リーダー
「あっ! あそこ! クレアがいる!」
「クレア? 本当か!」
もう稲妻マークのようになってしまった俺には、クレアがいてもどうしようもないが、マリアの指差す方に目を向けると、五十メートルほど先の大きな岩陰に、身を隠すクレアとミサキを見つけた。
クレアは岩に張り付き、対人用の剣を手に山亀の様子を隠れるように窺っているが、背中の大きな剣は無く、兜も被ってはおらず、赤く長い髪がとても目立った。
その横にはミサキが長いロッドに捕まるようにして座り込み、とてもしんどそうにしている。
「クレアー!」
マリアは大きく手を振り、クレアの名を叫んだ。その声にクレアは気付き、ミサキを引っ張るようにして俺たちのところへ走ってきた。
二人は相当頑張ったのだろう。クレアは長い髪がボサボサになり、顔中泥で汚れ、ミサキは目の下に隈ができ、ロッドを握る手が震えるほどに体に力が無い。
「やっと来たか。手筈の方はどうなっている?」
こっちも色々聞きたいが、先ずはクレアの質問に答える。
「この先の第一展望の分かれ道で、山亀の軌道を変えさせる」
「私達はどうすればいい?」
「そこで一緒に準備をしてくれ」
「お前たちはどうする?」
「俺たちも一緒に行く。……ただ……」
「ただ? ……何だ!」
報告するかどうするか迷っていた俺は、クレアの怒鳴り声で、やっぱり言っておこうと報告することにした。
「俺、今ぎっくり腰になっちゃった……」
「…………はぁ!?」
クレアとマリアは声を揃えて驚く。ミサキも何を言っているんだという顔をしている。
「貴様は何しに来たんだ!」
「リーパーさん、ほんとなの!?」
「あぁ……だから叫ばないで……」
そんなに責められても、俺が悪いわけじゃない。俺だって好きでなったわけじゃない!
「まぁいい。とにかく、そこに行けば分かるんだな? 責任者はどいつだ!」
あ、いいんだ? クレアは意外と冷たい。そして、この質問には答えづらい。
「それは~……その~……いるのは、俺たち……だけ」
「はぁ!? ゴンザレスや自警団はどうした! アルカナの軍はまだ来てないのか!」
クレアの怒りは当然だ。今までアレを相手に援軍を待っていたのに、やっと来たのが腰の悪い親父と、ノンライセンスの小娘なのだから。
「ゴンザレスと自警団は、この騒ぎで逃げてきたモンスターの処理で砦から動けないらしい」
「はぁ!? 軍はどうした!」
「軍は来ない。自分のお庭を守るらしい」
「えええ! 軍来ないの!」
それを聞いて、今度はマリアが驚いた。
「くそっ! ここもアルカナ領内だろ! 何がお庭だ!」
「……とにかく、今は時間が無い! 急いで準備しよう! 山亀はあとどれくらいじっとしてるんだ?」
「分からん。ミサキの攻撃にも大分慣れてきたみたいで、動き出す時間が早くなってきている。そのうえモーションを盗まれたようで、ミサキの詠唱が始まると身を隠しやがる!」
口わる! しやがる? クレアは相当頭にきているようだ。
それにしても、さきほどの爆発はやはりミサキの魔法のようだ。マリアとほとんど歳は変わらないのに、とんでもない子だ!
「ミサキの魔法じゃ倒せないのか?」
「無理です……弾も、もう、残り少ないし……私の、魔法じゃ……甲羅に傷を、付けるのも……やっとです」
相当疲れているのか、ロッドを支えに体を預けるようにして、ミサキが答える。
「弾?」
「はい……私の魔法は……魔力を込めた……弾を、使います……」
魔法に関しては全くの素人だから分からないが、弾というのは聞いたことが無い。かなり特殊な魔法らしい。まぁ、あの威力なら当然だろう。
「ミサキもかなり疲れてきて、魔法の威力が徐々に落ちてきている。命中精度もかなり悪くなっていて、今出来て、少し後退させるくらいだろう。それでもほんの僅かだがな」
アレでもまだ全開の一撃じゃないとは、ブラックリストに載るのも分かる。
「す、すいません……私の魔力では……ここが、限界の、ようです……」
あの威力なら、もう十分だと思うが……
それでも申し訳なさそうに謝るミサキを見て、可哀想になってきた。
「謝る事は無いよ。よく頑張った!」
「貴様が言うな! おい! 腰を見せろ!」
もうほんとにクレアときたら、なんで俺にキツイの?
