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ギルドスタッフ 四日目の朝

 朝、いつもと同じように起床し、いつもと同じように母の朝食を食べ、いつもと同じように出勤までの時間を寛いでいると、いつもとは違う、カーン、カーン、カーン、という自警団の警鐘の音が聞こえてきた。避難命令の合図だ。

 理由は様々だが、町に人命に関わる災害が訪れる恐れがあると、自警団はこのよく響く鐘を鳴らす。

 それを聞いて、家族全員一斉に窓まで向かい外を見た。家から見えることなど無いのだが、あの音を聞くとどうしてもやってしまう。

 外を見ると曇天の下、小雨が降っていて、地面も空も黒みがかっているくらいしか変化はない。

「おい! お前は先にギルドに行け!」

 父が避難準備を始めながら、俺に言った。

 ギルドは避難命令が出ると、町民が集まる避難施設の一つとなり、場合によってはそこから馬車や牛車で町民は避難する。

「えっ! ……あぁ分かった!」

 本来なら俺も一緒に避難準備をし、家族四人揃ってギルドへ向かう。しかし父に言われ、今の俺はギルドスタッフだった事を思い出した。

「先に行って待ってるぞ!」

 そう言い、俺は家族を置いて先にギルドへ向かった。

 ギルドへ着くとダイニングには誰の姿も無く、すぐにロビーに向かった。

「リーパー! すぐに制服に着替えて下さい!」

 リリアが俺を見て言った。

 ロビーにはまだ避難者は誰も来ておらず、今日休みのはずのリリアとヒーだけだった。

 俺は急いで休憩所に入り、制服に着替えだした。

 慌てていたためネクタイを締めるのに手間取っていると、ヒーが来て、落ち着いた様子でネクタイを締めてくれた。

「ありがとう、ヒー」

「リーパー、落ち着いて下さい。私達が慌てると、避難者が不安になってしまいます」

 ピンチのときこそ冷静に。ハンター時代学んだ事だが、こっち側の経験は初めてだ。

「あぁ、すまん」

 ヒーに言われ、深く呼吸をして心を落ち着かせた。すると、どうせいつものように何事も無く終わるだろう、と思い、冷静さを取り戻した。

 ロビーに戻ると、リリアから避難者についての指示があった。

「リーパー、よく聞いて下さい。避難者が来たら、絶対に慌てた様子を見せてはなりませんよ。普段どおり接して下さい。いいですね?」

「分かった」

 やはり基本中の基本らしい。

「では、先ずはジャンナのテーブルを壁際に寄せ、避難者の座るスペースを確保します。手伝って下さい」

「了解」

 リリアの指示の下、二人で綺麗に並べられたテーブルを動かし、大勢の人が座れるスペースを作り始めた。アントノフたちもすでに来ているのか、厨房からは調理器具を動かす音が聞こえる。その間ヒーは、タオルや毛布を用意し、雨で濡れた避難者が凍えないよう準備していた。

 小さな体で懸命にテーブルを運ぶリリアとスペースを作ると、ギルドはとても広く見え、ギルドが意外と大きな建物だと認識した。

 この非常時に、そんなどうでもいい事に感心していると、リリアに箒を渡され、床を掃除するように命じられ、掃除をしながら、忙しなく動くリリアとヒーを見て、本当に危機が迫っていると思うようになってきた。

 掃除が終わると、数名の避難者がギルドにやって来たのをかわきりに、ロビーはすぐにたくさんの避難者で一杯になった。

 雨で濡れた人の熱気とガヤガヤした話し声で、いつもののんびりした朝のギルドとは雰囲気が全く違い、ヒーはその群集が座る中を、毛布やタオルを配りながら忙しそうに動き回っている。

