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説得

 しばらく冷たい雨の中を、上から下までびしょびしょになって走ったが、全くマリアの姿が見えない。完全に見失った。

 道は一本道だから、必ずマリアに追いつくはず。だと思ったが、自分の家まで辿り着いてもマリアの姿は見えない。

 マリアの足の速さなら、とうに追いついても良さそうだが、何せ久しぶりの全力疾走と、走るには向いていないギルドの革靴。冷たい雨による身体能力の低下と、雨を吸ったピチピチのパンツ。そして引退の原因である腰の鈍痛。かなり言い訳目一杯だが、この辺が俺の限界らしい。

 とにかく靴だけでも取り替えようと、一度家に入った。

 家に入ると、二階から足音が聞こえ、火事場泥棒が侵入したと思い、花瓶を手に二階へ上がった。

 全然呼吸は整わず、気配も消せないが、床に着く濡れた小さな足跡を見て、多分マリア……いやそうだ! と思い、声を出した。

「おい! 誰かいるのか!」

 すると重い鉄の何かが倒れる音が俺の部屋から聞こえ、すぐにマリアが顔を出した。

「マリア! お前、人ん家で何してんだ!」

「エヘヘヘ……ゴメンなさい」

 マリアも俺に気付き、俺の狩猟用の小型ナイフを持って部屋から出てきた。あれを持って何をする気だったのだろう?

「お前、勝手に牛車降りたら駄目だろ! 急いで戻るぞ!」

 その言葉に、マリアは表情を変え、拒否した。

「嫌だ! 私はクレアのとこに行く!」

「行ってどうすんだよ? それに、なんで俺ん家で泥棒してんだ?」

「そっ、それは……リーパーさんの家なら……役に立つアイテム……あるかと、思って……」 

 マリアはどんどん声が小さくなる。

 確かに現役時代の武器や防具はあるが、役に立つようなアイテムはほとんど無い。っていうか、それでも普通、泥棒する?

「アイテムが欲しいなら、アルカナから帰ってきてからやるよ。だから今はアルカナへ向かうぞ!」

「嫌だ!」

 誰かと同じようなやり取りを、ついさっきした憶えがある。どうしてシェオールの女は頑固なんだ!

「どうしてそんなにクレアのとこに行きたいんだ?」

「クレアなら……町を守ってくれるから……」

 出た! これだから素人は。Aクラスハンターはどんだけ凄いと思われているのか。怖くなる。

「そう思うんなら、マリアが行かなくても大丈夫だよ。俺たちが行けば余計迷惑がかかるのは分かるだろ?」

 マリアはナイフを両手で持ったまま、黙り込んでしまった。

「とにかく行くぞ!」

 マリアからナイフを取り上げ、部屋の中に放り込んだ。そして体を階段に向け、俺に付いて来いと催促する。だがマリアは動こうとはしない。

「マリア? 聞こえてるんだろ? 皆心配してんだから言う事聞けよ?」

「嫌だ! リーパーだってAクラスのハンターなんでしょ! だったらどうしてクレアの助けに行かないの!」

 マリアが委縮しないよう優しく言ったのに、マリアときたらコレだ。だがそれを言われると、俺もさすがに辛いものがある。しかし今はギルドスタッフだ! 避難者の誘導を放棄して飛び出したから、多分戻ったら首だろうけど……

「俺は今は、ギルドの従業員なの。俺の仕事は避難する人を誘導するのが仕事なの。分かるだろ?」

「分からない! ギルドの仕事は町の安全維持でしょ! だったらモンスターを追っ払うのが仕事じゃないの!」

「それは違う。町は壊れても、人が無事ならまた元に戻るだろ?」

 本心ではそうは思っていない。しかし、嘘でもマリアを安全なところへ連れて行く方が大切だと思い、そう言った。

「それは大人がそう言ってるから言うんでしょ!」

「そんなことは…………そうだ……」

 なんかメンドくさくなってきた。嘘を付くのも、マリアを説得するのも。今の俺はさっきのヒーと同じかもしれない。マリアからすれば、俺は自分の保身のためにマリアを説得している、そう感じたからだ。

「だったらリーパーは、クレアもシェオールもどうなってもいいの!」

「そうは思ってないよ。だけど今は避難が先だ!」

「リーパーも周りの目を気にする駄目な大人なんだ……もういい! 私は一人でも逃げられるから、リーパーは先に行って!」

「それは駄目だ!」

 マリアは俺を押しのけ、一人で立ち去ろうとした。俺は空かさずマリアの右手首を掴んだ。すると、まるでさっきのヒーとのやり取りの、逆のような状態になっている事に気付いた。そしてマリアの次の質問に、ヒーの言葉の意味を知る事になる。

「どうして私の邪魔するの! そんなにギルドの仕事が大事なの!」

 なんで俺がマリアの邪魔をするのか? ギルドの職務だからか? ……違う! 自分のためだ! 俺はシェオールも、自分の家も、ギルドも、そこにいる全ての人も、全部含めて大好きだ! だから今あるものを守りたいだけだ!