クレアは怒鳴ると、くの字の俺の背中に回り込み、強引に服を捲し上げ始めた。
「おい! 痛いっ! 何してんだ!」
けが人相手でもクレアは容赦なく俺の腰を出し、手を押し当てた。その手もかなり強めに押し出す。
そのせいで俺は反り返り、背中から足先まで痺れるような痛みが走る。
もう我慢の限界というほど痛みが走ると、「フンッ!」とクレアが駄目押しの活を入れた。その一撃で俺は膝から崩れ落ちたが、腰の痛みと重みが一気に取れた。
「おい。これでしばらく痛みは引くはずだ。さっさと作戦を始めるぞ!」
「何したんだ? お前スゴイな!」
立ち上がると、今までの痛みが筋肉痛のような痛みに変わっていて、これなら少しだが走る事もできそうだ。
「治療魔法だ。分かったならさっさと行くぞ!」
魔法まで使えるとは、クレアがうちのエースと言われる訳だ。
クレアの治療のお陰で足手まといが減り、俺たちは作戦地点へと向かい動き始めた。
その道中、山亀が動き出し、俺達を追うように山の陰から姿を現した。
立ち上がった山亀はさらに大きく見え、山縁に甲羅を擦るように右折する姿に、体の大きさのせいでまともに方向転換できないのだと知った。
「ミサキ! もう一度頼む! 今度は外さないでくれ!」
山亀は動作のわりに一歩の幅がデカく、やたら足が速い。このままでは追いつかれてしまう。そこでクレアはミサキに攻撃を頼んだ。
ミサキは頷くと、俺達に爆風の当らない物陰に隠れるよう指示し、一人山亀の進路上に立ち詠唱を始めた。その姿があまりにもカッコよく、ついつい見入ってしまった。
雨が強くなり声は聞こえないが、ミサキの足元に青い光の魔方陣が現れ、守るように包んだ。ここまでの魔方陣は初めて見る。
少しの間ミサキは光りの中で詠唱を続け、準備ができたのか、ロッドを天にかざし、振り下ろした。
それをボケら~っと見ていた俺とマリアは、「何をしている!」と叫ぶクレアに岩陰に引っ張り込まれ、すぐに飛び込んできたミサキと、クレアに圧し掛かられた。
誰かのオッパイが顔に当た……もの凄い爆発が起きた! 何が起きたか分からないほどのもの凄い爆発が起きた!
もの凄い爆音は、鼓膜より内臓が破裂しそうな質量を持つもので、音だけで泣きそうになった。
目を閉じ、誰かと誰かの胸の間に頭を入れ爆風と熱を凌ぐと、今度は大量の小石が降ってきて、おまけに大雨に打たれた。
しばらくその状態で耐えると、クレアが「行くそ!」と叫び、とにかく俺たちは作戦地点へ向かい走った。
後ろを振り返ると、山亀は甲羅に隠れ縮こまっていて、ミサキの攻撃が頭のすぐ上の甲羅に直撃したのが分かった。
甲羅の上の森の一部は土砂崩れを起こし、濛濛と煙が上がっている。
アレで倒せない!? もし作戦が失敗したら、すぐに逃げよう! そう誓った。
その後なんとか無事作戦地点に到着すると、息つく間もなくマリアが熟考した作戦の説明を始めた。
「リーパーさんとクレアはあそこで焚き火を起こして、臭いを出して! 私とミサキさんで、あっちで芳香狼煙を上げるから!」
マリアは今いる川原の真ん中より、ユリト側とは反対側の川原を指差し、そこで焚き火をしろと言った。
「匂いでおびき寄せる気か! それはもう私達が試した! その作戦では無理だ!」
クレアが反論する。
「いいから聞いて! もうこれしかないんだから!」
「リーパー貴様! 本当にこれが作戦なのか!」
マリアの顔を見たときは何も聞かなかったクレアだが、マリアではなく、俺を問い詰める姿に、まだマリアの事を認めてはいないのだと感じた。
「あぁ。ミカエルの本に、嫌いな臭いで誘導する方が効果的だって、書いてあったらしい」