 その中にはうちの家族とリリアたちの母の姿もあり、それを見て一安心した。

「リーパー! ヒーと一緒に毛布とタオルを配って下さい!」

 リリアは珍しく大きな声で俺に指示を飛ばした。避難者の雑音にかき消されないためだ。

「分かった!」

 出来るだけ冷静に元気よく答え、少しでも皆の不安を煽らないよう心掛けた。

 毛布とタオルを持ち、足の置き場に注意しながら配り歩くと、濡れた髪をタオルで拭きながら、兄が俺の元に来て小声で訊いた。

「おい。何があったんだ?」

「わかんねぇ。俺もまだ聞いてないんだ。外の方はどうだった?」

「山の方で地鳴りと爆発音がしたって聞いた」

「モンスターか?」

「わかんねぇ」

 俺に何があったか訊く兄に、何が原因か訊いても分かるはずも無い。

「一応お前のライセンス持ってきたから、持っとけ」

 兄はそう言い、勝手に持ち出した俺のライセンスを渡した。

「使わねぇよ。俺ここの従業員だぞ?」

「無くすよりいいだろ? とにかく持っとけ」

 一般人からしたら、A判定のライセンスはとても貴重に見えるのだろう。事実うちの家では、俺のライセンスを額に入れ飾ってあった。

「分かった。持っとくから……とにかく、俺たちの指示には従ってくれよ?」

「分かってるよ。お前の邪魔はしねぇよ」 

 そのあとも避難者が続々とギルドに押しかけ、ほんの僅かな時間で足の踏み場がほとんど無くなってしまった。

 それでも新たに来た避難者にタオルと毛布を渡し、一通り配り終えることができた。

 やっとひと段落し、リリアに声を掛けると、ギルドマスターの部屋へ呼ばれた。

 部屋にはニルもいて、自警団の人間と話し合いをしている。

「いいですか。これは勝手に喋ってはいけませんよ」

 当然のように釘を刺されてから、リリアは事態の説明を始めた。

「山の方で山亀が出たと報告がありました」

「はぁ!? 何でそんなのが急に!?」

 山亀は、体長……いや正確な体長は分かっていない。とにかく山のように大きい陸亀で、とてつもなく重たい。動きは遅く、草食で人を襲うような事は無いのだが、歩くだけでも木々をなぎ倒し、町に入れば通った所を全て破壊してしまう。寿命は千年以上とも言われ、確認されている全ての山亀は、深い休眠状態に入っており、その眠りは二百年以上続くらしい。眠りから目覚めると一山分の木々を食べ、再び眠りに入る。と言われているが、ほとんどが謎の生物だ。

 討伐ランクは当然S。しかしSの中でも討伐された記録は一度しかない、超強力モンスターだ。

 出現すれば一個師団クラスの戦力が必要で、歩く軌道をずらすのがやっとだ。エネミー依頼が出ても、ほとんどのハンターが受けることはない。

 そんな山亀が何故シェオールに!?

「声が大きいです!」

 リリアに注意されハッとした。ニルたちも俺の顔を見ている。

「……すみません」

 俺が謝ると、ニルたちは再び話し合いを始めた。

「シェオールでも山亀が休眠しているのを認知していました。しかしいつ目覚めるかまでは分かるはずがありません。それがたまたま今日、目覚めただけです」

 そりゃそうだ。

「現在、クレアとミサキが合流して、川沿いを下りながら山亀が町に来るのを遅らせています」

「二人だけでか? ゴンザレス達は?」

「二人は山亀を発見した事を伝えに戻ってきました。しかし、再度クレアたちの下へ戻ろうとしましたが、山亀の存在に驚いた他のモンスターが砦に押しかけ、現在自警団と共にその対処をしています」

