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ブランク?

 雨はさらに強くなり、雷も鳴り始めた農道を畑に向かい進むと、桜の木に向かいマリアは道を外れ、茂みの中へと入った。

 俺たちも小さい頃、秘密の抜け道を見つけ勝手に山に入り、そこで秘密基地を作り遊んでいた。子供なら誰でもすることだ。

 マリアが入った茂みも、昔俺たちが使っていた道と同じだと気付いた。

 俺はシェオールでのハント経験が無いため、地図でしか山を見ておらず、それほど詳しくない。それでも、子供が行ける範囲くらいは大体知っていた。

 俺が知る道なら、このあと小さな沢に出る。その沢を下流に下ると小さな川にぶつかり、その川を今度は上流に向かい進むと、両脇を大きな岩が塞ぎ、その上に倒木が橋を掛けた状態の、丸太橋と呼んでいた場所に着く。

 マリアも同じ道を進み、丸太橋まで俺を案内した。

 当時の俺たちには、川の深さは腰ほどまであり、いつも両脇の岩をよじ登り越えていた。だが今は雨で全身がびしょびしょという事と、時間が無いためそのままエメラルド色に濁った川に入り、岩の間を進んだ。

 川に入ると予想以上に冷たく、インナーベストが無ければ大変な事になっていただろう。しかし十年以上前とは違い、膝上ほどまでしか水に浸からず、それを見て、当時の自分達の身長を思い出し、大冒険だったと懐かしくなった。

 丸太橋を超えると川は右方向に曲がっており、その先に天然の石のウォーター滑り台がある。

 滑り台の下には腰ほどの深さの滝つぼがあり、当時からわんぱくだったリリアが、ヒーの手を引っ張り滑り降りていたのを思い出した。

 こんな緊急時でも懐かしくなってしまう。

 当然マリアも滑り台の方へ進むのかと思ったが、左側の倒木だらけの方へ進み出し、ドロドロの地面に膝を付き、四つん這いになりながら倒木の下のトンネルに入って行った。

 マジか! と思ったが、マリアは俺を気にも留めず進み、迷っている俺に向かって中から叫んだ。

「リーパーさん早く! こっちですよ!」

 言われなくても分かっている。しかし歳のせいか、泥まみれの倒木の下を四つん這いで進むのは気が引ける。

「早く!」

 子供というのは本当に凄い。よくこんな道を見つけたものだ。

 今は汚れるだのなんだの言ってられない俺は覚悟を決め、四つん這いになり倒木のトンネルに入った。

 トンネルの中は光りが差し込み意外と明るい。しかし雨のせいで地面も天井も黒い泥でぐちゃぐちゃ。そのうえ泥は小石混じりで、草鞋虫やら蜘蛛が藁藁いる。

 そんな地面の感触が手に伝わると、より気持ち悪い。

 しばらくの間、トンネルの中をマリアの小さなお尻を見ながら進むと、平坦だった地面がだんだんと斜面になっていき、最後にはほぼよじ登る形になった。

 息を切らし登る俺に比べ、マリアは上手に倒木に手と足を掛けながらどんどん上っていく。

 過酷だ。倒木の隙間から差す雨と、マリアが落とす泥交じりの雨水で、頭からつま先まで泥だらけになり、口の周りに付く泥を手で拭うが、手も泥だらけだから、拭いても吹いても意味が無い。