クレアはそれを聞いて、グッと堪えた表情をして俺を睨んだ。英雄の言葉はそれほど説得力がある。
「しかし相手はアレだぞ! そんなに上手くいくのか!」
俺では説得出来そうもないのを悟ったマリアが、空かさず反論する。
「リーパーさんのドラゴンスキンがあるから、必ず顔を反らすはず! だからあそこで焚き火をすれば、嫌がって顔をこっちに向けるから、あとはクレアたちが煙でそのままブロックすれば、芳香狼煙の匂いにつられてこっちに来るはず!」
マリアの作戦は、俺が考えていた、嫌いな臭いで道を塞ぎ、進路を変えさせるよりもずっと理に適っていて、顔を上手く反らさせ、目線をずらし、体全体を向けさせる事で誘導するというものだった。
俺はただクレアと合流し、一か八かの作戦しか考えていなかったが、マリアはずっと移動しながらも作戦を練り続けていたのだろう。本当に賢い子だ。
「失敗したらどうする! あの図体だぞ! そう簡単に向きを変えるとは思えん!」
クレアは珍しく悲観的なことを言った。それでもまだ、俺に食い掛る。
「どうせこのままじゃ終わりだろ? それとも展望台に逃げるか?」
「クッ!」
今まで必死に町を守ろうとしていたクレアには、納得がいかないのは分かる。だが無理なものは無理なのは、クレアも分かっている。
これしかないのかと悔しそうにするクレアは、雨のせいもあり、とても切なく見えた。
「ねぇミサキさん? ミサキさんの魔法は角度を変えて撃てるの? 真横とか?」
マリアは諦めムードが漂う俺達をよそに、ミサキに訊いた。
「えぇ……ただし、爆風の影響を、受けないように……距離が、必要。それと……狙う場所が、見えないと、無理」
座り込むミサキはかなりしんどそうに答える。
「もしあの亀に横から魔法をぶつけたら、どれくらい動かせるの?」
「……五メートル、くらい……?」
マリアは目線を左下に向け、唇に鍵状に曲げた指を当て、少し考え、訊く。
「もし、あの亀の後ろ足くらいのところにぶつけたら、こぅ~クルッと回せる?」
マリアは駒を回すように手を捻った。それを見て、俺はマリアを本当に賢い子だと思った。
クレアとミサキも何が言いたいのか分かったようで、マリアを見る目が変わったのが分かった。
「……当てる場所が……見えれば」
「あそこにある第一展望なら、この川原全部見渡せるから、あの亀のお尻も見えると思うよ?」
ミサキはそれを聞いて、嬉しそうに笑みを浮かべた
「……ふふ。いいでしょう! ……ミサキ・フウラの、名に賭けて……やって、見せましょう! 展望台、までの、道を、教えて下さい!」
ミサキはヨロヨロと立ち上がり、力なくマントを翻し言った。
だがその顔には、待ってました! と言わんばかりの表情が溢れていた。
ここ一番で期待され、テンションが上がるのは分かるが、余計な体力を使わない方が良い気がする……
「大丈夫なのか? そんなヘロヘロで、まだ魔法撃てるのか?」
「まだ、弾は……あります。全て、使い切らなければ……私は……大丈夫です!」
通りすがりの町のためにそこまでするミサキが、とても格好良く見えた。大声を出したため、虫の息だが……
「お願いします!」
マリアはそんなミサキに頭を下げ、敬意を払った。
「じゃあ、クレアはリーパーさんと一緒に焚き火の準備をして! それが終わったら、私達の代わりにあっちで芳香狼煙を上げて!」
「分かった!」
もうクレアは、マリアをノンライセンスだとは思っていないようだ。
「リーパーさんは亀が来たら、顔に煙を当ててあっちを向かせて! あ、でも、亀があっちを向いたらすぐ逃げてよ?」
「あぁ分かった!」
すでにここにいる全員が、マリアをリーダーだと認めていた。