 シェオールでは山の入り口に砦があり、危険なモンスターが町に入れないようになっている。それでも山亀が来たら、その効力は皆無だろう。

「じゃあ、クレアたちは?」

「分かりません。ただ、ミサキの魔法が放たれる音が時折聞こえるので、まだ足止めをしているようです」

 あの二人はそうとうタフだと感心した。俺だったらさっさと安全なところへ逃げている。

「アルカナとミズガルドには報告したのか?」

「えぇ。先ほど両国から連絡がありました。アルカナはアルカナ街道上に、ミズガルドはメイル砦にそれぞれ軍を派遣し、山亀の軌道を変える準備をしています」

「それって……シェオールは見捨てるって事か!?」

「はい。国が被害を最小限に考えるのは当然の事です」

 よく聞くお役所仕事だ。良い事は言っているが、結局はトカゲの尻尾切りだ! どこの世界でもお偉いさんの考える事は同じなのだろうか?

「なので、山亀が第二展望でユリト方面へ軌道を変えなければ、全ての町民をアルカナへ避難させます」

 山亀は斜面を嫌うため、山の谷間の平地を歩くと言われる。シェオールの山は広い川原が多く、山亀が歩くには丁度よい広さがある。

 山には四箇所の見張り用の山岳展望台が設置されていて、そのうちの二箇所が川の合流地点を見渡す位置にあり、山亀の軌道を変えるとするならそこしかない。

「無理だろ。たった二人でどうこうできるもんじゃないぞ?」

「サイモンの話では、ミサキの魔法を受けると、山亀はしばらく甲羅に身を隠すらしく、上手くすれば軌道を変えられるかもしれないとのことです」

「凄いなミサキって……でも、山亀ってかなりずぼらって聞くぞ? 軌道変えるにも、折り返させるのは無理だと思うぞ?」

 川の合流地点は、町側からだとそのまま右か左かの選択で済むが、反対側からだと折り返す形で体を向けなければならない。登り斜面以外全てを踏み潰して通ると言われる山亀には、その作業はかなりの苦痛になるだろう。

「えぇ。ですので、自警団にお願いして、草食用の芳香狼煙をクレアたちに渡すようお願いしました」

 芳香狼煙は、モンスターが好む匂いを発し、惹きつける効果がある。

「でも、砦はモンスターが押しかけてるんだろ?」

「はい」

「はいって、何も解決してねぇだろ!」

「そうです。ですので、リーパーは外の牛車の荷台に、ここにあるシートで雨が当らないよう屋根を掛けてもらいます。分かりましたね?」

「……………」

「返事は!」

「……はい」

 自分の故郷がメチャメチャになるのは心苦しいが、山亀相手では人間など避難するのがやっとだろうと、革シートの山を見て虚しくなった。

「ジョニーとフィリアに声を掛け、三人でお願いします。私からの指示だと言えば分かります」 

「……分かった」

 シートを両手に抱え、暖かいスープを提供していたジョニーとフィリアを呼び、俺たちは外へ出た。

 外へ出ると、雨はかなり元気に降っており、シートを広げる僅かな時間で背中はびっしょりになってしまった。

 牛車が四台、馬車が二台、三人ではとても手が足りず、数名の牛飼いの手も借り、素人なりに何とか形にしようとした。しかし、風はほとんど無いにもかかわらず、シートを広げるともの凄い暴れ、シートに溜まった春先の冷たい雨水が顔に撥ね視界を奪われる。でも両手は離せない。それでも我慢して何とか荷台に掛けるが、今度は人が座るには高さが足りない。そんな俺たちに、柱を付けなきゃ駄目だと牛飼いは怒鳴り、さらに荷台に括りつける棒を探しに行くため、ジョニーがシートから手を放したため、シートは地面に着き泥が付く。そのうち誰かれ構わず、ああだのこうだの言い出し揉め出す。何故山亀は雨の日に動き出したのか、せめて五日前に起きろよ! と恨んだ。

 三月の冷たい雨でずぶ濡れになり、すっかり手も悴み、ギルドスタッフになって初めて辞めたくなった。

 それでも何とか屋根を掛けることに成功し、やっと俺たちは暖かいギルドの中へ戻る事ができた。


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