ギルドスタッフ フウラ・ミサキ
やって来た少女は、今王都で流行の、膝上ほどの丈の短いスカートのローブ姿だったが、色はほとんど見ない派手な赤。頭には体の大きさに似合わない、鍔もサイズも大きい、黒い魔導士用の尖がり帽子。しかし黒いマントはぴったりサイズが合っているという、よく分けの分からない格好をしていて、この町では見たことがない少女だった。だが手に持つ長い木製のロッドから、おそらく魔導士なのだと思った。
その個性の強い少女を不審がる俺を他所に、リリアは当然のように「ようこそシェオールギルドへ」と声を発した。
少女はリリアの声を聞いても全く動じる素振りを見せず、掲示板の前に行き、依頼書を眺め始めた。
「おい! あの子なんなんだ? 来るとこ間違えてんじゃないのか?」
少女に聞こえないよう、リリアに小声で訊く。
ハンター時代、何名かの魔導士は見たことはあるが、あれだけイカした魔導士は初めてだった。というか、魔導士のハンターはほとんどいない。魔導士は高い火力攻撃が可能だが、森の中を歩いたりする体力は少なく、モンスターとの肉弾戦に極端に弱い。そのため戦闘を好む魔導士の大半が冒険者になる。それがたった一人だけというのも、また疑念を抱かせた。
「しっー! 失礼ですよ。聞こえたらどうするんですか?」
「お前はおかしいとは思わねぇのか?」
「間違いかどうかは、ライセンスを見せてもらえば分かります。それが分かるまでは失礼のないように、ハンターとして接して下さい。いいですね?」
「了解……」
今は先輩リリアに従う事にした。
しばらく少女は掲示板を眺めた後、一枚の依頼書を持ち受付けにやって来た。
「ようこそシェオールギルドへ。ご用件は何でしょうか?」
さすがはサブマスター。全く違和感無くいつもの受付けとして接客している。俺だったら、君はおかしいだろ的な空気を出してしまいそうだ。
「この依頼を受けたいのですが、いいですか?」
少女も当然のように言う。
「シェオールギルドでの仕事は初めてですか?」
リリアも当然のように進める。
「はい」
「では、ハンターライセンスの提示をお願いできますか?」
少女はライセンスを取り出そうと、右手を胸元に手を入れゴソゴソと探す。その間、少女が下を向くたび大きな帽子がずり下がり、そのつど少女は杖を持った左手で帽子を戻す作業を繰り返す。
リリアは何も言わず、営業スマイルでそれを見ている。それを俺が黙視する。とても不思議な時間だ。
ようやく少女はライセンスを取り出し、リリアに手渡した。するとリリアは、ライセンスを見てすぐ「少々お待ち頂けますか? あちらの席でお待ち下さい」と言い、少女に掲示板横のソファーで待つよう指示して、ギルドマスターの部屋へ向かった。
客を置いて受付を離れる姿に、俺は違和感を覚えた。いつものリリアなら、受付カウンターの中にある資料で確認しそうな気がしたからだ。……あ、そうか! 今は俺がいるからか。俺も受付だった。
リリアが戻るまでの間、少女は杖を両手で握り、ソファーで体を前後に振りながら天井を見つめていた。その子供のような素振りと顔立ちから、年はマリアと同じくらいに見えたが、どうしてもハンターには見えない。
持ってきた依頼書も、ライセンスの要らない山での素材調達だ。おそらく冒険者ギルドと間違えているのだろう。
冒険者ライセンスは、ハンターライセンスと違い、アカデミーや師となるプロ冒険者の推薦状があれば取得できる。また冒険者ライセンスの目的は、現在存在する魔王軍を討伐する事であり、俗に言う勇者を目指す者のための資格だ。そのため、迷子猫探しや買出しのような、人の為になる仕事も多い。
きっとそうだ! と勝手に納得していると、リリアが戻ってきた。
「どうだった?」
俺は、やっぱり間違いだったろうという意味で尋ねた。しかしリリアから戻ってきた答えは違った。
「いえ、彼女は本物のハンターです」
「マジで!?」
「声が大きいです! お客様の前ですよ! とにかくリーパーは黙っていて下さい」
そう言うとリリアは少女を呼んだ。結構リリアの声も大きかったけど?
「大変お待たせ致しました。ミサキ様、こちらにお越し下さい」
ミサキ。それが少女の名前らしい。
ミサキはリリアに呼ばれ立ち上るが、また帽子がずり落ちそれを戻す。あれでハントに行くつもりなのか?
