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山亀

 曇天はさらに厚い雲を覆い、雷雲と化し、雲の中で稲光が竜のように走り、乾いた炸裂音が頻繁に聞こえるようになった。

 雨は強く音を立て降り、増水した川の流れる音と分別するのに、集中が必要なほどに勢いを増していた。

 俺たちは髪の毛が額にくっ付き、靴の中も歩くたびにキュッキュッと音がするほど濡れ、正直もう帰りたい。

 インナーベストのお陰でマリアは寒くはなさそうだが、川に全身浸った俺は芯から冷えてしまい、僅かな風に当るだけでも死にそうになった。

「まままままマリア。まっまままま、魔法ライター、ももっ、持ってない……?」

「あるけど? 何に使うの?」

「ささささっ寒くて死にそう! あああ、あとで弁償するから、こっ、壊してもいいいいか?」

「別にいいけど。それ安いやつだから弁償しなくてもいいよ」

「あああありがとぅ」

 さすがに限界だった。寒さで腰もふくらはぎも腕も痛い。三月の川に入るなど馬鹿のすることだ! 大体雨の日に外にいるのがおかしい!

 マリアから手渡されたライターを、すぐさまガタガタ震える手で地面に叩きつけ、すぐに破片の中から小さな魔法石を、河原石の下から必死に探し出し、マリアに手渡した。そして背中に手を入れさせ、魔法石をインナーベストの魔方陣に当てるよう指示した。

 マリアは一瞬硬直したが、はたから見ても死ぬ寸前の俺を見て、快く協力してくれた。

 マリアが背中に手を入れると、凄い勢いでベストが暖かくなり、まるで寝湯に使っているかのように体を温めた。

「あぁ~。さささ最高~」

「なにコレ!? 凄い暖かい!」

 背中に手を入れるマリアもそれに気付き、驚いている。

「こここ、これ裏技。まままま、魔法ライターの魔法石っててて、まま魔力を高める効果あああんだよ。そそそれを魔方陣に当てると、こここ効果を、ななな何倍にもしてくれる、んだぜ。すす凄いだろろ?」

「へぇ~。これ、なんにでも使えるの?」

「ほっ、ほとんどは使える。ででででも、あっあんまり大きい石とか、だと、あああ危ないから、もももし、やるなら、気をつけろ、よ」

「へぇ~。ハンターのマメ知識ってやつ?」

「いや。こっこれは、雑貨屋で働いてるときに、聞いた。でっででも違法らしいから、ひっひっ、秘密、な」

「分かった」

 色々な仕事をしていれば、その道の抜け道みたいなことも知る。経験とは正に最高の武器だ。

 しばらくマリアの手も借り体を温めると、冷えも無くなり、風も気にならなくなった。

「ありがとう。もういいよ」

「じゃあ、行こう!」 

 マリアの案内と地図を確認しながら、拳大の岩が転がる川原を上流に向け進むと、正面に見える山を迂回するように川原は右に折れていた。

 そこを曲がると、二百メートルほど先まで今までと同じような景色が続いていて、今度は左側に折れていた。

 ドラゴンスキンのお陰でモンスターに出くわす事は無く、ほとんど戦う装備をしていない俺たちにはありがたい限りだ。

 それでも一応周りに目を配り進んでいくと、雨の中でも分かるほど凄い焦げ臭さと、春先の畑を掘り返したような、何ともいえない牛糞のような芳しい臭いが漂ってきた。

 この大雨の中でもその臭いは歩を進めるごとに強くなり、マリアと俺はあの山の角を左に曲がれば、この事態を引き起こしたモンスターがいると確信し、俺を先頭にゆっくり進んだ。

 もう少し、もう少しで左折地点というところまで来たとき、山の陰で生木が何本も折れるバキバキッという音と、ゴゴゴゴゴッという土砂崩れのような音が聞こえてきた。

 俺はすぐに腰を屈め、マリアにこれ以上来るなと手で合図を送った。

 音はさらに大きくなり、臭いとその音から完全に山亀の仕業だと分かり、一度完全に足を止めた。

 それでも興味の方が上回り、ここは一旦安全な距離まで下がり様子を見るのが定石だと知りつつも、その姿を一目見ようとマリアに合図を送り、構わず進む事にした。

「マリア、気を付けろよ」

 マリアも気付いているが、それでも慎重にという意味を込め、出来るだけ小さな声で言った。

「え? 何?」

 しかし雨のせいか、さすがにまだ読唇術も手合図も覚えていないマリアは、平然と大きな声で返事をする。やはりまだ経験が足りないようだ。

「マリア、声がデカい!」

 ハント中は音を立てない。これは基本中の基本だ! 

