ギルドスタッフ お茶出し ②
コンコンと扉をノックすると、中から「どうぞ」のリリアの声が聞こえ、それを聞き「失礼します」と一声掛け俺は部屋に入った。
「どうぞ、お茶です」
俺は手に持つ湯飲みを、リリアの前に置いた。すると、
「貴方は何をやっているんですか‼」
まさかの貴方呼ばわりで、早速説教を受けた。
「え! 何か間違ってた?」
「何か間違っていたじゃないですよ! 私は熱燗でも持って来たのかと思いましたよ!」
「いや、そんなわけないだろ?」
リリアが何故こんなにも怒るのか分からない俺は、ツッコミに似たダメ出しを受ける。
「何故そんな持ち方なんですか! 熱つつつつっ、どう一杯? みたいな、上から鷲掴みなどあり得ないでしょう!」
「だって、こう持たなきゃ、熱くて持てないぞコレ?」
「お盆があったでしょう! それに何故! 何故こんなにもなみなみ注がれているんですか! 何の修行ですか!」
「ちょっとは入れすぎだとは思ったけど、少ないよりはいいかなぁ~って思って……」
「子供のお駄賃ですか! お茶はお客様の喉を潤し、僅かな寛ぎを与える程度で良いんですよ! またお願いねぇ~、じゃないんですよ!」
ここまでキレッキレのリリアは初めてかもしれない。恐らく、マジで怒っている。
「茶托は大目に見るとしても、何故お盆を使わなかったんですか! お茶出しと言えばお盆でしょう!」
「いやぁ、あれで運ぼうかと思ったけど、余計に手が震えちゃって、零しちゃった」
「てへっ。みたいに言わないで下さい! それはこれだけ注いでいれば当然です! お盆にも仕事をさせてあげなさい!」
一通りの説教を終えると、リリアは俺の入れたお茶を一口飲んだ。きっと大声を出し過ぎて、喉が渇いたのだろう。ある意味お客様の喉を潤すは合格じゃね?
「何故お茶はこんなにも上手に入れられるのですか! 全く貴方という人は……ついて来て下さい! 正しい作法を教えます!」
こうしてリリアからお茶出しの作法を学ぶ事になった。
「先ず、お茶の味については褒めておきましょう」
悪いところは悪い。良い所は良い。と褒めるのは、リリアの長所だ。
「そう? 一応自分で飲んでみて確認したから」
「そうですか。では、リーパーは分量などより、毎度その方法で確かめてから出すようにして下さい」
なんか投げやりじゃない? 普通適量教えない?
「何? 面倒臭くなったの?」
「貴方には味の云々より、作法の方が先です! 湯飲みの選択と味については問題ありませんから」
湯飲みの選択を褒められても……それって誰でも分かるよね?
「いいですか、説明しますよ!」
「はい! お願いします!」
とにかく今は気を取り直して、しっかりサブマスターの師事を受ける事にした。
「お茶は湯飲みに、六分目から七分目程注ぎます。なみなみ入れるなど以ての外です!」
「ウッス!」
実演を交え教えてくれるリリアに、礼儀正しく起立して、元気よく返事をした。そんな俺を、リリアは冷たい目で見る。別にふざけているわけじゃないよ。俺は真面目に教えを受けてるよ。
「……そして、お盆で茶托と布巾を一緒に運びます。お盆は基本的に、両手で持つこと。分かりましたか?」
「はいサブマスター! ……でも、茶托って何?」
「湯飲みを受ける、小さな受け皿の事ですよ。見たことくらいあるでしょう?」
リリアは茶色の小さな円盤を持ち、これだと俺に教えてくれた。あれってブーメランじゃないんだ。
「ああ~これね。茶托って言うのか」
「続けますよ?」
「どうぞ……」
口調はいつものリリアに戻ったが、なんか態度が冷たい。いつもなら「テイッ!」と言って投げそうなのに……相当怒らせちゃった?
リリアはお茶を乗せたお盆を持ち上げると、ギルドマスターの部屋に向かい平然と歩き始めた。物凄い安定感! こいつはお茶を手なずけている!