「ミサキ様。シェオールギルドをご利用頂き、誠に有難う御座います。それでは受注依頼の手続きに入らせて頂きます。ご依頼の内容はこちらで間違いは御座いませんか?」
「はい」
「かしこまりました。ではこちらの受注書に必要事項をお書き下さい」
リリアは淡々と仕事をこなす。ミサキも慣れた手つきで、迷うことなく書類に必要事項を書き込んでいく。
しかしヒーが言っていた、「新顔には、本当にライセンスが本人の物か確認します」と言っていたことを思い出し、リリアに耳打ちした。
「本人確認しなくていいのか?」
「間違いなく本人です」
リリアは確信を持って答えた。どうやら本当に登録されているハンターのようだ。
ミサキから書き終えた書類を受け取ると、リリアは一つ一つペンで素早くチェックを入れ、鮮やかに確認を終える。
「採取期間は一日となっております。それ以内にお戻りにならなければ、依頼の破棄となりますのでご注意下さい。また、怪我や死亡、ハンター様の過失による損害は、ギルドに責任を問えませんのでご了承下さい」
ミサキは帽子がずり落ちないよう小さく頷いた。
「何かご質問はありますか?」
リリアが尋ねると、ミサキは依頼とは関係の無い質問をしてきた。
「ここのギルドの、クラウンハンターは誰ですか?」
クラウンハンターとは、一つのギルドに専属として登録し、そのギルドの依頼を優先的に受けるハンターの中で、一番利益を上げる、いわばエースハンターの事だ。
特典として、登録したギルドの商品や食事を割安で手にする事ができ、報酬も多い。そしてそのギルドの提供する住まいに住むことが可能となる。
そのほかにも、町の人々から英雄と呼ばれ、もてはやされる。
ただし悪い点もある、それは緊急や難度の高い依頼がギルドから依頼された場合、如何なる事態でも断ることが出来なくなる。これは本人が怪我をしていようが、場合によっては、死亡する可能性の非常に高い依頼でもだ。
そのほかにも、一度登録すると五年間は登録解除出来ず、引退も出来ない。ハンターの寿命はおよそ五年と言われており、登録イコールそのギルドに骨を埋めるに等しい契約である。さらにこの契約の、ハンター側からの途中破棄は法で禁止されている。
それでもこの制度があるのは、英雄と言われたアイアースの偉業の名残で、彼はその昔、一つの町をその生涯を懸け守った事からきている。
俺もハンター時代、専属登録をした仲間を知っているが、ほとんどが殉職、または逃げ出し法で裁かれていた。
実際にこのギルドを拠点とするクレア達でさえ、その登録は誰一人していない。
「シェオールギルドには専属契約するハンターはおりません。ですので、シェオールギルドにはクラウンハンターはおりません」
そうなのかと頷くミサキだが、何を知りたいのか、さらに不思議な質問を続ける。
「じゃあ、ここを拠点とするハンターは何人いますか?」
「三名です」
「その中で、一番高いランクのハンターは?」
「Aランクです」
「その人の名前を教えてもらえますか?」
「それをお教えすることは出来ません」
防犯上、特定の個人情報は教えられない。ギルドの規則の一つである。
「そうですか……」
ミサキは残念そうに言った。
「ほかにご質問はありますか?」
表情を変えることなくリリアは尋ねる。この辺はさすがはプロだ。
「いえ。もうありません」
「では、受注依頼を認めます」
ちょっと冷たい気もするが、滞りなく業務をこなす、これも仕事である。
リリアは依頼書に判子を押し、鐘を鳴らした。
その鐘の音は、三人しかいないギルドに虚しく響く。当然誰からも「頑張れ!」の声は無く、必要ないんじゃないかとも思うが、これも仕事である。
それでもミサキは誇らしそうな表情をし、胸を張って堂々と出て行った。
ミサキの姿が見えなくなると、リリアから封筒を手渡され、自警団へ行けと指示を受け、俺は少しの間、退屈な受付業務から解放される喜びから、理由も気かず自警団へと向かった。
自警団に着くと、手渡された封筒の中の書類にレイトンは目を通し、俺に訊いた。
「このハンターって、今どこにいるか分かるか?」
「ハンター?」
「ミサキっていうハンターだよ。依頼受けたんだろ?」
「あぁ、そうだけど。何で?」
「いいから教えろ!」
よく分からないが、その辺にいるのではと窓の外に目を向けると、山の方へ向かうミサキの後ろ姿が遠くに見えた。
「あの子だよ。あの赤い服の子」
ミサキを指差し教えると、レイトンは身を乗り出し、俺の指差す方を見て確認した。
「分かった、ありがとう。後は戻っていいぞ」
そう言うとレイトンは、ほかの自警団員に声を掛け、リリアから渡された書類を見せ何かを話し始めた。
「おい! 何があったんだ?」
よく分からないが、あのミサキという少女が関係している事だけは分かる。
「悪い、ちょっと忙しいから、後はリリアに聞いてくれ」
結局レイトンからは何も聞き出すことは出来ず、ギルドに戻り、リリアに聞く事にした。
ギルドへ戻ると、リリアは受付で何かのファイルを見ていた。
「レイトンに渡してきたぞ」
「ありがとう御座います。何か言ってましたか?」
「いや、とくに。詳しい事はリリアに聞けって言われた」
俺は自分の定位置に腰掛けた。
「そうですか。……これは口外禁止事項なので、勝手に喋らないで下さいよ」
よほどの事態なのだろう。リリアは逡巡したのち念を押した。
「分かった」
「実は、あのミサキというハンターは、ブラックリストハンターです」
「マジで!?」




