ギルドスタッフ 朝礼
リリアの「朝礼を始めます!」という声で、受付前に集合させられた。この時、俺は初めてこのギルドで働く全ての従業員と顔を合わせる。
このギルドでは、俺達受付班とは別に、ジャンナで料理を担当する食事処の三人を加え、今日はまだ顔を見せていないここの責任者、ギルドマスターのニルを合わせ全七名だと知る。
どこのギルドでもそうだが、ギルドは武器屋や薬屋など、様々な店を併設しており、ここのギルドも例外なく、飲食物を提供する、お食事処を経営していた。
これは大きな町のギルドならいざ知らず、田舎の小さなギルドでは、経営維持するだけの収入を得られるほど仕事が無いためである。
本来ギルドは、街の生活圏の確保や維持のための組織であり、その町々で維持、経営している。その資金として使われるのが、俗に言う税金というやつである。つまりギルドの経営難は、その町の危機となる。その為、ギルド自体が如何に利益を上げられるのかが、その町の強みとなるのである。
シェオールも当初は他の飲食店との摩擦があったようだが、ハンターが調達するレアな食材を使った料理で特色を出し、住み分けているようで、現在ではそれなりに町の収益に貢献しているようだ。
「え~では、先ずは今日からここで働く新人の、リーパーです! みんな知っているはずなので、ここは割愛します。では今日の……」
「ちょちょちょっと、紹介ぐらいはちゃんとしてよ! 初めて会う人もいるんだからさ」
「面倒くさい人ですね? 今でなくては駄目ですか?」
「おい! 適当過ぎじゃねーか!」
リリアは何故サブマスターになれたのか、疑問になる。
「リリア。事が進まないので、少し時間を割きましょう」
リリアのあまりの適当さに、ヒーが諭してくれた。
「仕方ありませんね。では、こっちがホール担当のフィリア。こっちの二人がシェフの、ジョニーとアントノフ。これで良いですか?」
フィリアとジョニーは姉弟で、昔からの幼馴染だ。
フィリアは正にお嬢様という感じの女性で、金色のロングヘアーに綺麗な顔立ちをしている。言葉遣いも綺麗で、とても優しい性格をしており、リリアの事を何故か様付で呼ぶ。運動神経も高く、シェオールでは一番と言われるほどの美人でもあるが、ちょくちょくお金に五月蠅かったり、時々暴言に近い言葉を吐くことがある。
ジョニーは一八〇後半の長身で、筋肉質で肩幅が広い。その為とても大きく見える。短い黒髪はさっぱり整えられ、無精ひげも綺麗に剃られていて清潔感がある。元アルカナ騎士という経歴があり、剣の達人である。性格は正に武人という感じで、寡黙で、ヒー程ではないが無駄口を叩かない。良く気が利き、他人が気が付かない所に目が届く性格だ。しかし自分をどう表現したら良いのか分からず、たまに鬱陶しさを感じるときがあり、そのせいで、昔はよくリリアに虐められていた。現在は大丈夫だとは思うが……
「フィリアとジョニーは知ってるよ! アントノフさんとは初めてだよ。あっ、どうもリーパーです。よろしく」
アントノフは目が合うと、無言で軽く会釈してくれた。
アントノフはジョニーと同等の身長で、スラリとした細身の体型をしている。落ち着いた茶色の少し長い髪をオールバックにしているが、優しそうな顔をしている中年男性だ。
「これで良いですね? 朝礼はすでに仕事です! 良いですか!」
「あ……はい。……すみません……」
お前が言うな! と言いたかったが、新人の俺は素直にサブマスターの言葉に謝った。
「それでは。今日明日と、ギルドマスターのニルが連盟の会議で不在です。ですので、何かあれば私の指示に従ってもらいますので、よろしくお願いします。報告は以上です。何か質問はありますか?」
誰も気になるような事は無いようで、応答しない。当然俺も質問はない。というか、俺には良く分からない。ギルドマスターが会議でいない事を聞いても、何の役に立つのだろう?
