ギルドスタッフ 三日目終了
昼食は俺が先に済ましフロントに戻ると、入れ替わりでリリアが食事に入った。その間、俺は一人そわそわしながら受付で来客が無い事を祈っていた。さすがにまだ不安だ。
ジャンナにはすでに数名の客が来店していて、このギルドに受付って必要? と思ってしまった。
リリアが戻り、再び午前のように二人で受付を続けていると、本日二人目となる来客があった。
やって来たのは、この町では見かけたことの無い顔のエルフの女性だった。
細身の長身で、とても綺麗な金髪のロングヘアーに尖った耳、白い素肌に青い瞳。歳は分からないが若く見える。服装は普通の町民と同じだが、エルフというのはどうしてこうも美しいのだろう。
「ようこそシェオールギルドへ!」
やっと来た客、それも美人のエルフとあり、俺は元気に声を発した。そんな俺とは違い、リリアは客のエルフに、らしからぬ言葉遣いで接した。
「今日は何が欲しいんですか?」
「今日はこれを頂戴」
エルフはリリアの態度を気にする様子も無く、メモを渡す。どうやら常連客のようだ。
「リリア、彼女の事知ってんのか?」
「えぇ。彼女はエレナ。うちの常連客です。と言っても、ハンターではありません」
こんな美人が常連とは、俺はなかなか良いギルドに就職したもんだ。しかしこの町の人の顔は大体知っている、こんな美人を知らないはずは無い。
「リリア、新人さん?」
「えぇ、三日前に入った新人のリーパーです。覚えておいて下さい」
彼女も俺のことを知らないようだった。
「初めまして。私はリトビアで薬剤師をしてるエレナ。よろしく」
「よろしく」
手を握り挨拶。柔らかくて可愛い手をしている。
「今準備しますから、ちょっと待ってて下さい。リーパーはエレナの相手でもしていて下さい」
リリアはメモに書かれた素材を取りに倉庫に向かった。二人はよほど仲が良いのか、リリアの態度は普通の客とはかなり接し方が違う。でも俺としてはその方が話しやすくて助かる。なにせこんな美人と話せる事などほとんど無いのだから。それにしても気になることがあった。
「あの~? エレナさんはリトビアに住んでるんですよね?」
「そうだけど? やっぱり気になる?」
「まぁ~その、気に障ったならすみません……」
「私は気にしないから大丈夫」
リトビアはダークエルフの里である。ダークエルフは普通のエルフと違い、魔族の血が混じる種族で、一般的なダークエルフは茶色い肌の色と銀髪をしており、かなり好戦的だと言われている。前期の戦争では魔王軍側につき、人間やエルフと戦った。そのため現在では嫌われ者として迫害や差別を受けている。そんな里で、どう見てもエルフの彼女が暮らしているというのは、あり得ない話である。
「エレナさんは……ダークエルフなんですか?」
「エレナでいいよ。私敬語とか嫌いだから。私は純血のエルフだよ。だから安心して」
俺も昔ダークエルフを見たことはある。ただそのときは、殺され、吊るされている姿だった。
「いえ、珍しいなと思って。でもよくリトビアで生活できますね?」
「君も差別派なの?」
「え~、その……まぁ、どちらかと言えば……そうなりますね……」
ダークエルフのことはよく知らないが、常識的に悪と教えられた俺には、悪だ。
「まぁしょうがないよね、そう教えられるんだから。でも、全てのダークエルフはそうじゃないんだよ。リトビアはとくにね」
「はぁ……」
何と答えたらよいか分からなかった。この世界にはハーフエルフ、高魔族、オーク、ほかにも様々な種族が差別されている。そんな世界で何が良くて、何が悪かなど考えた事もなかったからだ。
俺の曖昧な返事に、エレナの表情も暗くなり、気まずい空気が流れ出す。しかしそのタイミングでリリアが戻ってきた。
「メモにある材料はこれだけです。確認して下さい」
リリアは笊に入った品をエレナに渡した。エレナは一つ一つ手に取りそれを確認していく。
「香料筑紫はまだ無いんだ?」
「えぇ。まだ発注していません。依頼書を作っておきますか?」
「お願い。でもギルドの方で作っておいてもらえる?」
「えぇ、いいですよ。うちでもそろそろ扱おうかと思っていたので、問題ありませんよ」
「ありがとう。材料はこれでいいわ。いくら?」
「五十六ゴールドです」
エレナは腰の袋から代金を支払い、リリアの確認が終わると、品を自分のバックに詰めた。
「じゃあ今日はこれで帰るね。リリア、次いつ遊びに来るの?」
「そうですね……月の終わり頃だと思います」
「そう。じゃあまた来たときにでも教えてね。それじゃリーパーも頑張ってね、じゃあね」
エレナは嬉しそうに手を振り、帰って行った。
「どうです、美人でしょう? しかし手を出してはいけませんよ」
「出さねぇよ! それよりお前、リトビアに行ったことあんのか?」