 ぺっぺっ、ぺっぺっと唾を吐きながらなんとかよじ登ると、やっと倒木のトンネルを抜けた。

 やっとの思いで泥地獄を抜けると、枯れ草の上には、まだ溶けきってない雪がちらほら残る林に出た。

 ブランクのせいか、少し休みたいが、マリアは俺にこっちだと声を掛け、構わず緩やかな斜面を下り出した。

 現役の時って、このくらい平気だった気がする……怖いね、ブランクって。

 少し進むと斜面は急にきつくなり、マリアは枝を掴みながら滑るように下り出し、あまりの過酷さに、本当にこの道であってるの? と疑問になってしまった。

 それでもマリアに続いて斜面を下ると、木々の間から石だらけの広い川原が見えた。

 川原はここからでは真ん中に川が流れていて、川幅に比べて川原の広さが吊り合わないほど広く見えた。

 おそらくあの川がシェオール川だろう。そう思っていると、

「あれが第一展望台!」

 と、マリアが向かいの山の上を指差し言った。どうやらこの川原が山亀の通り道のようだ。

「じゃあ、ここはもうハントエリアなのか?」

「うん」

 辺りの木はまだ葉をつけておらず、見通しは大分良い。しかしその分獣道が分かり辛く、獣からも発見されやすい。かなり危険な状況だ。

「マリア、ちょっとあそこで休もう」

「えっ! 別にいいけど……あんまり時間ないよ?」

「少しだけだ」

 ここから先は危険地帯だと知り、川原まであと五メートルほどの斜面の上に、丁度よい広さのスペースを見つけ、俺はそこで足を止める事を提案した。 

 別に休憩するつもりは無い。ただ、ここから先は大型のモンスターが出てもおかしくないエリアだと知り、ドラゴンスキンを使い、防獣対策を施したかっただけだ。

 戦闘用の装備のない俺たちは、自分と同じ体重の獣にさえ勝てない。

 俺は腰袋からドラゴンスキンを取り出し、マリアに手を出すよう指示した。

「マリア。ドラゴンスキンを掛けるから、手を出して」

 マリアは両手を出し、俺はそこにドラゴンスキンを掛けた。

「それを自分の胸から太ももに擦り付けろ」

「うん」

 マリアは胸の前で腕をクロスさせ、体に塗りたくる。

「あと、俺の背中も、擦って臭い付けて?」

「うん」

 マリアが俺の背中に臭いをつけると、今度は俺がマリアから香水を手に降り掛けてもらい、自分の体に塗り、マリアの背中にも擦り付けた。

「よし! じゃあ行くか! 第二展望台はどっちにあんだ?」

「あっち!」

 マリアは北を指差し言った。

「でも、まずここから降りなくちゃ駄目だよ?」

「分かってるよ」

 ちょっと高いが、枝を掴みながら降りれば問題ない高さだ。

 俺はマリアより先に川原に降りるため、枝を掴み斜面を下り始めた。

「リーパーさん。そこから降りるの?」

「どこからでも同じだろ?」 

 マリアの言葉の意味を理解していなかった俺は、逸る気持ちでマリアを置き去りにするように下る、が、それがいけなかった。

 少し降りると、急に斜面は三メートルほどの崖になり、気付いて戻ろうとしたときにはもう遅く、掴んでいた枝が折れ、そのまま飛び降りる形で滑落し、着水した。

 着地点には崖に沿って川が流れており、川幅と深さはそれほど無かったが、流れが急で、全身ずぶ濡れとなり、少し流されてしまった。

 慌てて岸辺に這い上がると、安全に降りてきたマリアが駆け寄ってきて、心配そうな顔で声を掛けた。

「大丈夫? 私が早く言えばよかった。ごめんなさい……」

「いや、いいよ。丁度泥だらけだったから、洗おうかと思ってたから……」

 この失態は超恥ずかしい! 俺がAランクハンターという事を知っているマリアの前では余計に恥ずかしい! 言い訳もさらにダサい! きっと制服のせいだ! こんな動きにくいギルドの制服が悪い! きっとそうだ!

 とにかく、泥も落ちさっぱりした俺は、寒さに耐えながら地図を広げた。

 地図を見ると自分たちの現在位置を確認し、第二展望で軌道を変えると言っていたリリアの言葉を思い出し、山亀の現在位置を予想した。

 地図には、川原はここから北には山峡を蛇行しながら延びていて、南側には三百メートルほど先を左に一つ折れた先に砦が記されている。

 そして現在立っている地点から見える、西北のユリト領へ続く川原が最後の分かれ道だと知った。

「よし! ここで向きを変えよう!」

「向き? なんの?」

 マリアは山亀のことをまだ知らない。それを思い出し、もういい加減教えるべきだと思い、話す事にした。

「今クレアたちが戦ってるのは、山亀って言う亀のモンスターだ。そいつはでかくて討伐は無理そうだから、ここであっちの道に軌道を変える。だからこのへんでドラゴンスキンを使って臭いを出して、あっちでも芳香狼煙を使って、その亀をあっちに行かせる」

「へぇ~そうなんだ。そんなモンスターいるんだ? でもどれくらい?」

「山亀って言うくらいだから、山くらいあんじゃねぇの?」

「まさか? そんなモンスターいるわけ無いよ?」

 山亀はレア中のレアで、市販の図鑑にはほとんど載っていない。いくら本好きのマリアでも知らないようだ。かく言う俺も、ほとんど知らない。

「まぁとにかく、ここでそのモンスターをあっちに行かせる。分かった?」

「分かった! でも、リーパーさんって、あっちって言葉多いね?」

 歳のせいか、いつの間にかあっち、こっち、という言葉が多くなっている。しかし! 俺はまだ二十七だ!

「……気のせいだ。先ずはクレアと合流して山亀を探そう。さぁ行くぞ!」

「うん」

 作戦も決まり、俺たちはクレアと合流するため、上流を目指す事にした。


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