「扉の前に来ると、片手でお盆を持ち、ノックします。ノックは言わなくても大丈夫ですよね?」
お盆を片手で持ち、全く見ることなく俺に説明するリリアは、まさに曲芸師だ! なんという指力!
「あ、あぁ。ノックくらいは大丈夫だ」
ノックくらいはできると答えた俺を、リリアは本当に? という顔をして、ヒーよりも大きく首を傾げた。
「たまに耳障りなノックをする者もいるので、注意して下さいよ?」
「覚えておきます!」
起立姿勢で返事をすると、リリアはまだ訝し気な表情をしているが説明を続けた。
「ノックをし、部屋に入ると、失礼しますと一礼します。この時お茶を零さないように注意して下さい」
リリアは軽く頭を下げ、こうするんだと実演した。
「中からの返事は待たなくてもいいのか?」
「特に気にしなくても結構です。返事をしない客など、ほとんどいませんから。返事が無く、部屋で紙を使い変な事をしているのは、うちのギルドマスターくらいですから」
そういう意味では無いのだが、そう取られてもおかしくない発言だ。
「お前、ギルドマスターに厳しいな?」
「上司は嫌われる性ですから」
「お前も俺の上司だけど? ……」
「‼ …………」
無言で俺を見た後、リリアは黙って部屋に入り、接客用のテーブルの前で足を止め、何事も無かったように実演を交えながら説明を続ける。今のは悪気があって言ったわけじゃないよ! ただの冗談だよリリア?
「最初に、テーブルの上に茶托を置き、湯飲みの糸底をこうして布巾で拭い、茶托に乗せます。この時、お客様の右側から出すようにして下さい」
コップの下のあれ、いとぞこって言うんだ。何で糸? ……まぁいいや。
「コップの底を拭くのはなんでだ?」
「拭わずに置くと、湯飲みを持ち上げたときに、茶托がくっつくからです」
「へぇ~」
カポンって、カポンってなるから? あ、なんか面白い。「俺、茶托外さずにお茶飲めんだぜ」なんて。
「続けますよ?」
「あ、はい!」
ヤバイ。俺は何を考えているんだ! 集中せねば。それにしても、リリアの所作はとても美しい。大人の色気すら感じる。あっ! 集中せねば。
「それと、お客様が二人以上いる場合、必ず入り口から一番奥の席のお客様からお茶を出して下さい」
「それはなんでなんだ?」
「入り口から一番遠い席は、“上座”と言い。位の高い者が座るのが基本だからです」
「へぇ~。お茶出しにも細かい決まりがあるんだ?」
リリアの説明を受けているうち、お茶出しも立派な仕事だと思えるようになってきた。それを美しさを感じさせるほどのリリアが、立派な先輩に見えて来た。
「えぇ。接客業務の基本です。最後に、お盆を両手に抱え、一礼して退室します。今はこれだけ覚えておけば、失礼は無いはずです」
じゃあ、俺は失礼だらけだったという事か……ヤバイね俺。
「あれ。お菓子とかは出さなくていいのか?」
俺の質問に、リリアはなかなかいい質問だという表情を見せた。
「ほとんどの来客が短い時間で帰りますから、そこまでは必要ありません。うちに来るのは、仕事の打合せに来るお客様ばかりですから」
「まぁそうだよな。ギルドだもんな?」
そうだよなと頷く俺に、ここでリリア節が出た。
「それもありますが、ニルにはそんな談笑する知人はいませんから」
「それはそれで寂しいな……」
ニルはちゃんと、このギルドに馴染めているのだろうか心配になる。
「もしそのような客人が来た場合は、飲み物は何が良いか確認を取ります」
「そんな客はどうやって分かるんだ?」
「見ればすぐに分かりますよ。服装や手土産を持って来るので」
「そうなの?」
「えぇ。というわけなので、お茶出しの説明はこれくらいでいいですか?」
「あぁ。勉強になったよ。サンキュー」
これでも一応サブマスター。教え方も親切で分かり易い。俺は一つ成長した気がした。




