るゴンザレスを止めたリリアは、目を見て言った。 

「リーパー? ここがどこだか分かりますか?」

 俺は「病院」と答える前に、一度口の中を湿らせたくて、母乳を吸う赤ちゃんのように唇を動かすと、リリアはそれに気付き、唇を水を染み込ませたガーゼで軽く叩いてくれた。

 俺は濡れた唇をピチピチと音を立て開閉させ、口の中を潤し「病院」と答えた。

 それを聞いてリリアたちは喜び、あの後の事について教えてくれた。


 俺がミサキの魔法の衝撃を受けた後、山亀は見事に頭を反転し、その後しばらくしてから、町とは反対のユリト方面へ歩き、そのままユリト領に入り、さらにそれを抜け、魔王領のプルフラス領に入って行ったらしい。今頃魔王軍は大騒ぎだろう。

 そのあと俺はクレアを抱きかかえ、砦に向かい歩き、砦から来たゴンザレス達に保護されたようだ。

 砦は俺たちの激臭焚き火のお陰でモンスターが逃げたようで、たいした被害はなかったらしい。

 クレアは火傷と、足首や腕の骨を折る重傷で、今は俺の左側で入院中。

 ミサキは最後の弾を使い魔力が枯渇し、酷い疲労状態でクレアの正面のベッドで入院中。

 マリアは怪我もなく元気だが、避難命令無視の罪で労働刑に処される事になったそうだが、クレアがマリアの活躍を訴えたお陰で、口頭の厳重注意と反省文で済んだそうだ。

 クエストの方は、クレア、ミサキ、ゴンザレス、サイモンの四人が撃退したという事になり、四人には撃退報酬の二十万ゴールドが与えられた。

 だが嬉しい事に、クレア達はそれを俺とマリアも入れた六人で分けてくれた。そして残りの二万ゴールドを町へ寄付し、町はそれで冒険者ギルドを建て、町の活性を図る計画を立案中で、ほとんどの町民には今回の件はありがたい限りのようだ。

 しかし、俺は脊柱骨と右肋骨にヒビが入り、右腕の骨折、打撲、裂傷、火傷など、体中に怪我を負った。

 腰の方もそれなりに負傷を負い、前以上に思い物を持ち上げたり、走る事などに制約が出るそうだ。

 さらにギルド協会の方から、ノンライセンスのマリアをクエストに参加させた罰として、ハンターライセンスの剥奪と、解雇処分とまで言われたそうだが、ニルが俺と自分の給料を三割カットすることで解雇はなくなり、ライセンスの方はアルカナ王が今回の活躍に、それは駄目だと直訴してくれたお陰で免れたらしい。

 それを聞いてニルに申し訳ないと話すと、「責任を取るのがギルドマスターの仕事だ」と言い、とても尊敬できる上司に見えた。だが、リリアの話ではその後も方々に呼び出され、そのたびに毎回泣きながら帰ってくるらしい。本当に悪い事をしたと思う。

 そのほかにも、今回の俺の失態の責任を自分のせいだと感じたリリアとヒーは、自分たちから報酬の三割カットを申し出て、責任を取ったという。本当に悪い事をした。

 自警団の方も、山亀の目覚めの前兆を察知出来なかったとして、見回り体制の強化をアルカナ王から命令されたという。

 そして、それとは別に、いろいろと面倒な事が起きているらしい。

 書類上は四人の手柄として記されているが、狭い町での出来事に、ほとんどの町民が今回の経緯を知り、俺のことも英雄と呼び出しているとか。これからかなり肩身の狭い生活をしなくてはならなさそうだ。 

 それに、ヒーとの約束もある。恐らくこれが一番面倒くさいだろう。

 それでも今回の事件はなんとか解決し、俺はしばらくの療養休暇に入った。

 


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