「ご、ごめんなさい……」

 その声は聞こえたようで、マリアは肩をすくめ謝った。それを見て、咄嗟に手で分かるように「良いんだと」合図を送った。

 ちょっと強く言い過ぎた! ごめんマリア。まだ見習いだもんね。

 仕切り直しで、もう一度ついて来いと手合図を送り、山亀の姿が見える地点までもう少しという所まで近づいた。その瞬間、突然空が青くなったと思ったら、熱を感じるほどの強烈な赤い光に続き、地面と内臓を揺らすほどの巨大な爆音が響き、それとほぼ同時に、山の陰から熱風と爆風に飛ばされた大量の大小の岩が、弾丸のような音を立て飛び出してきた。

 慌てた俺は頭を抱え、後ろに尻餅を付いて転んだ。もう少し先にいれば俺は死んでいただろう。

 爆風が収まると雨は止み、爆風の直撃を受けた山肌の木々はほとんどが倒れていた。

 その光景に呆気にとられていると、突然バケツをひっくり返したような雨が降ってきて、すぐに小雨になった。

「……リーパーさん……? 今の……何?……」

 マリアも突然の事に、びしょびしょになりながら呆然とし、ボソッと言った。

「さっ、さぁ……?」

 分かるはずが無い! これがもし山亀の力なら、シェオールどころか魔王軍でも終わりだろう。こんな化け物聞いた事も無い! 俺の知っている山亀は、草食で攻撃手段を持たない、ただ歩くだけで迷惑な奴だとしか知らない!

 とにかくこれはもう俺たちじゃ無理だ! そう思い立ち上がると、背骨が引き伸ばされる感覚がした。

 さっきの転倒でぎっくり腰になったようだ!

 ヤバイ! と思いゆっくり背中を伸ばすと、膝の裏から太ももの裏を電気のような痛みが走った。

 歩く事は可能なほどのものだが、深く腰を曲げたり、足を高く上げる事は無理な状態だ!

「リーパーさん? 今のって……まさかクレアがやったの?」

 マリアは俺の危機に気付いていないようで、下手に言って心配させるわけにもいかず、腰のことは黙っている事にして話を合わせた。

「いっ、いやたぶん違う。魔導士でもない限り無理だ。多分……」

 そう自分で言って思い出した。ミサキが合流している!

 それでも、ここまで威力があるとは思えず、それは無いと思い、僅かな望みを捨てた。

「多分?」

「いや……とにかくクレアたちが近くにいるはずだ。マリア、悪いけどちょっと覗いてみてくれ」

「分かった!」

 もう動きたくなくて言った俺の言葉に、マリアはそんな危険なことを私に頼む? などと一切思わず、素直に言う事を聞いてくれた。マリアが良い子で助かった。

 先ほどの爆発を見ても、マリアは臆することなく駆け足で大きな岩まで行き、その陰に身を隠し、山亀がいるであろう方を覗いた。

 俺は一応そのあとを追いかけ、マリアのそばへ向かったが、覗いたマリアは口を開けたまま、ゆっくり空を見上げるように頭を上げだした。

 山亀を知らないマリアには、相当衝撃的な景色が見えているのだろう。

 やっとの思いでマリアの下に行き、岩陰から山亀の姿を確認するため覗いた。すると……

 見た瞬間もう絵が違った!

 まるで水彩画の風景画の中に生きた亀がいる! それくらい違った! そしてデカイってもんじゃない! かなり離れているはずだが、すぐ近くにいるような気がするほどデカイ!

 山峡一杯の横幅と、ここからでも頭を空に向けなくては天辺まで見えないほどの高さがある。肌も岩石のような色と形をしていて、甲羅には森の生態系が形成されている!

 ほんとに山だ! 俺が図鑑で見た山亀はこんなにデカくない!

 これは本当に駄目だ! そう思い、逃げようとマリアに声を掛けようとしたその瞬間、あまりの驚きにぎっくり腰を忘れ、背中を伸ばしてしまった。

 するともの凄い電撃痛が腰から背中、太ももの裏に走り、声が出なくなるほど動けなくなってしまった。だがそのお陰で、山亀に圧倒されていた俺は正気を取り戻した。

「マッ、マリア? ぎっ、ギルドに戻ろう?」

 冷静さを取り戻すと、今俺がやらなければならないのは、マリアを連れ安全な場所に逃げる事だと思った。

 その声にマリアは我を取り戻したようで、口を開けたまま何度も俺の顔と山亀を見て、挙動不審になった。

 人はパニックになると、こんなにも首を振るのか。俺もぎっくり腰になっていなければ、オロオロしていただろう。

 だが、何度か首を振ったマリアは何かに気付き、その方向を見て声を上げた。

「あっ! あそこ! クレアがいる!」

「クレア? 本当か!」

 コンディション最悪なのも忘れ、その名にホッとした。

 


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