ギルドスタッフ 三日目
三日目ともなるとさすがに体も馴染んだのか、起床の時間にもそれほど苦を感じなくなった。ギルドで働く前はいつも兄に起こされ、眠たい体を引きずって農家の手伝いをしていた。しかし今では、朝食の支度をする母を待つ余裕さえある。これが大人の余裕というやつなのかもしれない。
朝食を済ませ、ギルドへ向かうため家を出ると、朝早くから太陽が顔を出し、とても心地の良い春の陽気となっている。
今まで色々な職業を経験した俺だが、どの仕事でも朝というのはとても憂鬱な気持ちになった。おそらくほとんどの人間がそうかもしれない。当然だ! 自分の人生の大切な時間を奪われ、ときに上司に怒られ、そして割に合わない報酬しか貰えない。
憂鬱にならない人間がいるとすれば、よほど私腹を肥やせる人間か、ただ一日座っているだけでお金がもらえる人間くらいだろう、そう思っていたからだ。
だが今は違う。それはおそらく、ギルドで共に働く仲間が、報酬を超えた何かを俺に与えてくれているからかもしれない。
仕事というのは、やはり人との繋がりなのだなと考えながら、今日もギルドに出勤した。
ギルドに着き中に入ると、リリアが一人でコーヒーを飲みながら寛いでいた。
「おはよう」
「おはよう御座います。今日も早いですね?」
「仕事前にちょっと余裕欲しいからな。そういえばヒーは?」
テーブルの上にリリアのコーヒーカップしかないことに気付き、尋ねた。
「リーパー、昨日の私の話を聞いていませんでしたね?」
「昨日? ……なんか言ってたっけ?」
リリアは俺の言葉にため息をついた。
「全く。朝礼で言いましたよ。今日はヒーが休みだって」
そうだった。確かに昨日、朝礼でリリアが言っていた。
「もしかして、ジャンナが今日は昼からだって事も、聞いていませんでした?」
「あぁ……そうでした……すいません」
聞いていなかったわけではない、ただ忘れていただけだ。しかしそれを忘れていた自分が悪い事は分かっている。
「まぁいいです。ただ本当に大切なことは、きちっと覚えておいて下さいよ」
もっと厳しく叱られると思っていた俺は、逆にリリアがすんなりそのことを終わらせたことに、本当に呆れていると痛感し、“朝礼も仕事”そう自分に言い聞かせ猛省した。
「……そう言うワケなので、自分で飲むコーヒーは自分で入れて下さい」
反省している俺を察したのか、いつものリリアに戻った。
昔から人の気持ちを察する能力が鋭いリリアは、場の空気というものを気にする。特に怒りや悲しみといった感情はとても嫌う。そのため、ときに重要な会話でも茶化す悪い癖があった。
だがそのお陰で、リリアの周りは明るい雰囲気に包まれ、人が集まってくる。
それが良いのか悪いのかは俺には分からないが、リリアのそういう所が魅力だと俺は勝手に思っていた。
「分かりましたサブマスター!」
リリアのそういう性格を知っている俺は、冗談交じりに返事をし、自分でコーヒーを入れた。
それを見てリリアは「いい返事です」と言い、その表情はホッとしたように見え、俺もその表情からリリアから余計なストレスが取れたとホッとした。
そのあとしばらく二人で雑談をしながら時間を潰すと、いつもより少し早く着替えを終え、掃除を始めた。
さすがに朝は二人だけとあって掃除箇所も多い。
ギルド前、トイレ、ギルド内の掃き掃除、テーブルや棚の上の拭き掃除、とても開店時間までに間に合いそうにない。
しかしリリアは慌てることなく、いつもどおりのペースで動く。それを見て焦る俺にリリアが言った。
「リーパー、慌てなくても大丈夫ですよ。もう少し落ち着いて下さい」
「でも間に合わないぞ? いいのか?」
全く慌てる様子もないリリアを見て、今日は俺とリリアしかいないから、手を抜いているのでは? と思ってしまった。
「今は二人しかいないんですよ。出来ることに限界があるのは分かりますよね?」
「そうだけど……でも手抜きはよくないんじゃないか?」
リリアは俺の言葉に笑みを浮かべた。
「別に手を抜いているわけじゃありませんよ。昨日の閉店後も掃除してますから」
「そうな!? じゃあ何で朝掃除してん!?」
マジで何で!? そんなにやる必要ある!?
「何故と言われても困りますね。強いて言うなら……仕事への気持ちの切り替え……ですかね?」
「切り替え?」
「ええ。毎朝同じことを繰り返す事で、体と心を仕事モードに切り替える作業。とでも思って下さい」
「なんか、アスリートのルーティンみたいだな?」
「そう考えてもらっても構いませんよ。だから焦らなくても大丈夫ですから、綺麗に掃除して下さい。新人のリーパーは、早くて汚い仕事より、遅くても正確な仕事を心がけるようにして下さい」
「了解」
リリアの落ち着きの理由が分かり、ただ時間内に掃除することばかり考えていた俺は、一度心を落ち着かせ、丁寧に掃除する事を心がけた。
例え掃除といえど、これも立派な業務、そう言われた気がしたからだ。
掃除をおおよその箇所済ませると、リリアが俺を呼び、二人だけの寂しい朝礼が始まった。