 ヒーもきっとそういう事を言っていたのだろう。ただヒーは、マリアより俺を選んでくれた。それだけだ。

「ギルドとか関係ない! そんなもんのためにマリアを迎えに来るかよ!」

 目を合わせ怒鳴ると、マリアは無言で俺を睨み付け、掴まれた右腕を思い切り振り払った。

 それが分かった俺は、絶対に離すまいと、マリアの手首を掴む左手を強く握った。

 マリアは諦めず何度も腕を振るが、俺は離さない。

 しかし三回目でマリアは頭に来たのか、足を踏ん張り、腰を入れ腕を振った。その際腕を上から下に振り下ろし、最後に手首を内側に捻った。その所業はあまりに見事で、俺は投げ飛ばされ、咄嗟にマリアの腰袋を掴んでしまった。

 四つん這いにされマリアを見上げると、腰袋が落ち、中から小瓶が転がり出てきた。

 その小瓶は黄色の液体が入っていて、転がりラベルが見えると、とてもよく見たことのある、ドラゴンスキンという俺の私物だと気付いた。

 あれは一瓶三千ゴールドもする高級香水だ! 

「あっ……」

 マリアもそれに気付き声を零し、テヘッという顔をした。

「ヘイッ! お前何してんだ! これは笑えねーよ!」

 小瓶を慌てて拾い、マリアに言った。そしてほかにも盗まれていないか、落ちている腰袋の中を調べた。

 すると、カーウィンという高級ブランドの火打ち指輪や、浄水石のペンダントと、売れば金になるものばかり入っていて、マリアの悪どさと、気付いてよかったという気持ちで手が震えた。

 俺はゆっくりマリアの顔を見た。

 目が合うとマリアはすぐに目を逸らし、手を後ろに回した。それを見逃さなかった俺は、マリアに正面から飛びつき、尻から背中まで抱きつくように調べた。

 マリアはあちこち触られても抵抗はせず、それが何かとんでもないものを盗っていると直感し怖くなった。

 今考えると完全に少女を触る変態だが、その直感は的中し、なんと懐に八千ゴールドもした、狼煙花火を弾として打ち出せる狼煙銃を隠し持っていた。

「あわわわわ……」

 人生で初めて放った言葉だった。

 ありえないほど驚くと、人はよく分からない言葉を放つというが、本当だった。

 マリアの顔は俺の方を向いているが、斜め上に目線を上げ、唇を尖らせ、俺から少しでも遠くへ持っていこうとしている。

 俺は口が開いたままなのにも気付かず、しばらく滴る雨水の音が聞こえるほどの静かな時を過ごした。


「よし!」

 やっと事態を把握した俺は、マリアの腕を掴み言った。

「えっ!」

 マリアはそれに肩が飛び上がるほど驚き、「ゴメンなさい……ゴメンなさい!」と叫び、掴む俺の腕を両手で掴んだ。

 もう俺の心は悟りでも開いたように澄み渡っていた。

 マリアの言葉に反応を示す事もせず、腕を掴んだままアルカナへ向かうため、一度ギルドを目指す。と、突然轟音が響き、一瞬赤い光りが差し込み、窓ガラスが音を立てて震え出すほど家が揺れた。

 雷が近くに落ちたのかと思ったが、それが雷ではないとすぐに分かった。

 何故なら、空に木霊する轟音が乾いた音ではなく、ゴゴゴゴゴという重く鈍い音が、ゆっくりと空に響き渡ったからである。

 その異常な振動と轟音に、俺はそれがミサキの魔法によるものだと直感した。

 窓から山を見ると、爆発地点は山の裏側からのようで、黒煙が濛々と立ち上っている。

 その場所はすでに第二展望を遥かに過ぎており、クレアたちが失敗した事を意味していた。だが、それを過ぎてもまだ戦っている事に気付き、不安になった。


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