「ではフィリア。今日はフィリアがお願いします」
「はい。リリア様」
そう言うと、メンバーは二人ずつ向かい合った。
何々!? 何が始まるの? ちゃんとしないと怒られる!
「リーパーは私とです。フィリアに続いて、真似をして下さい」
全く説明の無いまま事が進み、動揺する俺に、ヒーが優しく声を掛けてくれた。ヒーが先輩で良かった。
何が始まるのか分からない俺は、とりあえずヒーに言われた通り向かい合い、フィリアの真似をすることにした。
「ようこそシェオールギルドへ!」
大きな声でフィリアはそう言い、向かい合うジョニーにお辞儀した。
「ようこそシェオールギルドへ!」
それに続いて皆も同じように声を出し、向かい合う相手にお辞儀した。
「よよ、ようこそシェオールギルドへ」
俺も慌ててそれに続き、ヒーに向かってお辞儀した。だが、なんだか恥ずかしくて、皆より大きな声は出せなかった。
「御用件は何でしょうか?」
そんな俺などお構いなしにフィリアは続け、その声に皆が続く。
「御用件は何でしょうか?」
とにかく真似をしなければ、仲間外れにされてしまうような気がして、俺も必死に真似をする。
「畏まりました!」
「か、かしこまりました!」
「ご利用ありがとうございます!」
「ごごご、ご利用ありがとうございます!」
そこまで言うとフィリアは、突然右腕をぐっと構え「それでは今日も、元気よく行きましょう!」と握った拳を高々と揚げた。
え!? と驚く俺だが、皆はそれに応える様に「おう!」と声を上げた。俺も慌てて皆に合わせる。これって普通なの?
これは一体何なの? とヒーに質問しようとすると、フィリアたちジャンナの班はさっさと厨房へと入って行った。
ええ!? 誰か説明して!?
何だかよく分からなかったが、とりあえずミーティングは終了したようで、やっと仕事が始まると思っていた俺に、リリアが声を掛けた。
「何をボーっとしているんですか? 打ち合せしますよ?」
「えっ! 今のは何だったの?」
ええ!? 今のは朝礼じゃないの!? なんで俺達集めたの!?
「全く貴方という人は。朝礼ですよ。ちょ・う・れ・い」
えええ‼ 今、朝礼終わったのに、また打ち合わせすんの! あれは何だったの?
「リリア。もう少し分かり易く説明してあげましょう。少し省き過ぎです」
ヒーは本当に良い子。ヒーがサブマスターやればいいのに。
「朝礼の説明を分かり易くの意味が分かりませんね? 見て覚えなさい!」
「職人か!」
リリアは本当に適当過ぎる。ちょっとしたパワハラではないかと思う。そんな俺に、ヒーが優しく説明してくれた。
「今のは合同の朝礼です。部署が違えど同じギルド内ですから、ギルドマスターから今日の業務内容の変更や、指示があるんです。いつもはニルがもっとしっかり行います」
「今日はリリアだったから、良く分かんなかったって事か?」
「はい」
「良く分からないは余計です!」
リリアは不満そうに言うが、自業自得だ!
「じゃあ、最後のあの掛け声は?」
「あれは発声とお辞儀の練習です。毎朝行うので、覚えておいて下さい」
「了解」
客商売はこういう朝礼をしているんだなと、少し感心した。
「もういいですか? 打ち合わせしますよ?」
「あ、はい」
一応サブマスターのリリア。従わないわけにはいかない。
「今日は私が受付を担当します。ヒーはリーパーを連れ、裏方の仕事を教えてあげて下さい」
「分かりました」
「リーパーも分かりましたね?」
「はい、サブマスター」
「なかなか良い返事ですね。では以上!」
俺にサブマスターと呼ばれた事が嬉しかったのか、リリアはニッコリ笑い、満足そうな表情を見せた。
「では、本日の営業を開始します!」
リリアはジャンナの皆にも聞こえる様に叫ぶと、正面扉の鍵を開け、本日の営業が始まった。