「えぇ。たまにですけど。何か?」
「何かって、お前よく行けんな?」
「貴方も右翼派ですか? リトビアは帝国とも貿易があるんですよ、問題ないでしょう?」
「それは知ってるけど……いや、なんでもない」
世間では差別的な意見が多いが、国としてはそれなりに友好関係にあるのは知っていた。それでもわざわざ出向く者はほとんどいない。特に人間ならばなおさらだ。しかしリリアとヒーには高魔族の血が混じっている事を思い出した。
高魔族は人間だが、魔力が通常の人間より強いと言われている。それが原因で、昔の人々は妬み、別の種族として差別を始めたと言われている。
シェオールでは、高魔族を差別するような風習は無かったが、幼い頃リリアが近所の飼い犬に腕を噛まれたことをきっかけに、ヒーが包丁を持ち出し、その犬に報復に出たのが原因で、高魔族は危険という意識が広まった。そのときヒーは犬に怪我を負わせる程度だったが、犬の返り血と、自分の持つ包丁で切った流血で真っ赤になっていたにも関わらず、表情一つ変えなかったと言われている。その噂が噂を呼び、最後にはリリアがヒーに命令して犬を襲わせ、ヒーは犬の内臓を食いちぎり殺したとまでなり、二人は悪魔姉妹と言われ差別を受けていた。今はどうかは知らないが、リリア達の仕事ぶりを見ると、現在はそうでもなさそうだ。
当時の俺は大人の事情というものが分からず、リリアたちと普通に遊んでいて、後日リリアがヒーを連れ犬に謝りに行ったときも一緒にいた。そんなリリアがダークエルフを差別しないのは、当然なのかもしれない。
「それにしても、エレナって常連なんだろ? 俺始めて見たぞ?」
「リーパーはほとんど家から出なかったからですよ。たまに出ても、挨拶もしなかったらしいじゃないですか?」
「誰がそんなこと言ってたんだ!?」
「貴方の家族ですよ」
シェオールに戻ってきてからは、しばらくは引き篭りのように実家の敷地内から出なかった。それでも帰ってきてからしばらくの話だ。
「それは……そうだけど……」
「エレナは、リーパーが戻る前からの常連で、町の人はほとんど知っていますよ?」
「そうなの? ……でも噂すら聞いた事無いけど……」
「人の噂は長続きしませんよ。まぁ、リーパーが戻ったときは、もの凄い噂で盛り上がりましたけどね」
「そんなことはないわ! ……だって俺……こっそり夜帰ってきたもん……」
俺の恥ずかしい過去の話は聞きたくない!
「リーパーは恥じているようですが、シェオール出身、初のAランクハンターが戻ったと皆盛り上がっていましたよ?」
「そっ、それはそれで恥ずかしいな……」
「そして、心を病んで帰ってきたことを心配して、誰も貴方に近づこうとはしなかった。優しい町ですよ、シェオールは」
「優しさが痛ぇーよ! 何でそれを俺に言っちゃうかな!?」
「…………」
リリアは真顔で俺から目を逸らした。
「ねぇ? なんか言って?」
その後は、リリアと雑談したい客意外はギルドには来ず、俺の三日目は退屈なまま終わった。
帰り支度を済ませ、帰路に着こうと住居スペースに入ると、ヒーが帰って来ていた。
「お疲れ様ですリーパー」
私服のヒーは男の子と見間違うような姿をしていて、驚いた。
「それヒーの私服か?」
「はい、そうですけど?」
ヒーは自分の服に目を落とし、それが何かという感じで、首を小さく傾けた。
「いや、随分ボーイッシュだなと思って……それ自分で選んだのか?」
「いえ。これはリリアに選んでもらいました」
リリアの服のセンスはどうなっているのだろうか。
「そうなの? ヒーは自分で服とか買わないのか?」
「私は服装などには興味がありません。ですので、いつもリリアや母や、フィリアが選んでくれます」
「それで今日はたまたまその服装なのか……」
ヒーはもっと女性らしい服装をすれば、モテるだろう。
「いえ。リリアの選ぶ服はどれも動きやすいので、好んで着ています」
「そうだよね~。ズボンとかの方が動きやすいもんね~」
妹を心配してなのか、リリアの選ぶ服が男っぽいのは分かるが、それをヒーが気に入ってしまっては、どんどん婚期は遅れてしまうのではと感じる。
「はい。リリアは私の好みをよく理解しています」
「そうだな。いい姉だな」
「はい」
ヒーは自分の姉を良く言われたことに、嬉しそうに返事をした。
「じゃあ、俺帰るわ。明日はヒーがサブマスターなんだろ? よろしく頼むわ」
「はい。明日はよろしくお願いします」
ヒーに別れを告げ外へ出ると、日の落ちた夜空には雲がかかっていて、肌寒さを感じた。明日は雨にならなければいいな~と思いながら、薄暗い家路を進んだ。
四日目から、いよいよ物語は動き始めます。今までは全て序章だと思ってもらって結構です。ここからが私の勝負です。十二日(月)朝七時、投稿します。




